四人で話せば賢者の知恵? ~固有スキル〈チャットルーム〉で繋がる異世界転移。知識と戦略を魔法に込めて、チート勇者をねじ伏せる~

藤ノ木文

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150話 女神の首飾り

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「いっけええええええええええええええ!!!」
「滅びよ、愚かで矮小わいしょうな失敗作ども!」

 高速運搬魔法〈グリンブルスティ〉で正面から飛来するアークエンジェルに特攻をかける。
 大天使も白鳥の如き美しい翼を羽ばたかせ急加速した。
 突き出された鋭利な槍は灼熱を灯し、深紅の髪や鎧がテールランプの様な残像を生む。
 猛烈な刺突が繰り出されるも、ククの〈城塞壁シタデルウォール〉がその侵攻を拒んでみせた。
 
 流石はメイン盾!

 心の中で喝采を挙げた次の瞬間、グリンブルスティが凄まじい衝撃で跳ね飛ばされた!
 後方で天使達を迎撃していた仲間達が慣性で前面に投げ出され、俺達を巻き込んでグリンブルスティの魔法防壁に叩き付けられる。
 その衝撃で魔法が維持できなくなり、全員が外に投げ出された。
 俺も草原の上をゴムボールの様に跳ね転がり、飛行魔法フライで姿勢制御をかけて地面に無理矢理身体を押し付けることで何とか停止する。

「つっ……」

 体中の痛覚が悲鳴を上げ、どこがどれほど痛いのかも分からない。

 車同士の正面衝突と同じことをして良く生きていたものだ。
 これもステータスなんてこの世界のルールが無ければ即死だったな……。 

「ぼさっとするな、起き上がれ!」

 痛みに呻いているとザァラッドさんの叫びが聞こえ、顔を上げるとベテラン勢のほか前衛近接職の面々が立ち上がり身構えていた。
 だが全員の位置は吹き飛ばされた衝撃でバラバラとなり、殆どの後衛職が気を失っている。
 このままでは各個撃破されかねない。
 
 ……何をやっているんだ一ノ瀬敏夫、またデブワニの時みたく皆に守られるのか?!
 
 ザァラッドさんの横顔に、クレアル湖での死闘が重なる。

 俺はもう、あの時の俺じゃない……!

 立ち上がるなり周囲のマナに自分の魔力を流して掌握すると、そのマナを念動力の様に使い散らばった仲間を掴み引き寄せる。
 グレーターデーモン戦のあと、壁に埋もれた槍を回収した際に身に着けた技術だ。
 しかし、全員を集めたは良いが俺以外の魔法職で辛うじて動けているのは、リシアとドワーフのアレッシオの2人のみ。
 ミネルバは小型化していたせいか、押しつぶされた際の衝撃で大ダメージを受け、ユニスの腕の中でぐったりしていた。
 そのユニスも右の前脚が曲がってはいけない方向を向いていた。
 リシアとアレッシオが全体に回復魔法をかけてくれるがPTは壊滅、とてもじゃないが戦える状態ではない。

 撤退の二文字が頭に浮かぶ。

「〈ワープゲート〉!」

 即断即決、皆の足元に納屋への扉を開こうと試みたが、地面は草原から変わることは無かった。

「なっ、ワープゲートが開かない!?」

 いつもなら自宅に開いているはずの小さなワープゲートが消えていることにも気付く。

「はぁ!? こんな時に冗談とかやめろよな!」
「こんな時に冗談なんか言えるか!」
「2人とも、無駄口は後にしな!」

 ユーベルトが怒鳴りこちらも余裕の無さから怒鳴り返すと、クサンテ姐さんの叱責が飛ぶ。

「なにをやっている兄妹達よ、攻撃の手を緩めるな!」
「「「「「「「「ア~~~ア~~~~~~」」」」」」」」

 大天使の指示に上空を埋め尽くす天使達が歌声を響かせると、その前面に光の矢や槍が出現する。

「あんなのどうすんだよ!?」

 ユーベルトが上空を見上げて絶望の声を上げる。
 あの数から集中砲火を浴びてただで済むはずがない。

「くそっ、流れ人のPTなんて美味い話だと思って飛び乗ったらこれだ! 嫁に逃げられ娘にも会えず、俺の人生は不幸しかないのか!?」
「オ前ノ不運ニ私ヲ巻キ込ムナ」
「これも俺のせいかよ!?」

 チャドさんとワトキンさんが怒鳴り漫才を繰り広げる。

「はん、おっさんの泣き言なんて聞きたかないね!」
「ガハハ、まったくだ! 漢ならこういう時こそ笑ってみせろ!」

 クサンテが鼻を鳴らし、ザァラッドさんが豪快に笑う。

「こんな状況で笑えるかよ!」
「トシオ、死んだら恨むからな!」

 チャドさんとユーベルトが顔に悲愴さ張り付け怒鳴る。

「折角拾った命、こんなところで散らしてなるものか!」
「私もまだ死にたくないです!」

 ディオンとよしのんが生を望むと、全員でありったけの防御スキルを発動させ防御陣地トーチカを設置する。
 それで防ぎ切れると確信している者などこの中に1人も居はしない。
 さりとて何もせずにやられる気なんてさらさらない。

「放て!」

 大天使の掛け声と共に、純白の死が降り注ぐ。

 それは〝絶望〟そのものだった。
 それは〝死〟そのものだった。

 メリティエが気を失うイルミナさんの傍に寄ると、防壁を抜けて来た魔法を全部叩き落す気概で獰猛な笑みを浮かべる。
 トトも真剣な面持ちで姉であるククテトの傍らに立ち、左手に取り付けた小盾を構える。
 すぐにでもあの数の天使をどうにかする手段を構築しなければならない。
 だが手持ちに奴らを壊滅させる魔法を持ち合わせてはいなかった。
 闇雲にダークネスブラストで応射するも、闇の柱が光の奔流に飲まれかき消される。

 だめか……!

 全周囲からの烈光を防壁スキルで受け止めるも、数秒後には防御陣に亀裂が走る。

「お前ら、もっと気張りやがれ!」

 チャドさんが防壁スキルに全力を込めてげきを飛ばす。

「ガッハハハハハ! 軽い軽い、この程度どうということもない!」
「ハハハ、殺れるもんなら殺ってみなってんだ!」

 反撃の届かない場所からの射撃攻撃に、ザァラッドさんとクサンテが豪快に笑い声で強がってみせる。
 圧倒的絶望に笑うしかない状況。
 そんな状況だからこそ、死を覚悟したのかリシアもこちらを見て微笑みを浮かべる。
 その微笑みに胸が締め付けられる。

 ――ふざけんな、!
 この程度の絶望、俺が全部払い除けてやる!

「〈奔放なる女神の首飾りブリーシンガメン〉!」

 左手を天に掲げ、小さくも1つ1つが強固なマジックシールドを全周囲に多重発動を開始した!
 潰しても潰しても潰しきれない量の魔法の盾を、何十何百何千何万と生み出し光の奔流を押し返す!
 周囲を乱舞する正六角形のガラスの盾が光の刃を受け止めて砕け、砕けた無数の破片が更に別の刃に当たり力を削ぎ落す。
 粉微塵こなみじんになった破片が太陽に煌めく雪の如く煌めき、美の女神が身に着けるに相応しい幻想的な輝きを放つ。

 相手が防ぎ切れない程の物量で攻める〈飽和攻撃〉に対して俺が出した結論は、大量の壁を作って攻撃を打ち消す〈飽和防御〉だった。
 本来ならば前面に向けて使うはずのものを、全周囲の敵に対し1人で凌いでやろうというのだから頭が悪いか気が狂っている。
 MP拡張を行ったからこそのなせる技だ。

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
  
 大量にため込んだMPが急速に目減りするが、魔法の盾が生み出しては砕かれ砕かれてもなお生み出し続ける。
 更にMPの補充にと迷宮に満ちたマナを全力で吸い上げ、その全てをブリーシンガメンに注ぎ込む。
 一方向ならば相手を押し戻すことも可能だろうが、全方向となるとやはり一人では支えるのが精いっぱいだと悟る。

 このままじゃジリ貧、次の手を打たなければ……!

「綺麗……」

 ミネルバが朦朧とした意識で周囲の光景に目を奪われる。
 少し顔色が良くなっているのでホっとする。

「トシオが凌いでくれている間になんとかせねば!」
「なんとかって、攻撃の届かない相手に俺達がどうなんとかするってんだよ!」
「なんとかはなんとかだ!」

 ディオンとユーベルトが俺の心境を現してくれているみたいな慌てぶりを披露する。

「んんんんんんんんなあああああああああ!」

 トトが黄金色の輝きを槍斧ハルバードに乗せて力いっぱい外へ投げると、視界の片隅にレベルアップのポップが現れた。
 一矢報いたといったところだが、投げたハルバードが帰ってくることは無かった。

「リシア、アレッシオ、回復を急ぎな!」
「今やってるよ!」

 切羽詰まった状況の中、冷静さを取り戻したクサンテが回復魔法を使う2人を急かすと、普段叫ぶことのない温和な青年も必死に応える。
 リシアも先程の笑みを消し全力を注いでいる。
 後衛の皆が復活すれば反撃出来る可能性にかけての行動だが、復活したところで逆転の可能性はあまりに低いと言わざるを得ない。

 絶望を振り払うと誓っておきながらこのざまか……!

〝漢ならこういう時こそ笑ってみせろ〟

 悔しさに歯を噛みしめていると先程のザァラッドさんの言葉が蘇り、無理矢理口元に笑みを作る。
 笑ったせいだろうか、不思議と妙案が浮かんだので試してみた。

 ……いけそうだな。

「――リシア」
「はい、トシオ様?」

 俺の呼びかけに顔を上げたリシアと視線が交わる。
 周囲の輝きを反射し煌めく美しい琥珀の瞳は何を思っているのかは分からないが、その眼が真っ直ぐ俺を見詰めてくれていることだけは確かな事実だ。

「大丈夫、なんとかしてみせるよ」

 不自然ながら出来る限り自信に満ちた笑顔をみせる。

「それと、帰ったらうどんが食べたい」
「……ふふっ、でもお昼は焼き飯ですし、夜は春巻きですよ?」

 今度は作り笑いではなく、いつもの屈託のない笑顔を浮かべてくれた。
 どうやら本日の一ノ瀬家は中華の日らしい。

「焼き飯に春巻きまであるんだこの世界」
「春巻きは私の得意料理なので期待しててください」
「分かった、楽しみにしてるよ」
「はい♪ 今日の分は仕込みがあるので変えられませんが、明日はちゃんとおうどんにしてあげますね」
「それも楽しみだ」

 短いながらも和やかな夫婦の会話を終え、今度こそこのふざけた状況を覆す一手を打った。
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