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189話 ウィッシュタニア城攻略戦その5
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・ウィッシュタニア城3階南東:通路
「我が魔力を持っていけ、ロードオブヴァーミリオン!」
垂直に立てられた赤い魔剣ロードオブヴァーミリオンが主の魔力を吸い上げ、赤い稲妻を纏いバチチチと帯電音を鳴らす。
「〈雷紅刃〉!」
「「キャッスルウォール!」」
リシアと吉乃が半透明の分厚い防壁が重なり通路を閉ざし、三日月状に飛んできた魔法刃を防いでみせる。
刃は防がれた後も霧散することなく形状を維持したまま防御壁を押し込み続けた。
その刃の重圧に踏ん張って堪えるリシアと吉乃。
「ほぅ、雷紅刃を受け止めるか。だが何処まで耐えられるかな? 二ノ太刀、三ノ太刀、四ノ太刀!」
連続で放たれた赤き刃が追加されるごとに、防壁に掛かる圧力が増していく。
「させましぇん!」
「ブリューナク!」
「秘剣・〈絶世〉!」
フィローラとセシルが2人で1つの魔法を発動。
巨大な光の柱がフェンレントへ向かって横に伸びるも、一刀して真っ二つに断ち切った。
「五ノ太刀! 六ノ太刀! 七ノ太刀!」
更に5枚6枚7枚と雷刃が飛来し、危機感を抱いたリシアが対抗魔法を発動させる。
「クラウ・ソラス!」
手にしたロングソードに光属性魔法を圧縮展開。
下から上へのすくい上げる斬撃モーションと共に指向性貫通散弾魔法を解き放つ。
無数の小さな光弾が赤い刃を相殺し、残りがフェンレントに殺到した。
まさか雷紅刃が食い破られるとは思ってもみなかったフェンレントが、肝を冷やしながらもまたしても通路に面した部屋に逃げ込む。
リシアも先程見たその逃走経路を読んでおり、散弾の群れを3つに分け、1つを逃げ込んだ部屋に、残りを両隣の部屋へ打ち込んだ。
フェンレントが光の群れから逃れるべく窓に飛び出しテラスを抜け、再び同じ行動を避けるために隣の部屋の窓をも通り過ぎようとしたところに、横から会心のタイミングで散弾が飛んできた。
「やはり読まれていたか」
何度も見せた逃走ルートなだけに対策されると予想は出来ていたため、これには微塵の驚きもない。
「ソニックステップ」
フェンレントが恒常的に発動させていた速度上昇スキル〈クイックスピード〉にシーフ系の加速スキルが加算されると、フェンレントの姿が霞み、光弾がその残像を貫通する。
更にその速度を保ったまま後ろから迫る光の群れを引き離す。
「光弾すら追いつけぬ我が速度、まさに稲妻の如し」
自身の素早さに酔いしれるフェンレント。
「だが私の攻撃を打ち破り反撃までしてくるあの少女、リシアと言ったか? 強者であると認めざるを得ないな。それに、可憐だ」
白銀の兜から覗く美しい顔立ち、強い意志を感じさせる琥珀の瞳。
凛とした鎧姿は正に女神の如く神秘的だ。
「例え城に侵入した賊とは言え、運命を感じずにはいられない。それ故に、彼女を手にかけなければならない己の宿命を恨まざるを得ない! ――いや、それもこれも原因は全て野良勇者にあるのではないのか? そ奴が国家転覆などと大それたことを考えなければ、彼女達も奴の指示で無法を働くこともなかったであろう。そうか、彼女はそいつに唆されただけに違いない! ならば私が真実の愛で彼女の目を覚まさせ御救いせねばなるまい!」
勝手な思考を大仰な身振りと早口で独り言ちると、フェンレントは早速リシア達の居る通路へと戻って来た。
形的にはリシア達の背後へ回り込む形であったため、リシアがフィローラとセシルを庇うように背中に匿い前に出た。
左自然体の構えから盾を相手に向けて警戒するリシアと視線が交わると、フェンレントが瞳に沈痛の色を浮かべる。
「私は今、深い悲しみに心が悲鳴を上げている」
「「「「……?」」」」
予期せぬ言葉に4人が訝しむも、そんな彼女達の視線を意に介さずフェンレントが言葉を続ける。
「リシアさん、こんな出会い方をしなければ、我々は愛し合っていたやもしれない。否、必ず愛し合っていたはずだ!」
暗い天井を仰ぎ見て、芝居がかった動きと共にそうのたまう青年騎士。
唐突過ぎる宣言に彼以外の全員の困惑が増す。
『初対面の人が突然〝愛し合っていた〟とか言い出しましたよ? こちらの動揺を誘う作戦ですしゅかね?』
『演技というより自己陶酔したやばい人にしか見えない……』
『勘弁して……』
セシルの感想に、名指しされたリシアが嫌悪感と困惑で辟易する。
『え、これってこっちの人流のギャグか何かですか?』
『そんな訳ないでしょ』
吉乃の素っ頓狂な問いにリシアが呆れ、戦闘中にも関わらずため息を漏らしそうになった。
「なのになぜこうして刃を交えなければならないのか。愛し合うはずの2人が殺し合うなど、これを悲劇と言わずしてなんと言うのだ!」
『なにをと問われると、喜劇以外の何ものでもない……、ふふふふふ……』
『セシル、他人事だからって笑うのをやめなさい』
リシアが陰湿な笑みを浮かべて肩を震わすセシルを窘めるも、再び笑いのツボに入ったセシルの笑いは小さくはなったが止まらなかった。
「だが安心してください。今すぐ武装を解除し大人しく投降するのであれば、私の一命を賭して必ずや身の安全を保障しよう!」
キラキラの瞳で手を差し伸べたポーズのフェンレントに、リシアの背筋に悪寒が走る。
『またまた御指名入りましたよリシアさん!』
『なんだか楽しそうなヨシノには、明日から毎日ワニ肉を使った特別メニューを用意するわね♪』
『ごめんなさい』
笑顔のリシアの圧力に、吉乃が秒で降伏する。
だが本当に降さなければならない相手がこのおかしな男であることに頭を悩まされる。
「生憎と私は既婚の身です。女を口説きたいなら他を当たってください」
「相手は異世界から来た勇者ではないのか?」
「仮にそうだとしても、貴方には関係ありません」
リシアがきっぱりと告げるも、男はやれやれと顔を振る。
「運命の相手が質の悪い男に騙されていて、関係ないはずがない! 今すぐ私の腕をとり、その男との関係を断ち切るのだ!」
『なにか騙されてるところってありましたっけ?』
『直ぐ態度や顔に出るあの人が、私達を騙せると思う?』
フィローラにリシアが問い返すと、3人が一瞬考えるそぶりを見せるも、直ぐに結論が出てしまう。
『無理……』
『無理でしゅね』
『一ノ瀬さんって、あれで根は真面目だから』
『むしろ黙っていた方が得になることも馬鹿正直に話すタイプ……』
『エキドナの巣の財宝も、その場に居なかったレスティーさん達に分けてましたし』
女達が念話で同棲中の男をそう評している間も、青年騎士は聞かれてもいない自己アピールを披露し始める。
「先程も述べたが近衛騎士団序列二位の私は近衛騎士団副団長でもある。他にも男爵位を持ち、仲間達からの信頼も厚く、容姿端麗頭脳明晰、城の近くには豪邸を有し、一生不自由なく暮らせる程の財もある」
『確かに見た目はかっこいいのに、頭脳明晰とか自分で言えちゃうのってある意味凄いですね』
『頭脳明晰……、頭のいい人が自分を指しては絶対言わないセリフ第一位……。ふひひっ……』
感心する吉乃のすぐ後ろで、セシルが自分で言ったことに自分で笑う。
『見た目が良くても残念な人って居ましゅよね』
『ユーベルトやディオンね……』
『セシル、具体的な名前を言わないの』
〝セシルこそ、見た目が良くても残念な人の筆頭である〟
それが3人の共通認識ではあったが、誰1人として陰湿そうに笑う美しいエルフの前で口に出したりはしなかった。
『でも、アレな人から一方的に好意を寄せられるのも迷惑なだけですよねー』
『全くよ。しかも既婚者と分かっていて口説くなんて、騎士以前に人としての道を踏み外してると言わざるを得ないわ』
フェンレントの自己アピールなど関係なく、リシア達の彼への評価が下がっていく。
「なんだったら、そこのお友達も纏めて面倒をみようではないか。そうだそれが良い。君が心配することなど何一つ」
「お構いなく」
「ありはしな――うん?」
フェンレントに対する不愉快さにピークを迎えたリシアが、最後まで聞いていられないとばかりに拒絶した。
笑みこそ浮かべているが、静かな怒りを含んでいる事に、連れの3人は容易に想像できた。
「――今は信じられないだろうが、私の真実の愛があれば必ずやその眼を覚まさせて差し上げよう。さぁ、安心して私の胸に――」
「飛び込みません」
「飛び込み……」
聞き間違いと捉えたフェンレントがリシアを迎え入れようと腕を広げてみせたが、リシアが先程よりも大きくはっきりとした言葉で切り捨てた。
気まずい沈黙が少しの間流れるが、それでもフェンレントは食い下がった。
「……ははは、照れているのだね。慎み深い所もまた美徳。だが今はその恥じらいを捨て」
「お断りします」
「私は近衛騎士団の序列」
「一位ではないのですね」
「お金なら」
「私をお金で買いたいと? つまり、私を娼婦と同じと思っているのですね?」
「いや、決してそうではない、何故なら私は君に永遠のあ」
「結構です」
「いを捧げ……」
猫耳少女が兜の下にある垂れて蓋をしている様にも見える耳の如く、聞く耳持たないとばかりに完全に拒絶。
あまりの取り付く島の無さに、フェンレントは今まで味わった事の無い屈辱でプライドを傷つけられその場に膝を着いた。
「何故だ……、私は、容姿端麗、頭脳明晰、友人も多く、家は豪邸、男爵位を持ち、父は近衛騎士団の団長、将来有望……、エリート……。女など既婚者であろうと簡単に墜としてきたこの私が、断られた? 馬鹿なあり得ない……」
膝から崩れ落ちたことに続き、床に手を着け四つ這いになると、うなだれたフェンレントが自己の誇れる点を壊れたラジオの様に小声で列挙する。
哀れなその姿を見てもゲス発言が含まれるため、慰める者などここにはいなかった。
「リシアさん、あの人落ち込んじゃいましたよ?」
「むしろこのまま落ち込んでいてくれた方が有難いので放っておきましょう」
「これが〝豆腐メンタル〟というやつね……」
「トーフメンタル? トーフってあのお豆腐の事?」
セシルの聞きなれない単語にリシアが四角くて白い食べ物を想像しながら問うと、「〝勇者様語録〟に載っていました……」と返ってきた。
「豆腐メンタルなんて言葉、こっちの世界にも有るんですね。それで、ユウシャサマゴロクって何ですか?」
「〝勇者様語録〟は過去にこの世界に現れた勇者様達が残したとされる言葉や習慣を収めた書物の事よ」
「私も持っていまふよ、勇者様語録。変な言葉がいっぱいあって楽しいでしゅよね」
「トシオさんも使っている言葉があるので、時々笑いそうになります……」
「〝マジ〟って本当に言うんだって、聞いた時には感動しちゃいました!」
「他にも〝せやろか?〟とか〝ていうか〟も時々言いますよね……。ふふふ……」
『はいはい、おしゃべりはそこまでよ。今は作戦行動中なんだから』
敵の前だというのに盛り上がる2人に、リシアが念話で注意を促す。
その敵であるフェンレントは「私の何処がいけないと言うのだ?」「私は悪くない、女の方に見る目が無いのだ」などと、床に向ってブツブツとつぶやいていると、唐突に立ち上がった。
「そうだ、私は悪くない……。私の愛を理解できない貴様がいけないのだ!」
瞳に狂気を宿した青年騎士が、再び魔剣に魔力を食わせる。
「拒絶されたからと相手の責任にするなんて、本当に豆腐メンタルなのですね」
「私が豆腐メンタルだと!? 女にこれほどの侮辱を受けたのは貴様が初めてだ。切り刻まれながら己の罪深さを後悔するが良い!」
「後悔するのは貴方です。フィローラ!」
『〈黒き毒沼〉よ!』
剣を携え前傾姿勢を取ろうとしたフェンレントの初動に対し、リシアの指示で即座に反応したフィローラが、精霊使い最上級職であるミュルクウィズの魔法を発動させた。
廊下が一瞬の内に黒い汚泥で溢れると、突撃しようとしたフェンレントが足を滑らせ前のめりで汚泥に飛び込んだ。
「がはっ、なんだこの水は!? これでは回避もままならん!」
勇者のボーナススキルにより状態異常無効のため毒の影響こそ受けはしないが、脛にまで達した汚泥は神速を売りにする剣士にとっては致命的とも言える環境変化だった。
「だが私には雷紅剣が――」
「雷紅剣……」
「ぐぼあーっ!?」
セシルがライトニングランスをわざわざ赤い色に変えて汚泥に打ち込み、びしょ濡れ騎士の全身を跳ねさせた。
「ワープゲート!」
のけぞるフェンレントの足元にフィローラがワープゲートの入り口が開くと、黒い汚濁まみれの男は脇の下までずっぽりと穴にハマり身動きが取れなくなった。
しかも毒水は口元まで浸かり呼吸することもままならず、必死にもがく男に美男子の面影などありはしない。
「ごばっ、卑怯ばど! へぼあぁぁ~」
ついに力尽きたフェンレントが、鼻から空気が抜けるような情けない声を漏らして毒水と一緒に迷宮へと落ちて行った。
「やっぱり絡め手を用意していたのは正解だったわね」
終わりこそあっけなかったものの、男の実力は明らかに自分達を上回っていただけに、あのまま戦っても無事に勝てたか怪しかったというのがリシアの素直な予想だった。
「でも、あの人を化け猫さん達の居る場所に送って大丈夫なの?」
「穴の先は五十階層でしゅから大丈夫でしゅよ。あの人が無事かは知りましぇんけど」
「五十階層――ってあそこかぁ」
フィローラの返事に吉乃が五十階層で天使達の飽和攻撃で死にかけたことを思い出す。
「序列二位……、エリート……、容姿端麗……、頭脳明晰……頭脳、明晰……? ふふ……へぼあぁぁ~ふふふ……、大事な剣も落としてるし……ふひひ……」
セシルが毒水の消えた床に崩れて肩を震わせ、止まらなくなった笑いで涙を流す。
主に置き去りにされた赤い魔剣が、暗い廊下に寂しく横たわっていた。
「我が魔力を持っていけ、ロードオブヴァーミリオン!」
垂直に立てられた赤い魔剣ロードオブヴァーミリオンが主の魔力を吸い上げ、赤い稲妻を纏いバチチチと帯電音を鳴らす。
「〈雷紅刃〉!」
「「キャッスルウォール!」」
リシアと吉乃が半透明の分厚い防壁が重なり通路を閉ざし、三日月状に飛んできた魔法刃を防いでみせる。
刃は防がれた後も霧散することなく形状を維持したまま防御壁を押し込み続けた。
その刃の重圧に踏ん張って堪えるリシアと吉乃。
「ほぅ、雷紅刃を受け止めるか。だが何処まで耐えられるかな? 二ノ太刀、三ノ太刀、四ノ太刀!」
連続で放たれた赤き刃が追加されるごとに、防壁に掛かる圧力が増していく。
「させましぇん!」
「ブリューナク!」
「秘剣・〈絶世〉!」
フィローラとセシルが2人で1つの魔法を発動。
巨大な光の柱がフェンレントへ向かって横に伸びるも、一刀して真っ二つに断ち切った。
「五ノ太刀! 六ノ太刀! 七ノ太刀!」
更に5枚6枚7枚と雷刃が飛来し、危機感を抱いたリシアが対抗魔法を発動させる。
「クラウ・ソラス!」
手にしたロングソードに光属性魔法を圧縮展開。
下から上へのすくい上げる斬撃モーションと共に指向性貫通散弾魔法を解き放つ。
無数の小さな光弾が赤い刃を相殺し、残りがフェンレントに殺到した。
まさか雷紅刃が食い破られるとは思ってもみなかったフェンレントが、肝を冷やしながらもまたしても通路に面した部屋に逃げ込む。
リシアも先程見たその逃走経路を読んでおり、散弾の群れを3つに分け、1つを逃げ込んだ部屋に、残りを両隣の部屋へ打ち込んだ。
フェンレントが光の群れから逃れるべく窓に飛び出しテラスを抜け、再び同じ行動を避けるために隣の部屋の窓をも通り過ぎようとしたところに、横から会心のタイミングで散弾が飛んできた。
「やはり読まれていたか」
何度も見せた逃走ルートなだけに対策されると予想は出来ていたため、これには微塵の驚きもない。
「ソニックステップ」
フェンレントが恒常的に発動させていた速度上昇スキル〈クイックスピード〉にシーフ系の加速スキルが加算されると、フェンレントの姿が霞み、光弾がその残像を貫通する。
更にその速度を保ったまま後ろから迫る光の群れを引き離す。
「光弾すら追いつけぬ我が速度、まさに稲妻の如し」
自身の素早さに酔いしれるフェンレント。
「だが私の攻撃を打ち破り反撃までしてくるあの少女、リシアと言ったか? 強者であると認めざるを得ないな。それに、可憐だ」
白銀の兜から覗く美しい顔立ち、強い意志を感じさせる琥珀の瞳。
凛とした鎧姿は正に女神の如く神秘的だ。
「例え城に侵入した賊とは言え、運命を感じずにはいられない。それ故に、彼女を手にかけなければならない己の宿命を恨まざるを得ない! ――いや、それもこれも原因は全て野良勇者にあるのではないのか? そ奴が国家転覆などと大それたことを考えなければ、彼女達も奴の指示で無法を働くこともなかったであろう。そうか、彼女はそいつに唆されただけに違いない! ならば私が真実の愛で彼女の目を覚まさせ御救いせねばなるまい!」
勝手な思考を大仰な身振りと早口で独り言ちると、フェンレントは早速リシア達の居る通路へと戻って来た。
形的にはリシア達の背後へ回り込む形であったため、リシアがフィローラとセシルを庇うように背中に匿い前に出た。
左自然体の構えから盾を相手に向けて警戒するリシアと視線が交わると、フェンレントが瞳に沈痛の色を浮かべる。
「私は今、深い悲しみに心が悲鳴を上げている」
「「「「……?」」」」
予期せぬ言葉に4人が訝しむも、そんな彼女達の視線を意に介さずフェンレントが言葉を続ける。
「リシアさん、こんな出会い方をしなければ、我々は愛し合っていたやもしれない。否、必ず愛し合っていたはずだ!」
暗い天井を仰ぎ見て、芝居がかった動きと共にそうのたまう青年騎士。
唐突過ぎる宣言に彼以外の全員の困惑が増す。
『初対面の人が突然〝愛し合っていた〟とか言い出しましたよ? こちらの動揺を誘う作戦ですしゅかね?』
『演技というより自己陶酔したやばい人にしか見えない……』
『勘弁して……』
セシルの感想に、名指しされたリシアが嫌悪感と困惑で辟易する。
『え、これってこっちの人流のギャグか何かですか?』
『そんな訳ないでしょ』
吉乃の素っ頓狂な問いにリシアが呆れ、戦闘中にも関わらずため息を漏らしそうになった。
「なのになぜこうして刃を交えなければならないのか。愛し合うはずの2人が殺し合うなど、これを悲劇と言わずしてなんと言うのだ!」
『なにをと問われると、喜劇以外の何ものでもない……、ふふふふふ……』
『セシル、他人事だからって笑うのをやめなさい』
リシアが陰湿な笑みを浮かべて肩を震わすセシルを窘めるも、再び笑いのツボに入ったセシルの笑いは小さくはなったが止まらなかった。
「だが安心してください。今すぐ武装を解除し大人しく投降するのであれば、私の一命を賭して必ずや身の安全を保障しよう!」
キラキラの瞳で手を差し伸べたポーズのフェンレントに、リシアの背筋に悪寒が走る。
『またまた御指名入りましたよリシアさん!』
『なんだか楽しそうなヨシノには、明日から毎日ワニ肉を使った特別メニューを用意するわね♪』
『ごめんなさい』
笑顔のリシアの圧力に、吉乃が秒で降伏する。
だが本当に降さなければならない相手がこのおかしな男であることに頭を悩まされる。
「生憎と私は既婚の身です。女を口説きたいなら他を当たってください」
「相手は異世界から来た勇者ではないのか?」
「仮にそうだとしても、貴方には関係ありません」
リシアがきっぱりと告げるも、男はやれやれと顔を振る。
「運命の相手が質の悪い男に騙されていて、関係ないはずがない! 今すぐ私の腕をとり、その男との関係を断ち切るのだ!」
『なにか騙されてるところってありましたっけ?』
『直ぐ態度や顔に出るあの人が、私達を騙せると思う?』
フィローラにリシアが問い返すと、3人が一瞬考えるそぶりを見せるも、直ぐに結論が出てしまう。
『無理……』
『無理でしゅね』
『一ノ瀬さんって、あれで根は真面目だから』
『むしろ黙っていた方が得になることも馬鹿正直に話すタイプ……』
『エキドナの巣の財宝も、その場に居なかったレスティーさん達に分けてましたし』
女達が念話で同棲中の男をそう評している間も、青年騎士は聞かれてもいない自己アピールを披露し始める。
「先程も述べたが近衛騎士団序列二位の私は近衛騎士団副団長でもある。他にも男爵位を持ち、仲間達からの信頼も厚く、容姿端麗頭脳明晰、城の近くには豪邸を有し、一生不自由なく暮らせる程の財もある」
『確かに見た目はかっこいいのに、頭脳明晰とか自分で言えちゃうのってある意味凄いですね』
『頭脳明晰……、頭のいい人が自分を指しては絶対言わないセリフ第一位……。ふひひっ……』
感心する吉乃のすぐ後ろで、セシルが自分で言ったことに自分で笑う。
『見た目が良くても残念な人って居ましゅよね』
『ユーベルトやディオンね……』
『セシル、具体的な名前を言わないの』
〝セシルこそ、見た目が良くても残念な人の筆頭である〟
それが3人の共通認識ではあったが、誰1人として陰湿そうに笑う美しいエルフの前で口に出したりはしなかった。
『でも、アレな人から一方的に好意を寄せられるのも迷惑なだけですよねー』
『全くよ。しかも既婚者と分かっていて口説くなんて、騎士以前に人としての道を踏み外してると言わざるを得ないわ』
フェンレントの自己アピールなど関係なく、リシア達の彼への評価が下がっていく。
「なんだったら、そこのお友達も纏めて面倒をみようではないか。そうだそれが良い。君が心配することなど何一つ」
「お構いなく」
「ありはしな――うん?」
フェンレントに対する不愉快さにピークを迎えたリシアが、最後まで聞いていられないとばかりに拒絶した。
笑みこそ浮かべているが、静かな怒りを含んでいる事に、連れの3人は容易に想像できた。
「――今は信じられないだろうが、私の真実の愛があれば必ずやその眼を覚まさせて差し上げよう。さぁ、安心して私の胸に――」
「飛び込みません」
「飛び込み……」
聞き間違いと捉えたフェンレントがリシアを迎え入れようと腕を広げてみせたが、リシアが先程よりも大きくはっきりとした言葉で切り捨てた。
気まずい沈黙が少しの間流れるが、それでもフェンレントは食い下がった。
「……ははは、照れているのだね。慎み深い所もまた美徳。だが今はその恥じらいを捨て」
「お断りします」
「私は近衛騎士団の序列」
「一位ではないのですね」
「お金なら」
「私をお金で買いたいと? つまり、私を娼婦と同じと思っているのですね?」
「いや、決してそうではない、何故なら私は君に永遠のあ」
「結構です」
「いを捧げ……」
猫耳少女が兜の下にある垂れて蓋をしている様にも見える耳の如く、聞く耳持たないとばかりに完全に拒絶。
あまりの取り付く島の無さに、フェンレントは今まで味わった事の無い屈辱でプライドを傷つけられその場に膝を着いた。
「何故だ……、私は、容姿端麗、頭脳明晰、友人も多く、家は豪邸、男爵位を持ち、父は近衛騎士団の団長、将来有望……、エリート……。女など既婚者であろうと簡単に墜としてきたこの私が、断られた? 馬鹿なあり得ない……」
膝から崩れ落ちたことに続き、床に手を着け四つ這いになると、うなだれたフェンレントが自己の誇れる点を壊れたラジオの様に小声で列挙する。
哀れなその姿を見てもゲス発言が含まれるため、慰める者などここにはいなかった。
「リシアさん、あの人落ち込んじゃいましたよ?」
「むしろこのまま落ち込んでいてくれた方が有難いので放っておきましょう」
「これが〝豆腐メンタル〟というやつね……」
「トーフメンタル? トーフってあのお豆腐の事?」
セシルの聞きなれない単語にリシアが四角くて白い食べ物を想像しながら問うと、「〝勇者様語録〟に載っていました……」と返ってきた。
「豆腐メンタルなんて言葉、こっちの世界にも有るんですね。それで、ユウシャサマゴロクって何ですか?」
「〝勇者様語録〟は過去にこの世界に現れた勇者様達が残したとされる言葉や習慣を収めた書物の事よ」
「私も持っていまふよ、勇者様語録。変な言葉がいっぱいあって楽しいでしゅよね」
「トシオさんも使っている言葉があるので、時々笑いそうになります……」
「〝マジ〟って本当に言うんだって、聞いた時には感動しちゃいました!」
「他にも〝せやろか?〟とか〝ていうか〟も時々言いますよね……。ふふふ……」
『はいはい、おしゃべりはそこまでよ。今は作戦行動中なんだから』
敵の前だというのに盛り上がる2人に、リシアが念話で注意を促す。
その敵であるフェンレントは「私の何処がいけないと言うのだ?」「私は悪くない、女の方に見る目が無いのだ」などと、床に向ってブツブツとつぶやいていると、唐突に立ち上がった。
「そうだ、私は悪くない……。私の愛を理解できない貴様がいけないのだ!」
瞳に狂気を宿した青年騎士が、再び魔剣に魔力を食わせる。
「拒絶されたからと相手の責任にするなんて、本当に豆腐メンタルなのですね」
「私が豆腐メンタルだと!? 女にこれほどの侮辱を受けたのは貴様が初めてだ。切り刻まれながら己の罪深さを後悔するが良い!」
「後悔するのは貴方です。フィローラ!」
『〈黒き毒沼〉よ!』
剣を携え前傾姿勢を取ろうとしたフェンレントの初動に対し、リシアの指示で即座に反応したフィローラが、精霊使い最上級職であるミュルクウィズの魔法を発動させた。
廊下が一瞬の内に黒い汚泥で溢れると、突撃しようとしたフェンレントが足を滑らせ前のめりで汚泥に飛び込んだ。
「がはっ、なんだこの水は!? これでは回避もままならん!」
勇者のボーナススキルにより状態異常無効のため毒の影響こそ受けはしないが、脛にまで達した汚泥は神速を売りにする剣士にとっては致命的とも言える環境変化だった。
「だが私には雷紅剣が――」
「雷紅剣……」
「ぐぼあーっ!?」
セシルがライトニングランスをわざわざ赤い色に変えて汚泥に打ち込み、びしょ濡れ騎士の全身を跳ねさせた。
「ワープゲート!」
のけぞるフェンレントの足元にフィローラがワープゲートの入り口が開くと、黒い汚濁まみれの男は脇の下までずっぽりと穴にハマり身動きが取れなくなった。
しかも毒水は口元まで浸かり呼吸することもままならず、必死にもがく男に美男子の面影などありはしない。
「ごばっ、卑怯ばど! へぼあぁぁ~」
ついに力尽きたフェンレントが、鼻から空気が抜けるような情けない声を漏らして毒水と一緒に迷宮へと落ちて行った。
「やっぱり絡め手を用意していたのは正解だったわね」
終わりこそあっけなかったものの、男の実力は明らかに自分達を上回っていただけに、あのまま戦っても無事に勝てたか怪しかったというのがリシアの素直な予想だった。
「でも、あの人を化け猫さん達の居る場所に送って大丈夫なの?」
「穴の先は五十階層でしゅから大丈夫でしゅよ。あの人が無事かは知りましぇんけど」
「五十階層――ってあそこかぁ」
フィローラの返事に吉乃が五十階層で天使達の飽和攻撃で死にかけたことを思い出す。
「序列二位……、エリート……、容姿端麗……、頭脳明晰……頭脳、明晰……? ふふ……へぼあぁぁ~ふふふ……、大事な剣も落としてるし……ふひひ……」
セシルが毒水の消えた床に崩れて肩を震わせ、止まらなくなった笑いで涙を流す。
主に置き去りにされた赤い魔剣が、暗い廊下に寂しく横たわっていた。
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