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第31話:劣勢

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怠惰たいだベルフェ》と勇者《大賢者》レイチェル=ライザールの魔法戦は、幕を開けていた。

だが予想に反して、ベルフェは一方的に押されていた。

「殺さずにちゃんと解剖してあげるぞ、ベルフェぇえええええ! 【漆黒火槍ダーク・グンザニール】ぅうう!」

狂気の笑みを浮かべながら、レイチェル=ライザール新たなる術を発動。
無数の漆黒の槍が、ベルフェに襲いかかる。

ガッ、ズシャ! ズシャ!

ベルフェの防御壁を貫いて、あと一歩で攻撃が届きそうになる。
直後、カウンター呪文の【怠惰黒炎地獄レイジ・ヘル・ファイアー】が発動。

「それは無駄だと言ったはずだぞ、ベルフェ! 《極限反射エクス・ミラー》!」

レイチェル=ライザールは反射系の術を発動。
白銀の光で【怠惰黒炎地獄レイジ・ヘル・ファイアー】の炎を、ベルフェに弾き返す。

ゴォオオオオオオ!

反射を受けてベルフェは、更にダメージを受けてしまう。学園の学生服が焼け、本人も火傷をおう。

「おいおい、ベルフェ! どうしたんだい、キサマはぁあ⁉ さっきから馬鹿の一つ覚えで、同じ防御壁とカウンター魔法しか使わないで⁉ くっくっく……もしかしたら頭が悪いのか⁉」

自分の優勢にレイチェル=ライザールは高笑いを上げる。つまらない実験動物を見るように、火傷を負うベルフェを蔑んでいた。

「おい、ライン。コイツを動けなくした後は、次はキサマを番だ。覚悟しておきなさい!」

レイチェル=ライザールは大賢者の杖先を、観戦してボクに向けてきた。すでに勝利を確信していうのだろう。

「そちらこそ、よそ見をしている場合か。ベルフェの本気はそんなものではない。舐めない方がいいぞ」

そう言ったものの、今日のベルフェは明らかに調子が悪い。以前のボクと戦った時と何かが違う。

ここだけの話、ベルフェには“奥の手”がある。
怠惰たいだベルフェ》の“魔神化”で巨大な大牛に進化。大幅に戦闘力を向上させることも可能だ。

だが今の状況では“魔神化”しても、レイチェル=ライザールに勝てない可能性が高い。それほどまでに戦力差があるのだ。

「…………」

ベルフェ本人も劣勢を分かっているはずだ。だが開幕から表情は変わらない。
いつもの無表情で、面倒くさそうな素振りさえ見せている。

「ふむ。今の攻撃で理解したぞ。キサマによく効くのは、コレか⁉」

勝利を確信しながら、レイチェル=ライザールは次なる術を詠唱。

「いくぞ、【漆黒地槍ダーク・グングニール】ぅうう!」

――――まさかの“大当たり”を引き当ててきた。

数ある術の中でベルフェに効果抜群の、【漆黒地槍ダーク・グングニール】を発動してきたのだ。

ガッ、ズシャ! ズシャ! ズッ、シャーーー!

攻撃魔法【漆黒地槍ダーク・グングニール】は、《怠惰たいだのベルフェ》の防御壁を全て貫通。
ベルフェの心臓ともいえる“魔核”を粉々に貫く。

ブワァ――――ン

魔核を貫かれて、ベルフェの姿が消えていく。
七大地獄セブンス・ヘル》の中なので、死ぬことはない。
だが、しばらくは肉体が復活することもない。つまり戦闘不能状態だ。

「おや、勢い余って殺してしまったようだね⁉ あっはっはっは……! さて、次はキサマの番だぞ、ライン! その澄ました顔を、恐怖に染めてやるぞぉおお!」

勝負を終えてレイチェル=ライザールは、こちらに近づいてくる。

客観的に見たら、ボクにとってはかなり危険な状況。
何故なら《第二地獄モアブ》の中は魔法でしか、相手にダメージを与えられない法則がある。

魔界随一の大魔導士である《怠惰たいだベルフェ》が破れた今、この狂気の大賢者を倒せるものは、魔界にはいないかもしれない。

「ん……あれは?」

だがレイチェル=ライザールの姿など、今の目に入っていなかった。
消えていくベルフェに死体の違和感を、先ほどから観察していたのだ。

「ああ、そうか。そういうことだったのか。ふっ……残念ながら、ボクの出番はないようだぞ、レイチェル=ライザール!」

ある事実に気がつき、宣言する。勝負はまだ終わっていないと。

「なんだと? ハッタリのつもりか、ライン⁉」

一方でレイチェル=ライザールは宣言の意味を、まるで理解していない。ベルフェの死体に視線を向けても、違和感に気が付けずにいた。

「ハッタリではない。それでは“ベルフェの種明かし”をしてやろう! 無能なキサマにも理解できるようにな!」

こうして種明かしのために、ボクは“ある術”を発動させるのであった。
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