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夜明けのティアラ
第一章:銀色の瞳の紳士
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王宮の広大な庭園は、夜会の喧騒が嘘のように静まり返っていた。月明かりが、丁寧に手入れされた薔薇の迷路を青白く照らし出している。私は、大理石の噴水の縁に力なく座り込み、ただ静かに涙を流していた。
もう領地には帰れない。家族からも、きっと厄介者扱いされるだろう。私の人生は、終わってしまった。そんな絶望が、冷たい霧のように心を覆っていく。
その時だった。
「美しい庭園には、美しい女性の涙は似合わない」
低く、それでいて穏やかな声が、夜の静寂を破った。驚いて顔を上げると、そこに一人の男性が立っていた。
夜の闇に溶け込むような黒いフロックコートを身にまとい、月光を反射して銀色に輝く瞳が、まっすぐに私を見つめていた。彫刻のように整った顔立ちは、今まで見たどんな男性よりも美しく、そしてどこか影があった。
「……どなた、ですの?」
警戒心から、私の声は尖っていた。彼はそれに気を悪くした様子もなく、優雅な仕草で一礼した。
「失礼。私は**ゼノ・クォーツ(Xeno Quartz)**と申します。どうかお見知りおきを、お嬢さん」
クォーツ? 聞き覚えのない家名だった。しかし、その立ち居振る舞いは紛れもなく上流階級のものだ。
彼は純白のシルクのハンカチを差し出した。
「お使いください。そのような美しい瞳が、涙で腫れてしまうのは忍びない」
私は戸惑いながらも、そのハンカチを受け取った。上質な生地に、微かに白檀の香りがした。
「……ありがとうございます」
お礼を言うのが精一杯だった。彼の前では、自分の惨めさがより一層際立つように感じられた。
「ホールでの出来事、少しだけ拝見しておりました。さぞ、お辛かったでしょう」
同情の言葉。だが、彼の声には見下すような響きは一切なかった。ただ、事実として寄り添うような、不思議な温かみがあった。
「私は……もう、終わりですわ。全てを失いました」
自嘲気味に呟くと、彼は静かに首を振った。
「終わり? いいえ、始まりですよ」
「……え?」
ゼノと名乗る男性は、私の隣にゆっくりと腰を下ろした。彼の銀色の瞳が、まるで私の魂の奥底まで見透かすように、じっと見つめてくる。
「あなたは何も失ってはいない。むしろ、不要な足枷から解放されたのです」
「足枷……」
「ええ。あなたという宝石を曇らせる、価値のない男という足枷から」
彼の言葉は、不思議な説得力を持っていた。セドリックは、本当に私の価値を認めてくれていただろうか。いつも私を「地味だ」「つまらない」と見下してはいなかったか。
「あなたは、ご自分がどれほど価値のある人間か、ご存じないようだ」
ゼノはそう言うと、ふっと笑みを浮かべた。その笑みは、夜に咲く花のように妖艶で、私の心を捕らえて離さなかった。
「よろしければ、私が教えて差し上げましょう。あなたが、どんな男もひれ伏すほどの輝きを秘めていることを」
彼は立ち上がると、再び私に向かって手を差し伸べた。
「今宵はもうお帰りなさい。しかし、近いうちに必ずお迎えに上がります」
そして、私の耳元で囁いた。
「あなたが失ったものより、ずっと価値のあるものを、私が与えましょう」
その言葉を残し、ゼノは闇に溶けるように去っていった。後には、白檀の香りと、彼の銀色の瞳の残像だけが残されていた。
嵐のような夜に出会った、謎めいた紳士。彼の言葉は、絶望の淵にいた私の心に、小さな、しかし確かな光を灯したのだった。
もう領地には帰れない。家族からも、きっと厄介者扱いされるだろう。私の人生は、終わってしまった。そんな絶望が、冷たい霧のように心を覆っていく。
その時だった。
「美しい庭園には、美しい女性の涙は似合わない」
低く、それでいて穏やかな声が、夜の静寂を破った。驚いて顔を上げると、そこに一人の男性が立っていた。
夜の闇に溶け込むような黒いフロックコートを身にまとい、月光を反射して銀色に輝く瞳が、まっすぐに私を見つめていた。彫刻のように整った顔立ちは、今まで見たどんな男性よりも美しく、そしてどこか影があった。
「……どなた、ですの?」
警戒心から、私の声は尖っていた。彼はそれに気を悪くした様子もなく、優雅な仕草で一礼した。
「失礼。私は**ゼノ・クォーツ(Xeno Quartz)**と申します。どうかお見知りおきを、お嬢さん」
クォーツ? 聞き覚えのない家名だった。しかし、その立ち居振る舞いは紛れもなく上流階級のものだ。
彼は純白のシルクのハンカチを差し出した。
「お使いください。そのような美しい瞳が、涙で腫れてしまうのは忍びない」
私は戸惑いながらも、そのハンカチを受け取った。上質な生地に、微かに白檀の香りがした。
「……ありがとうございます」
お礼を言うのが精一杯だった。彼の前では、自分の惨めさがより一層際立つように感じられた。
「ホールでの出来事、少しだけ拝見しておりました。さぞ、お辛かったでしょう」
同情の言葉。だが、彼の声には見下すような響きは一切なかった。ただ、事実として寄り添うような、不思議な温かみがあった。
「私は……もう、終わりですわ。全てを失いました」
自嘲気味に呟くと、彼は静かに首を振った。
「終わり? いいえ、始まりですよ」
「……え?」
ゼノと名乗る男性は、私の隣にゆっくりと腰を下ろした。彼の銀色の瞳が、まるで私の魂の奥底まで見透かすように、じっと見つめてくる。
「あなたは何も失ってはいない。むしろ、不要な足枷から解放されたのです」
「足枷……」
「ええ。あなたという宝石を曇らせる、価値のない男という足枷から」
彼の言葉は、不思議な説得力を持っていた。セドリックは、本当に私の価値を認めてくれていただろうか。いつも私を「地味だ」「つまらない」と見下してはいなかったか。
「あなたは、ご自分がどれほど価値のある人間か、ご存じないようだ」
ゼノはそう言うと、ふっと笑みを浮かべた。その笑みは、夜に咲く花のように妖艶で、私の心を捕らえて離さなかった。
「よろしければ、私が教えて差し上げましょう。あなたが、どんな男もひれ伏すほどの輝きを秘めていることを」
彼は立ち上がると、再び私に向かって手を差し伸べた。
「今宵はもうお帰りなさい。しかし、近いうちに必ずお迎えに上がります」
そして、私の耳元で囁いた。
「あなたが失ったものより、ずっと価値のあるものを、私が与えましょう」
その言葉を残し、ゼノは闇に溶けるように去っていった。後には、白檀の香りと、彼の銀色の瞳の残像だけが残されていた。
嵐のような夜に出会った、謎めいた紳士。彼の言葉は、絶望の淵にいた私の心に、小さな、しかし確かな光を灯したのだった。
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