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第十五話
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「はあ、雨か……」
6月のある日、授業を聞きながら俺は窓の向こうをボーッと眺めていた。窓の向こうでは雨が降っていて、それが少しだけ憂鬱だった。
雨自体は嫌いじゃない。雨粒が傘に落ちる音を聴いたり雨特有の静かな中にある一定のリズムをBGMにして勉強をしたりするのは好きだし、雨の環境音をボーッとしながら聴く機会もたまにある。
けれど、今日は傘をうっかり忘れてしまったのだ。今朝は本当にいい天気だったからこれは降らないだろうという考えをしてしまった結果、昼頃から天気が崩れて雨が降り、今日最後の授業の時間まで降り続けていたのだ。
「置き傘とかすればよかったな。真夏さんも傘を持ってるかわからないし、これはちょっとミスったかもな」
帰る時には雨に濡れる事になると考えてため息をつく。洗濯物を増やしてしまうし、風邪を引いたりしたら真夏さん達にも心配をかけてしまう。それを考えただけで憂鬱だ。
「とりあえず連絡して傘を持ってるか聞いて、無いようだったら何か手だてを考えよう」
そう決めてから俺は授業に集中する。そして授業の終了を告げるチャイムが鳴り、担当区域の掃除を終えた後に俺はトークアプリを開いて真夏さんとルームを開いた。
『お疲れ様です』
『お疲れ様です。どうしました?』
『真夏さんって、傘は持ってきてました?』
『傘……ああ、それなら大丈夫ですし、今日は生徒会の仕事もないので昇降口で待ち合わせましょうか』
『わかりました。それじゃあまた後で』
『はい、また後で』
ルームでの会話を終えて俺は携帯電話をしまう。そしてそのまま教室を出ようとした時、ふとある事が気になって教室内を振り返った。いつもなら愛花が性懲りもなく話しかけてくるところだったけれど、今日はそれがなかったので何となく気になったのだ。
「……なんか、顔色悪そうだな」
席に座る愛花の顔色はとても青白く、見るからに体調が悪そうだった。けれど、愛花の周りにはアイツの言い分だけを聞いて俺の事だけを責め立てた奴らがいたので俺はそのまま教室を出た。もう関わらないと決めたし、変に話しかけてめんどくさい事になるのは嫌だ。
そして教室を出てから昇降口に向かうと、そこにはまだ真夏さんの姿はなかった。ただ、真夏さんが生徒会活動などで忙しくて遅くなる事はままあることだし、今日も先生から何かを頼まれたんだろうと思って俺は待つことにした。
それから数分後、真夏さんが姿を見せたが、その顔色はどこか悪そうに見え、動きも少しふらついていたから俺は心配になって声をかけた。
「真夏さん、大丈夫ですか?」
「え……あ、大丈夫ですよ……」
「声に元気がないじゃないですか。もしかして具合悪いんですか?」
「そ、そんな事は……」
そうは言うが、やっぱり顔色は悪いし、声にも疲れが見える。このままだと倒れてしまいそうだ。
「こうなったら……」
俺は通学カバンを前に移した。その行動の意味がわからない様子で真夏さんが首を傾げる中、俺は背中を向けながら真夏さんに声をかけた。
「真夏さん、掴まってください」
「え……そんな、申し訳ないですよ……」
「そのまま歩かせて倒れさせる方がダメですから。ほら、早くおぶさって下さい」
「それじゃあ……あ、でもその前に……」
真夏さんはカバンから折り畳み傘を出して俺に渡してきた。
「ワンタッチで広がって、広げてみると少し大きくなる傘なんです。これがあるから大丈夫かなと思いまして……」
「ありがとうございます。それじゃあ、おぶさって下さい」
「わ、わかりました……」
真夏さんは顔を赤くしながらも俺の背中に掴まる。そして片手で真夏さんを支えながら俺は外に出て、傘の柄のボタンを押した。すると、真夏さんが言っていたように傘は大きく広がり、俺は傘を脇でうまく挟んでから両手で真夏さんを支えた。
「さて、それじゃあ帰りましょうか」
「は、はい……」
真夏さんが答えた後に歩き始める。いつもなら帰る生徒で賑わう校庭も今日はまったく人がおらず、校門を出るまで誰一人すれ違う事はなかった。珍しいなとは思ったけれど、誰かにぶつかる可能性がなかったのは本当に助かったし、これならそのまま帰れると感じて嬉しかった。
「まったく……いつから具合が悪かったんですか?」
「今朝からです……少し咳も出ていましたし、なんだか熱っぽいなとは思いましたが、普段から生徒達に体調管理の徹底を呼び掛けている私が体調を崩したとなると説得力が無くなるので休むに休めなかったんです」
「そんなことはないですよ」
「それに……」
「ん?」
真夏さんはより俺にくっつきながら弱々しい声で言った。
「あのお屋敷で一人でいると、やっぱり寂しいだろうなと思ってしまったんです」
「真夏さん……」
「子供っぽいですよね……共同生活をする中で一番年上なのは私なのに、広い中に一人なのは寂しいって言うなんて……」
「そんなことないです。具合悪い時にはいつもより心細くはなりますし、あの広さですから一人だと寂しくなりますよ」
俺もきっとそうだろう。真夏さんと茉莉ちゃんには心配かけたくないから具合が悪くても隠すだろうし、気づかれない内にどうにか治してしまおうとするだろう。
でも、それは間違いなんだ。変に隠そうとする方が移してしまうリスクは増えるし、なんで言わなかったんだと怒られたり悲しませたりさせてしまうことにも繋がる。前に聞いたことがあるけれど、風邪は平均で一週間から10日程度で治り、治すためには免疫力をつけるのが一番なのだという。つまり、変に隠そうとするよりは素直に休んだりして栄養と休養を取り、ゆっくり治していく方がいいのだ。
「とりあえず今日は帰ったらすぐに着替えて部屋で休んでて下さい。洗濯も料理も俺と茉莉ちゃんでやりますから」
「で、ですが……」
「そんなに俺達は信用ないですか?」
その言葉で真夏さんが黙り込む。あまりそういう言い方はしたくなかったが、こういう事を言わないと真夏さんは頑張ってしまおうとする。この5ヶ月でそういう性格なのは何となくわかってきたのだ。
「婚約者なんですから色々頼ってください。共同生活だって協力しあってこそですからね」
「……そうですね。黙っていてすみませんでした。そして気づいてくれて本当にありがとうございます」
「どういたしまして。食欲はありますか?」
「少し……ないかもしれません」
「わかりました。少し栄養面に気を付けながらお粥とかを作ってみますね」
「……はい」
真夏さんは安心したような声で言う。掴まる力が少し強くなったが、それは真夏さんの俺への信頼の証なんだと感じて嬉しくなった。そして歩いていた時、向こう側から茉莉ちゃんが歩いてくるのが見え、俺はホッとしながら声をかけた。
「茉莉ちゃん!」
「あ、パパ! あれ、ママが背中に掴まってる……?」
「真夏さん、具合悪いみたいなんだ。先に帰って、真夏さんの部屋を少し暖かくしたり着替えを出しててくれる?」
「そうなの!? うん、わかった! 私に任せて!」
茉莉ちゃんはやる気満々な様子で家がある方へ走っていく。これで大丈夫だ。茉莉ちゃんが準備をしてくれる事に安心感を覚えながら俺は小さく息をつく。
「茉莉ちゃんも心配してくれてるわけですし、これからは隠そうとしないでくださいね」
「はい、そうします。ふふ……こんな風に心配してもらえたり色々やってもらえたりするのって本当に嬉しいですね。元気になったら普段の感謝をお母様達にも伝えようと思います」
「そうですね」
俺もそうしよう。家にいた時には風邪を引いたり怪我をしたりした時に家族が色々気を遣ってくれたり看病してくれたりしていたわけだから。その感謝を伝えるのはいいことだ。それを聞いて驚く母さん達の顔を想像して楽しみになりながら俺はしっかりと真夏さんを支えつつ家に向かって歩いていった。
6月のある日、授業を聞きながら俺は窓の向こうをボーッと眺めていた。窓の向こうでは雨が降っていて、それが少しだけ憂鬱だった。
雨自体は嫌いじゃない。雨粒が傘に落ちる音を聴いたり雨特有の静かな中にある一定のリズムをBGMにして勉強をしたりするのは好きだし、雨の環境音をボーッとしながら聴く機会もたまにある。
けれど、今日は傘をうっかり忘れてしまったのだ。今朝は本当にいい天気だったからこれは降らないだろうという考えをしてしまった結果、昼頃から天気が崩れて雨が降り、今日最後の授業の時間まで降り続けていたのだ。
「置き傘とかすればよかったな。真夏さんも傘を持ってるかわからないし、これはちょっとミスったかもな」
帰る時には雨に濡れる事になると考えてため息をつく。洗濯物を増やしてしまうし、風邪を引いたりしたら真夏さん達にも心配をかけてしまう。それを考えただけで憂鬱だ。
「とりあえず連絡して傘を持ってるか聞いて、無いようだったら何か手だてを考えよう」
そう決めてから俺は授業に集中する。そして授業の終了を告げるチャイムが鳴り、担当区域の掃除を終えた後に俺はトークアプリを開いて真夏さんとルームを開いた。
『お疲れ様です』
『お疲れ様です。どうしました?』
『真夏さんって、傘は持ってきてました?』
『傘……ああ、それなら大丈夫ですし、今日は生徒会の仕事もないので昇降口で待ち合わせましょうか』
『わかりました。それじゃあまた後で』
『はい、また後で』
ルームでの会話を終えて俺は携帯電話をしまう。そしてそのまま教室を出ようとした時、ふとある事が気になって教室内を振り返った。いつもなら愛花が性懲りもなく話しかけてくるところだったけれど、今日はそれがなかったので何となく気になったのだ。
「……なんか、顔色悪そうだな」
席に座る愛花の顔色はとても青白く、見るからに体調が悪そうだった。けれど、愛花の周りにはアイツの言い分だけを聞いて俺の事だけを責め立てた奴らがいたので俺はそのまま教室を出た。もう関わらないと決めたし、変に話しかけてめんどくさい事になるのは嫌だ。
そして教室を出てから昇降口に向かうと、そこにはまだ真夏さんの姿はなかった。ただ、真夏さんが生徒会活動などで忙しくて遅くなる事はままあることだし、今日も先生から何かを頼まれたんだろうと思って俺は待つことにした。
それから数分後、真夏さんが姿を見せたが、その顔色はどこか悪そうに見え、動きも少しふらついていたから俺は心配になって声をかけた。
「真夏さん、大丈夫ですか?」
「え……あ、大丈夫ですよ……」
「声に元気がないじゃないですか。もしかして具合悪いんですか?」
「そ、そんな事は……」
そうは言うが、やっぱり顔色は悪いし、声にも疲れが見える。このままだと倒れてしまいそうだ。
「こうなったら……」
俺は通学カバンを前に移した。その行動の意味がわからない様子で真夏さんが首を傾げる中、俺は背中を向けながら真夏さんに声をかけた。
「真夏さん、掴まってください」
「え……そんな、申し訳ないですよ……」
「そのまま歩かせて倒れさせる方がダメですから。ほら、早くおぶさって下さい」
「それじゃあ……あ、でもその前に……」
真夏さんはカバンから折り畳み傘を出して俺に渡してきた。
「ワンタッチで広がって、広げてみると少し大きくなる傘なんです。これがあるから大丈夫かなと思いまして……」
「ありがとうございます。それじゃあ、おぶさって下さい」
「わ、わかりました……」
真夏さんは顔を赤くしながらも俺の背中に掴まる。そして片手で真夏さんを支えながら俺は外に出て、傘の柄のボタンを押した。すると、真夏さんが言っていたように傘は大きく広がり、俺は傘を脇でうまく挟んでから両手で真夏さんを支えた。
「さて、それじゃあ帰りましょうか」
「は、はい……」
真夏さんが答えた後に歩き始める。いつもなら帰る生徒で賑わう校庭も今日はまったく人がおらず、校門を出るまで誰一人すれ違う事はなかった。珍しいなとは思ったけれど、誰かにぶつかる可能性がなかったのは本当に助かったし、これならそのまま帰れると感じて嬉しかった。
「まったく……いつから具合が悪かったんですか?」
「今朝からです……少し咳も出ていましたし、なんだか熱っぽいなとは思いましたが、普段から生徒達に体調管理の徹底を呼び掛けている私が体調を崩したとなると説得力が無くなるので休むに休めなかったんです」
「そんなことはないですよ」
「それに……」
「ん?」
真夏さんはより俺にくっつきながら弱々しい声で言った。
「あのお屋敷で一人でいると、やっぱり寂しいだろうなと思ってしまったんです」
「真夏さん……」
「子供っぽいですよね……共同生活をする中で一番年上なのは私なのに、広い中に一人なのは寂しいって言うなんて……」
「そんなことないです。具合悪い時にはいつもより心細くはなりますし、あの広さですから一人だと寂しくなりますよ」
俺もきっとそうだろう。真夏さんと茉莉ちゃんには心配かけたくないから具合が悪くても隠すだろうし、気づかれない内にどうにか治してしまおうとするだろう。
でも、それは間違いなんだ。変に隠そうとする方が移してしまうリスクは増えるし、なんで言わなかったんだと怒られたり悲しませたりさせてしまうことにも繋がる。前に聞いたことがあるけれど、風邪は平均で一週間から10日程度で治り、治すためには免疫力をつけるのが一番なのだという。つまり、変に隠そうとするよりは素直に休んだりして栄養と休養を取り、ゆっくり治していく方がいいのだ。
「とりあえず今日は帰ったらすぐに着替えて部屋で休んでて下さい。洗濯も料理も俺と茉莉ちゃんでやりますから」
「で、ですが……」
「そんなに俺達は信用ないですか?」
その言葉で真夏さんが黙り込む。あまりそういう言い方はしたくなかったが、こういう事を言わないと真夏さんは頑張ってしまおうとする。この5ヶ月でそういう性格なのは何となくわかってきたのだ。
「婚約者なんですから色々頼ってください。共同生活だって協力しあってこそですからね」
「……そうですね。黙っていてすみませんでした。そして気づいてくれて本当にありがとうございます」
「どういたしまして。食欲はありますか?」
「少し……ないかもしれません」
「わかりました。少し栄養面に気を付けながらお粥とかを作ってみますね」
「……はい」
真夏さんは安心したような声で言う。掴まる力が少し強くなったが、それは真夏さんの俺への信頼の証なんだと感じて嬉しくなった。そして歩いていた時、向こう側から茉莉ちゃんが歩いてくるのが見え、俺はホッとしながら声をかけた。
「茉莉ちゃん!」
「あ、パパ! あれ、ママが背中に掴まってる……?」
「真夏さん、具合悪いみたいなんだ。先に帰って、真夏さんの部屋を少し暖かくしたり着替えを出しててくれる?」
「そうなの!? うん、わかった! 私に任せて!」
茉莉ちゃんはやる気満々な様子で家がある方へ走っていく。これで大丈夫だ。茉莉ちゃんが準備をしてくれる事に安心感を覚えながら俺は小さく息をつく。
「茉莉ちゃんも心配してくれてるわけですし、これからは隠そうとしないでくださいね」
「はい、そうします。ふふ……こんな風に心配してもらえたり色々やってもらえたりするのって本当に嬉しいですね。元気になったら普段の感謝をお母様達にも伝えようと思います」
「そうですね」
俺もそうしよう。家にいた時には風邪を引いたり怪我をしたりした時に家族が色々気を遣ってくれたり看病してくれたりしていたわけだから。その感謝を伝えるのはいいことだ。それを聞いて驚く母さん達の顔を想像して楽しみになりながら俺はしっかりと真夏さんを支えつつ家に向かって歩いていった。
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