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番外4話 抱きしめられた者
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一瞬の出来事でした。
ゴブリンに脚をとられた私が、そのまま両足を掴まれ引きずり込まれたのは。
凄い勢いで体中を衝撃が打ち続け、私は頭をかばう様に腕で顔を隠すことしか出来ませんでした。
顔を庇った腕は何度も傷つけられ、恐怖と絶望に自分の死を予感しました。
死の恐怖に意識が朦朧とした時、大きな雄叫びが聞こえた気がしました。
バルナックさんに抱えられて回復ポーションを口に流し込んでもらってから、ようやくゴブリン達が居なくなっていることに気が付きました。
そして居なくなったゴブリンの代わりにそこに居たのは見知らぬ男性でした。
その男性が私を見て微笑みながら涙を流す光景を、私は一生忘れることはないでしょう。
彼が私を助けてくれたことを、帰りの馬車の中で聞きました。
ですがあの光景を見たときから、私にはそれが分かっていました。
それと彼の名前を知ることができました。
「トシオ様……」
治療院に連れて行かれ、傷の手当を終えた後のこと、屋敷に戻った私に旦那様が「食事の用意が出来そうだから、客間の彼を呼んでくれるかい?」と仰せつかりました。
私は急いでボロボロの装備を外し、服を着替え、濡らした手拭で顔や髪の汚れを落とします。
そして馬車では出来なかった御礼をちゃんとしなければと、彼が居るという客間へ向かいました。
「お待たせ致しました、食事の支度が整いました」
ノックをして部屋の入りそう告げると、彼はしばらく私の顔を見てなにやら驚いていた様子でしたが、途端に気遣うような表情を浮かべました。
「――あ、怪我はもう大丈夫?」
馬車では失礼ながらもずっとフードを被っていました。
にも関わらず、彼はあの時倒れていたのが目の前の私であると一目で見抜かれました。
「え!? あ、はい、おかげさまで…」
お礼を言いに来たのに、逆に心配されてしまいました。
「そう、なら良かった」
倒れていた私が見つめ、涙を流していた時と同じあの笑顔がそこにありました。
すごく優しい笑顔です。
その笑顔が今私だけに向けられていると思うと、途端に顔が熱くなるのを感じ俯いてしまいました。
鼓動が強く激しなものとなり、胸が急に苦しくなります。
今まで感じたことのない感情に、自分でもどうしていいのか分かりません。
そうだ、お礼を言わないと!
混乱する頭で何とか当初の目的を思い出します。
「あの、先程はありがとうございました! あの時助けて頂けなかったら私は今頃…!」
今頃は切り刻まれぼろくずになって死んでいた…。
途端に全身を恐怖が駆け抜け振るえが止まらなくなりました。
本当に怖くて怖くて、その恐怖に支配されたら目からは涙があふれてきました。
ですが次の瞬間には、私の身体を包み込むように彼は優しく抱きしめてくれました。
「大丈夫…大丈夫…」
優しい声で何度も何度も囁き続け、穏やかな心臓の鼓動のように背中を優しく叩いてくれました。
幼い頃、母にあやされまどろむ様なあの日の暖かな温もりがそこにありました。
私はその愛おしい温もりにすがり付くと、さらに涙が止まらなくなります。
泣き続ける私が落ち着きを取り戻すまで、彼はずっと抱きしめてくれました。
これほど優しい人がこの世に居るなんて思いもしませんでした。
これほど安らぎを与えてくださる人が居てくれるなんて…。
彼のそばに居たい。
彼に愛されたい。
私の全てを彼に捧げたい。
私は初めて自分が恋に落ちたのだと気が付きました。
「落ち着いた?」
恐怖を消し去り暖かさを与えてくれた彼は、私が落ち着くのを待ってから尋ねてくださいました。
その気遣いに再び顔と胸が熱くなるのを感じます。
「はい…」
彼に答えた瞬間、抱きしめられた腕が解け、私を包んでいた暖かさが急速に離れていきました。
「あ…」
その名残惜しさに思わず口から漏れてしまった声を、彼は聞き逃すことなく私を見守ってくれました。
「……じゃぁそろそろ行こうか?」
自分の気持ちをどうすればいいのかわからず固まっていた私に、少し困り顔の彼が、促すように離れようとしたため、私は思わず彼の服の袖を掴んでしまいました。
すると、彼はますます困った表情を浮かべていました。
あぁ、私はまた彼を困らせるような事をしてしまった。
ですが、この胸に宿った熱い想いは自分でも抑えることが出来ません。
彼に私の唇を奪われたい。
私は意を決して彼の顔を見つめます。
すると、彼に私の想いが届いたのか、私の腰に手を回し、抱き寄せながらゆっくりと顔が近付け――
「おおトシオ殿、まだこんなところに居られたのか!」
「「にゃ”!?」」
突然後ろから現れる旦那様!
私はあまりの驚きに、床にへたりこんでしまいます!
まさか一日に二度も死にそうになるとは思いもしませんでした!?
「どうかなされたのかな?」
平然とした態度でとぼけるリベク様。
この方のお茶目はいつか人を殺しかねないのでとても心配です!
「折角の料理が冷めてしまう。ささ参りますぞ!」
旦那様に促され食堂へと向かう彼の、諦めにも似た不思議な表情がとても人間臭くて印象的でした。
ゴブリンに脚をとられた私が、そのまま両足を掴まれ引きずり込まれたのは。
凄い勢いで体中を衝撃が打ち続け、私は頭をかばう様に腕で顔を隠すことしか出来ませんでした。
顔を庇った腕は何度も傷つけられ、恐怖と絶望に自分の死を予感しました。
死の恐怖に意識が朦朧とした時、大きな雄叫びが聞こえた気がしました。
バルナックさんに抱えられて回復ポーションを口に流し込んでもらってから、ようやくゴブリン達が居なくなっていることに気が付きました。
そして居なくなったゴブリンの代わりにそこに居たのは見知らぬ男性でした。
その男性が私を見て微笑みながら涙を流す光景を、私は一生忘れることはないでしょう。
彼が私を助けてくれたことを、帰りの馬車の中で聞きました。
ですがあの光景を見たときから、私にはそれが分かっていました。
それと彼の名前を知ることができました。
「トシオ様……」
治療院に連れて行かれ、傷の手当を終えた後のこと、屋敷に戻った私に旦那様が「食事の用意が出来そうだから、客間の彼を呼んでくれるかい?」と仰せつかりました。
私は急いでボロボロの装備を外し、服を着替え、濡らした手拭で顔や髪の汚れを落とします。
そして馬車では出来なかった御礼をちゃんとしなければと、彼が居るという客間へ向かいました。
「お待たせ致しました、食事の支度が整いました」
ノックをして部屋の入りそう告げると、彼はしばらく私の顔を見てなにやら驚いていた様子でしたが、途端に気遣うような表情を浮かべました。
「――あ、怪我はもう大丈夫?」
馬車では失礼ながらもずっとフードを被っていました。
にも関わらず、彼はあの時倒れていたのが目の前の私であると一目で見抜かれました。
「え!? あ、はい、おかげさまで…」
お礼を言いに来たのに、逆に心配されてしまいました。
「そう、なら良かった」
倒れていた私が見つめ、涙を流していた時と同じあの笑顔がそこにありました。
すごく優しい笑顔です。
その笑顔が今私だけに向けられていると思うと、途端に顔が熱くなるのを感じ俯いてしまいました。
鼓動が強く激しなものとなり、胸が急に苦しくなります。
今まで感じたことのない感情に、自分でもどうしていいのか分かりません。
そうだ、お礼を言わないと!
混乱する頭で何とか当初の目的を思い出します。
「あの、先程はありがとうございました! あの時助けて頂けなかったら私は今頃…!」
今頃は切り刻まれぼろくずになって死んでいた…。
途端に全身を恐怖が駆け抜け振るえが止まらなくなりました。
本当に怖くて怖くて、その恐怖に支配されたら目からは涙があふれてきました。
ですが次の瞬間には、私の身体を包み込むように彼は優しく抱きしめてくれました。
「大丈夫…大丈夫…」
優しい声で何度も何度も囁き続け、穏やかな心臓の鼓動のように背中を優しく叩いてくれました。
幼い頃、母にあやされまどろむ様なあの日の暖かな温もりがそこにありました。
私はその愛おしい温もりにすがり付くと、さらに涙が止まらなくなります。
泣き続ける私が落ち着きを取り戻すまで、彼はずっと抱きしめてくれました。
これほど優しい人がこの世に居るなんて思いもしませんでした。
これほど安らぎを与えてくださる人が居てくれるなんて…。
彼のそばに居たい。
彼に愛されたい。
私の全てを彼に捧げたい。
私は初めて自分が恋に落ちたのだと気が付きました。
「落ち着いた?」
恐怖を消し去り暖かさを与えてくれた彼は、私が落ち着くのを待ってから尋ねてくださいました。
その気遣いに再び顔と胸が熱くなるのを感じます。
「はい…」
彼に答えた瞬間、抱きしめられた腕が解け、私を包んでいた暖かさが急速に離れていきました。
「あ…」
その名残惜しさに思わず口から漏れてしまった声を、彼は聞き逃すことなく私を見守ってくれました。
「……じゃぁそろそろ行こうか?」
自分の気持ちをどうすればいいのかわからず固まっていた私に、少し困り顔の彼が、促すように離れようとしたため、私は思わず彼の服の袖を掴んでしまいました。
すると、彼はますます困った表情を浮かべていました。
あぁ、私はまた彼を困らせるような事をしてしまった。
ですが、この胸に宿った熱い想いは自分でも抑えることが出来ません。
彼に私の唇を奪われたい。
私は意を決して彼の顔を見つめます。
すると、彼に私の想いが届いたのか、私の腰に手を回し、抱き寄せながらゆっくりと顔が近付け――
「おおトシオ殿、まだこんなところに居られたのか!」
「「にゃ”!?」」
突然後ろから現れる旦那様!
私はあまりの驚きに、床にへたりこんでしまいます!
まさか一日に二度も死にそうになるとは思いもしませんでした!?
「どうかなされたのかな?」
平然とした態度でとぼけるリベク様。
この方のお茶目はいつか人を殺しかねないのでとても心配です!
「折角の料理が冷めてしまう。ささ参りますぞ!」
旦那様に促され食堂へと向かう彼の、諦めにも似た不思議な表情がとても人間臭くて印象的でした。
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