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92話 ウィッシュタニア第三王子
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『エルネスト殿下、よろしいでしょうか?』
青い貴族服に身に纏ったエルネストの頭に、直接語り掛けてくる若い男の声に短い言葉を発する。
「フリッツか、構わん申せ」
『勇者様の足取りが掴めました』
「よくやった」
自室に隣接する執務室の椅子に座る黒髪青眼の青年が、頭に響くその声の主に労いを贈る
エルネスト・フォン・ウィッシュタニア。
ウィッシュタニア魔法王国の第三王子にして、国王と側室の、それも平民の娘との間に生まれた王子である。
平民の血が流れる青年は、それが故に国の要職にも就かせてはもらえず、飼い殺し。
二人の異父兄達からも、つまはじき者となっていた。
しかし、本人は無力であることを良しとはしなかった。
その状況を逆手に取り、城下町で遊び惚けるふりをする傍ら、市民や商人ギルドとのコネを作り私兵を抱え、国内外に情報網を張り巡らせ活動拠点を設けるほどの情報通となっていた。
「場所は?」
『国境を越えアイヴィナーゼ王国に入ったようです。このまま何事も無ければ、まずは冒険者の街として有名なライシーンにたどり着くことでしょう』
「アイヴィナーゼとは、また面倒な時に逃げ込まれたものですね」
「全くだ」
二人の会話を傍で聞いていた青年士官で自身の副官でもあるクロードに同意すると、エルネストは椅子に背中を預け腕を組んだ。
アイヴィナーゼは先日〈勇者召喚〉を成功させた国。
もしウィッシュタニアの勇者が逃げ込んだことが知られては、二人目の勇者として確保に動くのは自然の流れである。
勇者は優れた生物兵器であると同時に、PTの同伴者のレベルを引き上げる成長促進剤でもある。
なにも戦争に使わずとも、兵の強化だけに着目すれば〈獲得経験値上昇〉スキルによる〈魔水晶〉や魔物討伐、そして迷宮のお供として連れて行くだけでも十分な恩恵が得られる。
強化された兵を多く抱える事で他国よりも優位に立ち、付け入らせないための抑止力としても十二分に機能する。
そのため勇者は存在するだけで戦略的価値は極めて高い。
政敵である第一王子派が勇者を逃した際には先に見つけ出しスカウト出来るかもと心が躍ったが、流石にそんなことも言ってはいられない。
このまま他国に逃げ込まれては、自国の危機を加速させるだけで本末転倒だ。
それもこれも、あの考え無しの異母兄達が、勇者を逃すきっかけを与えたからである。
男をあてがい従属を図るのは悪い手ではない。
だが、相手の感情や心境を確認せずでは、ただの悪漢と何が違う。
こちらの女ですら顔や金だけでは靡かぬ者も居るというに、ましてや異世界異文化の女をその他大勢と一緒くただとどうして思えるなか……。
国を疲弊させるだけでは飽き足らず、国そのものを崩壊させようというのだから、今すぐ異母兄共の元へ向かい、この手で八つ裂きにしてやりたい程に忌々しい。
新たに勇者を呼ぶとしても、勇者の召喚には莫大な魔力を必要とする。
それも魔力が十分に蓄積された〈ダンジョンコア〉一つが空になる程の魔力がだ。
ウィッシュタニアにとって、今回の勇者召喚は前回の召喚から約20年ぶりとなり、ダンジョンコアには召喚に十分な魔力がたまり切ってはいなかった。
そこでダンジョンコアだけでなく、〈魔水晶〉や〈魔核〉などの魔力が貯められるものをかき集め、無理矢理術式を発動させたのだ。
そのような状況で今一度勇者召喚を行うとなれば、ダンジョンコアを暴走させ、莫大な魔力と引き換えに廃炉にしなくてはならなかった。
それほどの魔力を用いて呼び出した勇者を逃亡させるくらいなら、最初から勇者を選定して呼ぶべきであった。
勇者召喚にはある致命的な欠陥があった。
それは呼んでみるまでは、何者が現れるのかがわからないといったものだ。
それ故に、召喚前には勇者の選定を行われるのがこの世界の勇者選定の常識である。
召喚で呼ばれた異世界人ならば、誰しもが〈勇者〉の称号と共にボーナススキルとユニークスキルが使用でき、この世界の人間とは一線を画す戦闘力を持ち得る。
だからこそ、その内面もしっかりと調査しなければ、折角の勇者召喚も無駄になる。
仮に呼び出した者がごろつきや犯罪者では、勇者の力を悪用され国が傾く。
逆に臆病者では魔物討伐に連れて行くだけでも骨が折れる。
魔法や異世界に感心が無く、ただ漠然と平和な世界で暮らしている者では、迂闊な行動をとってすぐに命を落とす。
恋人や妻子を持つ者では、元の世界へと戻りたがり、呼び出した国に敵対する者も居たとの話も伝えられていた。
故に召喚とは別に莫大な魔力を消費してでも、この世界に適した人材を異世界から探し当てねばならないのだ。
その選別に必要な魔力をケチった結果が今回の女勇者である。
幸運にも傾国する程の性格破綻者ではなかったものの、戦争の道具にと無理に従わせようとしたが故のこの逃亡騒ぎであった。
それだけで奴らのバカさ加減が知れるというものだ。
多大な犠牲を払わなければ手に入らないダンジョンコアが自然に手元にわいて出るとでも思っているのか。
魔核を集めるのに必要な金貨の枚数を知っているのか。
勇者のレベル上げに使う魔水晶の実をつける木が有るならだ誰か持って来い、白金貨の掴み取りをする権利をくれてやる。
……流石に白金貨のつかみ取りは言い過ぎだな、こいつらに給料が支払えなくなる。
第三王子にあるのは、裏の顔である新冒険者ギルドのギルドマスターとしての権限と商人ギルドの後ろ盾、そしてそれらの資金により賄われている100名弱の私兵のみ。
政敵と認識しているのはエルネストの側だけであり、異父兄達には空気に近い存在であった。
だからこそ、ひたすら平伏し宥め貢ぎ、是が非でもこちらの陣営に取り込みたいのだ。
これ以上バカ共が余計な事をする前に、穏便且つ速やかに事態を終息させねばな。
下手をすれば自分から他国に保護を求め、敵対される結果にだけは何としても避けねばならない。
城内に突然他国の兵が現れ暴れられでもしたら目も当てられんぞ。
そしてなにより、欲望と野心だけが肥大化した愚劣な父と異母兄達、醜い立場争いを繰り広げ母を貶め殺害したあの女共、下民の血が流れていると言うだけで蔑むくだらん貴族連中。
奴らを一掃するのを俺以外の誰かにやらせてなるものか。
どちらにせよあの女に接触せねばなにも始まらん。
「フリッツ、お前達は至急ライシーンに潜伏中のロアン達と合流しろ。勇者を発見次第と接触し、望む事は全て聞き入れる準備があると伝えよ。交渉の必要があるなら私自ら話しをつける。アイヴィナーゼの王都にはエヴァンス隊にに網を張らせる」
『はっ』
主の命を受けた男は短い返事と共に通信を切った。
「クロード、エヴァンスにはエルマ隊と合流して事に当たれと伝えてくれ」
「……序でに山岳国側を張っていたペネロペ隊と海岸国側のリベリオ隊もこちらに呼び戻しては如何でしょうか?」
「あぁ、そうだな、そうしてくれ」
「はっ」
アイヴィナーゼの勇者が昨日大勢を引き連れクレアンデル大森林に向かったと、アイヴィナーゼの王都で諜報活動中の子飼いの兵から報告を受けていた。
規模からして大森林内にいくつか点在すると言われている、迷宮でのレベル上げに違いないと予測する。
アイヴィナーゼの勇者達が、そちらに集中している間に片が付けば良いのだがな。
だがそう都合良く事は運ばない。
国が滅びかねない一大事に、楽観的で居られる何処かのバカ共と一緒にされては不愉快だ。
この国には俺を信じて付いて来てくれる家臣や協力者、そしてそれらの家族が暮らしている。
その彼らに報いるためにも、行動で示し続けなければならない。
ウィッシュタニア魔法王国第三王子であるエルネスト・フォン・ウィッシュタニアは、野心家ではあっても夢想家であってはならないのだ。
青い貴族服に身に纏ったエルネストの頭に、直接語り掛けてくる若い男の声に短い言葉を発する。
「フリッツか、構わん申せ」
『勇者様の足取りが掴めました』
「よくやった」
自室に隣接する執務室の椅子に座る黒髪青眼の青年が、頭に響くその声の主に労いを贈る
エルネスト・フォン・ウィッシュタニア。
ウィッシュタニア魔法王国の第三王子にして、国王と側室の、それも平民の娘との間に生まれた王子である。
平民の血が流れる青年は、それが故に国の要職にも就かせてはもらえず、飼い殺し。
二人の異父兄達からも、つまはじき者となっていた。
しかし、本人は無力であることを良しとはしなかった。
その状況を逆手に取り、城下町で遊び惚けるふりをする傍ら、市民や商人ギルドとのコネを作り私兵を抱え、国内外に情報網を張り巡らせ活動拠点を設けるほどの情報通となっていた。
「場所は?」
『国境を越えアイヴィナーゼ王国に入ったようです。このまま何事も無ければ、まずは冒険者の街として有名なライシーンにたどり着くことでしょう』
「アイヴィナーゼとは、また面倒な時に逃げ込まれたものですね」
「全くだ」
二人の会話を傍で聞いていた青年士官で自身の副官でもあるクロードに同意すると、エルネストは椅子に背中を預け腕を組んだ。
アイヴィナーゼは先日〈勇者召喚〉を成功させた国。
もしウィッシュタニアの勇者が逃げ込んだことが知られては、二人目の勇者として確保に動くのは自然の流れである。
勇者は優れた生物兵器であると同時に、PTの同伴者のレベルを引き上げる成長促進剤でもある。
なにも戦争に使わずとも、兵の強化だけに着目すれば〈獲得経験値上昇〉スキルによる〈魔水晶〉や魔物討伐、そして迷宮のお供として連れて行くだけでも十分な恩恵が得られる。
強化された兵を多く抱える事で他国よりも優位に立ち、付け入らせないための抑止力としても十二分に機能する。
そのため勇者は存在するだけで戦略的価値は極めて高い。
政敵である第一王子派が勇者を逃した際には先に見つけ出しスカウト出来るかもと心が躍ったが、流石にそんなことも言ってはいられない。
このまま他国に逃げ込まれては、自国の危機を加速させるだけで本末転倒だ。
それもこれも、あの考え無しの異母兄達が、勇者を逃すきっかけを与えたからである。
男をあてがい従属を図るのは悪い手ではない。
だが、相手の感情や心境を確認せずでは、ただの悪漢と何が違う。
こちらの女ですら顔や金だけでは靡かぬ者も居るというに、ましてや異世界異文化の女をその他大勢と一緒くただとどうして思えるなか……。
国を疲弊させるだけでは飽き足らず、国そのものを崩壊させようというのだから、今すぐ異母兄共の元へ向かい、この手で八つ裂きにしてやりたい程に忌々しい。
新たに勇者を呼ぶとしても、勇者の召喚には莫大な魔力を必要とする。
それも魔力が十分に蓄積された〈ダンジョンコア〉一つが空になる程の魔力がだ。
ウィッシュタニアにとって、今回の勇者召喚は前回の召喚から約20年ぶりとなり、ダンジョンコアには召喚に十分な魔力がたまり切ってはいなかった。
そこでダンジョンコアだけでなく、〈魔水晶〉や〈魔核〉などの魔力が貯められるものをかき集め、無理矢理術式を発動させたのだ。
そのような状況で今一度勇者召喚を行うとなれば、ダンジョンコアを暴走させ、莫大な魔力と引き換えに廃炉にしなくてはならなかった。
それほどの魔力を用いて呼び出した勇者を逃亡させるくらいなら、最初から勇者を選定して呼ぶべきであった。
勇者召喚にはある致命的な欠陥があった。
それは呼んでみるまでは、何者が現れるのかがわからないといったものだ。
それ故に、召喚前には勇者の選定を行われるのがこの世界の勇者選定の常識である。
召喚で呼ばれた異世界人ならば、誰しもが〈勇者〉の称号と共にボーナススキルとユニークスキルが使用でき、この世界の人間とは一線を画す戦闘力を持ち得る。
だからこそ、その内面もしっかりと調査しなければ、折角の勇者召喚も無駄になる。
仮に呼び出した者がごろつきや犯罪者では、勇者の力を悪用され国が傾く。
逆に臆病者では魔物討伐に連れて行くだけでも骨が折れる。
魔法や異世界に感心が無く、ただ漠然と平和な世界で暮らしている者では、迂闊な行動をとってすぐに命を落とす。
恋人や妻子を持つ者では、元の世界へと戻りたがり、呼び出した国に敵対する者も居たとの話も伝えられていた。
故に召喚とは別に莫大な魔力を消費してでも、この世界に適した人材を異世界から探し当てねばならないのだ。
その選別に必要な魔力をケチった結果が今回の女勇者である。
幸運にも傾国する程の性格破綻者ではなかったものの、戦争の道具にと無理に従わせようとしたが故のこの逃亡騒ぎであった。
それだけで奴らのバカさ加減が知れるというものだ。
多大な犠牲を払わなければ手に入らないダンジョンコアが自然に手元にわいて出るとでも思っているのか。
魔核を集めるのに必要な金貨の枚数を知っているのか。
勇者のレベル上げに使う魔水晶の実をつける木が有るならだ誰か持って来い、白金貨の掴み取りをする権利をくれてやる。
……流石に白金貨のつかみ取りは言い過ぎだな、こいつらに給料が支払えなくなる。
第三王子にあるのは、裏の顔である新冒険者ギルドのギルドマスターとしての権限と商人ギルドの後ろ盾、そしてそれらの資金により賄われている100名弱の私兵のみ。
政敵と認識しているのはエルネストの側だけであり、異父兄達には空気に近い存在であった。
だからこそ、ひたすら平伏し宥め貢ぎ、是が非でもこちらの陣営に取り込みたいのだ。
これ以上バカ共が余計な事をする前に、穏便且つ速やかに事態を終息させねばな。
下手をすれば自分から他国に保護を求め、敵対される結果にだけは何としても避けねばならない。
城内に突然他国の兵が現れ暴れられでもしたら目も当てられんぞ。
そしてなにより、欲望と野心だけが肥大化した愚劣な父と異母兄達、醜い立場争いを繰り広げ母を貶め殺害したあの女共、下民の血が流れていると言うだけで蔑むくだらん貴族連中。
奴らを一掃するのを俺以外の誰かにやらせてなるものか。
どちらにせよあの女に接触せねばなにも始まらん。
「フリッツ、お前達は至急ライシーンに潜伏中のロアン達と合流しろ。勇者を発見次第と接触し、望む事は全て聞き入れる準備があると伝えよ。交渉の必要があるなら私自ら話しをつける。アイヴィナーゼの王都にはエヴァンス隊にに網を張らせる」
『はっ』
主の命を受けた男は短い返事と共に通信を切った。
「クロード、エヴァンスにはエルマ隊と合流して事に当たれと伝えてくれ」
「……序でに山岳国側を張っていたペネロペ隊と海岸国側のリベリオ隊もこちらに呼び戻しては如何でしょうか?」
「あぁ、そうだな、そうしてくれ」
「はっ」
アイヴィナーゼの勇者が昨日大勢を引き連れクレアンデル大森林に向かったと、アイヴィナーゼの王都で諜報活動中の子飼いの兵から報告を受けていた。
規模からして大森林内にいくつか点在すると言われている、迷宮でのレベル上げに違いないと予測する。
アイヴィナーゼの勇者達が、そちらに集中している間に片が付けば良いのだがな。
だがそう都合良く事は運ばない。
国が滅びかねない一大事に、楽観的で居られる何処かのバカ共と一緒にされては不愉快だ。
この国には俺を信じて付いて来てくれる家臣や協力者、そしてそれらの家族が暮らしている。
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