氷の薔薇は愛に目覚める~婚約破棄された令嬢と救国の王子~

イアペコス

文字の大きさ
10 / 68

追放と孤独の現実 1

しおりを挟む
あの運命の夜会から数日を経ずして、エリザベス・フォン・クライフォルトの人生は、豪華絢爛な舞台から奈落の底へと、何の慈悲もなく突き落とされた。父であるクライフォルト公爵との最後の謁見の記憶は、彼女の脳裏に、まるで冷たく濡れた墓石に刻まれた碑文のように、消えることなくこびりついている。磨き上げられ、冷え冷えとした輝きを放つ大理石の床を踏む自身の足音だけが、やけに大きく響いていた謁見の間。そして、玉座に座る父の、かつては厳しさの中にも一抹の愛情を宿していたはずの瞳が、今はまるで冬の湖面のように凍てつき、何の感情も映さず、ただエリザベスという「汚点」を無機質に見下ろしていた。「お前はもはや、クライフォルト家の血を引く者ではない。王家に対する不敬、そして一族の名誉を地に貶めたその罪は、本来ならば万死に値する。だが、我が血を分けた者への最後の情けとして、死罪は免じ、辺境の地での蟄居を命ずる。そこで己の犯した愚行の重さを骨の髄まで噛み締め、誰にも知られることなく、静かに生涯を終えるが良い」。その声は、抑揚がなく、まるで遠い世界の出来事を語るかのように平坦で、そこには一片の温情も、かつて「エリザ」と愛称で呼んだ娘への愛情の残滓すら、微塵も感じられなかった。それは、社会的な死刑宣告であり、彼女の存在そのものをこの世から抹消しようとする、冷酷無比な意志の表れだった。

ルシアン王子は、あの雷鳴轟く嵐のような夜、エリザベスをクライフォルト公爵邸の重く冷たい鉄の門前まで送り届けた後、「必ず、必ずや貴女の潔白を証明し、この不当な仕打ちから救い出す。だから、どうか…どうか諦めないでほしい。私の言葉を信じて、待っていてほしい」と、彼女の冷え切った手を両手で包み込むように強く握りしめ、そう約束してシルヴァリア王国へと帰国していった。彼の瞳の奥に宿る、嘘偽りのない真摯な光と、その手の、まるで命そのもののような温もりだけが、エリザベスの凍てつき、砕け散りそうになっていた心にかろうじて繋ぎ止められた、唯一にして最後の希望の灯火だった。しかし、それも今は、荒野の果てに瞬く星のように遠く、か細く、いつ消えてしまうかもしれない、儚い夢の彼方にあるようにしか感じられなかった。

エリザベスが送られたのは、王都から、舗装もされていない悪路を、最も頑丈な馬車でさえ悲鳴を上げるような揺れに耐えながら、何日も何日も走り続けなければ辿り着けない、クライフォルト公爵領の北の最果て、地図の上では名もなき点としてようやく認識される程度の、忘れ去られたような小さな集落、名を「エルム村」という場所だった。その長く過酷な道中は、彼女がこれまでの二十数年の人生で経験したことのないほどの、肉体的苦痛と精神的屈辱に満ちていた。粗末で、汚れた藁が申し訳程度に敷かれただけの護送用の馬車は、彼女の華奢で繊細な身体を、まるで拷問具のように容赦なく打ち据え、全身の骨がきしみ、内臓が揺さぶられるような苦痛を絶え間なく与え続けた。食事は、日に一度、日の光もろくに差さない薄暗い馬車の中で、看守のような男から投げ与えられる、石のように硬く、カビの生えかかった黒パンのひとかけらと、濁った水だけ。窓の外には、どこまでもどこまでも、まるで世界の終わりのような、荒涼として色彩のない、不毛な景色が延々と広がり、それはまるで、彼女自身の希望のない未来を暗示しているかのようだった。何度も、あの夜会の場で、ルシアンの赤い薔薇を手に取った瞬間の、あの燃えるような決意が、冷たい灰のように萎み、揺らぎそうになった。なぜ、自分だけがこんな耐え難い仕打ちを受けなければならないのか。自分は本当に、あの夜、あの状況で、正しい選択をしたのだろうか、と。リリアの、計算され尽くした無垢な涙、エドワードの、理性を失った短絡的な怒り、そして父の、血も涙もない非情なまでの冷酷さ。それら全てが、まるで悪夢の中で繰り返し再生される不快な映像のように、彼女の疲弊しきった頭の中で、際限なく、そしてより鮮明に渦巻き続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた

桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、 婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が 部屋に閉じこもってしまう話からです。 自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。 ※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

処理中です...