【完結】おひとりさま女子だった私が吸血鬼と死ぬまで一緒に暮らすはめに

仁来

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第76話 別れ

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「イヴェリスが死んだら、私、別の魔族に殺されちゃうんでしょ? そんなのやだよ!」
「トマリに守らせる。お前を殺させない」
「やだよ! それでもしトマリまで殺されたら、私一人だよ! 魔族に拷問されて、ひどいめにあって殺されちゃうかもしれないじゃん!」

 テレビ台に置いてある時計をチラッと見ると、いつのまにか11時を過ぎていた。
 あと1時間。あと1時間でどうにかイヴェリスを説得しなきゃいけない。

 イヴェリスが私の血を飲んでくれないなら、トマリが私を殺してくれるって約束は、もうないようなものだ。

「死ぬなら怖くない方がいいし!」
「でも、俺はお前を失いたくはない!」
「最初からそのつもりで私のところ来たんでしょ!? だったら最後まで責任とってよ!」
「その時は、俺だってこんなことになるとは思わなかった!」
「そんなの、私だって一緒だよ!」

 ギリギリになってまで、どっちが死ぬかで喧嘩をしている。
 なんとも変な展開になってしまった。

 こんなことになるなら、冷酷なままのイヴェリスで戻って来てくれた方がよっぽどことがスムーズに運んでいただろうに。

「イヴェリスはもう私のことなんて好きじゃないでしょ! なら、いいじゃん!」
「バカを言え! 俺がいつお前を好きじゃないなんて言った!」
「だって、あのとき美月さんと!」
「あれは、お前に俺を嫌いになってほしくて!」
「な、なにそれ!」

 その喧嘩の流れで、思わぬ方向に話がそれていく。

「なんで私がイヴェリスを嫌いにならなきゃいけないの?」
「そうしたら、お前は俺を忘れて人間同士で恋ができると思ったから」
「そんなのっ……。もしそうなったとしても、どうせ私は死ぬんだよっ」
「もしそうなっていたら、俺は今日お前の前に現れるつもりはなかった」

 頭の中がおかしくなりそうだった。
 もし、あのとき湊さんと付き合うことになっていたら、イヴェリスはどこか一人で死ぬつもりだったと言っているようなものだ。でも、結果的に私は湊さんと付き合うことはなかった。そこまで考えて、目の前にいるイヴェリスの顔をもう一度見る。

「じゃあ、なんで今日ここに来たの?」
「それは……」

 私の問いに、イヴェリスは言葉を詰まらせる。
 視線を外すと、少し小さな声で

「どうしても、会いたくなってしまった」

 そうつぶやいた。

「もう会えないと思ったら、もう一度会いたくなってしまった……」
「なにそれ。今までイヴェリスは美月さんと一緒に居たくせに?」
「ああ」
「私のそばじゃなくて、美月さんのそばにずっといたくせに?」
「ああ……」
「それで私がイヴェリスのこと嫌いになると思った?」

 バカみたいだ。本当に、バカみたい。
 私を失いたくないからって逃げて。
 私が他の人を好きになれるようにって、わざと嫌われるために美月さんと一緒にいるところを見せて。

 でも、私も似たようなものだ。
 イヴェリスのことを忘れたくて湊さんと一線を越えて。
 ずっとそばにいてくれたトマリに甘えて。
 それでもイヴェリスが好きな気持ちがなくならなくて、毎日会いたいと思ってばかり。

 今日だって、どんな形でも会えるのを楽しみにしていた。

「私は、イヴェリスが美月さんと幸せになってくれたらそれでいいってずっと思ってたんだよ。なのに、なに会いたいって。そんなの、まだ私のこと好きみたいじゃん」
「言っただろ。俺はお前以外の人間に興味はないと」
「バカじゃないの」

 お互いに想い合っている時間が、ただの空白の時間になっていく。

「私がイヴェリス以外を好きになれるわけないじゃん」
「俺だって、一日も一秒もお前のことを考えなかった日はない」

 そんなこと今言われても、もっと早くに聞きたかった。戻って来てほしかった。なんだか急にムカついてきて、イヴェリスの胸に軽くパンチを入れる。イヴェリスには痛くもかゆくもないのはわかってるけど。

「じゃあ、まだ私のこと好きってこと?」
「好きだから……失うのが嫌なんだ」
「……私だって同じだよ。バカッ」

 もう一度イヴェリスの胸にパンチを入れようとして、今度はその腕を掴まれる。イヴェリスの赤い瞳が、私を動かなくさせる。

 気づけば、お互い惹かれ合うように唇を重ねていた。
 呼吸することも忘れて、空白の時間を少しでも埋めるように。
 それはイヴェリスも一緒で、頭を抱え込んで離そうとはしてくれない。

 その間にも、時間は過ぎていく。

「ん……イヴェリスっ」
「やめろ、いまその声で呼ぶな……」

 頭が真っ白になっていく。
 何も考えたくないし、このまま時間が止まればいいって何度も心のなかで願った。

 でも、時間は止まってはくれない――


「うっ……」
「……イヴェリス?」


 急にイヴェリスが苦しそうに胸を押さえる。
 時計を見たら、既に12時を過ぎていた。

「苦しいの?」
「気にするな……」

 心配かけまいと、イヴェリスが笑う。
 でも、その笑顔はすぐに消え、苦痛で顔が歪んでいく。

「っ……」
「イヴェリス! 私のことはいいから、早く血のんでよ!」

 はぁはぁと苦しそうに呼吸をするイヴェリスが、バタンとベッドに倒れこむ。

「トマリ! イヴェリスがっ!!」

 苦しむイヴェリスを前に、私もパニックになる。
 どうしていいかわからず、ここにいないトマリを思わず呼ぶ

「イヴェリス!」

 すると、私の声を聞きつけたトマリがその場に姿を現した。

「すまない、トマリ……蒼のこと、たのむ」
「おい、しっかりしろ! お前が死んだら蒼がまた悲しむだろ!」

 トマリがイヴェリスを抱き上げて、声をかける。
 さっきまで漂っていたイヴェリスの甘い香りがピタッと消える。

「トマリ! 嚙んで! 早くイヴェリスに血、のませて!」
「で、できねぇよっ……」
「いいから!」

 トマリの口の前に、自分の腕を出す。
 早く、早く血をのませないと本当にイヴェリスが死んでしまう。

「トマリ!」

 どんなに名前を叫んでも、トマリは私の腕を嚙もうとしない。
 こうなったら、もう自分でナイフでもなんでも切るしかない。

「おい、蒼! やめろ!」
「離して! イヴェリスが死んじゃうっ!」

 イヴェリスを抱いていたトマリが、私の方に来て腕を押さえつける。

「イヴェリスッ! やだっ、他の魔族に殺されるくらいならイヴェリスが殺してよっ!」

 トマリが私の手からナイフを奪い取ると、そのまま遠くに投げ捨てる。

「最初に血を捧げることができるのは喜ばしいことだって、自分で言ってたじゃん! 今なら喜んであげるから、血のんでよっ」

「蒼っ……」

「お願いだから……ちょっとでもいいから……」

 力なく私の名前を呼ぶイヴェリスを抱きしめながら、零れ落ちる涙でイヴェリスの頬を濡らす。

「お前と出会えて……幸せだった」

「私も幸せだよ」

「初めて好きという気持ちを知れて、よかった……」

「私もだよっ」

「泣くな……俺はいずれどこかで生まれ変わる……そしたらまた必ずお前に会いに来る」

「その時には、私はもう死んでるよっ」

「お前が死んで生まれ変わっても……俺は必ず見つけ出す……」

「そんなの、私にはわかんないよっ……」

 イヴェリスの手の平が、私の頬に触れる。
 前みたいに笑いながら、涙を拭ってくれる。

「蒼……お前は生きろ…。俺も、トマリも、お前を誰にも殺させない……」

「最初と言ってること全然違うじゃんっ」

「ふっ……すまない。でも俺は王だ、そのくらい死んでもできる……」

「死んでほしくないよっ……」


 だんだんと、イヴェリスの姿が薄くなっていく。
 向こう側が透けて見えそうだった。


「イヴェリス……やだっ、ほんとに死んじゃうよっ」

「蒼、好きだ……」

「そんなの、今言われても嬉しくないよ!」

「ずっと言えなかったんだ、今くらい言わせてくれ……」

「自分が悪いんじゃんっ……」

「そうだな……。すまない……また泣かせてしまった、智に殴られるな……」


 どうしたらいいかわからなくて、このままだと本当にイヴェリスは消えていなくなってしまう。消えるべきは私で、イヴェリスじゃないのに。

「トマリ、どうにかしてよっ、トマリッ!」

 私と同じように、どうしたらいいかわからない様子で立ち尽くすトマリの腕を掴んで揺らす。
 このまま、何もできずにイヴェリスを死なせるのは嫌だった。
 どうにかして、イヴェリスを助けたかった。

 きっとイヴェリスも同じように、私を助けたいんだと思うけど。
 でも、そんなことを考えている間にもどんどんとイヴェリスの呼吸は浅くなり、半透明になっていく。

「まって、イヴェリス……お願い、一人にしないで、もうやだよっ」

「お前は……もう一人じゃないだろ」

「イヴェリスがいないと無理だよっ……」

「どちらにしろ、俺はお前のそばに居てやれない……」

「でも死んだら一生会えないじゃんっ!」

「それは……俺がお前の血をのんでも同じことだろう……」


『本当にお前は、おかしなやつだ』とでも言いたそうに、呆れたように笑うイヴェリス。

 もうダメなの? このまま、私はイヴェリスが消えるのを見守るしかないの? 


 
 そう思った瞬間――



「イヴェリス様! 今すぐ蒼様の血をお飲みください!」

 って、誰かが叫ぶ声が聞こえた。
 声がする方に顔をあげると、そこには見知らぬ一人の青年が立っていた。

「今は一口で構いません、とにかくお飲みください!」

 その声に、もう消えかけていたイヴェリスが反応する。
 すると、それまで私の血を一切飲もうとしなかったイヴェリスが、私の首筋へと手を伸ばしてきた。
 それに合わせて、私も咄嗟にイヴェリスの口元に首筋を持っていく。


「ッ……」


 イヴェリスの荒い息遣いと共に、鋭い牙が首筋に刺さる。
 不思議と痛みはない。けど、そこから血を抜き取れる感覚が、なんとも言えない気分にさせられる。
 吸いつく音と、ゴクッと喉を鳴らす音がすぐ近くで聞こえるたびに、全身が痺れたような感覚になる。

「はぅ……」

 頭がクラッとして、目の前が急にチカチカしてくる。
 イヴェリスの血を飲む勢いが止まらなくて。極限まで喉が渇いていた人みたいに、私の血を勢いよく飲んでいくのがわかった。

「トマリ様! イヴェリス様を離してください!!」

 ああ、私はこのままイヴェリスに血を飲み干されるんだ。
 そう悟ってホッとした瞬間、意識が遠のいていった。

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