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追放と孤独の現実 1
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あの運命の夜会から数日を経ずして、エリザベス・フォン・クライフォルトの人生は、豪華絢爛な舞台から奈落の底へと、何の慈悲もなく突き落とされた。父であるクライフォルト公爵との最後の謁見の記憶は、彼女の脳裏に、まるで冷たく濡れた墓石に刻まれた碑文のように、消えることなくこびりついている。磨き上げられ、冷え冷えとした輝きを放つ大理石の床を踏む自身の足音だけが、やけに大きく響いていた謁見の間。そして、玉座に座る父の、かつては厳しさの中にも一抹の愛情を宿していたはずの瞳が、今はまるで冬の湖面のように凍てつき、何の感情も映さず、ただエリザベスという「汚点」を無機質に見下ろしていた。「お前はもはや、クライフォルト家の血を引く者ではない。王家に対する不敬、そして一族の名誉を地に貶めたその罪は、本来ならば万死に値する。だが、我が血を分けた者への最後の情けとして、死罪は免じ、辺境の地での蟄居を命ずる。そこで己の犯した愚行の重さを骨の髄まで噛み締め、誰にも知られることなく、静かに生涯を終えるが良い」。その声は、抑揚がなく、まるで遠い世界の出来事を語るかのように平坦で、そこには一片の温情も、かつて「エリザ」と愛称で呼んだ娘への愛情の残滓すら、微塵も感じられなかった。それは、社会的な死刑宣告であり、彼女の存在そのものをこの世から抹消しようとする、冷酷無比な意志の表れだった。
ルシアン王子は、あの雷鳴轟く嵐のような夜、エリザベスをクライフォルト公爵邸の重く冷たい鉄の門前まで送り届けた後、「必ず、必ずや貴女の潔白を証明し、この不当な仕打ちから救い出す。だから、どうか…どうか諦めないでほしい。私の言葉を信じて、待っていてほしい」と、彼女の冷え切った手を両手で包み込むように強く握りしめ、そう約束してシルヴァリア王国へと帰国していった。彼の瞳の奥に宿る、嘘偽りのない真摯な光と、その手の、まるで命そのもののような温もりだけが、エリザベスの凍てつき、砕け散りそうになっていた心にかろうじて繋ぎ止められた、唯一にして最後の希望の灯火だった。しかし、それも今は、荒野の果てに瞬く星のように遠く、か細く、いつ消えてしまうかもしれない、儚い夢の彼方にあるようにしか感じられなかった。
エリザベスが送られたのは、王都から、舗装もされていない悪路を、最も頑丈な馬車でさえ悲鳴を上げるような揺れに耐えながら、何日も何日も走り続けなければ辿り着けない、クライフォルト公爵領の北の最果て、地図の上では名もなき点としてようやく認識される程度の、忘れ去られたような小さな集落、名を「エルム村」という場所だった。その長く過酷な道中は、彼女がこれまでの二十数年の人生で経験したことのないほどの、肉体的苦痛と精神的屈辱に満ちていた。粗末で、汚れた藁が申し訳程度に敷かれただけの護送用の馬車は、彼女の華奢で繊細な身体を、まるで拷問具のように容赦なく打ち据え、全身の骨がきしみ、内臓が揺さぶられるような苦痛を絶え間なく与え続けた。食事は、日に一度、日の光もろくに差さない薄暗い馬車の中で、看守のような男から投げ与えられる、石のように硬く、カビの生えかかった黒パンのひとかけらと、濁った水だけ。窓の外には、どこまでもどこまでも、まるで世界の終わりのような、荒涼として色彩のない、不毛な景色が延々と広がり、それはまるで、彼女自身の希望のない未来を暗示しているかのようだった。何度も、あの夜会の場で、ルシアンの赤い薔薇を手に取った瞬間の、あの燃えるような決意が、冷たい灰のように萎み、揺らぎそうになった。なぜ、自分だけがこんな耐え難い仕打ちを受けなければならないのか。自分は本当に、あの夜、あの状況で、正しい選択をしたのだろうか、と。リリアの、計算され尽くした無垢な涙、エドワードの、理性を失った短絡的な怒り、そして父の、血も涙もない非情なまでの冷酷さ。それら全てが、まるで悪夢の中で繰り返し再生される不快な映像のように、彼女の疲弊しきった頭の中で、際限なく、そしてより鮮明に渦巻き続けた。
ルシアン王子は、あの雷鳴轟く嵐のような夜、エリザベスをクライフォルト公爵邸の重く冷たい鉄の門前まで送り届けた後、「必ず、必ずや貴女の潔白を証明し、この不当な仕打ちから救い出す。だから、どうか…どうか諦めないでほしい。私の言葉を信じて、待っていてほしい」と、彼女の冷え切った手を両手で包み込むように強く握りしめ、そう約束してシルヴァリア王国へと帰国していった。彼の瞳の奥に宿る、嘘偽りのない真摯な光と、その手の、まるで命そのもののような温もりだけが、エリザベスの凍てつき、砕け散りそうになっていた心にかろうじて繋ぎ止められた、唯一にして最後の希望の灯火だった。しかし、それも今は、荒野の果てに瞬く星のように遠く、か細く、いつ消えてしまうかもしれない、儚い夢の彼方にあるようにしか感じられなかった。
エリザベスが送られたのは、王都から、舗装もされていない悪路を、最も頑丈な馬車でさえ悲鳴を上げるような揺れに耐えながら、何日も何日も走り続けなければ辿り着けない、クライフォルト公爵領の北の最果て、地図の上では名もなき点としてようやく認識される程度の、忘れ去られたような小さな集落、名を「エルム村」という場所だった。その長く過酷な道中は、彼女がこれまでの二十数年の人生で経験したことのないほどの、肉体的苦痛と精神的屈辱に満ちていた。粗末で、汚れた藁が申し訳程度に敷かれただけの護送用の馬車は、彼女の華奢で繊細な身体を、まるで拷問具のように容赦なく打ち据え、全身の骨がきしみ、内臓が揺さぶられるような苦痛を絶え間なく与え続けた。食事は、日に一度、日の光もろくに差さない薄暗い馬車の中で、看守のような男から投げ与えられる、石のように硬く、カビの生えかかった黒パンのひとかけらと、濁った水だけ。窓の外には、どこまでもどこまでも、まるで世界の終わりのような、荒涼として色彩のない、不毛な景色が延々と広がり、それはまるで、彼女自身の希望のない未来を暗示しているかのようだった。何度も、あの夜会の場で、ルシアンの赤い薔薇を手に取った瞬間の、あの燃えるような決意が、冷たい灰のように萎み、揺らぎそうになった。なぜ、自分だけがこんな耐え難い仕打ちを受けなければならないのか。自分は本当に、あの夜、あの状況で、正しい選択をしたのだろうか、と。リリアの、計算され尽くした無垢な涙、エドワードの、理性を失った短絡的な怒り、そして父の、血も涙もない非情なまでの冷酷さ。それら全てが、まるで悪夢の中で繰り返し再生される不快な映像のように、彼女の疲弊しきった頭の中で、際限なく、そしてより鮮明に渦巻き続けた。
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