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◆雇い主

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「これは……」
 ふとリリエは、テーブルの上に置かれている、幾つかの「魔導絡繰まどうからくり」の一つを見て、目を丸くした。
「帝国時代の小銃だな。これを動くようにしろだなんて、素人は簡単に考えていて困るというものだ」
 クルトが、吐き捨てるように言った。
 彼の言う通り、それは、いわゆる小銃の形をした「魔導絡繰まどうからくり」だ。
「現代の軍隊などで使用されているのは、実弾を発射するものですが、帝国時代のものは、弾を装填する部分がありませんね……周囲のマナを熱や光に変換して破壊力のある光弾や光線を発射するというところでしょうか」
 自身が拉致されてきたことも忘れかけ、リリエは小銃を手に取って見入った。
「この大きさで、殺傷力のある武器として使用できるのは、凄いことですね」
「たしかに、現代の技術では携帯できる大きさで……というのは難しいな」
 クルトも、リリエの言葉に頷いた。
「この銃一つでも、現代で再現できたなら、おそらく世界の勢力図が変わるだろう。弾の補充は不要、動力源は無尽蔵に存在する『マナ』だからな。まぁ、再現できれば、の話だが」
「私は、高出力かつ小型の『魔導絡繰まどうからくり』を再現できたなら、生活を便利にする技術を考えたいと思います。乗り物の動力が化石燃料から全て帝国時代と同等の『魔導絡繰まどうからくり』に置き換えられたなら、輸送費も軽減され、物価も安くなるでしょう」
 リリエたちが椅子に腰掛けて話していると、破落戸ごろつきの一人が、食事だと言って、何か食べ物の載った盆を運んできた。
「また、それか」
 クルトが鼻に皺を寄せ、渋い顔をする。
 盆の上にあるのは、「帝都跡」へ探索に出る際に持っていくような携帯食――水分が少ないパンと、即席スープの粉を湯で溶いただけのものが入った二人分の器だ。
「野営じゃあるまいし、三日も携帯食ばかりで飽き飽きだ。どうにかならないのか」
 不平を漏らすクルトには何も答えないまま、破落戸ごろつきは乱暴に盆をテーブルに置いて、部屋を出ていった。
「もう嫌だ……モントリヒトに帰りたい……茹でたての腸詰めと、桜桃の焼き菓子トルテが食べたい……」
 監禁と不自由な生活に精神が弱っているのか、クルトは深々と溜め息をつき、俯いた。
 そんな彼を横目に、リリエはパンに手を伸ばした。
「クルトさん、食べておきましょう。体力が落ちると、いざという時に動けなくなります」
 リリエの言葉に顔を上げたクルトが、涙ぐんだ目を驚いたように大きく見開いた。
「あの、どこか痛いんですか?」
 クルトの顔を見たリリエが驚いて言うと、彼は慌てて両目を手でこすった。
「ふ、ふん。この部屋はほこりっぽいから、目にゴミが入ったんだ」
 やや不貞腐れたような表情を見せながら、クルトもパンを手に取って口に運んだ。
 二人が、もそもそとパンをかじっていると、不意に何者かが部屋の扉を叩く音が響いた。
 見張り役の男が扉を開けると、三十歳前後に見える、砂色の髪の男が入ってきた。
 今までに見た破落戸ごろつきたちよりは小ざっぱりした成りの男だと、リリエは思った。
「これは、ウリヤスさん。お疲れ様です」
 見張り役が、砂色の髪の男――ウリヤスに言った。
 ウリヤスの、一見すると中肉中背で人混みに紛れれば途端に見失ってしまうであろう平凡な容姿を、リリエは意外に感じた。破落戸ごろつきたちの雇い主ということで、見るからに悪党といった人物を想像していたのだ。
 雇っている破落戸ごろつきたちが大人しく従っているところから、あるいは結構な報酬を約束されているのかもしれないと、リリエは考えた。
「モントリヒトの特級魔導技術師まどうぎじゅつしが二人も揃うとはな。作業は進んでるか?」
 言って、ウリヤスがリリエとクルトを交互に見やった。
「冗談じゃない」
 眉を吊り上げたクルトが、口を開いた。
「ろくな機材もなく解析すらままならないのに、精密な『帝国時代の魔導絡繰まどうからくり』の修理など、できる訳がないだろう。だいたい、待遇もなってないぞ。特級魔導技術師まどうぎじゅつしを無給で使おうなんて、ふざけるのも大概にして欲しいものだ。いい加減、僕たちを解放したまえ」
 彼の怒りに満ちた物言いにも動じる様子を見せず、ウリヤスは肩を竦めた。
「そりゃ、相場通りの人件費なぞ払いたくないから、こうしている訳だし」
「け、警察に突き出してやる! 訴えてやる!」
 軽くあしらわれて逆上したのか、クルトが拳を握りしめてわめいた。
「残念ながら、モントリヒトやクラージュみたいに立派な国と違って、ここには警察も裁判所もないからな。何を言っても無駄、やった者勝ちってことさ。この『無法の街ロウレス』で殺されないだけ、あんたたちは幸運だよ」
「あの……」
 リリエは、恐る恐るウリヤスに問うた。
「修理した帝国時代の魔導絡繰まどうからくりを、どうするつもりなのでしょうか?」
「欲しがってる奴に高く売る以外ないだろう? 利益が出れば、あんたたちの待遇も改善するからさ」
「それでは、折角の技術が限られた一部の人のみに流れることになります。進んだ技術は、多くの人の役に立てるべきものです。あ、あなたに協力することは、できません。ですから、私を、ここに留めておいても無駄です」
 リリエが言うと、それまで穏やかだったウリヤスの表情が、にわかに険しくなった。
「ふふふ……」
 その表情とは裏腹に、ウリヤスの口からは微かな笑いが漏れる。
「すらすらと綺麗ごとをぬかしてくれる……さすが、ご立派な国の出身だ。協力できないとさえ言えば、諦めると思うのか? 俺の故郷くにじゃあ、言うことを聞かない相手は痛めつけて分からせるのが当たり前だったんだぜ。頭と両手が無事なら、作業はできるだろう?」
 彼の冷たい目に射すくめられ、リリエは思わず身震いした。
「そ、そんな無法が許されると思っているのか……ッ」
 青ざめた顔のクルトが、絞り出すように言った。
「今更、何を言ってるんだ。法なぞ無いから『無法の街ロウレス』なんだぜ。それに……」
 ウリヤスは言いかけて、ふと遠くを見るような目をした。
「……人を苦しめる『法』なら、無い方がマシだ」
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