裏庭の魔法使い

神田柊子

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 ゴミ捨てのために外に出るとパラパラと小雨が降り出していた。
 小峰こみね愛緒衣あおいは首をすくめる。
「うわ、寒っ」
 資源ゴミの置き場は上履きで行けないため、靴に履き替えてきたのだけれど、ついでにコートも着てくれば良かった。かろうじて傘は差して来たのが救いだ。
 日直だからと放課後に頼まれた仕事なので、掃除の時間はとっくに終わっている。ゴミ置き場には誰もいなかった。
 小走りでゴミを捨てたその帰り、通りがかった裏庭の隅で何かが光った気がした。
 気になった愛緒衣はそちらに歩きかけ、人がいるのに気づいて足を止める。
 そこにいたのは同じ一年の水島みずしま美蘭みらんだった。
 クラスは違うが、愛緒衣の通う高校は一学年四クラスで生徒数が少なく、三教科は成績順にクラス分けされているため、ホームルームのクラスが別でも同学年ならほぼ全員顔がわかる。
 美蘭は傘も差さずに立っていた。
 両腕を空に伸ばして、顔を上げている。何かに祈りを捧げているみたいな姿勢は、綺麗な長い金髪も相まって宗教画のようだった。
(光ってる……?)
 愛緒衣が見つけた光は美蘭から発せられていた。
 蛍がまとわりついているように、小さな光が美蘭の周りをふわふわと彩っている。蛍よりもっと光は強い。星みたいだと愛緒衣は思った。
 一歩近づくと、小枝か枯草を踏んだらしく、ぱきっと音がした。
 美蘭が振り向くと、光はさっと一斉に消えてしまった。
「水島さん……」
「えっと、小峰さんだっけ? 三組の」
 何か用? と美蘭は首をかしげる。
「今、光ってなかった?」
 愛緒衣が目を輝かせると、美蘭は「見えたの?」と目を瞠る。
「これ、見えるの?」
 美蘭が手を振ると、指先から星が散った。
「見えるけど……。何これ、星? 花火みたい」
「……見える人って初めて」
 美蘭は少し呆然とした顔で、ゆっくりと愛緒衣の方にやってきた。正面に立つと美蘭が背が高いのがわかる。見上げた美蘭の笑顔は少しこわばっていた。
「小峰さん、もしかして、エルナータル大陸って知ってる?」
「え? エル……? 知らないけど、ゲームか何か?」
 突然の質問に戸惑いながら愛緒衣が答えると、美蘭は「そっか、ならいいや」と目を伏せた。
 彼女ががっかりした様子なのも気になるが、それよりも愛緒衣は先ほどの光景のほうが気になっていた。
「ね、さっきの光は何だったの?」
「あー。あれは、魔法」
「え?」
 驚く愛緒衣に美蘭はくすりと笑った。
「私、異世界から来た魔法使いなんだ」

 その後、校舎内に場所を移して、愛緒衣は美蘭と話をした。幸い今日は予備校がない。
 美蘭は異世界の魔法使いで本当の名前はエミリアだと言う。
「気分が悪くなって倒れたと思ったら、こちらの世界で赤ちゃんになってたんだ」
「んー? それって転生したってことなんじゃない?」
 愛緒衣はこの手の話は小説や漫画でいくつも読んだことがある。漫画好きな母が小学生のころに買ったという名作少女漫画を読んだから、特に転生モノなんて小さなころから親しんでいる。
「私の話、信じるの?」
 愛緒衣の反応に美蘭が驚く。
「完全に信じられるかっていうとわかんないけど、光ってるのを見ちゃうと、嘘とも思えないかな」
 自販機で買ったペットボトルのミルクティで両手を温めながら、愛緒衣はそう答える。
 コーンポタージュを早々に飲み終わった美蘭は、空き缶を捨ててから自販機に寄りかかった。
「ま、話半分に聞いといてよ」
 美蘭は自嘲するように唇を歪めた。
 それから愛緒衣に問われるままに、魔法や異世界『エルナータル大陸』の話を披露してくれた。
 非日常の話に愛緒衣は心をときめかせたのだった。

 帰宅して、母の顔を見た愛緒衣は、
「今日ね、放課後」
 美蘭のことを話しかけてふと口を閉じた。
 いつもその日にあったことを何でも話す愛緒衣だったけれど、美蘭のことを話してしまうのはもったいない気がしたのだ。
 口止めはされていないし、母ならきっと楽しんで聞いてくれる。しかし――。
(特別な非日常も人に話すと普通のことに格下げされてしまう、みたいな)
「放課後何かあったの? そういえば今日遅かったわね」
 母に聞き返されて、愛緒衣は「日直だからゴミ捨て頼まれただけ」とごまかした。
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