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214話 ダンジョンコア
しおりを挟む俺たちはヤトノカミのドロップアイテムを回収すると、丘のふもとにぽっかりと開いた四角い洞穴の入り口に立っていた。
穴の中も四角い下り通路となっており、四十九階層までの迷宮を連想する。
だが致命的に違うところが1つ。
「なんじゃこの青い魔力は、まるで〈魔素〉そのものが溢れておるようじゃ」
イルミナさんが眉を寄せ、人を魔族へと変質させたと言われる魔素を吸い込まないように服の袖で口元を覆う。
通常迷宮の壁や床は青緑の光を発しているが、通路から溢れている光は真っ青だ。
「とても冷たくて、深い恨みと悲しみが混ざった情念《じょうねん》めいたモノを感じます……」
「そうね。でもなにかしら、それだけでもないような」
不安げなククにリシアが同意するも、他の何かを感じ取る。
探知魔法を走らせ、通路を下った先には野球が出来そうなほどの広さを誇るドーム状の空間があることを確認したが、空間の中ではマナが激しく乱れており、空間の構造以外は全く分からない。
これ絶対もう一波乱ある奴や。
「実は既にここの階層ボスが出てたりして」
嫌な予感しかしないので、皆に注意を促すためにそうつぶやいた。
こんな最下層で知恵のある上位モンスターが長年存在していたと考えると、脅威度の高いモンスターが居る可能性は十分高い。
それこそエキドナ以上の物体が居てもおかしくはない。
「迷宮の最深部は別の迷宮と繋がってるって話だし、私たちより先に誰かがここに来たなんてこともあるんじゃない?」
「大蛇が我々を人と認識していたのですにゃ、その仮説は十分あり得ますにゃ」
俺の思い付きの発言を、ヴァルナさんとモーディーンさんが理由を付けて補強する。
「その誰かが呼び出した階層ボスがまだ居るってこと? けどそれが倒されてないってことは、私たちよりも先に来た人たちってもしかして……」
「まぁ逃げ帰ったか、あるいは奴らに食われたかだな」
「こんなのが落ちていた。ほぼ間違いなく食われているな」
ベテラン冒険者のベクスさんとアメリアさんのエルフ2人が先駆者の行方の可能性を口にすると、ユーベルトが手にした物を俺たちに見せてきた。
それは小さなロケットペンダントで、ユーベルトがロケットを開くと貴族らしき若い女性のモノクロ写真が入っていた。
「この世界に写真なんてあるのかよ!?」
「気にするところそこかよ」
ユーベルトの冷淡なツッコミが痛い。
「髪型ツインドリルとか本当に居るんだな」
「こんな時に冗談言ってる場合か、もっと真面目にやってくれ」
今度はキレ気味にツッコまれてしまった。
なんだかんだ真面目なユーベルトには悪ふざけがくどかったか?
「ごめんなさい、私もこの世界に写真なんてあるんだって思っちゃいました。あはは」
「いや、ヨシノさんはいつもちゃんとしてるから謝らなくて良いんだ!」
よしのんの告白にユーベルトが俺の時とは違い慌てながらもフォローを入れた。
対応の差に色々と解せぬ。
てかよしのんがちゃんとしてたことなんてあったのか?
「あーしも思った。つーかなに、教科書に出てくる昔の人みたいでマジウケるんですけど」
ルージュがペンダントの白黒写真にケラケラと笑った。
「だがこれで先客が来ていた事がはっきりしたな。そもそも大蛇が人の味がどうたらとか言いだした時点で察しはついてたが」
「まぁそうだよね」
チャドさんとマルグリットさんが頷き合う。
「トシオよ、魔法でこの奥を視たであろう?」
「えぇ、視ましたよ」
ザァラッドさんの問いに先程の探知魔法の内容を告げると「やはりボスが出ているとみて良いだろうな」と皆に告げる。
「イルミナさん、この先で呼吸する分には人体に影響はないんですよね?」
「魔素が今まで通りであれば問題無かろが、これほどの濃度ともなると我にも想像がつかぬ。安全のためにも〈マナ操作〉でマナを押しのけて進軍することを推奨するえ」
イルミナさんが解決策を提示してくれる。
「そうなると、ここから先は普通にMP回復が厳しいですね」
「そうなの?」
俺の懸念を口にしながら〈魔石〉を〈魔道具化〉して魔力を溜めこんだ〈マナバッテリー〉を取り出すと、ルージュが不思議そうに聞いてきた。
「MPの回復って、世界中に満ちたマナを体に取り込むことで回復しているのよっ」
「へーそうなんだ」
レスティーの説明にルージュが平然と聞き入れる。
スキンヘッドのオネエに近寄られても動じないとか、ルージュのメンタル神鉄製かよ。
「なートシオー、早く行こー」
「グズグズするな早くしろ」
大蛇と戦えずにフラストレーションが溜まっているのか、トトとメリティエが両サイドから俺の腕を引っ張って急かしてくる。
「わかったから落ち着け。レスティー、そっちの班で後方支援とマナの排除を頼めるか?」
「お任せよ~」
マナバッテリーを投げて渡すと、レスティーが了承のウインクを飛ばした。
俺たちは一本道の下り通路を進み、程なくしてドーム状に開けた空間の入り口に到着した。
中は直径約200メートルの円形の空間で、3メートルくらいはある長方形の石碑のような物体が規則的にそそり立って配置されていた。
壁や床には白い文字による魔法陣めいたもので埋め尽くされている。
「この文字は……神々が使うていたとされる失われた古代文字じゃな」
「知ってるのですかイルミナさん?」
「うむ。魔族領にある遺跡でこれと同じ物を見たことがあるでな。生憎と読めはせぬが」
眼鏡を取り出したイルミナさんがその場にしゃがみ、足元の文字をレンズ越しに見る。
「古代文字は文字そのものに力を宿し、正しい並べ方で神や精霊に干渉してさまざまな力を発現させると言われておる。お前様、勇者のボーナススキルに〈神語〉は有るかえ?」
「ありますよ。と言うか覚えられる言語関係のスキルは全部習得済みです」
「そうなのかえ? では何故に読めぬのじゃ?」
スキルの言語翻訳が機能していないことに首を傾げるイルミナさん。
言語スキルは言葉だけでなく文字も理解できるようになるはず。
それが機能しないのは明らかにおかしい。
スキルがバグったか?
「スキルが正しく機能していないのか、あるいは初めから意図的に機能しないようになっていたか……」
神妙な表情でつぶやくうま娘。
ユニスの背では大蛇を食らって満足気な人面の猛禽が、潰れ饅頭となって鎮座している。
「俺らが使う〈スキルシステム〉を構築したのもダンジョンを作ったのも古代魔法人なんだし、そう考えるとダンジョンコア周辺を弄られたくないから敢えてそうしたのかもしれないな」
「スキルの〈神語〉とされている言葉が実は別の言葉である可能性も」
などとスキルそのものを疑う俺とユニスの隣りをルージュが抜けて行き、臆すことなく中に足を踏み入れきょろきょろと辺りを見回す。
「変な石ばっかで何も無いじゃん。それにボスってどこに居んのさ?」
「いや、青い光と石板に紛れてはいるがあそこに何かあるぞ」
ル-ジュを心配して追従する巨漢のザァラッドさんが、広場の中心部の床を指す。
100メートルほど離れた場所にほかの物より一回り大きな石碑があり、ちょうど出入口である俺たちの方に金色の球体が収まっていた。
「ホントだ。〈ダンジョンコア〉って書いてる」
ルージュが目を細め、視力強化と鑑定眼で確認しながら足を踏み入れ中心部へ進んでいく。
流石に1人で行かせる訳にはいかないと、俺たちも中心部を目指す。
「あれがダンジョンコアか」
迷宮攻略を始めて約2ヵ月、ついにそれを手にする時が来た。
「許可はもらってたとはいえ城にあったダンジョンコアを本当に使っていいのか気が引けてたけど、これで漸く――」
はやる気持ちから自然と足が速くなり、たどり着くころには先頭に立っていた。
だが目の前にある直径30センチほどの大きさの黄金色の金属球からは、大量の魔素を含んだ魔力が噴き出している。
「やはりこれが魔素の発生源じゃな」
イルミナさんが渋い顔でダンジョンコアを凝視する。
「これ取り外しても大丈夫ですかね?」
「わからぬ。じゃがダンジョンコアを持ち帰った話は人族領の文献にもある。取り出せぬ訳はないはずじゃ」
魔道具の知識に長けたイルミナさんですら判断が出来ないものを、知識のない俺が迂闊に触れることはできない。
なんて思っていた時期が俺にもありました。
「で、どうやって取り外すのだ?」
「なー?」
イルミナさんがどうしたものかと思案しながら石碑を観察していると、トトとメリティエも石碑ギリギリまで顔を近づける。
「これ何かなー?」
2人が石碑の後ろに回り込んだところでトトがボタンらしき石の出っ張りを発見する。
「押したらわかるだろ」
「これ、気安く触れるでない!」
イルミナさんの静止も間に合わず、メリティエが躊躇無くそれを指で押し込んだ。
それと同時に石碑からガコっという音と共に、ダンジョンコアがあっけなく落ちる。
自然落下するダンジョンコアを、俺は慌てて魔念動力で受け止める。
すると、あれほどあふれ出していたダンジョンコアからの魔素がピタリと止まった。
ルージュがここに足を踏み入れたのは単純に危機感が欠落しているだけだが、メリティエの場合はハプニングが起こるのを楽しみにしている節があるので質が悪い。
結果良ければとは言うが、これは家に帰ったらお説教しなければ。
「我が娘ながら末恐ろしい……」
「ふん、任せろ」
「褒めておらぬわ!」
親指を立てて不敵に鼻を鳴らすメリティエの後頭部を、イルミナさんがスパーンとはたく。
「ダンジョンコアが壊れでもしたらどうするのです。これほど濃縮されたマナが爆発でもしようものなら、迷宮ごと貴女たちも吹き飛ぶのですよ」
「まったくじゃ――ん?」
「……どちら様ですか?」
突如現れメリティエに説教をする見知らぬ女性に、皆が距離をとり即身構えた。
女の外見年齢はイルミナさんと同じ30中頃。
白い神秘的なローブに豊満な肢体の色っぽい糸目の美女だ。
俺の索敵を躱して何処から現れやがった!?
「まぁまぁ、そう警戒しないでください。私はあなた方の敵ではありません」
女は微笑みながらもおどける様に悲しみ漂う口調でそういうが、俺にはどこかうそ寒く思えた。
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