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80話 勇者
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異様な光景を目の当たりにする。
数十人の騎士や兵士風の男達や冒険者風の女達が、目の前で繰り広げられる巨獣と大蛇の一騎打ちによる死闘に歓声を上げていた。
いや、元々は一騎打ちではなかったのかもしれない。
争う巨犬とラミアの足元には、彼女が装備している物と同じ粗悪な武器がいくつも散乱しているのだ。
三十階層付近で助けられなかった冒険者の末路を思い出す。
ボロ雑巾の様な挽肉に変えられた数名の冒険者の遺体。
彼らも装備だけを残し、俺達が倒してきた魔物達の様に粒子散乱して消えてしまったのだ。
俺達が来る前には他にも居たのではないだろうか。
そして、全身至る所に傷を負い、青黒の鱗をぼろぼろにされた黒髪の艶女も、それと同じ運命を辿ろうとしている。
痛んだ長い黒髪は乱れ、その顔には疲労が滲み、焦燥しきっていた。
俺個人としては助けたい。
だがラミアの命運と同等に、気になる男が一人いるだけで躊躇われた。
女達の中心で、白を基調にした黄金の縁取りの煌びやかな鎧を着込んだ若い男。
〈勇者〉アキヤ
人 男 20歳
ベースLv99
グラディエーターLv49
ロイヤルガードLv46
金髪黒瞳の東洋人顔で、中肉中背でエラの張った男が隣に居る女の首に肩を回し、楽し気に騒いでいる。
背中の両手剣と全身の鎧がオリハルコン製であると、俺の〈鑑定眼〉が告げているが、そんなものよりももっとまずいものがある。
称号〈勇者〉
この馬鹿騒ぎをしている中心人物であろうこいつさえ居なければ、すぐにでも飛び出して行くものを……。
ここで下手な動きをすれば、俺だけでなく全員の命が危ない。
「母……」
……え?
メリティエの小さな呟きを、俺達は聞き逃さなかった。
身体のサイズがかけ離れすぎていて全く気付かなかったが、言われてみれば下半身の体色と美しい顔立ちがメリティエ本来の姿に酷似している。
メティーカ・ダモンクレア
ラミア 女 297歳
ラミアクイーンLv32
鑑定眼でも女性のファミリーネームがメリティエのものと一致している。
「彼女がメリティエ殿の母君ですと……!?」
「………」
ユニスの言葉に、メリティエが必死の戦いを続ける女性から目を逸らすことなく頷いた。
「そんな、早く助けないと!?」
「わかってる。けど、あそこに勇者が居る……」
「「「!?」」」
フィローラの悲鳴に俺が苦々しく告げると、皆の表情にも緊張が走る。
敵となり得る相手に勇者が居る。
それは俺達の優位性が相手にも適用されることを意味する。
そしてそんなのと戦うことになれば、無事で済むとは思えない。
メリティエの母を助けるのと引き換えに、この中の誰かを失う危険性。
最悪助けることも出来ずに全滅する可能性だってゼロではない。
究極の選択に逡巡していると、リシアが俺の手を取り握りしめた。
「トシオ様、自分のなさりたいようになさってください」
「リシア……けど――」
「私もリシア殿と同意見です。トシオ殿が正しいと思ってされる事であれば、例えどのような結末になろうと受け入れてみせます」
ユニスが咄嗟に言い訳をしようとした俺を遮った。
ミネルバが人馬の美女の肩に顎を乗せ、いつもの眠たげな眼差しで真っ直ぐこちらを見詰めている。
その視線が俺に逃げるなと告げているように思えてならない。
「皆さんをお守りするくらい、私一人でもやってみせますよ」
「クク……」
つい先日まで戦うことを恐れていたククテナが、優しい口調で力強く頷いてみせた。
「私も、お母さんを亡くしゅ気持ちを他の誰かに味わってほしくないでしゅ!」
フィローラが涙ながらに訴え、セシルもその隣で頷く。
「メリーの母ちゃん助けに行かないの?」
相変わらず空気を読まないトトが、何の迷いもなくあっけらかんと言ってくれる。
その隣では、俺の決断を不安げな眼差しで待ち続ける、小さな小さな女の子が立っていた。
彼女達の夫として、俺にできることなら何でもしてあげたい。
俺を選んでよかったと、心から思ってもらえる旦那でありたい。
そうでなければ、俺はただ性欲におぼれただけの醜悪な生き物に成り下がる。
為すべき選択を選び終えると、全員の顔を見回した。
「……俺も彼女を助けたい。皆、力を貸してくれ」
「「「はい!」」」
妻たちの決意を受け取ると、まずは最初にしなければならない指示を出す。
「リシア、戦っている彼女に回復を頼む。メリティエ、出来得る限りのことは全てやってみるけど、もしもの時は……」
「わかっている……それでも頼む……!」
小さな妻にも覚悟を強いると、俺達は救出作戦を模索した。
「ん、なんだお前は?」
俺が後ろから来たことに気が付いた兵士風の中年男性が、こちらを振り返り訝しげな目を向け近付いてきた。
その右手は腰に下げた剣の柄を掴んでいる。
こちらは出来るだけ敵意を煽らないために槍は持たず、冒険者として最低限の装備であろうロングソードのみを腰に吊るした状態だ。
四十一階層を歩くにはあまりに軽装過ぎる上に一人とくれば、そりゃ誰もが訝しく思うだろう。
念のため男の力量を図るために鑑定眼を発動させる。
フルブライト
人 男 36歳
ナイトLv42
中級ベテラン冒険者並みの経験と実力はあるとみるのが妥当だろか、モーディーンさんの例もあるだけに油断はできないな。
「こんにちは」
「冒険者か? 見ての通り今は貸しきりだ。すまんがこれが終わるまで待っていてくれ」
「これって何の騒ぎです?」
「あぁ、勇者様が折角狩りに来たのにあまり敵と戦えなかったのがお気に召さないってんで、うっぷん晴らしに連れて来た魔族領の奴隷を処分するんだとよ」
「勇者様がいるのですか!?」
男の言葉にわざとらしくも驚いてみせる。
「残念ながらな。ちっ、けったクソ悪い。こんなのが気晴らしってんなら、闘技場にでも行けってんだ。異世界の奴ってのは皆あぁなのかねぇ。いや、他の奴らはこちらの世界の人間か」
冴えない顔をした中年の男が、勇者とその仲間であろう騎士達を見ながら吐き捨てた。
兵士や騎士風の男達のジョブLvも、軒並み最上級職でかなり高い。
反面、勇者の周りに居る女達は、同じLv帯の者も居れば、基本職の者も多くばらばらだった。
「まったく、あんなのと姫様を婚約させるとは、陛下も酷なことをなさる……」
男の視線の先を追うと、純白に金の刺繍が施されたローブを身に着けた金髪の少女。
後ろ姿だけでも美女であろうことを疑わない程の美しい髪と佇まいをしていた。
クラウディア・アイヴィナーゼ
人 女 17歳
セージLv49
その右手は強く握りしめられ、この馬鹿げた騒ぎに我慢している様子である。
「すまん、今のは忘れてくれ」
「はは、わかってますよ。末端の兵士なんて、愚痴の一つや二つ言わないとやってられませんからね」
「まぁそんなところだ」
苦笑いを浮かべながら共感を出すると、男も同じような笑いを浮かべた。
「けど、そんなことをする連中の中にも、貴方の様なまともな人が居て良かったです」
「よしてくれ、アレを止められない俺も、結局は奴らと同じってことだ」
顔をしかめた中年兵士が再び吐き捨てると、また彼らの輪の中に戻って行った。
いや、ある意味よくなかったとも言えるか。
もし敵対した場合、戦い辛くなったのだから。
だが戦うと決まったわけじゃない。
話のもって行き様では、それも回避されるかもしれないのだ、出来る事なら穏便に済ませたい。
妻達の命もかかっている以上は、慎重すぎるくらいで丁度いい。
冷静に心を保ちながら、キャラ作りに集中する。
俺は交渉人。気さくでどんな嫌な奴とだって笑顔でフレンドリーに話しかける交渉人。
笑顔で親し気に笑顔で親し気に。
自分自身にそう信じ込ませるように念じ続け、とあるアニメに出て来た気さくな兄貴キャラを思い浮かべ、イメージを明確化。
そうやってイメージが固まると、バカ騒ぎの中心に居る男の斜め前までやって来た。
「よう、楽しそうだな」
「なんだテメェ? ……へぇ、もしかしてお前、日本人か」
「そうそう」
鑑定眼が働いたのか、俺の素性を言い当てた金髪アジアン顔のアキヤが、僅かながら興味の目をこちらに向ける。
「おいお前、なにやってんだ!」
アキヤに軽く頷くと、先程の中年兵士が慌ててすっ飛んで来た。
「落ち着いてください、フルブライトさん」
「なっ、なんで俺の名前を知っているんだ!?」
「そんなことは別に良いじゃないですか。ね、クラウディア・アイヴィナーゼさん。アウグスト・オリバーさん」
「何者だ貴様ぁ!」
「……」
姫様と呼ばれていた美少女と、その近くに居た立派な鎧を着こんだ恰幅のいい初老の男の名前を告げてやると、クラウディアは眉を僅かに動かしただけだが、男はすごい剣幕で唾を飛ばしながら身構えた。
「一応肩書はただの冒険者ですよ。えっと、カーター・ズールさん、エミィさん、チラチーさん、ケーニー・ヴィランさん、トッシュ・アンドルーズさん。もっと読み上げます?」
「……いいえ、その必要はありませんわ、異世界よりお越しの方」
目に付いた人の名を片っ端から言って差し上げると、お姫様が首を横に振る。
しかし、顔には緊張が張り付き、その手に握られた杖を構え、周囲の男達も剣の柄に手をかけ引き抜いた。
途端にサーチエネミーが周囲の人間を敵と認識する。
「まぁまぁ、敵対する意図があるなら、彼のサーチエネミーに引っかかっているはずですよ」
慌てて両手を挙げ、お道化てみせる。
これが創作の世界なら、俺はいきなり現れた怪しい奴で、実は勇者を殺すために派遣された他国の勇者ってところだろうか。
そして実際にそう思われても不思議ではない。
「……挨拶が遅れました。わたくしはクラウディア・アイヴィナーゼ。アイヴィナーゼ王国の第一王女です。貴方の所属国とお名前を伺ってもよろしくて?」
「こちらこそ。俺は一ノ瀬敏夫、誰かに召喚された訳じゃないんで国は未所属だ。冒険者としての活動拠点的な意味で言えば、所属はアイヴィナーゼ王国になるかな?」
「〈流れ人〉ですか……それでは流れ人のトシオ様、我々にどのような御用件でしょうか?」
「単刀直入に言うと、俺はこの先に進みたいだけだ。なにせ数日前からこの迷宮を攻略中でね、なので、あのデカい犬を早急になんとかしてくれると助かるんだけど」
「生憎ここはもう俺様専用の狩場だ。迷宮で遊びたいなら今すぐよそに行きな」
姫と勇者を交互に見て尋ねると、アキヤはまるで意地悪をするのが心底楽しいと言った面持ちでのたまった。
公園のブランコを独占して譲らないクソガキかよ。
だが事実、この国の勇者としての地位があり、このダンジョンがアイヴィナーゼ王国の中にある以上、奴の言う事には逆らえない。
だからと言って、目的は別にあるのであっさり引き返すなんてこともしない。
「まぁそう言うなって。そうだ、あの蛇女、俺に売ってくんない? 丁度戦える奴隷が欲しかったんだ」
「はぁ? あんなのが欲しいのかよ、キモっ」
「ははは、本当は金を手にしたキミが豪遊してる間に、このダンジョンをもう少し遊ばせてもらおうってだけだなんだけどね」
「……で、いくら出すんだ?」
実はどうでも良いといった素振りで告げると、俺の申し出にアキヤがあっさり食い付いた。
だが、ここでこちらもそれに飛び付けば、奴に足元を見られかねない。
「そうだなぁ……金貨30枚でどうだ? 戦闘奴隷はそれくらいが相場らしいし。それくらいあれば1か月は豪遊出来るだろ? まぁ無理を言ってる手前、何なら少しは色を付けても構わないぜ」
「いいぜ。だが倍、いや、3倍出しな」
「3倍? 金貨90枚ってことか?」
「ついでに色を付けるってやつも入れて100枚だ。そしたら俺も考えてやる」
「ん~100枚かぁ……60枚じゃダメ?」
「ダメに決まってるだろ」
こちらの軽い根切に対し、見下した様子で拒絶された。
駆け引きもクソもありゃしない。
てか欲をかき過ぎだろ。
「……わかった。キミに顔を売るって意味でも100枚払おう。ってんで、せっかく買ったのに金を払う前に死なれても困る。あの犬は今すぐ処分させてもらうね」
巨象並みの大きさを誇る黒犬の横っ腹にアイシクルスピアを連続で打ち込んだ。
突然の横射に対応できず、突き刺さった氷槍により、巨大な犬が直ぐにこちらを敵として認定した。
だがそれは時すでにお寿司ってやつだ。
殺到する氷槍が、キングオルトロスの顔面をヤマアラシの背に変えた。
キングオルトロスが粒子分解を起こしたことで、四十二階層への門が開かれる。
自分でやっておきながら、その痛ましさに手に変な汗が滲み、ズボンの腰で拭っておく。
「無詠唱だと、やはりあいつも!?」
「本当はどこかのの国の勇者ではないのか!」
「いやだが相手は一人、アキヤ様と俺達に戦いを挑むようなバカはしないだろう」
「すごーい」
「勇者様ってあんなこともできるんだー」
などなど、兵士や騎士風の男達が色めき立ち、女達がアキヤの背後から感心の言葉が聞こえて来た。
「あ、横取りはしたく無いからドロップ品は遠慮させてもらうよ。それじゃぁコレ」
そう言って収納袋様から白金貨1枚を取り出し、親指で弾いて投げて寄越すと、称号を〈奴隷商〉に設定する。
「なんだこれは、100枚って話だろ? テメェ、俺様をバカにしてるのか!」
アキヤがなぜか激昂し、怒気をぶつけてくる。
もしかしてこいつ、白金貨を知らんのか。
「え、白金貨1枚で金貨100枚分の価値があるんだけど? もしかして見間違えてない? お姫様、確認してもらえる?」
俺はラミアの女性に歩み寄りながらそう告げると、クラウディア王女がアキヤの手元を覗き込む。
「……確かにこれは白金貨ですわ。あの方の仰る通り、白金貨は1枚で金貨100枚に相当します」
「え――あ、あぁ、どうやら洞窟の光のせいで見間違えたみてぇだ」
王女の鑑定に誰がどう見ても知らなかった風のアキヤが慌てて言いつくろう。
だがその事実を指摘されると謝る人間も居れば、逆切れする人間も多くいる。
こいつは絶対に後者だと容易に想像がついたため、ここはあえて指摘を避けた。
「とまぁそんな訳で話は付きました。色々と思うところはあるでしょうけど受けてください」
そう言って奴隷契約を飛ばすも、一向にシステムメッセージが現れなかった。
「……えっと、悪いようにはしませんので、受けて頂けますか?」
「……おそらくは奴が我との契約を解消せぬ限り、お主の申し出は受けられぬ」
掠れてはいるが妖艶な声で、メティーカさんが首を横に振る。
「悪いんだけど、彼女の奴隷契約を解除してくれる?」
「ぷっはははは! バーカ、誰が解除するかよ! 俺は考えるとは言ったが譲るとは言ってねぇだろ!」
アキヤがこちらを指さし馬鹿笑いをあげる。
なんで自分がバカにされたと思っただけで激怒するのに、他人はバカにしても良いと思えるんだ?
やりたい気持ちは分からなくも無いが、それを実際にやってのける奴の神経が全く理解できない。
「……ははは、自分冗談上手いな。でも今はそういうのはいいから早く解除してくれる?」
「冗談じゃねーよマヌケ! 考えた結果手放さねぇって言ってるんだ。一応は考えてやったんだ、当然金は返さねぇぜ!」
必死に堪えて絞り出した言葉を、アキヤはニタニタと下卑た笑みを浮かべてそう言い放つ。
付け焼刃でイメージして作ったキャラのメッキがはがれ、流石にこちらの視線も険しくなる。
「……そこに居る女の子達ってキミの彼女なんだよね? そんな子達の前で自分の醜さを晒すなんて、まさか本気でしないよね? 今なら冗談で許すけど、もし本気なら、もう一度周りの人達の目を見てから考えることをお勧めするよ?」
「冗談じゃねぇっつってんだろ! 誰がそんな手に乗るかってんだ、ぎゃはははは!」
乗らないと言いつつ、アキヤが自身の周りを見ると、全員が呆れの眼差しを向けられていた。
そら普通の金銭感覚がある奴なら、そんな目で見たくもなるだろう。
普通の家庭なら家族7人でも金貨10枚で1年は余裕で暮らせる世界。それが10倍の白金貨だ。日本円で言えば最低でも2000万は下らない貨幣価値である。それを仮にも勇者と呼ばれる者が、正体不明の自称冒険者とは言え一個人から、くだらない言葉遊びで大金を掠め取ろうとしたのだ。
蛮行もさることながら、そのやり口と状況があまりにも稚拙でセコ過ぎる。
だが落ち着け、〝俺を揶揄いたかっただけなんだろ? わかったから早く解除してくれないか?〟 こう言う話にもっていけばまだ……、いや待て、〝早く〟ってつけると癇に障るかもしれないからそこは外そう。
「おい、なんだその眼は、お前らふざけんなよ!」
なおも冗談として扱おうと口を開きかけた俺の言葉を遮り、アキヤが癇癪を起こし周りを怒鳴り散らす。
精神未熟児かよ。
たったこれだけのやり取りにも拘らず、こいつの異常性だけははっきりと理解できる。
正直滅茶苦茶関わり合いになりたくない。
「落ち着きなされ勇者殿、貴殿が彼の者と交わした約束を果たせば済む話ではありませんか。このままでは勇者としての品位を問われかねますぞ」
「あぁ? 誰の品が無いって?!」
青年騎士がたしなめるも、アキヤは真っ赤な顔をゆがめて騎士の顔面を殴り付けた。
突然の凶行に吹き飛ばされる青年騎士。
「テメェ舐めてんのか? この俺様を舐めてんのかって聞いてんだよ! ええ?!」
その倒れた騎士を執拗に蹴りつける勇者アキヤ。
それには周りの女達も悲鳴を上が後ずさる。
なんだこいつ、感情の起伏おかしくね?
全員がドン引きしている間も、騎士への暴行が続けられる。
だが青年の同僚は、誰も止めはしなかった。
正確には、止めに入ろうとしたところを、アウグストとかいう初老のおっさんが手で制し、それをさせなかったのだ。
自分の部下らしき男が暴行を受けているというのに止めにも入らず、それどころかさせるがままとは、騎士ってのはずいぶんとマゾい職業なんですね。
上官ならテメェが身代わりになれや。
このじいさん人望なさそうだな。
反吐が出る想いである。
あまりの理不尽さに止めに入ろうと足を踏み出しそうになったが、こいつらも喜んで戦闘を観戦していたクズ野郎なので、思い止まり見捨ててやる。
しかし、クラウディア王女がアキヤの腕をつかんで強引に止めさせた。
「おやめくださいアキヤ様、彼はアイヴィナーゼの忠臣です。これ以上の行いは看過致しかねます!」
「あぁ? 女の分際で、テメェも俺に盾突こうってぇのか!」
王女に対してコブシが振るわれそうになるのを、これには周りに居た男達が間に入り、王女の代わりに制裁を受ける。
今度は王女にまで噛み付くとか、狂犬もいいところだ。
そうこうしている間にも、リシア達全員がこちらにやって来た。
集団の中に娘の姿を見つけたメティーカさんが大きく目を見開き、次にこちらにも目を向けたので微笑みで返す。
「今度こそ受けてください」
もう一度奴隷契を飛ばす。
「母、トシオなら大丈夫だ」
「……よしなに頼むえ」
メリティエの言葉少ない説得に、メティーカさんが落ち着いた物腰で頭を垂れた。
《新たな使役奴隷を手に入れました》
疲弊しながも笑顔を浮かべる半蛇の女性。
こうして近くで見ると極めて美しい。
二度目の奴隷契約が可能になった理由だが、先程リシアが〝リベクさんなら奴隷契約を解除するスキルがある〟と教えてくれたため、ワープゲートを通じてリベクさんに解除して頂いたからだ。
あんなバカなことをやらかす奴が素直に交渉に応じるかが怪しかっただけに、頼んで正解だった。
そして俺は単なる時間稼ぎをする簡単ではあったが、なかなか心臓に悪いお仕事だ。
なにが悲しくて、俺が一番嫌いな人種であるDQNの相手をしなきゃならんのか。
もうこんなクズとは二度と関わらねぇYO!
「じゃぁ帰ろうか」
折角ここまで攻略してきた第五迷宮だが、奴が居る迷宮何て一秒だって居たくない。
狂犬に噛まれたと思ってあきらめよう。
だがアキヤの方は俺と関わりを持ちたかったらしい。
「なんだテメェら、どこから湧いて出やがった!」
今度は俺達に難癖を付けるように怒鳴りながら近付いて来た。
その表情は常軌を逸しており、剣の間合いにまで入って来たため、出現させたライトニングランスで奴の眼前に割り込ませた。
これにはアキヤも慌て、大きく後方に飛び退いた。
「あ”? 俺様とやり合おうってのか?」
「俺達の用はもう済んだ。後はあんたらだけで勝手にやってろ」
こんな意味不明なバカの相手なんぞしてられるか。
ワープゲートを開いて脱出しようとしたところを、奴が剣を引き抜き大上段の構えを取る。
その剣身は、既に黄金色の光りが輝いていた。
「俺様を無視するんじゃねぇ! エクス――、カリバァァァァァァァァァァァァ!!」
狂犬による狂気の光が、躊躇なく俺達に向けて振るわれた。
数十人の騎士や兵士風の男達や冒険者風の女達が、目の前で繰り広げられる巨獣と大蛇の一騎打ちによる死闘に歓声を上げていた。
いや、元々は一騎打ちではなかったのかもしれない。
争う巨犬とラミアの足元には、彼女が装備している物と同じ粗悪な武器がいくつも散乱しているのだ。
三十階層付近で助けられなかった冒険者の末路を思い出す。
ボロ雑巾の様な挽肉に変えられた数名の冒険者の遺体。
彼らも装備だけを残し、俺達が倒してきた魔物達の様に粒子散乱して消えてしまったのだ。
俺達が来る前には他にも居たのではないだろうか。
そして、全身至る所に傷を負い、青黒の鱗をぼろぼろにされた黒髪の艶女も、それと同じ運命を辿ろうとしている。
痛んだ長い黒髪は乱れ、その顔には疲労が滲み、焦燥しきっていた。
俺個人としては助けたい。
だがラミアの命運と同等に、気になる男が一人いるだけで躊躇われた。
女達の中心で、白を基調にした黄金の縁取りの煌びやかな鎧を着込んだ若い男。
〈勇者〉アキヤ
人 男 20歳
ベースLv99
グラディエーターLv49
ロイヤルガードLv46
金髪黒瞳の東洋人顔で、中肉中背でエラの張った男が隣に居る女の首に肩を回し、楽し気に騒いでいる。
背中の両手剣と全身の鎧がオリハルコン製であると、俺の〈鑑定眼〉が告げているが、そんなものよりももっとまずいものがある。
称号〈勇者〉
この馬鹿騒ぎをしている中心人物であろうこいつさえ居なければ、すぐにでも飛び出して行くものを……。
ここで下手な動きをすれば、俺だけでなく全員の命が危ない。
「母……」
……え?
メリティエの小さな呟きを、俺達は聞き逃さなかった。
身体のサイズがかけ離れすぎていて全く気付かなかったが、言われてみれば下半身の体色と美しい顔立ちがメリティエ本来の姿に酷似している。
メティーカ・ダモンクレア
ラミア 女 297歳
ラミアクイーンLv32
鑑定眼でも女性のファミリーネームがメリティエのものと一致している。
「彼女がメリティエ殿の母君ですと……!?」
「………」
ユニスの言葉に、メリティエが必死の戦いを続ける女性から目を逸らすことなく頷いた。
「そんな、早く助けないと!?」
「わかってる。けど、あそこに勇者が居る……」
「「「!?」」」
フィローラの悲鳴に俺が苦々しく告げると、皆の表情にも緊張が走る。
敵となり得る相手に勇者が居る。
それは俺達の優位性が相手にも適用されることを意味する。
そしてそんなのと戦うことになれば、無事で済むとは思えない。
メリティエの母を助けるのと引き換えに、この中の誰かを失う危険性。
最悪助けることも出来ずに全滅する可能性だってゼロではない。
究極の選択に逡巡していると、リシアが俺の手を取り握りしめた。
「トシオ様、自分のなさりたいようになさってください」
「リシア……けど――」
「私もリシア殿と同意見です。トシオ殿が正しいと思ってされる事であれば、例えどのような結末になろうと受け入れてみせます」
ユニスが咄嗟に言い訳をしようとした俺を遮った。
ミネルバが人馬の美女の肩に顎を乗せ、いつもの眠たげな眼差しで真っ直ぐこちらを見詰めている。
その視線が俺に逃げるなと告げているように思えてならない。
「皆さんをお守りするくらい、私一人でもやってみせますよ」
「クク……」
つい先日まで戦うことを恐れていたククテナが、優しい口調で力強く頷いてみせた。
「私も、お母さんを亡くしゅ気持ちを他の誰かに味わってほしくないでしゅ!」
フィローラが涙ながらに訴え、セシルもその隣で頷く。
「メリーの母ちゃん助けに行かないの?」
相変わらず空気を読まないトトが、何の迷いもなくあっけらかんと言ってくれる。
その隣では、俺の決断を不安げな眼差しで待ち続ける、小さな小さな女の子が立っていた。
彼女達の夫として、俺にできることなら何でもしてあげたい。
俺を選んでよかったと、心から思ってもらえる旦那でありたい。
そうでなければ、俺はただ性欲におぼれただけの醜悪な生き物に成り下がる。
為すべき選択を選び終えると、全員の顔を見回した。
「……俺も彼女を助けたい。皆、力を貸してくれ」
「「「はい!」」」
妻たちの決意を受け取ると、まずは最初にしなければならない指示を出す。
「リシア、戦っている彼女に回復を頼む。メリティエ、出来得る限りのことは全てやってみるけど、もしもの時は……」
「わかっている……それでも頼む……!」
小さな妻にも覚悟を強いると、俺達は救出作戦を模索した。
「ん、なんだお前は?」
俺が後ろから来たことに気が付いた兵士風の中年男性が、こちらを振り返り訝しげな目を向け近付いてきた。
その右手は腰に下げた剣の柄を掴んでいる。
こちらは出来るだけ敵意を煽らないために槍は持たず、冒険者として最低限の装備であろうロングソードのみを腰に吊るした状態だ。
四十一階層を歩くにはあまりに軽装過ぎる上に一人とくれば、そりゃ誰もが訝しく思うだろう。
念のため男の力量を図るために鑑定眼を発動させる。
フルブライト
人 男 36歳
ナイトLv42
中級ベテラン冒険者並みの経験と実力はあるとみるのが妥当だろか、モーディーンさんの例もあるだけに油断はできないな。
「こんにちは」
「冒険者か? 見ての通り今は貸しきりだ。すまんがこれが終わるまで待っていてくれ」
「これって何の騒ぎです?」
「あぁ、勇者様が折角狩りに来たのにあまり敵と戦えなかったのがお気に召さないってんで、うっぷん晴らしに連れて来た魔族領の奴隷を処分するんだとよ」
「勇者様がいるのですか!?」
男の言葉にわざとらしくも驚いてみせる。
「残念ながらな。ちっ、けったクソ悪い。こんなのが気晴らしってんなら、闘技場にでも行けってんだ。異世界の奴ってのは皆あぁなのかねぇ。いや、他の奴らはこちらの世界の人間か」
冴えない顔をした中年の男が、勇者とその仲間であろう騎士達を見ながら吐き捨てた。
兵士や騎士風の男達のジョブLvも、軒並み最上級職でかなり高い。
反面、勇者の周りに居る女達は、同じLv帯の者も居れば、基本職の者も多くばらばらだった。
「まったく、あんなのと姫様を婚約させるとは、陛下も酷なことをなさる……」
男の視線の先を追うと、純白に金の刺繍が施されたローブを身に着けた金髪の少女。
後ろ姿だけでも美女であろうことを疑わない程の美しい髪と佇まいをしていた。
クラウディア・アイヴィナーゼ
人 女 17歳
セージLv49
その右手は強く握りしめられ、この馬鹿げた騒ぎに我慢している様子である。
「すまん、今のは忘れてくれ」
「はは、わかってますよ。末端の兵士なんて、愚痴の一つや二つ言わないとやってられませんからね」
「まぁそんなところだ」
苦笑いを浮かべながら共感を出すると、男も同じような笑いを浮かべた。
「けど、そんなことをする連中の中にも、貴方の様なまともな人が居て良かったです」
「よしてくれ、アレを止められない俺も、結局は奴らと同じってことだ」
顔をしかめた中年兵士が再び吐き捨てると、また彼らの輪の中に戻って行った。
いや、ある意味よくなかったとも言えるか。
もし敵対した場合、戦い辛くなったのだから。
だが戦うと決まったわけじゃない。
話のもって行き様では、それも回避されるかもしれないのだ、出来る事なら穏便に済ませたい。
妻達の命もかかっている以上は、慎重すぎるくらいで丁度いい。
冷静に心を保ちながら、キャラ作りに集中する。
俺は交渉人。気さくでどんな嫌な奴とだって笑顔でフレンドリーに話しかける交渉人。
笑顔で親し気に笑顔で親し気に。
自分自身にそう信じ込ませるように念じ続け、とあるアニメに出て来た気さくな兄貴キャラを思い浮かべ、イメージを明確化。
そうやってイメージが固まると、バカ騒ぎの中心に居る男の斜め前までやって来た。
「よう、楽しそうだな」
「なんだテメェ? ……へぇ、もしかしてお前、日本人か」
「そうそう」
鑑定眼が働いたのか、俺の素性を言い当てた金髪アジアン顔のアキヤが、僅かながら興味の目をこちらに向ける。
「おいお前、なにやってんだ!」
アキヤに軽く頷くと、先程の中年兵士が慌ててすっ飛んで来た。
「落ち着いてください、フルブライトさん」
「なっ、なんで俺の名前を知っているんだ!?」
「そんなことは別に良いじゃないですか。ね、クラウディア・アイヴィナーゼさん。アウグスト・オリバーさん」
「何者だ貴様ぁ!」
「……」
姫様と呼ばれていた美少女と、その近くに居た立派な鎧を着こんだ恰幅のいい初老の男の名前を告げてやると、クラウディアは眉を僅かに動かしただけだが、男はすごい剣幕で唾を飛ばしながら身構えた。
「一応肩書はただの冒険者ですよ。えっと、カーター・ズールさん、エミィさん、チラチーさん、ケーニー・ヴィランさん、トッシュ・アンドルーズさん。もっと読み上げます?」
「……いいえ、その必要はありませんわ、異世界よりお越しの方」
目に付いた人の名を片っ端から言って差し上げると、お姫様が首を横に振る。
しかし、顔には緊張が張り付き、その手に握られた杖を構え、周囲の男達も剣の柄に手をかけ引き抜いた。
途端にサーチエネミーが周囲の人間を敵と認識する。
「まぁまぁ、敵対する意図があるなら、彼のサーチエネミーに引っかかっているはずですよ」
慌てて両手を挙げ、お道化てみせる。
これが創作の世界なら、俺はいきなり現れた怪しい奴で、実は勇者を殺すために派遣された他国の勇者ってところだろうか。
そして実際にそう思われても不思議ではない。
「……挨拶が遅れました。わたくしはクラウディア・アイヴィナーゼ。アイヴィナーゼ王国の第一王女です。貴方の所属国とお名前を伺ってもよろしくて?」
「こちらこそ。俺は一ノ瀬敏夫、誰かに召喚された訳じゃないんで国は未所属だ。冒険者としての活動拠点的な意味で言えば、所属はアイヴィナーゼ王国になるかな?」
「〈流れ人〉ですか……それでは流れ人のトシオ様、我々にどのような御用件でしょうか?」
「単刀直入に言うと、俺はこの先に進みたいだけだ。なにせ数日前からこの迷宮を攻略中でね、なので、あのデカい犬を早急になんとかしてくれると助かるんだけど」
「生憎ここはもう俺様専用の狩場だ。迷宮で遊びたいなら今すぐよそに行きな」
姫と勇者を交互に見て尋ねると、アキヤはまるで意地悪をするのが心底楽しいと言った面持ちでのたまった。
公園のブランコを独占して譲らないクソガキかよ。
だが事実、この国の勇者としての地位があり、このダンジョンがアイヴィナーゼ王国の中にある以上、奴の言う事には逆らえない。
だからと言って、目的は別にあるのであっさり引き返すなんてこともしない。
「まぁそう言うなって。そうだ、あの蛇女、俺に売ってくんない? 丁度戦える奴隷が欲しかったんだ」
「はぁ? あんなのが欲しいのかよ、キモっ」
「ははは、本当は金を手にしたキミが豪遊してる間に、このダンジョンをもう少し遊ばせてもらおうってだけだなんだけどね」
「……で、いくら出すんだ?」
実はどうでも良いといった素振りで告げると、俺の申し出にアキヤがあっさり食い付いた。
だが、ここでこちらもそれに飛び付けば、奴に足元を見られかねない。
「そうだなぁ……金貨30枚でどうだ? 戦闘奴隷はそれくらいが相場らしいし。それくらいあれば1か月は豪遊出来るだろ? まぁ無理を言ってる手前、何なら少しは色を付けても構わないぜ」
「いいぜ。だが倍、いや、3倍出しな」
「3倍? 金貨90枚ってことか?」
「ついでに色を付けるってやつも入れて100枚だ。そしたら俺も考えてやる」
「ん~100枚かぁ……60枚じゃダメ?」
「ダメに決まってるだろ」
こちらの軽い根切に対し、見下した様子で拒絶された。
駆け引きもクソもありゃしない。
てか欲をかき過ぎだろ。
「……わかった。キミに顔を売るって意味でも100枚払おう。ってんで、せっかく買ったのに金を払う前に死なれても困る。あの犬は今すぐ処分させてもらうね」
巨象並みの大きさを誇る黒犬の横っ腹にアイシクルスピアを連続で打ち込んだ。
突然の横射に対応できず、突き刺さった氷槍により、巨大な犬が直ぐにこちらを敵として認定した。
だがそれは時すでにお寿司ってやつだ。
殺到する氷槍が、キングオルトロスの顔面をヤマアラシの背に変えた。
キングオルトロスが粒子分解を起こしたことで、四十二階層への門が開かれる。
自分でやっておきながら、その痛ましさに手に変な汗が滲み、ズボンの腰で拭っておく。
「無詠唱だと、やはりあいつも!?」
「本当はどこかのの国の勇者ではないのか!」
「いやだが相手は一人、アキヤ様と俺達に戦いを挑むようなバカはしないだろう」
「すごーい」
「勇者様ってあんなこともできるんだー」
などなど、兵士や騎士風の男達が色めき立ち、女達がアキヤの背後から感心の言葉が聞こえて来た。
「あ、横取りはしたく無いからドロップ品は遠慮させてもらうよ。それじゃぁコレ」
そう言って収納袋様から白金貨1枚を取り出し、親指で弾いて投げて寄越すと、称号を〈奴隷商〉に設定する。
「なんだこれは、100枚って話だろ? テメェ、俺様をバカにしてるのか!」
アキヤがなぜか激昂し、怒気をぶつけてくる。
もしかしてこいつ、白金貨を知らんのか。
「え、白金貨1枚で金貨100枚分の価値があるんだけど? もしかして見間違えてない? お姫様、確認してもらえる?」
俺はラミアの女性に歩み寄りながらそう告げると、クラウディア王女がアキヤの手元を覗き込む。
「……確かにこれは白金貨ですわ。あの方の仰る通り、白金貨は1枚で金貨100枚に相当します」
「え――あ、あぁ、どうやら洞窟の光のせいで見間違えたみてぇだ」
王女の鑑定に誰がどう見ても知らなかった風のアキヤが慌てて言いつくろう。
だがその事実を指摘されると謝る人間も居れば、逆切れする人間も多くいる。
こいつは絶対に後者だと容易に想像がついたため、ここはあえて指摘を避けた。
「とまぁそんな訳で話は付きました。色々と思うところはあるでしょうけど受けてください」
そう言って奴隷契約を飛ばすも、一向にシステムメッセージが現れなかった。
「……えっと、悪いようにはしませんので、受けて頂けますか?」
「……おそらくは奴が我との契約を解消せぬ限り、お主の申し出は受けられぬ」
掠れてはいるが妖艶な声で、メティーカさんが首を横に振る。
「悪いんだけど、彼女の奴隷契約を解除してくれる?」
「ぷっはははは! バーカ、誰が解除するかよ! 俺は考えるとは言ったが譲るとは言ってねぇだろ!」
アキヤがこちらを指さし馬鹿笑いをあげる。
なんで自分がバカにされたと思っただけで激怒するのに、他人はバカにしても良いと思えるんだ?
やりたい気持ちは分からなくも無いが、それを実際にやってのける奴の神経が全く理解できない。
「……ははは、自分冗談上手いな。でも今はそういうのはいいから早く解除してくれる?」
「冗談じゃねーよマヌケ! 考えた結果手放さねぇって言ってるんだ。一応は考えてやったんだ、当然金は返さねぇぜ!」
必死に堪えて絞り出した言葉を、アキヤはニタニタと下卑た笑みを浮かべてそう言い放つ。
付け焼刃でイメージして作ったキャラのメッキがはがれ、流石にこちらの視線も険しくなる。
「……そこに居る女の子達ってキミの彼女なんだよね? そんな子達の前で自分の醜さを晒すなんて、まさか本気でしないよね? 今なら冗談で許すけど、もし本気なら、もう一度周りの人達の目を見てから考えることをお勧めするよ?」
「冗談じゃねぇっつってんだろ! 誰がそんな手に乗るかってんだ、ぎゃはははは!」
乗らないと言いつつ、アキヤが自身の周りを見ると、全員が呆れの眼差しを向けられていた。
そら普通の金銭感覚がある奴なら、そんな目で見たくもなるだろう。
普通の家庭なら家族7人でも金貨10枚で1年は余裕で暮らせる世界。それが10倍の白金貨だ。日本円で言えば最低でも2000万は下らない貨幣価値である。それを仮にも勇者と呼ばれる者が、正体不明の自称冒険者とは言え一個人から、くだらない言葉遊びで大金を掠め取ろうとしたのだ。
蛮行もさることながら、そのやり口と状況があまりにも稚拙でセコ過ぎる。
だが落ち着け、〝俺を揶揄いたかっただけなんだろ? わかったから早く解除してくれないか?〟 こう言う話にもっていけばまだ……、いや待て、〝早く〟ってつけると癇に障るかもしれないからそこは外そう。
「おい、なんだその眼は、お前らふざけんなよ!」
なおも冗談として扱おうと口を開きかけた俺の言葉を遮り、アキヤが癇癪を起こし周りを怒鳴り散らす。
精神未熟児かよ。
たったこれだけのやり取りにも拘らず、こいつの異常性だけははっきりと理解できる。
正直滅茶苦茶関わり合いになりたくない。
「落ち着きなされ勇者殿、貴殿が彼の者と交わした約束を果たせば済む話ではありませんか。このままでは勇者としての品位を問われかねますぞ」
「あぁ? 誰の品が無いって?!」
青年騎士がたしなめるも、アキヤは真っ赤な顔をゆがめて騎士の顔面を殴り付けた。
突然の凶行に吹き飛ばされる青年騎士。
「テメェ舐めてんのか? この俺様を舐めてんのかって聞いてんだよ! ええ?!」
その倒れた騎士を執拗に蹴りつける勇者アキヤ。
それには周りの女達も悲鳴を上が後ずさる。
なんだこいつ、感情の起伏おかしくね?
全員がドン引きしている間も、騎士への暴行が続けられる。
だが青年の同僚は、誰も止めはしなかった。
正確には、止めに入ろうとしたところを、アウグストとかいう初老のおっさんが手で制し、それをさせなかったのだ。
自分の部下らしき男が暴行を受けているというのに止めにも入らず、それどころかさせるがままとは、騎士ってのはずいぶんとマゾい職業なんですね。
上官ならテメェが身代わりになれや。
このじいさん人望なさそうだな。
反吐が出る想いである。
あまりの理不尽さに止めに入ろうと足を踏み出しそうになったが、こいつらも喜んで戦闘を観戦していたクズ野郎なので、思い止まり見捨ててやる。
しかし、クラウディア王女がアキヤの腕をつかんで強引に止めさせた。
「おやめくださいアキヤ様、彼はアイヴィナーゼの忠臣です。これ以上の行いは看過致しかねます!」
「あぁ? 女の分際で、テメェも俺に盾突こうってぇのか!」
王女に対してコブシが振るわれそうになるのを、これには周りに居た男達が間に入り、王女の代わりに制裁を受ける。
今度は王女にまで噛み付くとか、狂犬もいいところだ。
そうこうしている間にも、リシア達全員がこちらにやって来た。
集団の中に娘の姿を見つけたメティーカさんが大きく目を見開き、次にこちらにも目を向けたので微笑みで返す。
「今度こそ受けてください」
もう一度奴隷契を飛ばす。
「母、トシオなら大丈夫だ」
「……よしなに頼むえ」
メリティエの言葉少ない説得に、メティーカさんが落ち着いた物腰で頭を垂れた。
《新たな使役奴隷を手に入れました》
疲弊しながも笑顔を浮かべる半蛇の女性。
こうして近くで見ると極めて美しい。
二度目の奴隷契約が可能になった理由だが、先程リシアが〝リベクさんなら奴隷契約を解除するスキルがある〟と教えてくれたため、ワープゲートを通じてリベクさんに解除して頂いたからだ。
あんなバカなことをやらかす奴が素直に交渉に応じるかが怪しかっただけに、頼んで正解だった。
そして俺は単なる時間稼ぎをする簡単ではあったが、なかなか心臓に悪いお仕事だ。
なにが悲しくて、俺が一番嫌いな人種であるDQNの相手をしなきゃならんのか。
もうこんなクズとは二度と関わらねぇYO!
「じゃぁ帰ろうか」
折角ここまで攻略してきた第五迷宮だが、奴が居る迷宮何て一秒だって居たくない。
狂犬に噛まれたと思ってあきらめよう。
だがアキヤの方は俺と関わりを持ちたかったらしい。
「なんだテメェら、どこから湧いて出やがった!」
今度は俺達に難癖を付けるように怒鳴りながら近付いて来た。
その表情は常軌を逸しており、剣の間合いにまで入って来たため、出現させたライトニングランスで奴の眼前に割り込ませた。
これにはアキヤも慌て、大きく後方に飛び退いた。
「あ”? 俺様とやり合おうってのか?」
「俺達の用はもう済んだ。後はあんたらだけで勝手にやってろ」
こんな意味不明なバカの相手なんぞしてられるか。
ワープゲートを開いて脱出しようとしたところを、奴が剣を引き抜き大上段の構えを取る。
その剣身は、既に黄金色の光りが輝いていた。
「俺様を無視するんじゃねぇ! エクス――、カリバァァァァァァァァァァァァ!!」
狂犬による狂気の光が、躊躇なく俺達に向けて振るわれた。
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