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第1章 出会いと修行編

勘違い

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「テリドお坊っちゃま!テリドお坊っちゃま」
「う、うんん~」

 その日、坂上さかがみ 三田さんたは聞いたこともない声によって起こされた。

(ふわぁぁ、もう少しだけ)

 しかし、寝ぼけている為か彼は知らない声の持ち主が近くで叫んでいることの不自然さえ気づかずに二度寝を試みる。
 敢えてこの馬鹿な彼を庇うのであれば、彼が今寝ている布団は普段彼が寝ている布団とは比べ物にならないくらい寝心地が良く、彼自身も寝る前の激務によって相当疲れていたということだろう。

「テリドお坊っちゃまぁぁぁ! このままだと私ランハルド様に怒られてしまいますぅぅぅ。早く、早く起きてくだされぇぇぇ」
「お、起こすなよ。ったく……ん?」

 しかし、ここに来てようやく三田も違和感に気がついた。三田は元々大学生で1人暮らし。その上、彼女などもいな____。
 そんなわけで三田を起こしに来るものなどいないのだ。

「えっ? はっ、えっ?」

 いよいよ事態の深刻さ気づき慌てて飛び起きた三田であったが周りを見渡して更に混乱してしまう。
 なにせ、さっきまで貧乏なボロアパートにいたはずの三田は今は映画などでしか見たことのないような大きなベッドで寝ており、見たことのないレベルの大きな部屋の中で片眼鏡をつけた黒服の男が騒ぎ回っているのだ。

 これで混乱しない方が無理だというものだろう。

(おいおいおい、嘘だろ)

 しかし三田の混乱は別の所にあった。

(この部屋、この片眼鏡の1人、そして俺の名前……これ完全に「ライク ライブ ライブズ」の世界じゃね???)

「ライク ライブ ライブズ」とは三田がはまっているいわゆるギャルゲーと言われる類のゲームであり、その中でも近年まれにみる神ギャルゲーとして人気を博したゲームである。

 そしてこの三田は「ライク ライブ ライブズ」(以下 ラ ラ ライブズ)オタクと言われるほどこのゲームをやり尽くした猛者である。
 その為、部屋や人物自分の名前を聞いただけで察することが出来てしまった。
 つまりである。

「うわぁ、ガロン爺じゃん! えっ、スゴ! 完全にゲーム通り!!」
「て、テリドお坊っちゃま? 」

 つまり、三田は夢にまで見た世界に紛れ込んでしまったオタク。普通ならゲームの世界に突然入ってしまったら驚きで何も出来ないのだがそれを三田の「ラ ラ ライブズ」愛が凌駕した。

「スゲー! マジで「ラ ラ ライブズ」だ。
 これ夢か? いや、ちゃんと痛いな。これもしかしてゲーム転生とか言う奴か? マジか?」

 興奮冷めやらぬ三田は部屋を駆け回りゲームなどでは描かれなかった細かい部分などを見てはしきりに頷いたり唸ったり。

 そして勿論これに1番戸惑ったのはガロン爺であった。

「えっ、あっあのテリドお坊っちゃ……ま?」

 朝起きるなり突然ご主人様が部屋を奇声をあげながら駆け回っていたとしたら驚くのも無理はないだろう。というか驚かない方が不思議である。
 しかし三田……いや、もうテリドか……。
 テリドはそんなランハルド爺に気づくことなく笑い始めた。

「くくっ、はっはっは」

 だらしなく開いた口で。

(この世界が「ラ ラ ライブズ」ということはメイナちゃんとか、ラバンデさんとかに実際に会えるわけで……むふ、なんてパラダイス!! ……1つ気になることがあるとすれば俺がテリドだと言うことだけど。
 ……まぁ、なんとかなるだろう。俺にはゲームの知識だってあるしな)

「つまり上手く立ち回れば夢にまで見たヒロイン達と話しながらのんびりとした生活を送ることが出来る!! くぅぅ~、かつてこんなに良いことがあったろうか?」
「皆の者ぉぉぉ、テリドお坊っちゃまがご乱心になられたぞぉぉぉ。早く来てくれぇぇぇ」

 またベッドに上がると飛び上がってガッツポーズを取りながら意味の分からないことを叫ぶテリドにガロン爺は限界に達してしまい、メイドや兵士などを呼びなんとかテリドを押さえようとする。

 しかし聖地にたどり着いたオタクテリドはそのことにすら気づかず喜びの声をあげ続ける。

 だがしかし! 実は彼は猛烈な勘違いをしていた。というのもここは「ラ ラ ライブズ」の世界などではない。
「ラ ラ ライブズ」の大ファンであり鬼畜なRPGゲームを作ることで有名なガンセクトPが暴走し作られた、「ラ ラ ライブズ」のキャラが原作にはなかったエミズーを倒す為に立ち向かう鬼畜なRPGゲーム「NOT ライク ライブ」である。

 しかし見た目だけで見れば「ラ ラ ライブズ」であり、そもそも大して売れず原作ファンからクソゲーとまで言われたこの作品を「ラ ラ ライブズ」以外に興味がなかったテリドは知らない。
 なので、テリドが勘違いしてしまうのも仕方のないことなのかもしれない。

「うぉぉぉぉ、待っててねメイナちゃんんん!!」
「き、気絶させてもよい。責任は全部私が取る坊っちゃまを止めてくれぇぇ」
「ダメですガロン様! 押さえつけても全く止まりません」

 兵士達はベッドの上で喜びを叫び続けるテリドを黙らせようと、正気に戻そうと奮闘するが今のテリドは周りのことを見ている余裕などなかった。

「止めろぉぉ、息の根を止めろぉぉ」
「ガロン様ぁぁ、それはやり過ぎですって!」

 押さえつけても押さえつけても、それを振り払いベッドの上で叫び続けるテリドにガロン爺はキャパシティを超え、とんでもないことを口走るがそれでもテリドは止まらない。

「うっおおぉぉぉ!!!!」

 兵士らを完全に振り払うと拳を天高く突き上げて雄叫びをあげる。
 しかし、このテリドの勘違いが1つの選択肢を間違えるだけで即死という鬼畜なクソゲーに多大なる影響を与えてしまう。

 しかしそんなことなど露知らず、最早カオスな状態の部屋の中で彼は雄叫びをあげながら妄想を膨らませるのだった。

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