恋は盲目、彼女は全盲

蜃気楼

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第五話 大嫌い

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直樹は着替えた私服の上にパーカーを羽織り

直子を迎えに行くために玄関を出た。
二軒隣の直子の家までは1分もかからなかった。
インターホンを押そうとすると玄関の方からドアの開く音がした。
直子が私服に着替えて出てきたのだ。

「お?グッドタイミングか?」
「直樹?別に迎えに来なくても、このくらいの距離なら...」
「暇だったんだよ」

直子の言葉を遮りながら答える。
さっきまで忙しそうに掃除していた直樹が本当に暇だったかどうかは
怪しい所である。
もちろん直子にも掃除機の音は聞こえていただろう。
ここは閑静な住宅街の上、直子は恐ろしく耳が良い。
ただここで一々問い詰めるようなことはしなかった。

「そっか、ありがと」
「ん」

たったそれだけの短い会話。
だが二人にはこの会話だけで十分だった。
その後、直子を自宅まで案内し自室まで手を引いてきた。

「部屋の中は片付けてあるから」
「うん、ごめんね。面倒かけて」
「もう慣れたさ」

さっき直樹が部屋を片付けていたのは
気持ち的に女の子を汚い部屋に入れるわけにはいかない
というのもあったが直子が本に躓いて怪我をしないようにという側面もあった。

これからの話が長くなりそうなので
直樹は一階に飲み物を取りに行った。

「あいつ紅茶好きだったよな」

そう言いながら用意したティーカップに
アールグレイのティーバッグを入れお湯を注いだ。
二人分を注ぎ終わるとカップをお盆に載せクッキーも添える。
そうして部屋に戻ってみると直子はベッドの上に座っていた。

「アールグレイね」

まだ部屋の入り口から5mほど距離があるというのに直子は易々と紅茶の品種を当てて見せた。

「正解、本当に紅茶が好きなんだな」
「うん、特にアールグレイは爽やかな柑橘系の匂いがして好きなの」

紅茶の話をする直子は心底楽しそうで、
幼い子供が友達と遊んだ事を母親に話している光景によく似ていた。
そんな事を口にすれば恐らく直子にひどく怒られるだろうが
幸い口には出ていなかったようで紅茶の話はすぐに終わった。

「それで?話したいことって?」

少々強引ではあるが直樹は紅茶を丸テーブルへ載せながら本題への軌道修正を図った。
これ以上の無駄話は無益だと感じたからだ。
それは直子も同じだったようで

「うん、話ってのはね。」

"これからはお互いに距離を置かない?"

直樹は思考が停止した。
しかしそれは一瞬だった。
次の瞬間には再起動した脳がオーバークロックされたPCのように
高速で処理を開始していた。

こいつは何を言っているんだろう。
俺が何かしてしまったか?
もしやあの自殺未遂が原因で嫌われた?
いや、病院でのあいつの態度を見てれば
そうじゃない事くらい容易に想像がつく。
じゃあどうして?

「な、なぁ...なんで距離を置くなんて言い始めたか理由を教えてくれよ」

直樹は今にも消え入りそうな声で直子に説明を求めた。
しかし直子は
「これ以上一緒にいても互いが不幸になるだけだから」
と言うだけで理由を深く語ろうとしない。
そんな要領を得ない回答では納得できない直樹は語気を強めて

「具体的に話せよ、どう不幸になるんだよ。
 少なくとも俺はお前と居て不幸だと思ったことは今まで一度もない」

急に荒々しくなった語気に驚きつつも直子は

「もう直樹と一緒に居たくないの。大嫌いなの。」

それだけを言い残し階段を下り自宅へと帰っていった。
直樹は突然告げられた言葉に驚き、身じろぎ一つできなくなっていた。

"大嫌いなの"この言葉は直子の人生で最も大きな嘘。
誰よりも直樹の事を思っているがために出た嘘。


直子は友人から聞いていた。
直樹が放課後に野球部の新人マネージャーをそれは熱心に見ていたことを。
そのマネージャーもまた直樹に好意を抱いていることを。

人に頓着しない直樹が熱心に見ていた女性さぞ美しいのだろう。
目も見えて、普通に歩けて、きれいな景色も見えるのだろう。
でも自分はこのまま直樹との関係が進んだとしてどうだろう。
付き合ったとしても同じ景色は見えない。
それどころか直樹には迷惑しかかけない。
それならいっそのことここでマネージャーに直樹の隣を譲り渡してしまってはどうだろう。
そうすれば直樹は普通の恋人と、普通の恋をして幸せになれる。
そこに私は要らない。
こういった考えが直子に"大嫌い"という言葉を言わせたのである。
もちろん直樹には知る由もないが...
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