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第三話
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「すみません、取り乱しました」
ベッドに寝かせた後、目を覚まして正気に戻った塔子さんが頭を下げる。しっかり手入れされた長い黒髪を一つ纏めにしていてスーツもビシッと着こなし、化粧なども大人っぽさを演出するようにちゃんと考えているザ・社会人な女性だ。ただ、重度の百合オタクなために少しでも百合の気配を感じればそれに反応してしまい、供給が多すぎると限界化して声を上げながら白目を向いて気絶したり一定時間それについての話しか出来なくなってしまうというちょっと、いやかなり困ったところがある。そんな人だからこそ私にガールズラブのラブコメなどを書かせるのだ。
「美音、この人結構ヤバくないか?」
「私はもう慣れました……」
ため息混じりに言う。まだまだの私の作品でもいっぱい反応してくれるのは嬉しいけれど、その度に打ち合わせを中断せざるを得なかったり事情を知らない人の対応に追われたりするのは本当に困っている。そこさえなければ本当に理想の女性像だと言えるのに。
「さて、太刀川さんは家政婦とのことですが、少々由利先生との距離が近いように見受けられます。昨日から住み始めたと仰っていましたが……それより前から交流がおありなのですか?」
「いえ、本当に昨日からです」
「本当ですか……? 本当は小さな頃に将来を誓い合った仲で、昨日運命の再会をしてそして長年の募った想いが爆発してとかそういった萌えに溢れた展開はないんですか? それで由利先生が弱いところを攻められながらも太刀川さんからの愛を一心に受けて悶え、そしてエクスタシーを感じながら太刀川さんへの愛の言葉を叫ぶ。そんな甘い展開は、ないんですか!?」
「ないですよ!?」
塔子さんの爆発した妄想に驚きながらそれを否定する。この人は本当に私達を何だと思っているのだろう。
「何故ですか!? それでもあなたは百合ラブコメ作家なのですか!?」
「それは塔子さんに乗せられて書いてるだけですよ! そもそも私はラブはラブでも普通の恋愛が書きたいだけで、恋に悩みながらも好きな男の子の事を想ってまっすぐに進んでいく。そんな甘酸っぱくも胸がキュンとなるような作品が書きたいんです!」
「そんな女でも心の奥底ではエロスを求めてるんですよ! 同性に愛されていっぱい乱れていっぱい喘いでたらいいんですよ!」
「各方面を敵に回すような発言止めてくれません!?」
ダメだこの人。やっぱりこの人を理想の女性像にするのはよくない。それに気づいただけでも私を褒めてもいいだろう。
塔子さんを見ながらうんうんと頷いていた時、凛莉さんが私の肩に手を置いた。
「とりあえずこの人の事はなんとなくわかった。というか、この人ならほんとのとこを話しても問題ないんじゃないかい?」
「……そうですね。塔子さん、とりあえずお話をするので聞いてくれますか?」
「わかりました」
塔子さんが頷いた後、私は昨晩から今朝に至るまでの事を塔子さんに話した。話している間、塔子さんは頷きながら話を聞いていて、話が終わると同時にふうと大きく息をついた。
「なるほど……太刀川さんは家政婦というわけではなく、まだお役所への手続き等も済んでいない状態の方ですが、由利先生からすれば太刀川さんとの共同生活は別に構わないと思っているわけですね」
「構わないというかは、若干の諦めというか……」
「アタシは既に胃袋は掴んでるからね。次は心を掴むだけさ」
「心は……まあ、まだ掴まれてはないですけど、凛莉さんは綺麗な女性だと思ってますよ。料理も上手だし、それはすごいなと感じてます」
「へえ?」
凛莉さんが少し驚いた顔をする。私の口から出た言葉が予想していないものだったんだろう。余裕のある様子しか印象がない凛莉さんを少しでも驚かせられたのなら多少は調子に乗ってもいいと思う。
「こほん!」
塔子さんが咳払いをした。この咳払いを普通の人は話を本筋に戻そうとしているものだと思うかもしれないけれど、塔子さんが話を戻す時はすかさず口を挟んで無理矢理戻すタイプだ。塔子さんが咳払いをするのは、目の前にある百合から発せられる波動から目を覚ますためにするいわば気付けなのだ。
「さて、このまま打ち合わせに移ろうと思うのですが、由利先生に一つ提案があります」
「提案……ですか?」
「はい。いま先生が書いている『ゆりぱに!』に太刀川さんをモデルにしたライバルキャラを出す。いえ、ヒロインをそのキャラにするのもいいと思うのです」
「『ゆりぱに!』……?」
「それがいま私が書いてるラブコメです。でも、凛莉さんみたいなキャラを出すって……話をもっと展開させるためですか?」
塔子さんは小さく頷く。
「はい。姉御肌で料理上手なライバルキャラを出し、そちらに主人公が絡まれながらも少しずつ興味をひかれていく中でヒロインがそれに少しずつ嫉妬していき己の中にある主人公への気持ちに気づいてそれを昇華させていく。またはヒロインをそのキャラにガラッと変えてしまって大人っぽさを全面に押し出してくるヒロインに翻弄されながらも少しずつその魅力に惹かれていき、やがてヒロインの心の奥の暗さに気づいてそれを解決した上で二人は結ばれる。そういう展開もよいと思いませんか?」
「なるほど……」
塔子さんの提案もなんとなくわかる。正直展開に困っていたところはあるし、書き始めてから数日まったく筆が進んでなかったのはたしかだ。これは癪だけど塔子さんの提案に乗るのがベストなのかもしれない。本当に癪だけど。
「まあそんな感じで書くのはいいですけど、それでも筆がしっかりと進むかどうかは……」
「それなら太刀川さんとの共同生活での出来事を小説にすればいいんですよ。多少脚色を加えた上で」
「なるほ……ん? そうなると、主人公のモデルって私ですか?」
「その通りです。なんなら主人公を小説家にしてヒロインとの出会いをいま聞いたお話通りにしてもいいかもしれませんよ。中々にドラマチックな出会い方ですし、そういった衝撃的な始まりというのも読者を惹き付ける要因にもなりますから」
「アタシが小説のキャラにか……中々ない経験だし、書かれて困るような事をする気はないしね。アタシなら問題ないよ、美音」
「まあ……凛莉さんがいいならそうしますか。でも、そうなるとここまで書いてた内容を全部書き直しにしないといけないのかあ……」
そうしないといけないのは少し残念だ。なんだかんだで書いていた『ゆりぱに!』のキャラ達には愛着があったからあの子達とお別れをしないといけないのは残念だったりする。
「別に消す必要はないと思いますよ。『ゆりぱに!』とは別で書けばいいだけなので、まずは新しい方に注力していただいてその後に『ゆりぱに!』を改めて書けばいいのですから」
「あ、たしかに……でも、新作のタイトルも考えないといけないし、どんな風に脚色を加えていくか考えないといけないから大変だなあ……」
「その分生活面は支えるから頑張りな、美音。稼ぎ頭を支えるのはパートナーの役目さ」
「パートナーって……別に私達はそういう関係じゃないですよ?」
「へえ、アタシは美音ならいいと思ってるけど? それこそ夜のパートナーだって務められるしねえ」
「だ、だからそういうのは苦手だって……!」
また迫ってくる凛莉さんの綺麗な顔にドキドキしながら答えていた時だった。
「キッ!」
塔子さんがまたキャパオーバーで倒れた。今度は鼻血まで出ている。
「ああ、もう……!」
どうやら私の周りには変人しかいないようだ。その事を考えながら私は今後の生活が難航するだろうと確信して大きくため息をついた。
ベッドに寝かせた後、目を覚まして正気に戻った塔子さんが頭を下げる。しっかり手入れされた長い黒髪を一つ纏めにしていてスーツもビシッと着こなし、化粧なども大人っぽさを演出するようにちゃんと考えているザ・社会人な女性だ。ただ、重度の百合オタクなために少しでも百合の気配を感じればそれに反応してしまい、供給が多すぎると限界化して声を上げながら白目を向いて気絶したり一定時間それについての話しか出来なくなってしまうというちょっと、いやかなり困ったところがある。そんな人だからこそ私にガールズラブのラブコメなどを書かせるのだ。
「美音、この人結構ヤバくないか?」
「私はもう慣れました……」
ため息混じりに言う。まだまだの私の作品でもいっぱい反応してくれるのは嬉しいけれど、その度に打ち合わせを中断せざるを得なかったり事情を知らない人の対応に追われたりするのは本当に困っている。そこさえなければ本当に理想の女性像だと言えるのに。
「さて、太刀川さんは家政婦とのことですが、少々由利先生との距離が近いように見受けられます。昨日から住み始めたと仰っていましたが……それより前から交流がおありなのですか?」
「いえ、本当に昨日からです」
「本当ですか……? 本当は小さな頃に将来を誓い合った仲で、昨日運命の再会をしてそして長年の募った想いが爆発してとかそういった萌えに溢れた展開はないんですか? それで由利先生が弱いところを攻められながらも太刀川さんからの愛を一心に受けて悶え、そしてエクスタシーを感じながら太刀川さんへの愛の言葉を叫ぶ。そんな甘い展開は、ないんですか!?」
「ないですよ!?」
塔子さんの爆発した妄想に驚きながらそれを否定する。この人は本当に私達を何だと思っているのだろう。
「何故ですか!? それでもあなたは百合ラブコメ作家なのですか!?」
「それは塔子さんに乗せられて書いてるだけですよ! そもそも私はラブはラブでも普通の恋愛が書きたいだけで、恋に悩みながらも好きな男の子の事を想ってまっすぐに進んでいく。そんな甘酸っぱくも胸がキュンとなるような作品が書きたいんです!」
「そんな女でも心の奥底ではエロスを求めてるんですよ! 同性に愛されていっぱい乱れていっぱい喘いでたらいいんですよ!」
「各方面を敵に回すような発言止めてくれません!?」
ダメだこの人。やっぱりこの人を理想の女性像にするのはよくない。それに気づいただけでも私を褒めてもいいだろう。
塔子さんを見ながらうんうんと頷いていた時、凛莉さんが私の肩に手を置いた。
「とりあえずこの人の事はなんとなくわかった。というか、この人ならほんとのとこを話しても問題ないんじゃないかい?」
「……そうですね。塔子さん、とりあえずお話をするので聞いてくれますか?」
「わかりました」
塔子さんが頷いた後、私は昨晩から今朝に至るまでの事を塔子さんに話した。話している間、塔子さんは頷きながら話を聞いていて、話が終わると同時にふうと大きく息をついた。
「なるほど……太刀川さんは家政婦というわけではなく、まだお役所への手続き等も済んでいない状態の方ですが、由利先生からすれば太刀川さんとの共同生活は別に構わないと思っているわけですね」
「構わないというかは、若干の諦めというか……」
「アタシは既に胃袋は掴んでるからね。次は心を掴むだけさ」
「心は……まあ、まだ掴まれてはないですけど、凛莉さんは綺麗な女性だと思ってますよ。料理も上手だし、それはすごいなと感じてます」
「へえ?」
凛莉さんが少し驚いた顔をする。私の口から出た言葉が予想していないものだったんだろう。余裕のある様子しか印象がない凛莉さんを少しでも驚かせられたのなら多少は調子に乗ってもいいと思う。
「こほん!」
塔子さんが咳払いをした。この咳払いを普通の人は話を本筋に戻そうとしているものだと思うかもしれないけれど、塔子さんが話を戻す時はすかさず口を挟んで無理矢理戻すタイプだ。塔子さんが咳払いをするのは、目の前にある百合から発せられる波動から目を覚ますためにするいわば気付けなのだ。
「さて、このまま打ち合わせに移ろうと思うのですが、由利先生に一つ提案があります」
「提案……ですか?」
「はい。いま先生が書いている『ゆりぱに!』に太刀川さんをモデルにしたライバルキャラを出す。いえ、ヒロインをそのキャラにするのもいいと思うのです」
「『ゆりぱに!』……?」
「それがいま私が書いてるラブコメです。でも、凛莉さんみたいなキャラを出すって……話をもっと展開させるためですか?」
塔子さんは小さく頷く。
「はい。姉御肌で料理上手なライバルキャラを出し、そちらに主人公が絡まれながらも少しずつ興味をひかれていく中でヒロインがそれに少しずつ嫉妬していき己の中にある主人公への気持ちに気づいてそれを昇華させていく。またはヒロインをそのキャラにガラッと変えてしまって大人っぽさを全面に押し出してくるヒロインに翻弄されながらも少しずつその魅力に惹かれていき、やがてヒロインの心の奥の暗さに気づいてそれを解決した上で二人は結ばれる。そういう展開もよいと思いませんか?」
「なるほど……」
塔子さんの提案もなんとなくわかる。正直展開に困っていたところはあるし、書き始めてから数日まったく筆が進んでなかったのはたしかだ。これは癪だけど塔子さんの提案に乗るのがベストなのかもしれない。本当に癪だけど。
「まあそんな感じで書くのはいいですけど、それでも筆がしっかりと進むかどうかは……」
「それなら太刀川さんとの共同生活での出来事を小説にすればいいんですよ。多少脚色を加えた上で」
「なるほ……ん? そうなると、主人公のモデルって私ですか?」
「その通りです。なんなら主人公を小説家にしてヒロインとの出会いをいま聞いたお話通りにしてもいいかもしれませんよ。中々にドラマチックな出会い方ですし、そういった衝撃的な始まりというのも読者を惹き付ける要因にもなりますから」
「アタシが小説のキャラにか……中々ない経験だし、書かれて困るような事をする気はないしね。アタシなら問題ないよ、美音」
「まあ……凛莉さんがいいならそうしますか。でも、そうなるとここまで書いてた内容を全部書き直しにしないといけないのかあ……」
そうしないといけないのは少し残念だ。なんだかんだで書いていた『ゆりぱに!』のキャラ達には愛着があったからあの子達とお別れをしないといけないのは残念だったりする。
「別に消す必要はないと思いますよ。『ゆりぱに!』とは別で書けばいいだけなので、まずは新しい方に注力していただいてその後に『ゆりぱに!』を改めて書けばいいのですから」
「あ、たしかに……でも、新作のタイトルも考えないといけないし、どんな風に脚色を加えていくか考えないといけないから大変だなあ……」
「その分生活面は支えるから頑張りな、美音。稼ぎ頭を支えるのはパートナーの役目さ」
「パートナーって……別に私達はそういう関係じゃないですよ?」
「へえ、アタシは美音ならいいと思ってるけど? それこそ夜のパートナーだって務められるしねえ」
「だ、だからそういうのは苦手だって……!」
また迫ってくる凛莉さんの綺麗な顔にドキドキしながら答えていた時だった。
「キッ!」
塔子さんがまたキャパオーバーで倒れた。今度は鼻血まで出ている。
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