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愛緒衣は美蘭と放課後に話す仲になった。
でも、授業のクラスが一つも被っていなかったこともあり、放課後以外では全然話さない。一緒に弁当を食べている友人にも美蘭のことは黙っていたため、誰も二人の交流を知らなかった。
彼女はいつも裏庭にいたから、愛緒衣が会いに行った。
「裏庭、好きなの?」
と聞くと、「海が見えるから」と答えが返ってくる。
そうやって遠くを見て微笑むとき、美蘭はエミリアに戻っているように見えて、愛緒衣は少し不安になる。美蘭が消えてしまいそうで、思わず彼女の袖を引く。
「ねえ、今日は精霊の話の続きを聞かせて」
そう頼むと美蘭は愛緒衣を振り返って、愛緒衣の存在に今気づいたかのように目を瞬かせるのだった。
――美蘭の金髪は地毛だと言う。
美蘭の顔は日本人顔だから染めているのだと愛緒衣は思っていた。
「大きくなるにつれて、段々色が抜けてったんだよね」
「エミリアは金髪だったの?」
「そ」
「中学のとき、面倒だったんじゃない? 校則とか」
「ああ、ホントそれがめんどくさくてさー」
この高校は成績さえ落ちなければ何でもよくて、毛染めもパーマもピアスもバイトもOKだった。
「もしかして、校則で高校選んだの?」
「それもあるけど、一番は親の意向かな」
「へー。教育熱心な感じ?」
「まあね」
美蘭は歯切れ悪く言って、唇を歪めた。
ある日、予備校が終わったあとのことだ。
愛緒衣は電車通学しているが、予備校はその途中の県庁所在地の駅にある。
予備校から駅までの間に、小さな公園があった。そこに若者がたむろしていた。
ときどき見かけるけれど、タバコを吸っている人がいたり耳障りな大声で笑う人がいたり、愛緒衣とは住む世界が違うように思える。
いつもは目を向けないように静かに通り過ぎるのだけれど、ふとその中の一人が目について、愛緒衣はじっと目を凝らした。
金髪の長い髪の少女。その横顔が美蘭に見える。
集団の一人が愛緒衣のほうに顔を向けたため、愛緒衣は慌てて視線を逸らして、その場を離れた。
カーキのミリタリージャケットにジーンズ姿の美蘭は、いつも裏庭で会うときとは違って見えた。
(なんていうか、『魔法使い』っぽくない……)
光をまとった姿を見たときよりも、現実的ではない気がした。
見てはいけないものを見てしまったようで、どうしたらいいのかわからない。
愛緒衣は駅まで走って、一本前の電車に飛び乗った。
(あれは水島さんじゃなかったかも。明日確認してみよう)
そう思いながら心を落ち着かせた。
翌日、裏庭で会った美蘭は変わらず魔法使いエミリアだった。
「水島さん、昨日の夜八時ごろ、県庁前駅の公園にいた? 私、その近くの予備校に通ってるんだけど、水島さんを見た気がして……」
愛緒衣は思い切ってそう尋ねた。
しかし、美蘭は笑って首を振る。
「見間違えじゃない?」
なんとなく有無を言わせない圧力を感じた。
「そ、うかな」
「そうだよ」
「うん、そうだね」
愛緒衣がうなずくと、美蘭は「今日は魔法陣の話をしよっか」と話題を変えた。
あれはやっぱり美蘭だったのではないか。
愛緒衣はそう思ったけれど、それ以上は何も言わず、魔法使いエミリアの話を聞いたのだった。
次の金曜日、その日はバレンタインだった。
昼に友だち同志で食べるために、愛緒衣は前日にチョコクッキーを手作りした。
そこで思い立って、美蘭にも渡すことにした。
いつものように放課後に裏庭に行くと、美蘭がいた。
「水島さん!」
振り返った美蘭の軌跡を描くように、ほわりと光が広がって消えた。
それがどんな魔法なのか美蘭は教えてくれなかったけれど、愛緒衣はしょっちゅう彼女から光が出るのを見た。
蛍のようだったり、花火のようだったり、いろいろだ。
「今日、これから予備校だから時間なくて」
愛緒衣は鞄からラッピングされたチョコクッキーを取り出して、美蘭に渡す。
「そっか。バレンタインか。でも、私何もないよ?」
「いいよいいよ。もらってくれたらそれで」
「じゃあ、遠慮なく」
ありがとうと顔をほころばせる美蘭に、少し照れた愛緒衣はごまかすように言葉を重ねる。
「水島さん用に別にラッピングしてたら、お母さんに『好きな人に渡すの?』って驚かれちゃってさ。あ、味は大丈夫だよ。お母さんに手伝ってもらったし、昼に一緒に食べたクラスの友だちもおいしいって言ってたから」
「あ、うん。ありがとう」
なんとなく美蘭の顔が曇った気がして、愛緒衣は首をかしげたけれど、それより先に美蘭が「小峰さん、時間いいの? 三十八分に乗るんでしょ」と電車の時間を指摘した。
「うわ、ギリギリ。ごめん、私、もう帰るね! またね」
その日の予備校帰り。
例の公園の脇を通ると、若者の集団がいた。
「エミリア! それチョコ?」
大きな声が聞こえて、愛緒衣は振り返る。
金髪の少女が目に入った。どう見ても美蘭だ。
(水島さん……)
やはり見間違いではなかった。
美蘭が手に持っているのは愛緒衣があげたチョコクッキーだった。
「クッキーだけど、欲しい?」
「欲しい」
そう答えた二十歳くらいの男に、美蘭は袋ごと手渡した。
「エミリア、愛してる!」
男はわざとらしく大きな声で言って、美蘭にキスをした。
周りの人たちも「うわ、また言ってる」「さっきはミナからチョコもらって同じことやってたくせに」「お前は愛してるやつ、何人いるんだよ」などと言って、どっと笑った。
愛緒衣は身をひるがえすと、その場から走って逃げた。
息が上がって心臓が跳ねるのは、全力疾走だけが原因じゃない。
(何がショックだったんだろう)
美蘭が愛緒衣のクッキーを知らない男にあげてしまったこと? 美蘭がエミリアと呼ばれていたこと? 美蘭がキスをしていたこと?
裏切られたような、大事なものを壊されたような。
泣きたくなるし、怒りも湧く。
(よくわからない……)
全部がぐちゃぐちゃになって、愛緒衣は自分の気持ちを紐解くのをやめて蓋をした。
――愛緒衣は裏庭に行けなくなった。
でも、授業のクラスが一つも被っていなかったこともあり、放課後以外では全然話さない。一緒に弁当を食べている友人にも美蘭のことは黙っていたため、誰も二人の交流を知らなかった。
彼女はいつも裏庭にいたから、愛緒衣が会いに行った。
「裏庭、好きなの?」
と聞くと、「海が見えるから」と答えが返ってくる。
そうやって遠くを見て微笑むとき、美蘭はエミリアに戻っているように見えて、愛緒衣は少し不安になる。美蘭が消えてしまいそうで、思わず彼女の袖を引く。
「ねえ、今日は精霊の話の続きを聞かせて」
そう頼むと美蘭は愛緒衣を振り返って、愛緒衣の存在に今気づいたかのように目を瞬かせるのだった。
――美蘭の金髪は地毛だと言う。
美蘭の顔は日本人顔だから染めているのだと愛緒衣は思っていた。
「大きくなるにつれて、段々色が抜けてったんだよね」
「エミリアは金髪だったの?」
「そ」
「中学のとき、面倒だったんじゃない? 校則とか」
「ああ、ホントそれがめんどくさくてさー」
この高校は成績さえ落ちなければ何でもよくて、毛染めもパーマもピアスもバイトもOKだった。
「もしかして、校則で高校選んだの?」
「それもあるけど、一番は親の意向かな」
「へー。教育熱心な感じ?」
「まあね」
美蘭は歯切れ悪く言って、唇を歪めた。
ある日、予備校が終わったあとのことだ。
愛緒衣は電車通学しているが、予備校はその途中の県庁所在地の駅にある。
予備校から駅までの間に、小さな公園があった。そこに若者がたむろしていた。
ときどき見かけるけれど、タバコを吸っている人がいたり耳障りな大声で笑う人がいたり、愛緒衣とは住む世界が違うように思える。
いつもは目を向けないように静かに通り過ぎるのだけれど、ふとその中の一人が目について、愛緒衣はじっと目を凝らした。
金髪の長い髪の少女。その横顔が美蘭に見える。
集団の一人が愛緒衣のほうに顔を向けたため、愛緒衣は慌てて視線を逸らして、その場を離れた。
カーキのミリタリージャケットにジーンズ姿の美蘭は、いつも裏庭で会うときとは違って見えた。
(なんていうか、『魔法使い』っぽくない……)
光をまとった姿を見たときよりも、現実的ではない気がした。
見てはいけないものを見てしまったようで、どうしたらいいのかわからない。
愛緒衣は駅まで走って、一本前の電車に飛び乗った。
(あれは水島さんじゃなかったかも。明日確認してみよう)
そう思いながら心を落ち着かせた。
翌日、裏庭で会った美蘭は変わらず魔法使いエミリアだった。
「水島さん、昨日の夜八時ごろ、県庁前駅の公園にいた? 私、その近くの予備校に通ってるんだけど、水島さんを見た気がして……」
愛緒衣は思い切ってそう尋ねた。
しかし、美蘭は笑って首を振る。
「見間違えじゃない?」
なんとなく有無を言わせない圧力を感じた。
「そ、うかな」
「そうだよ」
「うん、そうだね」
愛緒衣がうなずくと、美蘭は「今日は魔法陣の話をしよっか」と話題を変えた。
あれはやっぱり美蘭だったのではないか。
愛緒衣はそう思ったけれど、それ以上は何も言わず、魔法使いエミリアの話を聞いたのだった。
次の金曜日、その日はバレンタインだった。
昼に友だち同志で食べるために、愛緒衣は前日にチョコクッキーを手作りした。
そこで思い立って、美蘭にも渡すことにした。
いつものように放課後に裏庭に行くと、美蘭がいた。
「水島さん!」
振り返った美蘭の軌跡を描くように、ほわりと光が広がって消えた。
それがどんな魔法なのか美蘭は教えてくれなかったけれど、愛緒衣はしょっちゅう彼女から光が出るのを見た。
蛍のようだったり、花火のようだったり、いろいろだ。
「今日、これから予備校だから時間なくて」
愛緒衣は鞄からラッピングされたチョコクッキーを取り出して、美蘭に渡す。
「そっか。バレンタインか。でも、私何もないよ?」
「いいよいいよ。もらってくれたらそれで」
「じゃあ、遠慮なく」
ありがとうと顔をほころばせる美蘭に、少し照れた愛緒衣はごまかすように言葉を重ねる。
「水島さん用に別にラッピングしてたら、お母さんに『好きな人に渡すの?』って驚かれちゃってさ。あ、味は大丈夫だよ。お母さんに手伝ってもらったし、昼に一緒に食べたクラスの友だちもおいしいって言ってたから」
「あ、うん。ありがとう」
なんとなく美蘭の顔が曇った気がして、愛緒衣は首をかしげたけれど、それより先に美蘭が「小峰さん、時間いいの? 三十八分に乗るんでしょ」と電車の時間を指摘した。
「うわ、ギリギリ。ごめん、私、もう帰るね! またね」
その日の予備校帰り。
例の公園の脇を通ると、若者の集団がいた。
「エミリア! それチョコ?」
大きな声が聞こえて、愛緒衣は振り返る。
金髪の少女が目に入った。どう見ても美蘭だ。
(水島さん……)
やはり見間違いではなかった。
美蘭が手に持っているのは愛緒衣があげたチョコクッキーだった。
「クッキーだけど、欲しい?」
「欲しい」
そう答えた二十歳くらいの男に、美蘭は袋ごと手渡した。
「エミリア、愛してる!」
男はわざとらしく大きな声で言って、美蘭にキスをした。
周りの人たちも「うわ、また言ってる」「さっきはミナからチョコもらって同じことやってたくせに」「お前は愛してるやつ、何人いるんだよ」などと言って、どっと笑った。
愛緒衣は身をひるがえすと、その場から走って逃げた。
息が上がって心臓が跳ねるのは、全力疾走だけが原因じゃない。
(何がショックだったんだろう)
美蘭が愛緒衣のクッキーを知らない男にあげてしまったこと? 美蘭がエミリアと呼ばれていたこと? 美蘭がキスをしていたこと?
裏切られたような、大事なものを壊されたような。
泣きたくなるし、怒りも湧く。
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