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第二章 お義兄様を攻略せよ
ルイーズの遺品
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いつものように、魔塔帰りにフォレスト公爵家に寄ると、アリスターと一緒にチャーリーが迎えてくれた。
先日の話の続きをするのかと思ったけれど、チャーリーは、
「よかったら、ルイーズ様の部屋を見せてあげるよ」
「ルイーズ様って、アリスター様のお母様ですよね。いいのですか?」
セリーナがアリスターに聞くと、彼もうなずいてくれる。
「君が見たいならいいよ」
チャーリーがいるからなのか、アリスターは外向きの微笑みを浮かべている。
(先日の晩餐では素を見せてくれたのに……。もう一息かしら)
「ハツカ国の珍しい品も多いんだよ」
チャーリーが先に立って案内してくれる。
ルイーズの部屋は二階の奥にあった。セリーナは初めて公爵家の私的な場所に入る。
チャーリーが鍵を開け、みんなで中に入る。モース夫人とメイドがカーテンを開けて回った。
公爵夫人用の居間だろうか。ソファセットにライティングデスク、本棚と飾り棚がある。続き部屋への扉もあった。
定期的に掃除されているようで、埃もなく空気も綺麗だ。家具類も布を掛けられているわけではない。それでももの寂しく感じるのは、見ているセリーナがここが故人の部屋だと認識しているせいかもしれない。
ぐるりと見渡すと、暖炉の前に置かれた東国風の衝立が目に入る。白と紅の小さな花を咲かせた木が描かれていた。
「まあ! 素敵ですわね」
「ルイーズ様は季節ごとに変えていらしたんだが、今はずっとこのままだな」
チャーリーが「これは冬の衝立だ」と言う。そう言われて見れば、描かれた木の根元には雪が積もっていた。
「ああ、冬の……? 暖炉を使う時期だから、この衝立はこの辺りにあった……?」
アリスターがソファの横を指差すと、チャーリーは「覚えているのか!?」と驚きの声を上げた。
「なんとなく、そんな気がしただけだよ」
「いや、確かに、この衝立はいつもソファの近くに置かれていたんだ……」
思い出を噛み締めているようなチャーリーの様子に、アリスターは戸惑っているようだ。
セリーナはアリスターを促してチャーリーから離れる。絵皿や人形が並ぶ飾り棚をふたりで見ていく。
「アリスター様はこのお部屋にはよくいらっしゃるのですか?」
「たまに」
「お義兄様や公爵様とご一緒に?」
「いや、ひとりで」
アリスターは首を振ってから、ちらりと振り返る。
「兄上と一緒に来たのは初めてだ」
「そうなのですね……」
家族関係をどこまで質問していいのか迷って、飾り棚に目をやると、不自然な空間があった。
「あら? ここだけ空いていますわね」
「ああ、これは、ここに飾られていたものを盗まれたから」
「ええっ!」
セリーナは思わず大きな声を出してしまった。
チャーリーもこちらにやってきて、棚を見て、セリーナが何に驚いたのか理解したようだ。
「なるほど、盗難のことか……」
「騒がしくしてしまい、申し訳ございません」
「いや、驚くのも無理もない」
チャーリーは「君にも知っておいてもらったほうがいいかな」と続けた。
「犯人は私の元婚約者なんだ」
「えっ! あ……失礼いたしました」
セリーナは口を押さえる。それを見てチャーリーは苦笑してから、
「ダイアン・バンクは、私の婚約者として出入りしている間に連れてきたメイドを使ってこの部屋のものを持ち出したんだ。当時は鍵は掛けられていなかったけれど、みんなが腫れ物のように無意識に避けていたんだと思う。掃除の間隔も今より空いていた。――結果、気づくのが遅くなってしまったんだ」
「まあ……」
セリーナは絶句する。
(よく婚家からものを盗もうなんて思うわね……)
そこで、ダイアンの家は不正をしていたのを思い出す。
「もしかしてダイアン様は親に命令されて……?」
「いや、本人の意思だよ。婚約前に見抜けなかった我が家も間抜けだけれどね」
「それだけ相手が狡猾だったということでしょう?」
セリーナが慰めを言うと、チャーリーはさらに自嘲した。
「盗難に気づいたときには売り払われたあとで、買い戻せなかったものもある」
「それが、こちらですか?」
飾り棚の空間を指すと、チャーリーはうなずいた。
「手鏡なんだ。赤い色で、背面に螺鈿細工が施されている」
「漆塗りでしょうか?」
セリーナの指摘にチャーリーは目を瞠った。
「知っているのかい?」
「ええ。父が外務部なので、我が家にも小さなお盆がありますわ」
「それなら話が早い。もし似たような手鏡を見かけたら教えてくれないか?」
チャーリーがそう言うと、ずっと黙っていたアリスターが「兄上、それは」と咎める。
しかし、アリスターの母の遺品。フォレスト公爵家の役に立てるかもしれないとあっては、セリーナに断る理由はない。
(公爵家が全力で探して見つからないものが、私に見つけられるとは思わないけれど。でも奇跡が起こる可能性だってあるでしょ?)
セリーナはふたつ返事で了承したのだった。
先日の話の続きをするのかと思ったけれど、チャーリーは、
「よかったら、ルイーズ様の部屋を見せてあげるよ」
「ルイーズ様って、アリスター様のお母様ですよね。いいのですか?」
セリーナがアリスターに聞くと、彼もうなずいてくれる。
「君が見たいならいいよ」
チャーリーがいるからなのか、アリスターは外向きの微笑みを浮かべている。
(先日の晩餐では素を見せてくれたのに……。もう一息かしら)
「ハツカ国の珍しい品も多いんだよ」
チャーリーが先に立って案内してくれる。
ルイーズの部屋は二階の奥にあった。セリーナは初めて公爵家の私的な場所に入る。
チャーリーが鍵を開け、みんなで中に入る。モース夫人とメイドがカーテンを開けて回った。
公爵夫人用の居間だろうか。ソファセットにライティングデスク、本棚と飾り棚がある。続き部屋への扉もあった。
定期的に掃除されているようで、埃もなく空気も綺麗だ。家具類も布を掛けられているわけではない。それでももの寂しく感じるのは、見ているセリーナがここが故人の部屋だと認識しているせいかもしれない。
ぐるりと見渡すと、暖炉の前に置かれた東国風の衝立が目に入る。白と紅の小さな花を咲かせた木が描かれていた。
「まあ! 素敵ですわね」
「ルイーズ様は季節ごとに変えていらしたんだが、今はずっとこのままだな」
チャーリーが「これは冬の衝立だ」と言う。そう言われて見れば、描かれた木の根元には雪が積もっていた。
「ああ、冬の……? 暖炉を使う時期だから、この衝立はこの辺りにあった……?」
アリスターがソファの横を指差すと、チャーリーは「覚えているのか!?」と驚きの声を上げた。
「なんとなく、そんな気がしただけだよ」
「いや、確かに、この衝立はいつもソファの近くに置かれていたんだ……」
思い出を噛み締めているようなチャーリーの様子に、アリスターは戸惑っているようだ。
セリーナはアリスターを促してチャーリーから離れる。絵皿や人形が並ぶ飾り棚をふたりで見ていく。
「アリスター様はこのお部屋にはよくいらっしゃるのですか?」
「たまに」
「お義兄様や公爵様とご一緒に?」
「いや、ひとりで」
アリスターは首を振ってから、ちらりと振り返る。
「兄上と一緒に来たのは初めてだ」
「そうなのですね……」
家族関係をどこまで質問していいのか迷って、飾り棚に目をやると、不自然な空間があった。
「あら? ここだけ空いていますわね」
「ああ、これは、ここに飾られていたものを盗まれたから」
「ええっ!」
セリーナは思わず大きな声を出してしまった。
チャーリーもこちらにやってきて、棚を見て、セリーナが何に驚いたのか理解したようだ。
「なるほど、盗難のことか……」
「騒がしくしてしまい、申し訳ございません」
「いや、驚くのも無理もない」
チャーリーは「君にも知っておいてもらったほうがいいかな」と続けた。
「犯人は私の元婚約者なんだ」
「えっ! あ……失礼いたしました」
セリーナは口を押さえる。それを見てチャーリーは苦笑してから、
「ダイアン・バンクは、私の婚約者として出入りしている間に連れてきたメイドを使ってこの部屋のものを持ち出したんだ。当時は鍵は掛けられていなかったけれど、みんなが腫れ物のように無意識に避けていたんだと思う。掃除の間隔も今より空いていた。――結果、気づくのが遅くなってしまったんだ」
「まあ……」
セリーナは絶句する。
(よく婚家からものを盗もうなんて思うわね……)
そこで、ダイアンの家は不正をしていたのを思い出す。
「もしかしてダイアン様は親に命令されて……?」
「いや、本人の意思だよ。婚約前に見抜けなかった我が家も間抜けだけれどね」
「それだけ相手が狡猾だったということでしょう?」
セリーナが慰めを言うと、チャーリーはさらに自嘲した。
「盗難に気づいたときには売り払われたあとで、買い戻せなかったものもある」
「それが、こちらですか?」
飾り棚の空間を指すと、チャーリーはうなずいた。
「手鏡なんだ。赤い色で、背面に螺鈿細工が施されている」
「漆塗りでしょうか?」
セリーナの指摘にチャーリーは目を瞠った。
「知っているのかい?」
「ええ。父が外務部なので、我が家にも小さなお盆がありますわ」
「それなら話が早い。もし似たような手鏡を見かけたら教えてくれないか?」
チャーリーがそう言うと、ずっと黙っていたアリスターが「兄上、それは」と咎める。
しかし、アリスターの母の遺品。フォレスト公爵家の役に立てるかもしれないとあっては、セリーナに断る理由はない。
(公爵家が全力で探して見つからないものが、私に見つけられるとは思わないけれど。でも奇跡が起こる可能性だってあるでしょ?)
セリーナはふたつ返事で了承したのだった。
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