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201話 闇ギルドのお仕事
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ライシーンの街を囲う城壁の外周。
ライシーン最貧困層のたまり場となるスラム街は、東門から南門に向けて城壁を沿うように細く短く広がっていた。
「旦那、なんでまたこんな場所に」
そう言ったのは闇ギルドの荒くれの1人で、上級職ウォーリアーのニコルだった。
ヴィクトルが我が家に派遣しくさった暗殺集団の中に居た1人でもある。
「なんでって、ここを開発してお金の湧く場所にすることで、組織の奴らに認めさせるため?」
闇ギルド内での俺の表向きの立場はボスの愛人兼新顔の幹部。
実際には愛人でも何でもないのだが、そうしておいた方が美人の女ボスと2人きりで密談していても怪しまれないのでそういうことにしておいた。
まるでウィッシュタニアお家騒動前のクロードとヴィクトルみたいだ。
「そもそも訳を知らない奴らからしたら、ボスの情夫とかいうガキがいきなり組織の幹部とか不満しかないだろ? そんなんで誰が言うこと聞くんだよ。それに構成員を奴隷化しようにも、何人いるかもわからない奴ら全員となるとさすがに無理があるしな」
無理はあるが、少しずつでも隷属化していった方がいい気がしないでもない。
……奴隷紋の多用でどうも他人の人権ってものが希薄になりつつある自分が怖い。
「そんなことしなくても、旦那が一発ぶん殴ってちやりゃぁ下の者はついできやすぜ」
「ぶん殴って言うこと聞かすってのは好きじゃない」
つい先日ウィッシュタニアでやってやったが。
「向こうからケンカを吹っかけてくるならその限りじゃないけどな」
「センシュボウエイってやつですかい? 勇者様じゃあるめぇし、面倒な性格でやすねぇ」
「一応異世界人だけど?」
「ははっ、旦那は冗談がお好きなようで」
「大マジだよ。あ、これ誰かに言いふらしたら死ぞ?」
「はっはは、言いやしやせんよ。……くくく、それにしても旦那が勇者様ですかい。そいつぁすげぇ御人の子分になっちまったもんだ。くはははは!」
冗談だと決めつけたニコルがしばらく笑い続けるが、修正するのも面倒なので放置した。
代わりに奴隷の禁則事項の欄にそっと追加しておいた。
こいつが酒の席で口走ろうとして急に苦しみだす姿が目に浮かぶ。
「けどまたなんでここなんですかい? 旦那ならほかにも稼げる場所はあるでしょうに、わざわざここをシノギの場所に選ぶなんて」
「むしろ逆、こんな場所があるって知ってしまったからここを選んだんだよ」
誰が好き好んで死と隣り合わせの生活を送りたがるんだ。
そこで暮らさなければならない何らかの理由が人それぞれにあり、そこから抜け出したくても抜け出す手段と知識が無い奴だって多くいる。
そんな抜け出したくても抜け出せないって奴らに抜け出すための力と知識を与えてやりたいのだ。
「それに、闇ギルドの支配区域で誰も手を付けてないのがここだったってのが大きいかな。お陰で面倒な手間もなく許可が下りたのは好都合だった」
領主であるビレーデンさんにも既に承諾を得ているため、表と裏の両方の組織から信任を得た事業だ。
それに、ここが上手く行けば壁の内側にある貧困区の足掛かりにもなる。
そこを仕切っている幹部にはすまないが、そちらも近いうちに仕切らせてもらうつもりだ。
「ま、許可が下りなくても勝手にやってたけど」
「あっしらのような荒くれは、相手になめられたら商売あがったりだ。だからメンツを潰されるのだけは我慢ならねぇもんでさぁ。もしあっしらを無視してシマを荒らすようなことがあれば、そん時ゃボスに逆らってでも旦那を全力で潰しにかかるでしょうぜ。くわばらくわばら」
ニコルが心底そうならなくて良かったと胸をなでおろす。
俺に喧嘩を売ったらどうなるか、襲撃に行ったら仕掛ける前になす術もなく捕縛されたこの男からすりゃあ、歯向かおうって気にもならないだろう。
「幹部連中は既に奴隷化済み。今後もそうはならんから安心しろ」
「いつの間に……!?」
「昨日、緊急で幹部集会があっただろ?」
「あぁ、あの時ですかい」
末端全員は無理でも、頭は抑えておくに越したことは無いのでそうさせてもらった。
「でも強行したら殺さなくてもいい人的資源が失われるところだったか、やっぱり根回しは大事だなぁ。今度別の場所でやるときは注意しよう」
「別の場所でもやるつもりなんですかい?」
「まぁアイヴィナーゼ王都の方とか?」
「あそこはうちのギルドとは規模が比べ物になりやせんぜ」
「けどウィッシュタニアの近衛騎士たちより強いなんてことはないだろ? ならいけるいける」
「それじゃあまるで、もう潰したあとみたいな言いぶりですぜ。くははははは!」
また冗談と受け取ったニコルが馬鹿笑いを始めたので、訂正することなくそのままスラムの中を進んでいく。
スラムのような〝支配はすれど統治せず〟な場所は、余裕があれば積極的に介入するつもりだ。
話し合いでどうにかできるに越したことは無いけど。
「……ん? そういえば、スラムにこんな高い壁って在りやしたかね?」
ニコルが自身に落とす影に気付き壁を見上げる。
「これも昨日俺が魔法で立てた」
「旦那がですかい?」
外壁のさらに外側にあるこの地区は、モンスターからの被害を防ぐ壁なんて当然あるはずもなく、逃げ込む家もお世辞にも家とは呼べないような粗末なもの。
そのほとんどがテントと変わらず、良くて木組みの小さなボロ屋ではとてもじゃないが身を守れない。
最近は魔物の異常増殖が目立つらしいので、最速で仕上げたのだ。
「ダンジョンで大量の土属性石を拾ったから、それを触媒に使ったら結構頑丈なのが出来て良かったわ」
「アースクリスタルといえば、土木工事には必須のアイテムですぜ」
「だろうな」
道具に魔法を付与する際、適した属性石を用いることで道具への定着が容易になる。
また、属性石はそれ自体に魔力を帯びているため、魔法的な処理を行わなくても素材として用いるだけでかなりの効果を発揮してくれる。
なので、今回は土を成型して壁として固定するのに用いた。
出どころがエキドナの巣なため、スラムを覆いつくす程度の量なら余裕で保有している。
「それにしても、相変わらずここはクセェ場所だぜ」
男が鼻を摘まみながら愚痴をこぼす。
道端に糞尿が落ちているのが当たり前な場所なので、俺も長居したいとは思わない。
「昨日リシアに浄化魔法できれいにしてもらったばかりなのにもうこれか……」
こういう時の異世界モノのド定番としては、スライムに糞尿を食わせる便所を作ったりするんだろうけど。
残念ながらこの世界の凶暴なスライムでそんなものを作ろうものなら、スラム街がゴーストタウンに早変わりである。
真面目に上下水道を引くのが安全面では一番だ。
水の属性石もそれなりにあるし、そっち方面で進めるとするか。
「あ、兄ちゃんだ」
「にぃちゃんだー」
「よう」
寄ってきたのは小汚いボロをまとった十代前半の少年と、同じような恰好の小さな男の子に片手をあげて応える。
声を聞きつけたほかの子供たちも、ボロい住処からワラワラと集まってきた。
その数17人。
たった2日とはいえ、餌付けをしたらこの通り。
まったくちょろいもんだぜ。
しかし、モノを施すだけで彼らの生活が良くなるわけではない。
ここのスラムの子供たちは、大体が近くの畑から野菜を盗んできたり、危険な森や川から食べられるものをあさって生きている。
そして毎年多くの子供たちが、食べ物が少ない冬をまたいで春を迎えられないという。
自力で生きていくための手助けを誰かがやらなければ、この先ずっとモンスターや飢えに怯えなければならない。
食うには困らなかったが、会社に切られたら彼らと同じ末路になりかねない単純作業の派遣社員から抜け出せなかった俺だからこそ、何とかしてやりたいと強く思う。
「ほかに怪我してる奴とかはもう居ないな?」
「うん、兄ちゃんたちに治してもらったからこの通りだ!」
少年たちが希望に満ち溢れた宝石のような笑顔を浮かべたのを見て、思わず目頭が熱くなる。
「ところで、昨日のきれいなお姉ちゃんは?」
「もしかしてフラれたのか?」
「兄ちゃんかわいそー」
「フラれてないから可哀そうとか言うな」
俺のまじめな気持ちを踏みにじるような発言やめてもらえますかね?
そこへ宝石のような笑顔を浮かべられない大人が、俺の背中から声を掛けてくる。
「それより旦那、このなんにも無ぇゴミ溜めでどうやって金儲けしようってんです?」
「だからあんたを連れてきたんだよ」
「俺ですかい?」
「うん、この子たちに戦い方を教えてやってくれ」
「はいい!?」
「あんたの腕はここに来る前に見せてもらった。子供に教えるくらいならできるだろ?」
「あれって護衛としての腕をみるためじゃないんですかい!」
「1人で闇ギルドを掌握できる俺に護衛が必要だと思うか?」
「そう言われると確かに旦那にゃ必要ないかもしれやせんが……。もしかして旦那、俺たちを冒険者にするって話、こいつらも含まれてたりしやす?」
「人数は多い方がいいだろ? それにこの子たちはやる気と向上心があるんだ、ちゃんと武器の扱いを教えてやれば、その辺のモンスター程度なら狩れるようになる。それじゃぁ昨日言ってた服と装備を配るから、みんな並べ~」
配り終わった武器や防具を身に着けさせると、あっという間に小さな戦士団が完成した。
元々スラムに暮らす大人たちにやらせるつもりで話を持ち掛けたが、やりたがる者は誰もおらず、逆に話を盗み聞きしていた子供たちがやりたがったのでこうなった。
当初の予定とは少し変わったが、彼らを育てながらここに飲食店や雑貨屋などを展開して拠点化し、いずれは冒険者ギルドの支部を立ち上げてもらうつもりでいた。
大人たちには飲食店や雑貨屋をやらせればいいか。
それすらやる気が無ければもう面倒は見切れないけど。
てかそこまでやる気がない奴なら、そもそも俺の手助けなんて迷惑以外の何ものでもないだろうしなぁ。
あ、別宅の女性たちに任せていずれは自立してもらうのもありか。
うん、なかなか夢が広がりんぐ。
「これからは俺とこのおっちゃんが皆に武器の扱いやモンスターの倒し方を教えるから、しっかり学ぶんだぞ」
「「「おー!」」」
「ちょちょちょちょっと待ってくれ旦那、いくら何でもこんなガキ共を戦わせるなんて無茶ってもんですぜ!」
「まだ文句があんのかよ。言っとくけど、今のこの子らはレベルだけなら駆け出し冒険者くらいはあるからな?」
ニコルがノービスのスキル〈初級鑑定〉を子供に向けて「全員ファイターのLv30ってマジかよ……」と小さく呻く。
これも昨日のことだが、経験値獲得アイテムによるレベル上げをしておいたのだ。
習得してよかった〈軍隊PT作成〉スキル。
これのお陰でPT人数に制限がなく〈経験値獲得ボーナス〉が使えるようになったのは非常に大きい。
「この子らが狩りに行くときは俺が引率するし、教えるのに人手が足りないなら別のヤツを連れてきてくれて構わない。教え方が悪いようなら本職の冒険者に頼むから、それまでは面倒見てやってくれ」
冒険者の候補に我が師にして槍の達人であるチャドさんの顔が脳裏に浮かぶもすぐに消した。
あの人強すぎるけど教え方も荒いからダメだ。
やっぱり頼むのならモーディーンさんだな。
「兄ちゃんまだー?」
「おっちゃん、早く戦い方を教えてくれよー」
少年たちの声に振り返ると、武具を装着してご満悦の子供たちが目をキラキラさせて気持ちを逸らせていた。
小さい頃、親に買ってもらったバトルコスチューム変身セットを身に着けただけで強くなった気持ちを思い出す。
そういえば、トトに初めて武器を買い与えた時もこんな顔してたなぁ。
色々と懐かしい記憶が蘇る。
「早く早くー」
「わかったから汚ぇ手で引っ張るんじゃねぇ! はぁ……、こういうのはガラじゃねぇんですがねぇ……。オラぁガキ共! 教えてやっからあっちの広いところに行くぞ!」
ニコルが腰に帯びた剣を引き抜くと、少年たちの指導に向う。
子供に戦う力を与えることが正しかったのか今の俺にはわからないが、戦う力を与える以上、彼らが一人前になるまでは出来る限りのことはしてあげたい。
だが彼らが犯罪に走った際は、俺が責任をもって裁かなければならない。
未来が良い方向に向かうようにと強く願った。
ライシーン最貧困層のたまり場となるスラム街は、東門から南門に向けて城壁を沿うように細く短く広がっていた。
「旦那、なんでまたこんな場所に」
そう言ったのは闇ギルドの荒くれの1人で、上級職ウォーリアーのニコルだった。
ヴィクトルが我が家に派遣しくさった暗殺集団の中に居た1人でもある。
「なんでって、ここを開発してお金の湧く場所にすることで、組織の奴らに認めさせるため?」
闇ギルド内での俺の表向きの立場はボスの愛人兼新顔の幹部。
実際には愛人でも何でもないのだが、そうしておいた方が美人の女ボスと2人きりで密談していても怪しまれないのでそういうことにしておいた。
まるでウィッシュタニアお家騒動前のクロードとヴィクトルみたいだ。
「そもそも訳を知らない奴らからしたら、ボスの情夫とかいうガキがいきなり組織の幹部とか不満しかないだろ? そんなんで誰が言うこと聞くんだよ。それに構成員を奴隷化しようにも、何人いるかもわからない奴ら全員となるとさすがに無理があるしな」
無理はあるが、少しずつでも隷属化していった方がいい気がしないでもない。
……奴隷紋の多用でどうも他人の人権ってものが希薄になりつつある自分が怖い。
「そんなことしなくても、旦那が一発ぶん殴ってちやりゃぁ下の者はついできやすぜ」
「ぶん殴って言うこと聞かすってのは好きじゃない」
つい先日ウィッシュタニアでやってやったが。
「向こうからケンカを吹っかけてくるならその限りじゃないけどな」
「センシュボウエイってやつですかい? 勇者様じゃあるめぇし、面倒な性格でやすねぇ」
「一応異世界人だけど?」
「ははっ、旦那は冗談がお好きなようで」
「大マジだよ。あ、これ誰かに言いふらしたら死ぞ?」
「はっはは、言いやしやせんよ。……くくく、それにしても旦那が勇者様ですかい。そいつぁすげぇ御人の子分になっちまったもんだ。くはははは!」
冗談だと決めつけたニコルがしばらく笑い続けるが、修正するのも面倒なので放置した。
代わりに奴隷の禁則事項の欄にそっと追加しておいた。
こいつが酒の席で口走ろうとして急に苦しみだす姿が目に浮かぶ。
「けどまたなんでここなんですかい? 旦那ならほかにも稼げる場所はあるでしょうに、わざわざここをシノギの場所に選ぶなんて」
「むしろ逆、こんな場所があるって知ってしまったからここを選んだんだよ」
誰が好き好んで死と隣り合わせの生活を送りたがるんだ。
そこで暮らさなければならない何らかの理由が人それぞれにあり、そこから抜け出したくても抜け出す手段と知識が無い奴だって多くいる。
そんな抜け出したくても抜け出せないって奴らに抜け出すための力と知識を与えてやりたいのだ。
「それに、闇ギルドの支配区域で誰も手を付けてないのがここだったってのが大きいかな。お陰で面倒な手間もなく許可が下りたのは好都合だった」
領主であるビレーデンさんにも既に承諾を得ているため、表と裏の両方の組織から信任を得た事業だ。
それに、ここが上手く行けば壁の内側にある貧困区の足掛かりにもなる。
そこを仕切っている幹部にはすまないが、そちらも近いうちに仕切らせてもらうつもりだ。
「ま、許可が下りなくても勝手にやってたけど」
「あっしらのような荒くれは、相手になめられたら商売あがったりだ。だからメンツを潰されるのだけは我慢ならねぇもんでさぁ。もしあっしらを無視してシマを荒らすようなことがあれば、そん時ゃボスに逆らってでも旦那を全力で潰しにかかるでしょうぜ。くわばらくわばら」
ニコルが心底そうならなくて良かったと胸をなでおろす。
俺に喧嘩を売ったらどうなるか、襲撃に行ったら仕掛ける前になす術もなく捕縛されたこの男からすりゃあ、歯向かおうって気にもならないだろう。
「幹部連中は既に奴隷化済み。今後もそうはならんから安心しろ」
「いつの間に……!?」
「昨日、緊急で幹部集会があっただろ?」
「あぁ、あの時ですかい」
末端全員は無理でも、頭は抑えておくに越したことは無いのでそうさせてもらった。
「でも強行したら殺さなくてもいい人的資源が失われるところだったか、やっぱり根回しは大事だなぁ。今度別の場所でやるときは注意しよう」
「別の場所でもやるつもりなんですかい?」
「まぁアイヴィナーゼ王都の方とか?」
「あそこはうちのギルドとは規模が比べ物になりやせんぜ」
「けどウィッシュタニアの近衛騎士たちより強いなんてことはないだろ? ならいけるいける」
「それじゃあまるで、もう潰したあとみたいな言いぶりですぜ。くははははは!」
また冗談と受け取ったニコルが馬鹿笑いを始めたので、訂正することなくそのままスラムの中を進んでいく。
スラムのような〝支配はすれど統治せず〟な場所は、余裕があれば積極的に介入するつもりだ。
話し合いでどうにかできるに越したことは無いけど。
「……ん? そういえば、スラムにこんな高い壁って在りやしたかね?」
ニコルが自身に落とす影に気付き壁を見上げる。
「これも昨日俺が魔法で立てた」
「旦那がですかい?」
外壁のさらに外側にあるこの地区は、モンスターからの被害を防ぐ壁なんて当然あるはずもなく、逃げ込む家もお世辞にも家とは呼べないような粗末なもの。
そのほとんどがテントと変わらず、良くて木組みの小さなボロ屋ではとてもじゃないが身を守れない。
最近は魔物の異常増殖が目立つらしいので、最速で仕上げたのだ。
「ダンジョンで大量の土属性石を拾ったから、それを触媒に使ったら結構頑丈なのが出来て良かったわ」
「アースクリスタルといえば、土木工事には必須のアイテムですぜ」
「だろうな」
道具に魔法を付与する際、適した属性石を用いることで道具への定着が容易になる。
また、属性石はそれ自体に魔力を帯びているため、魔法的な処理を行わなくても素材として用いるだけでかなりの効果を発揮してくれる。
なので、今回は土を成型して壁として固定するのに用いた。
出どころがエキドナの巣なため、スラムを覆いつくす程度の量なら余裕で保有している。
「それにしても、相変わらずここはクセェ場所だぜ」
男が鼻を摘まみながら愚痴をこぼす。
道端に糞尿が落ちているのが当たり前な場所なので、俺も長居したいとは思わない。
「昨日リシアに浄化魔法できれいにしてもらったばかりなのにもうこれか……」
こういう時の異世界モノのド定番としては、スライムに糞尿を食わせる便所を作ったりするんだろうけど。
残念ながらこの世界の凶暴なスライムでそんなものを作ろうものなら、スラム街がゴーストタウンに早変わりである。
真面目に上下水道を引くのが安全面では一番だ。
水の属性石もそれなりにあるし、そっち方面で進めるとするか。
「あ、兄ちゃんだ」
「にぃちゃんだー」
「よう」
寄ってきたのは小汚いボロをまとった十代前半の少年と、同じような恰好の小さな男の子に片手をあげて応える。
声を聞きつけたほかの子供たちも、ボロい住処からワラワラと集まってきた。
その数17人。
たった2日とはいえ、餌付けをしたらこの通り。
まったくちょろいもんだぜ。
しかし、モノを施すだけで彼らの生活が良くなるわけではない。
ここのスラムの子供たちは、大体が近くの畑から野菜を盗んできたり、危険な森や川から食べられるものをあさって生きている。
そして毎年多くの子供たちが、食べ物が少ない冬をまたいで春を迎えられないという。
自力で生きていくための手助けを誰かがやらなければ、この先ずっとモンスターや飢えに怯えなければならない。
食うには困らなかったが、会社に切られたら彼らと同じ末路になりかねない単純作業の派遣社員から抜け出せなかった俺だからこそ、何とかしてやりたいと強く思う。
「ほかに怪我してる奴とかはもう居ないな?」
「うん、兄ちゃんたちに治してもらったからこの通りだ!」
少年たちが希望に満ち溢れた宝石のような笑顔を浮かべたのを見て、思わず目頭が熱くなる。
「ところで、昨日のきれいなお姉ちゃんは?」
「もしかしてフラれたのか?」
「兄ちゃんかわいそー」
「フラれてないから可哀そうとか言うな」
俺のまじめな気持ちを踏みにじるような発言やめてもらえますかね?
そこへ宝石のような笑顔を浮かべられない大人が、俺の背中から声を掛けてくる。
「それより旦那、このなんにも無ぇゴミ溜めでどうやって金儲けしようってんです?」
「だからあんたを連れてきたんだよ」
「俺ですかい?」
「うん、この子たちに戦い方を教えてやってくれ」
「はいい!?」
「あんたの腕はここに来る前に見せてもらった。子供に教えるくらいならできるだろ?」
「あれって護衛としての腕をみるためじゃないんですかい!」
「1人で闇ギルドを掌握できる俺に護衛が必要だと思うか?」
「そう言われると確かに旦那にゃ必要ないかもしれやせんが……。もしかして旦那、俺たちを冒険者にするって話、こいつらも含まれてたりしやす?」
「人数は多い方がいいだろ? それにこの子たちはやる気と向上心があるんだ、ちゃんと武器の扱いを教えてやれば、その辺のモンスター程度なら狩れるようになる。それじゃぁ昨日言ってた服と装備を配るから、みんな並べ~」
配り終わった武器や防具を身に着けさせると、あっという間に小さな戦士団が完成した。
元々スラムに暮らす大人たちにやらせるつもりで話を持ち掛けたが、やりたがる者は誰もおらず、逆に話を盗み聞きしていた子供たちがやりたがったのでこうなった。
当初の予定とは少し変わったが、彼らを育てながらここに飲食店や雑貨屋などを展開して拠点化し、いずれは冒険者ギルドの支部を立ち上げてもらうつもりでいた。
大人たちには飲食店や雑貨屋をやらせればいいか。
それすらやる気が無ければもう面倒は見切れないけど。
てかそこまでやる気がない奴なら、そもそも俺の手助けなんて迷惑以外の何ものでもないだろうしなぁ。
あ、別宅の女性たちに任せていずれは自立してもらうのもありか。
うん、なかなか夢が広がりんぐ。
「これからは俺とこのおっちゃんが皆に武器の扱いやモンスターの倒し方を教えるから、しっかり学ぶんだぞ」
「「「おー!」」」
「ちょちょちょちょっと待ってくれ旦那、いくら何でもこんなガキ共を戦わせるなんて無茶ってもんですぜ!」
「まだ文句があんのかよ。言っとくけど、今のこの子らはレベルだけなら駆け出し冒険者くらいはあるからな?」
ニコルがノービスのスキル〈初級鑑定〉を子供に向けて「全員ファイターのLv30ってマジかよ……」と小さく呻く。
これも昨日のことだが、経験値獲得アイテムによるレベル上げをしておいたのだ。
習得してよかった〈軍隊PT作成〉スキル。
これのお陰でPT人数に制限がなく〈経験値獲得ボーナス〉が使えるようになったのは非常に大きい。
「この子らが狩りに行くときは俺が引率するし、教えるのに人手が足りないなら別のヤツを連れてきてくれて構わない。教え方が悪いようなら本職の冒険者に頼むから、それまでは面倒見てやってくれ」
冒険者の候補に我が師にして槍の達人であるチャドさんの顔が脳裏に浮かぶもすぐに消した。
あの人強すぎるけど教え方も荒いからダメだ。
やっぱり頼むのならモーディーンさんだな。
「兄ちゃんまだー?」
「おっちゃん、早く戦い方を教えてくれよー」
少年たちの声に振り返ると、武具を装着してご満悦の子供たちが目をキラキラさせて気持ちを逸らせていた。
小さい頃、親に買ってもらったバトルコスチューム変身セットを身に着けただけで強くなった気持ちを思い出す。
そういえば、トトに初めて武器を買い与えた時もこんな顔してたなぁ。
色々と懐かしい記憶が蘇る。
「早く早くー」
「わかったから汚ぇ手で引っ張るんじゃねぇ! はぁ……、こういうのはガラじゃねぇんですがねぇ……。オラぁガキ共! 教えてやっからあっちの広いところに行くぞ!」
ニコルが腰に帯びた剣を引き抜くと、少年たちの指導に向う。
子供に戦う力を与えることが正しかったのか今の俺にはわからないが、戦う力を与える以上、彼らが一人前になるまでは出来る限りのことはしてあげたい。
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