雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景

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第十話

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「失礼しました……」


 リビングの椅子に座って申し訳なさそうな顔をしながら塔子さんが鼻血を拭く。さっきまで気絶していた塔子さんだけど、家に着いた頃には目を覚ましていて、ベッドに寝かせずともよさそうだったのでそのままリビングまで連れてきたのだ。


「塔子さん、何回も血を吹いてると、その内貧血で倒れるんじゃないのかい?」
「それ予防に鉄分などのサプリメントは飲んでいるので」
「そういえば塔子さんって百合オタクな上に健康マニアでしたね。だから、私も前に幾つかサプリメントを貰ったんですよね」
「まあそういうのって必要にはなってくるからね。それで、塔子さんはどうしてあの辺を歩いてたんだい? もしかして美音に何か用事だったとか?」
「はい、その通りです。由利先生、先日から書いている『闇深ダウナーお姉さんを拾ったら深い愛に包まれた』こと『ふかふか』ですが、それが編集長の耳に止まりまして、それを是非読ませてほしいと仰っていたのです」
太子たいし編集長がですか?」


 私がお世話になっているのは『KAGOKAWA』という会社が手掛けている出版部門の『籠川文庫』というところだけど、そこの編集長である太子衣瑠えるさんは結構厳しいことで有名な敏腕女編集長だ。その厳しさに他の部署の人達は恐れおののいているというウワサだけど、私は結構太子編集長みたいな人は好きだ。たしかに言葉は厳しいし、何度もボツと言われてきたけれど『ゆりぱに!』のプロットを見せた時にはしっかりと褒めてくれたし、期待しているとも言ってくれた。だから私は太子編集長みたいな人は好きだ。


「以前から太子編集長は由利先生には期待をしていて、『ゆりぱに!』の代案である『ふかふか』の話を聞いた瞬間に今出来ているところだけでも読みたいと仰っていて、太刀川さんにも会ってみたいと仰っているんです」
「あ、アタシにも?」
「はい。業務上必要なことなので太刀川さんの事は以前に太子編集長の耳に入れていまして、由利先生の仕事の邪魔にならないのならいいんじゃないかという事でこれと言って何かを言う事はありませんでした。ですが、『ふかふか』に出てくる主人公の相手役が太刀川さんだと聞いてどのような方なのか興味が湧いたのだそうです」
「なるほど……」


 それを聞いて私は納得した。太子編集長は結構作中の知識のソースを大切にする人だし、誰かモデルがいればその人にも興味を持つことは珍しくないのだそうだ。だから、今回もそういうことなんだろう。


「私は大丈夫ですよ。凛莉さんはどうしますか?」
「アタシか……まあ、美音の仕事に関する人なら一度挨拶をするのは大切な事だし、会ってみたいって言ってくれてるなら断るのもなんだか忍びないかもね。わかった、アタシもその編集長さんに会ってみるよ」
「わかりました。それでは太子編集長にそのように伝えておきます。それで由利先生、『ふかふか』の進捗はいかがですか?」
「いまは9万字くらいまで来たところです。目標としては10万字なので終わりに近づけながらしっかりと進めていく予定です」
「それならば完結してからお見せしてもいいかもしれませんね。進捗も太子編集長にはお伝えしておくので、太子編集長の決定も由利先生には後日お教えしますね」
「わかりました」
「はい。それにしても……」


 塔子さんは私の顔をじっくりと見始めた。何か変なところでもあっただろうか。そんな事を思っていると、塔子さんは優しい笑みを浮かべながら満足そうに頷いた。


「いい顔をしていますね、由利先生」
「え、そうですか?」
「はい。以前までの由利先生は執筆を頑張りながらもどこか空虚な表情を浮かべる時がありましたし、執筆以外に情熱を向ける物もなかったように見えました。けれど、太刀川さんと出会い、その後も様々な方と出会ったからか今の由利先生はどこかはつらつとしているように見えますし、生き生きとしている気がしますよ。担当編集として喜ばしい限りです」
「塔子さん……」


 塔子さんのその言葉が私にとってはとても嬉しかった。一般的な作家と編集者の関係というのはよくわからないし、ビジネスライクな関係な人達だって多いのかもしれない。だからこそ、担当作家の私の健康や精神状態を心配したりサポートしたりしてくれ、いい方へ向かってると思えばそれを自分の事のように喜んでくれる。そんな塔子さんの思いやりが私にとってはとても嬉しかったのだ。


「太刀川さん、今後も由利先生をお願いします。太刀川さんならば由利先生の事をお任せ出来ると思っていますから」
「任せといてくれよ、塔子さん。アタシだって美音には色々世話になってるんだ。衣食住の世話はしっかりとやらせてもらうさ。もちろん、夜の世話もね」
「り、凛莉さん!?」
「……ほう、そのお話よく聞かせてもらっても?」
「塔子さんも乗り気にならないでくださいよ!」


 いつも通りの二人の様子に私はため息をついた。けれど、このいつも通りは私にとってはなんだか心地よかった。


「太子編集長がどんな評価をするかはわからないけど、それはそれで楽しみだし、どんな話が出来るかも楽しみだな」


 二人の話を聞きながら私は『ふかふか』の今後の展開について考えつつ太子編集長との話を楽しみにし始めた。
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