四人で話せば賢者の知恵? ~固有スキル〈チャットルーム〉で繋がる異世界転移。知識と戦略を魔法に込めて、チート勇者をねじ伏せる~

藤ノ木文

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221話 湖上に咲く大輪・前編

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 ~バラドリンド教国・首都~

 空が紫から濃紺へと移り行き、無明の部屋の中では一組の若い男女のうめきと荒い息遣い、そしてベッドのきしむ音だけが支配する。
 バラドリンドの6勇者である高梨陽次たかなしようじが、ベッドの上で組み敷いた金髪碧眼へきがんの美少女の上からを体を横へと転がした。
 夏の熱気が立ち込める部屋の真っ暗な天井を見上げながら、男は乱れた呼吸と鼓動を持て余した。

「お疲れ様でしたヨウジ様、いつもスイなんかを愛してくださりありがとうございます」

 自分をスイと名乗る少女のへりくだった物言いと熱を帯び汗ばんだ素肌の密着に、タカナシは支配欲と肉体的な充足感を満たす。
 2人の出会いはタカナシたち6人が日本より召喚された初日のこと、この世界の説明を受けた後に案内された大礼拝堂だった。
 そこでは神官服を着た若く見目麗しい女性たちが彼らを出迎えた。

『この者たちはあなた方の身の回りの世話をするために集められました。どうぞ好きな者をお連れ下さい』

 中年の男性司祭に言われるがまま勇者たちは好みの女性を選ぶなか、タカナシが選んだのが今隣に居るスイだった。
 その日の夜、深夜に訪れたスイに迫られたタカナシは、21年の人生で初めて女性を抱くこととなった。

「なんかなんて言っちゃダメだスイ。だって俺たちは恋人同士だろ?」
「ですが、スイにはヨウジ様のように素晴らしいスキルなんてありませんし、ましてやヨウジ様の隣りに立って戦う強さも……」

 気取ったセリフで内面を見透かされないようにしているタカナシに、スイが悲しい表情を浮かべる。

「そんなことない! ス、スイだってすごい回復魔法が使えるじゃないか! それに、俺だってスイが見守っててくれるから戦えるんだ!」
「ヨウジ様にそんな風に想われ、スイはとても幸せです……」

 悲しみから一変、うっとり顔でうなずく少女に、タカナシが悔しさをにじませる。

「だが関係のない人々を傷つけ街を破壊したシャドウセイバーを、俺はあと一歩のところで逃してしまった!」
「あの者は神をも恐れぬ大罪人ですが、元はこの国で一番強い戦士だったと聞いてます。この世界に来られて日も浅いヨウジ様が取り逃すのも無理はありません!」

 昼間に起きた戦闘でナオキが放った一撃は、街に暮らす多くの人々を死傷させる大惨事となった。
 しかし教団上層部は、これを教団関係者を誹謗ひぼうするビラによって教団への不信感と勇者たちがしでかした事実を誤魔化すには打ってつけの人災と捉え、「ビラをいていた異教徒いきょうとが起こしたテロ攻撃である」と信者たちに発表したのだ。
 当然勇者たちにもそういう扱いにするために口外は禁じられた。

 それに、アレはナオキたちがやったんだから、俺には関係無い。
 関係ないんだ!
 もしバレても考え無しにやったあいつらが悪いんだからな!
 きっとスイもわかってくれるはずだ!

「でも、奴がまたこの国に戻って、来て、また大きな被害が出たらと思うと、俺は自分じびゅんが許せないんだ!」
「ヨウジ様……」

 少女の関心と自分の罪悪感をごまかすために、ヨウジは罪人を逃したことへの責任にさいなまれる主人公を演じてみせる。
 
「今度こそ俺があいつを止めてみせ、る。だからスイ、俺のことを見守っていてくれ」
「ヨウジ様……。どうかあの者を打倒し、必ずスイの元へ戻って来てください!」
「大丈夫さ、スイ。俺にはチートスキル〈限界突破リミットブレイク〉があるんだ、今度こそ俺があいつを倒してみせる!」
「その意気ですヨウジ様!」
「それに、俺の考えた作戦が採用されたんだ、すごいだろ? それが上手く行けば勝利は確実さ!」
「力だけでなく聡明でいらっしゃるなんて、ヨウジ様はどこまで素敵すぎるのですか……!」
「スイ……!」

 自分を無条件で肯定してくれる少女が、タカナシは欲望のままむしゃぶりついた。



 ~アイヴィナーゼ王国・ライシーン領・イチノセ家邸宅~

「トシオさん、影剣さん、皆が待ってましゅよ」  
「早く行きましょう……」
「わかったよ」
「お迎え痛み入るでござる」

〈チャットルーム〉での話し合いを終えた俺たちを、リシアの後ろからフィローラとセシルがせかす。
 玄関の扉の前にはすでにワープゲートが開かれており、その先からは軽快な生演奏と子供たちのはしゃぎ声がもれてくる。
 靴をきゲートをくぐるとそこは、俺のソロ修行場としておなじみのクレアル湖のいつもの湖岸である。
 濃紺のうこんの空には無数の星がキラめき、湖面には周囲に浮遊する光の精霊ウィルオーウィスプの光が反射した。
 クレアル湖の湖岸では、ただいま立食会としょうした20以上の屋台が立ち並ぶなんちゃって夏祭りが開催中。
 昼間にかき氷屋だ屋台だと話し合っていたことを影剣さんに話したところ「屋台でござるか? ……くふふ、潜伏せんぷく任務にも使えそうでござるな」と配下の人たちに呼びかけ、リシアたちも「秋の収穫祭に出店したら楽しそう!」と別宅の人たちを巻き込んだ。
 だったらと、俺もローザの旧家の人たちや冒険者仲間など、日頃お世話になっている方たちを招待した。
 屋台は足長のテーブルに調理器具を置いた程度の簡素なもので、動物の顔をかたどった白いお面に朱色の塗料で色付けされたモノを着用した男女が多くを占めていた。
 忍者が汗だくになって焼きそばを生産する姿は実にシュールな光景である。
 そんな中を子供たちが駆け回り、冒険者仲間たちが楽器を持ち寄って演奏をしていた。

 猫のお面があるなら欲しい。

 そんな中でも異彩を放っているのがアイヴィナーゼ国王であらせられるグレアム陛下で、上品で豪華な商人服を着崩したちょいワル親父な恰好をしていた。
 特に手首と開いた胸元から見える厳つい金のチェーンネックレスは、もうその筋の人だと自分で宣伝しているみたいなものである。

 なんだあのヤーさんは。

 素性を知る一部の人を除き、ほぼすべてが遠巻きに〝この闇組織の人みたいなおっさん誰?〟と言いたそうな顔をしている。
 グレアム陛下が顔を動かす度に正面に居た人が一斉に視線を逸らすのは、コント以外の何ものでもない。

 目すら合わせたくないその気持ちは、わかり味しかない。
 俺も知らない人だったら全く同じ反応するもん。

 そんなヤーさんに随伴ずいはんしているアロハっぽい私服に小さな丸メガネのチンピラ風なバクストンさんが、たった1人での護衛とあって気が抜けない様子。

 こんなくだらないお忍びに引っ張り出される若きアイヴィナーゼ近衛騎士団長様の過酷な労働環境に全米が泣いた。
 まぁ俺たちが居るしちゃんと魔物けの結界も張られてるから大丈夫だろう。

 以前この場所で握りこぶし程の大きなに襲われそうになったのを思い出していると、動物のお面を付けたトトとメリティエにがやって来た。

 めちゃくちゃ楽しんでますやん。
 
「遅かったなトシオ、もう始まってるぞ」
「なにやってたのー?」
「ちょっと用事があってね。2人とも美味しそうなの持ってるな」
「良いだろ?」
「あっちでもらえたー」

 俺の視線に2人は手に持った何かの肉が刺さった串やリンゴ飴を見せつけてくる。
 季節的に梨かと思ったが、どうやら本物のリンゴの様だ。
 そんな2人の後ろでは、スラムの子供たちや浴衣を着た見慣れない子供たちが。
 その手にも何かしらの食べ物を持っている。
 なにせすべての屋台が無料で食べ放題飲み放題ときたら、子供たちからすればそこはもうパラダイスに違いない。
 
 これで費用が全部俺持ちじゃなかったらテンション上がるんだけどなぁ。
 いやまぁ実質材料費しか負担してないからまだ安く済んだ方だけど。
 てか浴衣の子供はどこから湧いてきた?

 子供たちがトトとメリティエに詰め寄る。

「親分、次はアレ食べようぜー」
「親分、私甘いものが食べたーい」
「あそこにある輪投げがやりたいでござるー」
「オイラは射的が良いー!」
「はやくあっちに行こー?」
「あて親分だからなー、しょうがないなー」

 子供たちに急かされながらもまんざらでもないトトと、視線だけは向けるもポーカーフェイスなメリティエ。
 なぞのダブル親分体制が、いつのまにか構築されていた。

 親分って、仲良くなるの早すぎだろ。
 この短時間で何があった?

 だが現実は無情である。

「行くぞお前たち」
「「「はい親分!」」」
「あ、待ってよメリー!」

 メリティエが鶴の一声で子供たちを引きつれ屋台に向けて歩き出し、トトが慌てて追いかける。

 ダブル親分体制崩壊はやっ。
 初めて見る子らって口調からして忍び衆の子供か。

 さすがは一族全員で脱国だっこくしただけはあり、その人数はスラムの子供たちよりも多い。

「そうだかしらー、さくらちゃんがあっちで待ってるよ?」
「めちゃんこねてたから早く行ってあげた方がいいよー?」

 最後尾の浴衣の子たちが歩きながら振り返り、俺の後ろに居た影剣さんに忠告していく。

「わかったでござる。そのような訳で殿との、拙者は忍び衆の元へ行ってくるでござる」
「殿言うな。んじゃまた後で」
「では。サクラ~、待たせだでござる~」
「あ、パパ上! もう遅いよー!」

 くっ。

「すまぬでござる~」

 デレッデレな影剣さんが愛らしくほほをふくらませたサクラに駆けて行った。
 見た目JKくらいの美少女による〝パパ上〟の破壊力は卑怯としか言いようがない。

「……俺たちも何か食べよっか?」
「「はい♪」」
「はい……」

 隣りの3人へ提案すると、リシアとフィローラ人が最高に可愛い笑顔を向けてくれ、セシルははにかみながらも小さくうなずく。

 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……好きっ!

 そんな内心を隠しながら屋台を見渡すと、忍び衆の他にも別宅の人たちの姿も確認する。
 屋台にはカラアゲやフランクフルト、野菜スープにミニカステラなどが並んでおり、どれも美味そうで目移りする。
 目移りするのならいっそ全部言っちまえと、近くの屋台から順に頂いていく。

「私、お祭りって初めてで、どう楽しめば良いのか……」

 セシルが切ないことを口にする。

 きっと幼少時代はネグレクトで祭りに連れて行ってもらえなかったんだろうな……。

 悲しい過去を持つダークエルフには、今までの分いっぱい幸せにしてあげなければと心から想う。

「前までは人混みが嫌で嫌でもう……、あ、今日は皆が居るから平気ですが……」
「重たい話だと思ったらただのぼっちキャラだった」
「しんみりして損した気分でふ」
「この子ったらもう……」
「え、え……!?」

 我が家でぶっちぎりの残念系美女は、相変わらず残念であった。

「ま、まぁ美味しそうなのがあったら食べて、面白そうな出店があったらやってみたらいいと思うよ」

 金魚すくいモドキや弓矢による的当てに興じる子供たちを指さしながらセシルにアドバイス。

「食べ物と言えば、祭りの出店の食べ物ってさぁ、実際に食べるとそうでもないんだけど、普段の2割増しで美味しそうに見えるのなんなんだろうね?」
「お祭りの雰囲気みたいなものかしら? 私は実際に食べても普段より美味しく感じちゃいますけど」
「祭りによる儀式的因果性があったりなかったり? 祭りの雰囲気力ふんいきぢからやばいな」
「ふひっ……ふんいきぢから・・・……ひひっ……」

 俺の真後ろでセシルが笑いだすも、笑い方の気持ち悪さにこれはこれで残念度が増して逆に可愛いかと生暖かくスルーしてあげた。

「秋祭はその年の収穫への感謝と来年の豊穣を願って神様に捧げるものですから、案外そういうのが有ったりするのではないですか?」
「子らの祈りは封じられた私たちにも届いてはいますが、味覚にまで影響を与えるようなことはしてはいませんし、そもそもできません」

 俺の馬鹿話にリシアが乗ってくると、それを後ろで聞いていた祈りを捧げられる側である大地母神の精神体が否定した。

 この神様真面目かっ。

 そんなことを話しながら屋台の前を歩いていると、妙な人だかりと歓声が上がる場所を発見。
 人だかりの後ろから覗き込むと、魔法で出来た半透明の円形プールに膝下ほどの水位で水を張ったそこには、30センチくらいの魚が何匹も泳いでいた。
 その魚を子供たちが手づかみで捕らえようとプールの中で水しぶきをあげ、満面の笑みで駆け回る。

「あの一番デカい奴は俺がゼッテー捕まえるんじゃ!」
「アレを捕まえるのはオイラだい!」

 中でも60センチはあろうこいに似た魚を捕まえようと群がる男の子たち。

 アレ絶対面白い奴やん!

「子供たちに混ざったりしたら大人げないですよ?」
「わ、分かってるよ?」 

 参加したい衝動に駆られるも、先手を打ったリシアに止められ自重じちょうし、代わりに遅めの夕食として屋台の食べ物を食い荒らす。

「前言撤回てっかい、めちゃくちゃ美味しい」
「当然です。味付けはすべてローザちゃんの監修かんしゅうですもの」

 魔念動力で宙に浮かせた焼きトウモロコシと甘辛タレの焼き鳥をかじる俺の手のひら返しに、リシアが我がことのように誇らしげに胸を張る。
 
 なにこの可愛い生物超可愛い。

 心の中でリシアに萌え転がりながら白身魚の香草焼きをはしで摘まみ口に運ぶと、魚のたんぱくな味に柑橘系のさっぱりした風味が口に広がる。
 それを冷水で流し込むと、後から香辛料のピリっとした辛味が舌に残る。

 ん~、魚の味は滅茶苦茶美味いけど、後に残る辛味はちょっと苦手かも。
 こういう辛味っていくつになれば慣れるようになるんだろうな?

 自分のお子様舌をなげきつつ、再び水を口に運ぶ。

「焼き鳥でしたら自分は断然塩派です」
「ぶほっ!?」

 背後から唐突に声を掛けてきたフリッツに驚き、喉を通過する御冷おひやが口と鼻から盛大に逆流した。
 リシアが慌てず騒がず手拭いを取り出し俺の顔を拭いてくれる。
 後ろに誰か居たのには気付いていたが、まさか声を掛けられるとは思っていなかったので油断していた。

「ごほっごほっ!?」
「鼻から汗を流すほど喜んで頂けるとは、驚かせたかいがありました」
「そんな奇人変人であってたまるか!」
「それは失礼しました」

 言葉とは裏腹に悪びれた様子のない浴衣姿のウィッシュタニア諜報員。
 油断していたとはいえ、流石に3度目ともなるとマヌケに過ぎる。

 いつかこいつをギャフンと言わせたい。

 そのフリッツの隣りには、キャミソールにホットパンツのルージュと、こちらも浴衣のトモノリくんの姿が。
 ルージュの薄着具合に〝いく胸が可哀そうでも高校生だろ? ブラとか着けなくて大丈夫なの?〟と、少女の絶壁胸に視線を向ける。

「ちょっと、今どこ見てたのよ変態!」
「ちょっと、あんたに見るとこなんてどこにもないでしょ」

 ルージュの変態呼ばわりにオネエ口調で返してやると、ものすごいふくれっつらで睨まれてしまった。

「ははは、これは一本取られましたねルージュ様」
「わ、笑うなし!」

 フリッツのさわやかな笑い声にルージュが耳まで真っ赤にして叫ぶ。

「てかお前、あの金髪イケメン騎士はどうした?」
「フェンレント? アイツいっつも自分はエリートでお金もあっ絵t持てるとかって自慢ばかりで鬱陶うっとうしかったから捨ててやったわ」
「自慢での自分語りか、それは確かにウザいな」
「ふひっ」

 思わずルージュに同情すると、隣にいたリシアとフィローラが僅かにほほを引きつらせ、セシルが食べていたキャベツ焼きを盛大に吹いて地面に崩れ「ふひひ……ごひゅっごひゅっ……ふひっ……ふひひひ……」とまたもや陰気に笑いだす。
 まるで発作のような笑い方なため流石に心配になる。

「セシル、大丈夫?」
「これはいつものことでふから気にしないでくだしゃい」
「そうね」
「そうなんだ……」

 セシルに対して妙にドライなフィローラとリシア。
 妙に慣れてる感じの2人に、2人がそう言うなら大丈夫なんだろうと思うことにする。

「それにしましても、トシオ様は本当にお酒をたしなまれませんね」

 そんなセシルを敢えて触れないフリッツの唐突な話題変更は、ルージュからの批難を避けるためか、彼女の羞恥心しゅうちしんを和らげるためか。

 こいつのことだから多分両方か。
 もしかしてセシルに対する気遣いでもあるかもしれない。

「……前に酒で失敗したことがあるからなぁ」
「そうですか。もし良ければその時のエピソードを聞かせて頂いても?」
「やらかしすぎて言いたくない」

 からかわれる材料をこいつにくれてやるのだけは絶対に避けたい。

「酔った勢いでローザちゃんをベッドを連れ込んだことですよね?」
「リシア!?」

 俺がえて拒絶した新婚初夜の話を、当事者であるリシアが暴露ばくろしてしまう。

「それはトシオ様らしいやらかしですね」
「目が覚めたら数時間前に会ったばかりの会話もろくにしていない女性がベッドに居たら恐ろしすぎるだろ。しかもその後はしばらく避けられてたから、当時はめちゃくちゃ修羅場だったわ」
「ローザ様を前にテンパるトシオ様が目に浮かぶようです」

 フリッツがさらに俺の心をえぐってくる。
 恥ずかしすぎる弱みを握られ、一生敵わないのではと既にあきらめの境地きょうちである。
 
「信じらんない、酔った女の子を襲うとかマジありえないんですけど!」
「黙れ虚乳きょにゅう。今の話をどう曲解したらそうなるんだ? それにあの時はお互い酔いつぶれてたし、泥酔していかがわしい気持ちなんてこれっぽっちも無かったからな?

 関係ないくせになぜかキレるルージュにイラっとするも 無視しておけば良いのにみっともなく自己弁護してしまう。

 寝ぼけてたとはいえ、ローザの超特大ましゅまろの先端を口に含んでたことは未だに罪悪感しかない。

「どーだか。男なんてみーんなエッチなことしか頭にないじゃん。シュートのジムに通ってた時だって、あーしの体ばっか見てるおっさん居たし!」
「馬鹿な、白黒逆パンダな子ギャルにエッチな感情を持つ奴なんて居る訳な痛っっっ――!?」

 言い終わるより速く、ルージュのローキックが俺の太ももに破裂音を鳴らす。
 細い足からは想像もつかない重たい衝撃に、痛みで地面に片膝を着き太ももを押さえる。

「お前近接職なんだからもっと手加減しろよな!」
「ふん!」

 小柄な少女がこちらの抗議に鼻息1つでそっぽを向き、トモノリくんがルージュの凶行にアワアワとプチパニックを起こす。
 本気だったら魔法装甲の上からでも足をへし折る威力があるから手加減してくれているのはわかるが、それでも回復魔法が必要なほどの痛みである。

 今時暴力系ヒロインなんて流行らないんだよ!
 誰にとってのヒロインなのかは知らんけど。

「売り言葉に買い言葉とはいえ、今のはあなたが悪いと思います」
「流石に自分もフォローしかねます」
「でしゅね」

 リシアとフリッツ、それにフィローラまでもがルージュの肩を持つ。

 これは酷い。
 あとセシル、いい加減その気持ち悪い発作止めよう?
 流石にちょっと怖いから。 

「トモノリ、フリッツ、こんなの放っといてあっち行こっ!」
「あっ、あっ、うん……!」
「お待ちくださいルージュ様。トシオ様、頼まれていたモノです」

 そう言って渡してくれたのは、魔導かき氷機だった。
 太ももの痛みが消えたので受け取る。

「さっき頼んだばかりなのにもう手に入ったんだ」
「使い方はこの紙に記載されています」
「助かる、早速試してみ――」

 2つ折りにされた2枚の紙を早速開くと、1枚目には〝ランペール元王太子、ウィッシュタニアの王都近郊きんこうで遺体となって発見〟と書かれていた。
 意表を突く知らせに思わずフリッツの顔を見ると、フリッツが小さくうなずいた。
 一切の魔法を禁忌きんきとする国に魔法が使えるランペールが接触したのだ、遅かれ早かれ切り捨てられるとは予想していた。
 ただ、俺たちへぶつけるとか2度目のテロorクーデター返しに使われると思っていただけに、その切り捨て方とタイミングが予想外だった。

 王都近郊ってことは逃亡後すぐに殺されたってことか。
 てことは、物資保管庫や召喚の間を破壊したテロリストたちがランペールの国外逃亡に労力を使いたくなかったってことか、それとも魔法を使う不届きものに絶望的な死を与えるためとかか?
 
 前者であれば自分たちが逃亡する際のリスクの減少になるし、後者であれば宗教的な理由で納得できる。
 今となって理由を知っているのはランペールの逃亡に加担したバラドリンドだけだ。
 そして気になることがもう1つ。
 同じタイミングでアイヴィナーゼ王国でテロに加担したであろうアイヴィナーゼ第一王子、アルフォンスの行方である。
 予想できるのは今頃どこかで野垂れ死んでるか、殺されかけたけど逃げ延びたか、普通に保護されたかの3択くらいだ。
 ワンチャンもっとそれ以外の可能性もあるけどレアケースなので予想がつかない。

 死んでてくれたら面倒が無くて良いのになぁ。

「それでは皆様、失礼いたします」
「あぁ、ありがとな」

 俺が思案していると、フリッツがプリプリと怒って先行するルージュの後を追い、トモノリくんもこちらに小さく頭を下げ会釈えしゃくするのを片手をあげて見送る。
 ルージュが向かう先では筋肉系美少女のマルグリットさんが、同じ冒険者仲間であるケインさんに盾職の何たるかをやばいロレツでわめいていた。

 
 その後はさっそくかき氷機を試したり、1人離れて戦闘の痕跡の大きく残る場所から魔法で花火を打ち上げた。
 花火とはいえ1キロ先で魔法を構築こうちくするのはなかなかにホネではあるが、これも魔法の練習だと思えば楽しいものだ。
 そして自分でも驚くほどの花火の再現力に、これならパントマイマーから魔法花火師にジョブチェンジできると確信を持つ。

 血生臭い日々とおさらばする日も近い!

 だが興行先の見通しが立っていないので、やはり冒険者をやめると〝主な収入源=ヒモ〟の末路がチラつく。
 パントマイマー……魔法花火職人……。
 パントマイマーは兎も角、アイヴィナーゼとウィッシュタニアの2国中で花火巡業をすれば、なんとか稼げそうな予感はしないでもない。
 最悪両国にスポンサーになってもらい、大きな祭りの時なんかに呼んでもらえれば、食っていくだけなら困らない気がして来た。

 いけるんじゃね?
 後であそこに居るヤクザのおやびんに聞いてみよう。

〈花火師〉の称号を獲得しました。

 脳内でアホなことを垂れ流していたると変な称号をゲットしてしまう。
 性能は魔力ステータスが少しだけUPしたのと、火属性魔法のMP消費の軽減、〈火薬調合効果UP〉と〈暴発防止〉に補正とのこと。

 じゃぁ噴水アートみたいなことをやればそれっぽい称号がもらえたりするのかな?

 赤や青の花火を夜空に咲かせる合間に、以前テレビで見たうろ覚えの噴水ショーを試してみる。
 水中に赤い光源を発生させ、その真上で水柱を上げると、赤い光の美しい水柱となって現れた。
 水柱を複数上げたり交差させたりと緩急かんきゅうを付けながら、光に青を混ぜつつ赤い要素を徐々に消すことで水柱が赤から紫を経由し最後には青へ。
 水を魔法で操作できるのだからと胴体が丸く尾がヒラヒラした巨大な水の金魚を空に生み出すと共に、7色に変化する光の玉を金魚の周囲に浮かべると、その場に居た人たちからどよめきが起きる。
 7色に変化する光の玉を引きつれ夏の夜空を優雅ゆうがに泳ぐ巨大な水の金魚はとても幻想的で、子供から大人まで夢中で見上げていた。
 
〈水芸師〉の称号を獲得しました。
〈光幻師〉の称号を獲得しました。

 連続で称号獲得のポップが表示される。

 あるかもとは思ったけど本当に出るとは。
 一定時間の行動で貰えるってことは、スラムの外壁や家を土魔法で拡張し続ければその内土木関係の称号も解放できるかも。

 実績をしたがって獲得される称号に、ゲームの隠し要素を開放しているみたいだなと楽しくなる。
 祭り運営本部に設定していた場所では酒盛りをしていたイルミナさんとモリーさん、それにベテラン冒険者たちがかなり出来上がっているのが確認できた。
 リザードマンのクサンテとワトキンさんが、空に咲く大輪と水の金魚をさかなに無言で酒杯しゅはいかたむけ肉を食らう。
 不意に〝リザードマンが酔ったらどうなるのか見てみたい〟なんてのが脳裏によぎったが、後悔するフラグが立ちそうなので考えを捨てる。
 モリーさんの店で用心棒兼従業員として働き始めたワーウルフであるレギーネさんは、どうやら酒に弱いらしくモリーさんに呑まされ潰されていた。

 うちの嫁がアルハラ上司でサーセン。

 ちなみに獣人とワーウルフをふくむ〈ライカンスロープ〉と呼ばれる種族の違いをフィローラとセシルに聞いてみたところ、獣人は常に身体の一部に獣の特徴があるのに対し、ライカンスロープは人間100%から完全な狼へと完全変態ができるらしい。

 すげぇなワーウルフ。
 今はうつ伏せ状態でズボンが下にズレ、お尻が半分見えてるのがはしたなエロいけど。
 
 そんな酔っ払いたちに捕まったモティナが愛想笑いを振りまきながらおしゃくをして回り、よしのんまでもがご機嫌なイルミナさんに絡まれていた。

 酔っ払いの相手をしてくれているモティナには、後でおこづかいを進呈して埋め合わせをしてあげないと。

 何気にその輪の中に混じって呑むグレアム陛下のコップに、ザアラッドさんが酒瓶を傾けた。
 酒が零れるのもお構いなしとドバドバと注がれる豪快な酌に、ズボンを濡らされ苦笑いしつつも王様扱いされないのが気に入ったのか、今度はグレアム陛下自らが一介の冒険者のコップに酒を注ぐ。

 ザァラッドさんが素面しらふに戻ったらどうなるんだろうな。

 そのすぐ近くでは、酔ったイルミナさんが自身の魔乳でよしのんの上半身をほぼ埋没させていた。

 完全にしまっちゃうおばさんです。
 あの胸になら俺もしまわれたい。

『助けてください一ノ瀬さん! イルミナさんが全然離してくれないんです!』
『がんばれっ』

 視線が交わり助けを求めるよしのんへ、笑顔と共に親指を立てて差し上げる。
 助けてはもらえないことに絶望したよしのんが、死んだ魚のような目で俺を呪う。
 
 悪いなよしのん、面倒に巻き込まれるくらいなら絶対に助けない。
 それが俺のジャスティスだってばよ。

 正義とは程遠い決意を胸に秘めていると、警備をしていたユニスの馬の背から1羽のハーピーがこちらに飛んできた。
 ミネルバは興奮こうふんしているのか頬を上気させ、赤い瞳を爛々らんらんと輝かせている。

「どうしたのミーちゃん?」
「私にもやらせてほしい……」
「代わってくれるの?」
「ちー……」

 こくりと頷くミネルバ。

 俺は最後に特大の花火と一緒に金魚を弾けさせ、湖上の花火大会を交代した。
 すると、人頭の魔鳥は飛び立つと同時に自身の首から下にエインヘリヤルを発動させ、紺碧こんぺきのワンピースに群青ぐんじょうの袖のドレス姿となって湖面に舞い降りた。
 ドレスによって遠目からは人間の少女の姿に見える。
 いつの間にか音楽も止んでおり、辺りは静寂が支配する。
 防御魔法で抑えつけられた湖からは波打つ音すら聞こえてこない。
 ドレスからは青緑の燐光がはらはらと落ち、あわい発光ながらもそこだけが異様に浮き上がる。

 もしやこれは。

 暗い湖面の上でミネルバが皆へ一礼すると、淡い発光が僅かに強まり、その輪郭がより鮮明になる。
 そこへ音楽が鳴り響くのを皮切りに顔を上げたミネルバが、優雅ゆうがな滑り出しから徐々にスピードを上げ、円運動からいきなり6回転ジャンプ。
 なめらかな着地からの自然な流れで超々低空を滑るように飛ぶ。
 今回のミネルバオンステージは花火をするのかと思ったら、どうやら湖面を氷のリンクに見立てたフィギュアスケートショーのようだ。
 湖面を優雅に飛び回り、時折ジャンプ、スピン、スパイラルに加え、宙返り、側宙、捻り込みと華麗な技を次々と決めていく。
 ミネルバの演技に皆が感嘆かんたんし、大きな歓声が上がる。
 こんな場所でアイススケートって発想もヤバいが、そこに体操の技を組み込むとか、その演技力と才能には嫉妬すらおこがましいレベルで美しい。
 冒険者たちのかなでる旋律せんりつも、彼女の演技をより引き立たせる素晴らしいものだった。

 ミネルバって身体で何かを表現するのがホントに好きだよなぁ。

 皆の元に戻るでもなくその場に座り込み、ぼんやりとミネルバの演技を眺めていると、湖岸沿いの祭りとは反対方向から人の気配を察知する。

 こんな時間のこんな場所に人――

「なにやら楽しそうなことをおしているではないかぁぁぁ」

 聞き覚えのある口調と男の姿に、全身から猛烈な悪寒がこみ上げた。

 それはつい先日、深夜のこの場で遭遇した上級魔族だった。
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