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第13話 これは貢ぎではない
しおりを挟む次の日、早々にイヴェリスの服を買いに行くことにした。
本当は本人を連れて行くのが一番なんだけど……。さすがに吸血鬼と一緒に外出とは行かない。しかもこの容姿。無駄に注目を浴びてしまいそうだ。
イヴェリスの身長は180ちょっとくらい。
体型は細く、かと言ってヒョロヒョロというわけでもなく、筋肉質という感じでもない。腰の位置が異様に高く、体の半分以上が脚だ。
ついでに腕もすらりと長くて、顔も小顔。まさに誰もが振り返ってしまいたくなるようなスタイルだ。
うん。幸い、顔以外は私のお兄ちゃんと似てるな。同じ父と母から生まれたはずなのに、いいところはすべて兄に吸い取られている私はまるで出がらしだ。似ているところがあると言えば、背が高いということくらいだろうか。まあ、女で背が高いってのは、なんの得もないんだけど。
ん? ちょっと待てよ。
スタイルがお兄ちゃんに似てるってことは、ワンチャン服のお下がりがもらえば少しはこっちのお金が浮くのでは……?
「もしもしお兄ちゃん?」
『なんだよ急に』
「あのさ、服のサイズどれくらい? っていうか、いらない服ない?」
『は? 久しぶりに電話してきたと思ったら』
「仕事でちょっと必要でさ。もうこの服いらないとか言うのあったら欲しい」
『なくはないけど』
「着払いでいいから送ってくれる?」
『そんな急に言われても、忙しい』
「よろしくね!」
『おい! 蒼ッ…』
ピッ
よし、これで予備の服ゲットだな。
「今のは誰だ?」
「お兄ちゃん」
「兄がいるのか」
「イヴェリスは兄弟とかいないの?」
「姉と兄がいる」
「へー末っ子なんだ! っぽいねー」
「ぽい?」
「うん。末っ子に見えるねってこと」
「ふん。ところで、その小さいのは話ができるのか?」
「ああ、スマホ? そうだよ。遠くの人と電話したりできる」
「でんわ?」
「うん。イヴェリスとゴグが離れててもテレパシーみたいなの送れるでしょ? そんなやつよ」
「ほう。人間も進化しているのだな」
「うん、文明がね」
イヴェリスが私の手からスマホを取り上げると、物珍しそうに眺めては画面をさわっている。
「そうだ! イヴェリスにも一台あげるよ」
「あるのか?」
「前のやつだけど。その代わり、simカード入ってないから家の中でしか使えないよ?」
「しむっ……わからぬ」
「まあ、外出ないから関係ないか。ちょっと待ってて」
異国の言葉を聞かされているかのように難しい顔をするイヴェリスにいちいち説明するのもめんどうで、引き出しの中から半年くらい前まで使っていたスマホを取り出した。
「いま充電するから、使えるまでちょっと待ってて」
「じゅーでん?」
「んー。このスマホに魔力を溜めてるみたいなもん」
「ふむ」
イヴェリスは充電されているスマホを不思議そうに眺めている。急速充電ですぐに数パーセント溜まると、ポワンと音と共に電源が入る。
その瞬間、ビックリしたのか目を見開きながらも、たまに指でつんつんと触っては、画面がパッと点くたびに「おおっ」と嬉しそうに。
“小さな光る壁画”とでも思っているんだろう。
「さて。じゃあちょっと買い物行ってくるから、今日もお留守番お願いね」
今日は買い物するだけだからスッピンにマスク、適当な服で十分。
玄関に無造作に散らばっているスニーカーを履いていると、さっきまでスマホに夢中だったイヴェリスがのっそりとやってきて
「すぐに帰ってくるか?」
なんて意外な言葉を、壁に寄りかかりながら聞いてきた
「え。あ、うん、すぐ帰ってくるよ」
その言葉に思わず動揺して、声がどもってしてしまう。
「なら、いつもと違う味のアイスを買ってきてほしい」
「あー……はいはい」
なんだよ! アイスが食べたいだけかよ!
はあ。もう、くだらないことでいちいちドキドキするのやめたい……。
玄関の扉を開けるのと同時くらいに、ゴグが部屋の奥からとんできて私の頭の上にポスッと着地する。
「ゴグ、頼んだぞ」
「きゅっ!」
「いってきまーす……」
バタン
自意識過剰
この言葉が太文字で脳内に浮かび上がってくる。
期待をしているわけではないし、わかってはいるのに、0.1ミリでも「そんなこと言ってくれるなんて」って喜びそうになった自分の頬をはたきたい。
「ゴグ、いこっか」
「きゅう」
そういえば、お昼過ぎなのにイヴェリス起きてたな。サングラスさえあれば昼間も起きてられるのかな。
最寄りの駅から電車に乗り込み、3駅先にある目的のお店に向かう。
ほんと、電車に乗っている間はなにひとつ前の世界と変わってないんだよな。
お店に入って、メンズコーナーの階数をチェックして。その前にちらっと自分の服も見て。
普段はすごくカジュアルな格好しかしないけど、たまにワンピースが欲しくなる。どこに着ていくわけでもないけど、かわいいデザインを見つけると、欲しくなる。ま、試着して似合わなくてやめるってのがほとんどだけど。
レディースフロアから、メンズフロアに移動する。夏に向けて、Tシャツを中心にずらりと並んでいる。きっと、どれ着せても似合うんだろうな――なんて考えながら、値札を見ながら物色する。
「んー。とりあえず安さでいこう。」
コスパの良いお店とは言え、ちょっとオシャレなデザインになると枚数は買えない。
どうせ本人はデザインなんて気にしないだろうし、予算もないし、安くてなんぼでいかせてもらおう。
私的には白とか着せたいけど、たぶん本人は白=明るいから嫌がるだろうな。
やっぱり黒か……。
手当たり次第、黒のアイテムを見つけては引っ張り出してイヴェリスに似合いそうか考える。
「これもいいか……」
手に取っては、頭の中でイヴェリスが着ている姿を想像してみる。着せ替え人形かのごとく、イメージのなかで何枚も。
「え、これ絶対似合うじゃん! わ、でもこっちもいいな……」
そんなことしながら選んでるもんだから、いつのまにか“なんでもいい”から“着せたい”という欲にすり替わり――レジに行こうとカゴの中を見たら、10枚くらい入ってた。いや、さすがにこれはお財布が悲鳴を上げる。悩みに悩んで、トップス3枚とパンツ2本に絞った。
あとは下着か……。
まさか家族用以外で男物のパンツを買う日がくるなんて、思わなかった。
派手なデザインから白のブリーフまで並ぶ下着売り場。さすがにここは想像するのもあれだから、無難な黒の3枚セットをカゴに放りこんで足早にレジへと向かった。
合計で1万5000円も買ってしまった――
私でもこのお店ではこんなに買ったことないっていうのに。ヒモの彼氏がいるとこんな感じなんだろうか……。
私の場合はねだられているわけでもなく、勝手にやっているだけだけど。
いや、それだともっとタチが悪いか。
「よし、次はペットショップいこっか!」
「きゅ?」
さらに階数を上がって、今度はペットショップへと移動する。
「なにかいいものあるかなぁ」
家の中では常に姿を消しているゴグのために、ゆっくりできるスペースを作ってあげたくて。
「すみません、モモンガ用のベッドみたいなのってありますか?」
「モモンガでしたら、こちらですね!」
「ありがとうございます」
店員さんに小動物コーナーに案内してもらうと、そこにはウサギやハムスターの他にモモンガ用のグッズが充実していた。
「えー! かわいい! ゴグ、どれがいい?」
「きゅきゅ!」
モモンガ用のベッドは、どれもハンモックみたいになっている。
ゴグは姿こそ現さないけど、目の前のベッドがひとつずつ揺れるのを見て、寝心地を試しているようだった。
「きゅぴ」
どうやら決まったらしい。
「これがいいの?」
ゴグが選んだのは、ふわふわの生地で作られた三角のハウス型ハンモックだった。
「5,900円になります」
「え」
そんなしないだろと思って、値段も見ずにレジに持っていったはいいけど、まさかの値段で……。こんなに小さいのに、イヴェリスの服3枚分よりも高い買い物になってしまった。
「きゅきゅっ」
「ゴグが嬉しいならいいです……」
結局、いつもより多めにいれてきたはずのお財布はすっからかんになり、最初に見た自分の服は買えずにご帰宅となった。
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