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秘密
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ふとナタンが空を見上げると、だいぶ日が傾いている。
夕食時が近い所為か、ところどころにある飲食店から、色々な食べ物の良い匂いが漂ってきた。
そろそろ、宿に戻ろうか――ナタンが考えていると、不意に通りの向こうから爆竹を破裂させるような音が聞こえた。
「ご、強盗だ!」
誰かが叫ぶ声と同時に、前方に見える宝石店の扉が荒々しく開く。そこから、一人の若い男が膨らんだ黒い鞄を抱え、飛び出してきた。
男の右手には、鈍く光る拳銃が握られている。
人々が銃の存在に気付いた途端、平和だった通りが、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
突然、降って湧いた非日常に、荒事に慣れていないのであろう人々は浮足立っている。
「リリエ、伏せて!」
そう言うが早いか、ナタンは、男から離れようと逃げ出す人々の波に逆らって走った。
「やめろおおお!」
ナタンは男の注意を引き付ける為、わざと大声で叫んだ。
リリエを守らなければならない――ナタンの頭にあったのは、その一点のみだった。
彼の狙い通り、男は銃口をナタンに向けた。
しかし、男が引鉄を引くより早く、跳躍したナタンは彼の懐に飛び込んでいた。
「戦士型の異能」の反応速度をもってすれば、相手が銃で狙いを定め、引鉄を引く前に対応するのは容易い。
また、「戦士型の異能」同士の戦いには飛び道具が殆ど用いられず、格闘や剣などを用いた近接戦になるのは、照準を合わせ引鉄を引く時間が不要な上、そのほうが攻撃を命中させられる確率が高い為である。
つまり、銃を持っている者は、高確率で「普通」の人間なのだ。
男は、ナタンに銃を持ったほうの手首を骨が折れる寸前まで握り締められ、悲鳴をあげた。
「くそッ……てめぇ……『異能』かよ……?!」
痛みで銃を取り落とし、男は呻くように呟いた。その腕を捻り上げ、ナタンは彼を地面に組み伏せる。
「俺の目の前で、こんなことをするなんて、あんたも間が悪いな」
そこへ、誰かが呼んだのであろう、数人の警察官と思われる制服の男たちが駆け寄ってきた。
強盗犯を引き渡し、リリエの元へ戻ろうとしたナタンだったが、警察官の一人に呼び止められた。
「事情聴取をさせて欲しい。それと、君の働きは素晴らしかったから、感謝状が出るだろうし、住所と氏名を教えてくれないか」
ナタンは反射的に、面倒なことになる、と思った。身元を明かせば、自分がクラージュ共和国における重要人物の家族であると分かってしまうだろう。そこから、更に、どのような騒ぎが起きるのかも予測がつかない。
「住所不定、ナナシノゴンベエです」
そう言うと、ナタンは人波を軽々と飛び越えてリリエのもとへ向かった。
彼は、素早くリリエを抱き上げ、疾風の如く走り去った。
「異能」らしい警察官が一人追いかけてきたものの、ナタンは何とか彼を撒くことに成功した。
ナタンは人気のないところまで来ると、リリエを地面に下ろした。
「ど、どうして逃げちゃったんですか?」
「事情聴取するとか言われて、面倒になっちゃってさ」
リリエに尋ねられたナタンは、照れ臭そうに頭を掻いた。
「でも、ナタンさん、格好よかったです。こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんけど……何だか、子供の頃に見た映画みたいでした」
そう言うリリエの頬は紅潮し、彼女も少し興奮状態にあるのが見て取れる。
「君に、そう言われると嬉しいな。でも、故郷にいた頃だったら、あんな風に動けなかったと思うよ。『無法の街』で、多少は鍛えられたってことかな」
言って、ナタンが快活に笑うと、リリエも釣られたのか小さく笑った。
宿に戻った二人は、フェリクスとセレスティアと合流し、食堂で夕食を摂った。
こじんまりした店内には、置いてある無線通信機から雑音混じりの音楽や司会の声が流れており、どこか郷愁を感じさせるものがある。
「……さて、次の話題です。今日の夕方、クカチの町の商店街にて宝石店が拳銃強盗に入られるという事件が起きました」
無線通信機から流れた司会の男の声に、フェリクスが眉を顰めた。
「クカチの町……つまり、ここのことではないのか?」
「……強盗は多数の宝飾品を奪い逃走を図りましたが、間もなく『異能』と思われる通行人の男性に取り押さえられ、警察に逮捕されました。お手柄の男性ですが、名乗ることなく現場から去ってしまった為、身元は不明です。お心当たりの方は、最寄りの警察か、こちらの放送局まで情報をお寄せください……」
放送を聞いていたセレスティアが、ナタンの顔を見つめた。
「ナタンたちは、商店街のほうへ出かけていたと言っていましたが……」
「あ、うん、何か騒ぎになってたかも」
心臓が跳ね上がりそうになった胸を押さえながら、ナタンは答えた。強盗を取り押さえたのが自分だと分かったら、フェリクスたちに「危険なことをするな」と叱られそうな気がしたのだ。
「強盗をしたところに『異能』が居合わせたとは、間の悪い犯人だな」
「そ、そうだね」
気付いているのかいないのか、くすりと笑うフェリクスに相槌を打って、ナタンはリリエと顔を見合わせた。
リリエが、ナタンの意図を理解したとでも言うように頷くのを見て、彼は、ほっと息をついた。
同時に、ナタンの胸の中には、くすぐったい感じが湧き出ていた。
ほのかな甘さを伴うそれは、リリエと秘密を共有した嬉しさによるものかもしれなかった。
夕食時が近い所為か、ところどころにある飲食店から、色々な食べ物の良い匂いが漂ってきた。
そろそろ、宿に戻ろうか――ナタンが考えていると、不意に通りの向こうから爆竹を破裂させるような音が聞こえた。
「ご、強盗だ!」
誰かが叫ぶ声と同時に、前方に見える宝石店の扉が荒々しく開く。そこから、一人の若い男が膨らんだ黒い鞄を抱え、飛び出してきた。
男の右手には、鈍く光る拳銃が握られている。
人々が銃の存在に気付いた途端、平和だった通りが、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
突然、降って湧いた非日常に、荒事に慣れていないのであろう人々は浮足立っている。
「リリエ、伏せて!」
そう言うが早いか、ナタンは、男から離れようと逃げ出す人々の波に逆らって走った。
「やめろおおお!」
ナタンは男の注意を引き付ける為、わざと大声で叫んだ。
リリエを守らなければならない――ナタンの頭にあったのは、その一点のみだった。
彼の狙い通り、男は銃口をナタンに向けた。
しかし、男が引鉄を引くより早く、跳躍したナタンは彼の懐に飛び込んでいた。
「戦士型の異能」の反応速度をもってすれば、相手が銃で狙いを定め、引鉄を引く前に対応するのは容易い。
また、「戦士型の異能」同士の戦いには飛び道具が殆ど用いられず、格闘や剣などを用いた近接戦になるのは、照準を合わせ引鉄を引く時間が不要な上、そのほうが攻撃を命中させられる確率が高い為である。
つまり、銃を持っている者は、高確率で「普通」の人間なのだ。
男は、ナタンに銃を持ったほうの手首を骨が折れる寸前まで握り締められ、悲鳴をあげた。
「くそッ……てめぇ……『異能』かよ……?!」
痛みで銃を取り落とし、男は呻くように呟いた。その腕を捻り上げ、ナタンは彼を地面に組み伏せる。
「俺の目の前で、こんなことをするなんて、あんたも間が悪いな」
そこへ、誰かが呼んだのであろう、数人の警察官と思われる制服の男たちが駆け寄ってきた。
強盗犯を引き渡し、リリエの元へ戻ろうとしたナタンだったが、警察官の一人に呼び止められた。
「事情聴取をさせて欲しい。それと、君の働きは素晴らしかったから、感謝状が出るだろうし、住所と氏名を教えてくれないか」
ナタンは反射的に、面倒なことになる、と思った。身元を明かせば、自分がクラージュ共和国における重要人物の家族であると分かってしまうだろう。そこから、更に、どのような騒ぎが起きるのかも予測がつかない。
「住所不定、ナナシノゴンベエです」
そう言うと、ナタンは人波を軽々と飛び越えてリリエのもとへ向かった。
彼は、素早くリリエを抱き上げ、疾風の如く走り去った。
「異能」らしい警察官が一人追いかけてきたものの、ナタンは何とか彼を撒くことに成功した。
ナタンは人気のないところまで来ると、リリエを地面に下ろした。
「ど、どうして逃げちゃったんですか?」
「事情聴取するとか言われて、面倒になっちゃってさ」
リリエに尋ねられたナタンは、照れ臭そうに頭を掻いた。
「でも、ナタンさん、格好よかったです。こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんけど……何だか、子供の頃に見た映画みたいでした」
そう言うリリエの頬は紅潮し、彼女も少し興奮状態にあるのが見て取れる。
「君に、そう言われると嬉しいな。でも、故郷にいた頃だったら、あんな風に動けなかったと思うよ。『無法の街』で、多少は鍛えられたってことかな」
言って、ナタンが快活に笑うと、リリエも釣られたのか小さく笑った。
宿に戻った二人は、フェリクスとセレスティアと合流し、食堂で夕食を摂った。
こじんまりした店内には、置いてある無線通信機から雑音混じりの音楽や司会の声が流れており、どこか郷愁を感じさせるものがある。
「……さて、次の話題です。今日の夕方、クカチの町の商店街にて宝石店が拳銃強盗に入られるという事件が起きました」
無線通信機から流れた司会の男の声に、フェリクスが眉を顰めた。
「クカチの町……つまり、ここのことではないのか?」
「……強盗は多数の宝飾品を奪い逃走を図りましたが、間もなく『異能』と思われる通行人の男性に取り押さえられ、警察に逮捕されました。お手柄の男性ですが、名乗ることなく現場から去ってしまった為、身元は不明です。お心当たりの方は、最寄りの警察か、こちらの放送局まで情報をお寄せください……」
放送を聞いていたセレスティアが、ナタンの顔を見つめた。
「ナタンたちは、商店街のほうへ出かけていたと言っていましたが……」
「あ、うん、何か騒ぎになってたかも」
心臓が跳ね上がりそうになった胸を押さえながら、ナタンは答えた。強盗を取り押さえたのが自分だと分かったら、フェリクスたちに「危険なことをするな」と叱られそうな気がしたのだ。
「強盗をしたところに『異能』が居合わせたとは、間の悪い犯人だな」
「そ、そうだね」
気付いているのかいないのか、くすりと笑うフェリクスに相槌を打って、ナタンはリリエと顔を見合わせた。
リリエが、ナタンの意図を理解したとでも言うように頷くのを見て、彼は、ほっと息をついた。
同時に、ナタンの胸の中には、くすぐったい感じが湧き出ていた。
ほのかな甘さを伴うそれは、リリエと秘密を共有した嬉しさによるものかもしれなかった。
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