異世界ナノマシン無双

雅けい

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第8話 ケモミミ狂騒曲

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 それは激闘と呼ぶに相応しい光景だった。
「んーーーーーっ!」
「ふんぬっ!」
 目を見開き、塞がれた口で声にならない声を上げながら、縛られた身体でバッタンバッタンと暴れまわる獣人。
 その上から力づくでその上体だけはがっちりと固定する京一郎。
 頭部だけはしっかり固定しないと、地面に頭を叩きつけて脳挫傷を起こしたり、無理に首を曲げて頸椎を折ったりしかねないのだ。
 ただ下半身まではさすがに抑えきれないため、勢いをつけて両足を振り回されると、バランスを崩して振り落とされそうになってしまう。
 そのたびに何度も強烈な頭突きを食らい、一度ならず鼻っ柱に直撃しているため京一郎の鼻からは血が滴っていた。
 格闘技ならマウントポジションを取っていれば圧倒的優勢と言われるのだが、残念ながらこれは格闘技ではなく半分は人命救助なのである。
 もっとも、残りの半分の彼の都合で自身が痛めつけられているので全くの自業自得なのだが。
 ちなみに、これでも脳血流を抑制している分、彼の実験の時よりも遥かにゆっくりと定着が行われているはずである。
 しかし、ゆっくりと定着するということは、それだけ完了までに多くの時間がかかるということ意味している。
 かれこれ獣人が暴れ出してからすでに1時間は経過したが、一向に動きが収まる気配はない。
「んんんーーーーーー!」
「くそ、まだ終わらんのか」
 流石の京一郎にも疲労の色が見え始めてきた。
 まぁ、激痛に苛まれている方にとっては、疲労程度で済むのは許されざることだろうが。
「んぐっ!…………」
 突然、のどを詰まらせたような今までとは異なるうめき声があがった。
 その途端、暴れていた獣人はピタッと動きを止め、身じろぎ一つしなくなった。
「やっと終わったか……」
 しかし、人形のように固まったその状態を見て、京一郎の頭には何か引っかかるものがあった。
 それは最悪のケース。
 彼は恐る恐る真下にいる獣人の鼻元に手をかざした。
「!?」
 京一郎は慌てて獣人の上からどいて、拘束や口にねじ込んだハンカチをすべて取り払う。
「気道確保! 人工呼吸開始!」
 獣人の顎を上げ、口を塞ぎ、鼻の穴から息を吹き込むことを2回、息が吐きだされることを確認してから胸骨の上から心臓マッサージを開始する。
 暴れるのが止まったのは脳へのナノマシン定着が終わったからではない。
 ただ単に心肺停止になっただけだ。
 ナノマシンを使って心肺強化をしていたものの、それでも限界が来たのだ。
 ただでさえ病気で弱っていたところを下手にナノマシンで強化したせいで、かえって心肺を限界まで酷使する結果につながったにちがいない。
 京一郎は胸骨を圧迫するマッサージをしながら、獣人の胸に男性とは思えない程度にふくらみがあることに気がついた。
「くそっ、この獣人は女の子だったのか」
 自分勝手な都合で無辜の存在に無断で苦痛を与えた上に、それがか弱い女の子に対してだったということで、彼の道徳的なレベルは地の底まで落下していた。
 そして、一連の心肺蘇生法を繰り返すこと約5分。
「ゴホッ……はぁ、はぁ……」
 彼女は自発呼吸を再開した。
 奇跡的としか言いようがなかった。
 病気ではなく京一郎が彼女にとどめを刺してしまうところだった。
 まだ彼女の意識は戻らないが、もう暴れないということは脳へのナノマシン定着も完了したようだ。
 複雑な面持ちで腰を下ろし、安堵の溜息をつく京一郎。
 その胸を突き刺すかすかな痛みは、己の未熟さへの羞恥心か、それとも人並みの罪悪感か。
 彼にとってそれは分からなかった。
 京一郎は彼女の額や、脇の下に手を当てて熱を測る。
 平熱よりは幾分か高いが、もう危機的という程の状態ではない。
 脈拍もだいぶ落ち着いてきている。
 治療用のナノマシンもそろそろ設定どおり機能を停止し、自壊し始めているはずだ。
 彼女が目を覚ますのも時間の問題だろう。
「だが、その前にだ……」
 毒を食らわば皿まで。
 もはや自分は善人とは呼べないほどの悪事を働いたのだから、本来の目的もきちんと果たさねばむしろ失礼ですらある。
「ちょっと頭の中を覗かせてもらう」
 険しい顔で彼女に三度目の接吻をすると、粘膜の接触を通じて彼女の脳内にアクセスを開始した。
 プライバシーもなにもあったものではない。
 だが、京一郎にとって彼女のプライバシーは色々な意味でどうでもよかった。
 とにもかくにも欲しいのはこの世界の情報。
 とくに言語、文化、土地といったこれから生きるのに必要な知識だけだ。
 それに莫大なデータのコピーを超高速で行う際に、いちいち一つ一つの内容を見てなどいられない。
 だいたい10分くらいはそうしていただろうか。
 顔を離して、口元を拭いながら京一郎がつぶやく。
「だいたい写し終わったか。しかし、彼女一人分の情報ではまだ若干物足りない気がするな」
 少女一人の人生では、知識も経験もいまいち不十分なのは否めなかった。
 それでも日常会話に困らない程度の知識は手に入れられたのは幸いか。
「……念のため彼女のナノマシンの機能はロックしておかなければ」
 京一郎は彼女の耳元であらかじめ設定してある管理者用パスワードを囁いた。
 おそらく彼女にとってその言葉は意味不明な発音の羅列としか思えないはずだ。
「さて、散々彼女を痛めつけた罪が簡単に贖えるとは思えないが、せめて彼女を村に送る届けることくらいはしなければならんな」
 軽く彼女の最近の記憶を読み取ったが、彼女のかかっていた熱病が村全体に蔓延しているらしい。
 しかも、感染を恐れた他の集落からは助けが得られず孤立しており、まだかろうじて動けた彼女は遠くの町へ助けを求めに、独断でここまで歩いてきたようだ。
「健気な少女だ」
 そんな少女にか。
 彼の良心がそんな嫌味を言ったような気がした。
「しかし、だいぶ日が傾いたな。今日はここで一夜を過ごすしかないか」
 あえてその声を無視して独りごちる。
 まぁ、彼女の村の場所を特定するのに必要な情報が極めて間接的で、京一郎でも正確な位置がつかめていないのは事実。
 だから彼女が朦朧とした意識ながらも記憶してきた道程の記憶を頼りに戻らざるを得ないのだが、夜になれば風景が一変するためそれもあてにならなくなる。
「いろいろあった一日だ。私にとっても休息が必要だろう」
 体力云々より精神的に疲れ果てていた。
「草原の夜は冷えるだろう。火を起こす用意をしなければ」
 火打石に必要な鉄片などあるわけがなく、原始時代のように摩擦で火起こしするしかないと思うと甚だ憂鬱であった。
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