四人で話せば賢者の知恵? ~固有スキル〈チャットルーム〉で繋がる異世界転移。知識と戦略を魔法に込めて、チート勇者をねじ伏せる~

藤ノ木文

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230話 同盟崩壊

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 ―バラドリンド教国大聖堂作戦会議室―

「たった1日で堅牢けんろうな砦を3つ、重装備の兵士が2万も失うとはどういうことだ……」

 タカナシが考案しエンドウがバラドリンド連合に伝えた作戦に因り、バラドリンド・ハッシュリング・モンテハナムの3ヵ国連合はアイヴィナーゼ・ウィッシュタニアの両国の穀倉地帯に壊滅的な被害をもたらした。
 それらは教会を通じて国民に伝えると、人々は深夜にも関わらず街の大通りに繰り出し祭りの様な大騒ぎとなった。
 一般の信者たちにも開かれた大聖堂では、浮かれた信者たちが教会関係者の戦果報告に盛り上がり、その歓声は作戦会議室となった謁見の間まで届いた。
 そんな国民の熱狂とは裏腹に、作戦会議室では自国が負った被害を知る男たちの頭を大いに悩ませた。

「一体なにが起きているのだ!」
「どのような邪法を用いれば要塞ようさいをああも完膚かんぷなきまでに破壊できるっ!」
「まさに悪魔の所業よのう……」
「聖典に禁じられた通り、人は神の御業みわざ以外に超常の力を使って良いものではない!」

 作戦会議室に余裕を失った男たちのおののきと怒声が飛び交う。 

「兵の再編成はまだ終わらんのか?! 早急に次の手を打たねば明日は我が身ぞ!」
「各地に点在する兵を聖都へ招集しょうしゅうしております。ですが急な招集命令に兵たちの待機所の手配が間に合わず、現場は混乱をきたしておりまして――」
「敵は早い対応で我々の攻勢を凌いだではないか、なぜ我々にそれが出来ぬ!」

 脂肪で膨らんだ司祭服の中年男が若い男を怒鳴りつける。

「何処の誰だ、穀倉地を焼けば後は防衛に徹するだけで勝利が転がり込んでくるとか言っていたのは!」
「異世界人とはいえ所詮しょせんは青二才、期待するのが愚かであった」
「あ”? お前らも俺の作戦を絶賛で乗っかっただろうが?」
「そ、それは……!」
「つ、つい口が滑りました、タカナシ様お許しを!」

 タカナシのドスを利かせた声に手のひら返しをした教団の男たちがしどろもどろになりながら慌てて謝罪する。

「それよりも教皇殿、聖都ここならば本当に奴らの攻撃は届かぬのでしょうね?」
「その通りだ、戦士たちを一ヵ所に集めるより、分散させたままの方が安全ではないのか?」 

 神妙な面持ちのモンテハナム海岸国の若き王レギルス・モンテハナムと、髭面に焦りを宿した筋骨隆々のハッシュリング山岳国国王レビーチャ・ハッシュリングが、今後予想される最悪の結末を口にする。

「ここには太陽神様が我ら信徒を守るために与えてくださったあらゆる魔法を防ぐ神器が祭られておる。それに砦よりも遥かに強固な防御結界で守られているのだ、いかなる攻撃も聖地を傷つけること敵わず!」

 どれほど強力な魔法であろうと所詮は魔法。
 魔法など神器の前にはすべてが無力!

 神器効果に絶大な自信を持つ教皇は揺るがない信仰心で言い切った。

「本当にそうなのだろうな? もし言葉を違えるとどうなるか」 
「どうなると言うのだね?」

 レビーチャ王の鋭い眼光に、教皇も静かだが高圧的な視線で返す。
 元より打算だけで結ばれた同盟関係、神の名のもとに交わされた約定は〝戦争中、三国は同盟を結び、裏切らず協力し合う〟〝戦争で勝利した後はアイヴィナーゼ王国の領土をハッシュリングとモンテハナムに譲る〟の2つ。
 えれば誓約せいやくの神聖魔法にて神罰が下る。

 ならばアイヴィナーゼ王国の領土を譲渡し終えた後、契約満了をもって元同盟国に対して新に宣戦布告をすれば良いだけだのこと。

 教皇がそんな目論見心に秘めていると、若い神官騎士の男が慌ただしい足音と金属音を鳴らして許可も無く駆け込んできた。

「た、大変です!」
「ここは教皇様もおわす神聖な場であるぞ、わきまえよ!」
「ですが大変なのです! そ、空が!」

 司祭の叱責しっせきも耳に入らないのか、若い神官は取り乱したまま入り口の上の方を指さす。
 入口からは警備の僧兵たちのざわつきが聞こえてくる。
 
「空?」
「空から、白い、巨人が! 翼の生えた亜人種と共に現れました!」
「何を言っておるのだ?」
「「人の子よ、聞きなさい」」

 部屋に居た者全員がいぶかしんでいると、毅然きぜんとした女の声が頭上より轟いた。
 それは国中に届くほど大きな、それでいて穏やかに語り掛けるような声だった。

「「我は白竜リンドヴルム、バラドリンド様の使いなり」」
「バラドリンド様の御使いじゃと!?」
 
 教皇アレサンドロが金色の華美な椅子から立ち上がり急ぎ部屋を出ると、バルコニーに飛び出し上空を仰ぎ見た。
 作戦会議室に居たほかの者たちもそれに続き天を見上げる。
 夜とは思えないほど明るい空をおおいつくす程の人型の生物が翼を羽ばたかせて舞い、その中心には全身を白い鎧で包んだ巨人のような何かが地上を見下ろしていた。
 長い尾は優雅にらめき、腰の後ろに生えた6枚の緑色のガラスのような翼は風に揺られることなく月をかした。

「バラドリンド様の御使い様……」
「なんと神々しい……」

 突如現れた神話のごとき光景に、バラドリンド中が騒ぐのを忘れ、ある者は跪き、またある者はただただ空を見上げる。

「ちっ、そう来たか」
「やられたっ!?」

 レビーチャとレギルス、2人の王が顔をしかめる。

「今の声は、クラウディアなのか……?」

 空を見上げる男たちの後方でつぶやかれた元アイヴィナーゼ王子の雑音は、誰の耳にも届かない。

「「我が言葉を太陽神様の御言葉とし拝聴はいちょうせよ。太陽神様は人々が争うことに悲しんでおられる。太陽神様は悪しき神の手先として巫女を幽閉し、神の御言葉を捻じ曲げる教皇アレサンドロに憤慨しておられる。太陽神様は人々を争いに導く悪神ラートゥースに憤怒ふんぬしておられる」」
「教皇様が、悪神の手先……?」
「俺たちはラートゥースと教皇にだまされていたのか!?」
「巫女様が姿を見せくださらないのはそういうことだったのか!」
「じゃぁビラに書かれていたことはすべて本当だったんじゃないのか!」

 神の使いを名乗る白竜の言葉に大聖堂で人々が怒りの声が上がり、大教会のバルコニーでは教皇の周囲に居た僧兵たちも疑いの眼差しを主人に目を向けた。

「ば、馬鹿者! ワシは姫巫女様より信任され教皇になったのだぞ、そのワシが悪神のしもべだと!?」

 教皇が必死で周囲に不満をぶちまける。

「「聞こえているかアレサンドロよ、悪神のしもべよ。貴様が先導した争いにり、1日を待たずして2万3千843名もの罪無き信徒が尊き命を落とした。貴様のその罪を、太陽神様に代わり誅を下すため我は来た。太陽神様のしもべたちよ、敬虔なる信者たちよ、我が目的は2つのみ。1つはアレサンドロと勇者として召喚された異世界の悪魔共の身柄。もう1つはこの国が隠し持つ神器と呼称する邪悪な魔道具の破壊である」」
「こんなの脅しじゃねえか! 神様ってのがそんなことして良いのかよ!」
「信徒として人生のすべてをバラドリンド様に捧げて来たワシをどこまでも愚弄ぐろうしおって! 貴様らもそうは思わぬか?!」

 白竜の宣言にエンドウが神の横暴を叫び教皇アレサンドロが同意を求めるも、夜空に顕現けんげんした神秘を目の当たりにして老人の訴えに同意できなかった。

「「これより2刻後、邪悪で浅ましき彼の者らに神罰を下す。だが信徒たちよ、神は信心深きそなたらに寛大かんだいである。巻き込まれたくなくば急ぎこの都より離れよ。さすれば事なきを得るであろう」」

 白竜が言い終えると右腕の下にある長身の柱を大教会に向けると、大教会の屋根の一部が重たい破砕音を上げた。
 そこは先程まで教皇たちが居た謁見の間であり作戦会議室だった。

「バラドリンド様ぁ!」
「御使い様ぁ!」
「邪教徒に聖なる裁きを!」
「俺たちをだましていた教皇に神罰を!」

 神の言葉に感涙する者、祈り続ける者、血気にはやり暴徒と化す者、急ぎ自宅へと走る者、ごった返す大通りを人々が慌ただしく動く。

「……どうやらここまでだな。ハッシュリングに戻るぞオオグリ」
「カキハタ、モンテハナムの城へのワープゲートを開いてくれるか?」
「貴様ら、よもや裏切る気ではあるまいな!?」

 モンテハナムとハッシュリングの王がひびすを返し自国の勇者に帰還きかんを告げのを、教皇が憎悪を込めて呼び止める。

「裏切るとは人聞きが悪い。野暮用を思い出したんで少し国に戻るだけさ」
「でもよぉレギルス、こいつら見捨てるんだろ? 天罰とか大丈夫なのか?」
「そうだ、貴様たちには契約魔法があるのだぞ!」
「あ~アレね」

 カキハタの問いに司祭の1人が語気を強めて乗っかるのに対し、にレギルスは今思い出したような口調で振り返る。

「心配しなくても同盟国としての義務は果たすさ。ただそれが戦力の提供ではなく、物資に代わるだけだがな」
「なっ!?」
「それは詭弁きべんぞ!」
「そんなものが許されると思っているのか!」
「信仰心だけで民を繋ぎとめていた貴様たちがそれを失ったのだ、この国に付き合って共倒れまでしてやる義理は無い」
「そういうこと♪」

 レビーチャ王が有無を言わさない眼光をバラドリンド上層部に向け、レギルスがおちゃらけ口調で後ろ手をヒラヒラ振る。
 だがここで同盟を解消される訳にはいかないアレサンドロも引き下がらない。

「待て、あんなものが神の御使いであろうはずがない! 恐らく、いいや、間違いなくアレもウィッシュタニアの邪悪な魔法なのだ! それが信者たちが理解すれ民心はすぐにでも戻ってくる! お前たちはそんなことも分からんのか!」
「いいや、わかっていないのはお前の方だ、アレサンドロ教皇。お前らの国の人間はアレを信じちまった。ならばアレが偽物かなんてもう関係ない。それにだ、もしアレが偽物だと見抜いた奴が居たとして、暴徒に向かってアレは偽物だと言える奴は流石にいないだろうよ」
「バラドリンドの勇者も砦と一緒に半数消え、挙句あげくご自慢の神器をもってしてもアレじゃなぁ」

 レビーチャがアレサンドロを論破すると、追い打ちとばかりにレギルスが背後でガレキと化した謁見の間を指さし現実を見せつけた。
 大聖堂からは「教皇をだせ!」「悪神のしもべを御使い様にささげろ!」などの叫び声がバルコニーまで届く。

「短い間だったが良い夢が見れたことにだけは感謝する」
「さ~て、なにを差し出せば敵さんはは許してくれるのやら」
「俺たちの首を手土産に交渉開始といったところか?」
「デスヨネ~」

 2人の王が軽口を叩き合いながら、それぞれの国へ帰還した。
 バラドリンドが兵を失い、本国すら敵の魔法を防ぐ手段が無いからこそ、2人の王は見切りをつけざるを得なかった。
 これ以上相手の逆鱗に触れぬよう、自国の民への被害を最小限にするために。
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