異世界ナノマシン無双

雅けい

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第7話 鬼畜の証明

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 死んだ野獣の傍らに立つ京一郎が、不意に強烈なめまいに襲われた。
 バランスを崩して倒れそうになるがすんでのところで踏ん張り、かろうじてそれを防ぐ。
「さすがに、あれだけ走ればいろいろと涸れるか……」
 あれだけの時間を全速力で走り切るために必要なのは当然ナノマシンだけではない。身体を動かすためのエネルギーと体温冷却のために汗として発散する水分を大量に消耗する。
 肉体の疲労自体はナノマシンによる回復もできるだろうが、枯渇した物質はなんらかの方法で補わねばならない。
 かといって、こんな大草原の真ん中にコンビニがあるわけでもなく。
「あまり気は進まんのだが……」
 目の前に転がっている死体を利用するのがもっとも合理的であることは疑いようもない。
 しかし、いくら強化された肉体でも素手で野獣の肉を切るのは無理があった。
 京一郎は何か使えそうな物がないか周辺を見回した。
 幸運にも拳大の石を二つ見つける。
 きめの細かさを見るに泥岩であるようだ。
 結晶的な劈開面がない石であり、鋭利に削るには好都合だった。
 本当は刃物にするには黒曜石が最適ではあるのだが贅沢は言ってられない。
 片方の石を左手で地面に固定し、もう片方を右手で叩きつける。
 この時置いてある方の端を狙うことでそこに衝撃が集中し、その部分だけが欠けやすくなる。
 何度かそれを繰り返し、やや平たくて鋭利な切っ先を形成することができた。
 これならば多少力を入れれば石包丁として機能するだろう。
 用意した石包丁を持って、転がっている野獣の死体に取りつく。
 剛毛の毛皮をまさぐり、首元を確認すると石の刃で力を込め鋸のように切り裂いていく。
 刃が何度か往復するうちに、その傷口から赤い血がどんどんと漏れて滴ってくる。
 その量が十分に多くなると、京一郎はそこに口を近づけて躊躇なく血を啜った。
 血液はタンパク質、油分、ミネラル、水分など生命に必要なすべてを兼ね備えた万能飲料である。
 ただしヘム鉄が多く、日頃常飲するには鉄分過剰で毒にもなるのだ。
 しかし、緊急時に少量飲むには全く問題ない。
「油が多すぎだ……くどくてかなわんな……」
 充分量飲みこんだ京一郎の第一声はそれだった。
 獣臭く、鉄臭く、こってりとしたラーメンスープのような喉越しで、決して美味いものではない。
 500ccは飲んだだろう。げっぷすら生臭く、重く胃がもたれて吐き気を禁じ得ない。
「しかし、先ほど消耗した分くらいは補充できたか」
 おそらくこの血は数時間後には腐ってもう飲めなくなっているだろう。
 血液は食物としては非常に傷みやすいのだ。
 だが、残りの肉は食料として考慮する余地がある。
 草原の真ん中ではタンパク源は非常に貴重だ。
 脳内のマップに場所をメモしておく。
「さて、次の課題はあの木陰にいた何かの確認か」
 あれが人間、もしくはそれに類するものであった場合、何かしらの情報が得られる可能性がある。
 生きていても、死んでいても、だ。
 それにしてもあの大木から結構遠くまで走ってきてしまった。
 だいたい3分は走ったのだから、100m15秒換算なら1200mは離れたことになる。
 しかし、京一郎にはとりわけて急ぐ理由もない。
 無駄なエネルギーをつかわず歩いていくのが無難だ。
 歩けば15分程度、そんなに時間はかからなかった。

 ******

 京一郎が大木の近くに到着すると、やはりヒトに近い存在であるとの彼の予想は当たっていた。
 頭に焦げ茶色のフードを深く被り、根元の木陰で木に持たれかかったまま動いていない。
 素朴な衣服を着たその身体の大きさはかなり小さい。
 もともとそういう種族なのか、それともまだ子供なのかまだ分からない。
 京一郎はにじり寄り、そのフードを暴いた。
「なんと……」
 一番最初に彼の目に留まったのは、その耳だった。
 髪の生えたほぼヒトと同じ頭部なのだが、本来耳たぶがある場所にまるで猫のような形の毛で覆われた耳があり、横に伸びて力なく垂れていた。
「まるで漫画の獣人だな」
 顔はわりと整っていて、子供のような愛らしさが感じられた。
 女の子か美少年か、身体を詳しく調べないことには判別はつかないが、興味本位でそこまでしていいものか。
 その判断は保留し、京一郎が指で閉じていた瞼を慎重に持ち上げた。
 ほぼ人と変わらない瞳だった。
 すこし光彩の形状が違うかもしれない程度。
 無理やり目を開けてもその眼球は微動だにせず、なにも見ていないようだ。
 しかし、瞳孔は開ききってはいない。
 口元に耳を近づければ、非常に弱弱しいが呼吸が確認できた。
 この獣人はかろうじて生きている。
 だが、意識を失う程に非常に弱っているようだ。
 右手をとって持ち上げてみる。
 すこし爪が鋭いかもしれないが、ほぼヒトと大差ない手。
 その手首に指を当て、脈拍を確認する。
 異常に脈が速い。
 若干体温が高い気がする。
 これがこの種族の普通なのかはわからないので、額に手を当てもう一度その体温を確かめる。
「……熱いな。約40℃といったところか」
 明らかに熱病の温度だ。
 いくら動物に近い存在だと仮定しても40℃は高すぎる。
「熱病が耐えれず木陰に縋りついて、そのまま動けなくなったのか」
 この獣人があのような危険な野獣が闊歩するこの場所に来た理由はわからない。
 問題は意識がないところまで熱病が悪化しているということは、早く治療しなければ命にかかわるということだ。
「どうする……」
 京一郎は何も薬など持っていない。
 この獣人も持っていたらすでに自分に使っているだろう。
 だが、自分のナノマシンならどうにかできるかもしれない。
「細菌性かウィルス性か、それとも全く未知のファクターか。まずは原因を調べる必要があるな」
 そのためにはこの獣人の体液を調べなければならない。
 と言っても当然、注射器など血を抜く道具は持っていない。
 ならば一番簡単に採取できるのは唾液だろう。
「産まれてこの方、こういうことには縁が無かったんだがな……」
 京一郎は獣人の口を開き、そこに自らの口を重ねた。
 口の中を舌でまさぐり、可能な限り唾液をかき集める。
 歯は大きな犬歯を含め全体的に人間より鋭く、気をつけなければ自分の舌を切ってしまいそうだった。
 獣人の唾液を京一郎は口の中に溜め、その成分を解析用のナノマシンで分析する。
 多数の細菌が検出できるが、人体を害する毒素を排出しているようなもの見つからない。
 ほぼ一般的な口内細菌だけだ。
 もっと検出能を上げ、さらに細かい物質に注目する。
 唾液に含まれる多くの細胞の破片、酵素、その中に紛れて明らかに数が多いものがあった。
 ウィルスだ。
 そのウィルスは京一郎の口内において、瞬く間に彼の細胞に取りつき増殖を開始していた。
 その細胞片は短時間で多量のウィルスを吐きだした後、免疫系に異物と認識され攻撃が始まっている。
 その仕組みは一般的な風邪に似たものだったが、どうやらこのウィルスはかなり無差別に様々な種類の細胞へ取つくことと、増殖能力が半端なく高いようだ。
 だから食細胞系でのウィルス排除が間に合わず、体内のあちこちでNK細胞などの無差別攻撃が行われる結果、全身の臓器が炎症を起こし高熱を引き起こしていると考えられる。
 この様子だと成長期で免疫力の強い生物、つまり体力がある若者ほど重篤になりやすいだろう。
 データを取り終えた唾液をペッと吐き捨てる。
「根本的に治療するならウィルスだけを徹底的に破壊するナノマシンを送り込めばなんとかなるかもしれないが、ウィルスを駆除し終わるまで少女の体力がもつのか?」
 いや、ナノマシンをつかってサポートすれば体力的なことは問題ではない。
 ある臓器を除けば、たとえ深刻なダメージを受けても修復は容易である。
「そう、問題は脳の保護だ。熱で脳がやられることが今は彼女の死に直結する」
 京一郎の開発したオーガニックナノマシンならば熱電ペルチェ素子を用いるような強力な冷却システムを構築することは理論上不可能ではない。
 だがそのプランは極めて大掛かりで、今は必要な時間も余剰ナノマシン量も全く足りない。
 では、脳の直接的な冷却が難しいのならば間接的に行うのはどうか。
 脳に熱を運んでいるのは血流だ。
 脳細胞自体が発熱しているわけではない。
 だから、血流を低下させれば脳の温度上昇を食い止められるかもしれない。
 しかし血流の低下は脳に必要な酸素や栄養の欠乏を引き起こし、脳細胞を死滅に追い込む。
 だが、酸素や栄養を血球の代わりにナノマシンで大量輸送することならば比較的容易なのではなかろうか。
「よし、その方法でいこう」
 脳内でマシンの設計を開始する。
 あまり悠長にはしてられない。
 ……のだが。
 不意に彼の脳裏で一匹の悪魔が囁いた。
 どうせ脳にナノマシンを送るのならば、自分のようにこの獣人の脳細胞にもナノマシンを定着させてしまうのはどうだと。
 ナノマシンが定着した脳同士ならば、脳内のあらゆる情報を一瞬のうちに交換することが可能だ。
 それで獣人からこの世界の情報を、今のうちに引き出しておくのだ。
 どうせ絶対に助かるという保障は無いのだから。
「……脳に定着させるだけならば、余剰ナノマシンをデフォルト設定のまま送るだけでいい。極めて簡単な作業だ」
 あまりにもぞっとしない考えではあった。
 しかし、極めて合理的な発想だ。
 合理的ならば彼にとって行わない理由は何も無かった。
 彼は俄かに白衣を脱ぎ始めた。ついでにスラックスも。
 京一郎は小さな獣人の身体を地面に寝かせて白衣で包み込むと、白衣の袖をぐるりと一周させてきつく縛り上げた。
 それが終わると今度はスラックスを縄代わりに細い足を固く縛った。
「緩衝剤を用意する時間が惜しい、ちと君には地獄だろうが……」
 完全に拘束が完了した獣人の口に、もう彼が一度口づける。
 今度はさっきとは逆に自分の唾液を送り込むために。
 まずはウィルス破壊のナノマシン、続いて脳に送るのナノマシン、心肺機能を補うナノマシン、最後に脳血流を低下させるナノマシン。
 その四つを順番に充分量送り込んで口を離すと、即座に胸元に入れてあったハンカチを獣人の口へとねじ込んだ。
 そして京一郎は獣人の上に馬乗りになり、両手と額を使ってその頭部を地面にしっかりと押し付けた。
 この後、この獣人が激しく暴れ出すことを彼は身をもって知っているのだ。
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