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第三章 公爵家を制覇せよ
セリーナの婚約者
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セリーナとアリスターは、ふたりで庭の東屋にいた。作りつけのベンチに並んで座って、お茶を飲む。
十日ほどあった休暇ももう終わる。
「あっという間でしたわね」
「精霊の家のことがあったからね」
公爵領では他にも精霊の家がないか情報を集めている。
精霊が夢に出てきた話をしてから、アリスターが過保護になった気がする。今もぴったり横にくっついて座っている。
シャロンが言うには、チャーリーもそうらしい。
「精霊に連れ去られるかもしれないと心配されているんだと思います」
と、シャロンが話していた。
(お義姉様が怒ったから精霊はもうあんなことはしないと思うんだけれど、夢の中のお義姉様のことは秘密だものね……)
「君はどこに行っても声をかけられるし」
アリスターが口を尖らせる。
精霊の家のお祭りで魔法を披露したり、アリスターにときめいて浮いたりしたため、屋敷の使用人にはセリーナが魔法使いだと知れ渡った。もちろん、外では話さないように指示が出されているが、屋敷の中ではその限りではない。
王都屋敷より気安いこちらの使用人は、セリーナに「魔法のお嬢様」と声をかけてくれる。
「魔法を受け入れてもらえてうれしいですわ」
「君は皆から好かれるから心配だ」
「まあ、それは嫉妬ですか? 私を独り占めしたいってことです?」
こうやってセリーナが毎回茶化すから、アリスターはそういうことは普段は言わないのに珍しい。
「そうだよ!」
そして、肯定されたのは初めてだった。
「え、えっ! 本当に?」
「こんなこと、嘘をついてどうするのさ」
アリスターはため息をつく。
「君は来年は学園だよね。僕はまだ入学できないのに。ひとりで大丈夫? クリフ侯爵令嬢のそばを離れないようにしてよ」
セリーナは恐る恐る尋ねた。
「あの、前から少しだけ思っていたのですけれど……。もしかして、アリスター様は私のこと、好きになってきています?」
「わからない?」
アリスターはセリーナの顔を覗き込んだ。
一重まぶたの切れ長の目がセリーナを見つめる。首をかしげた動作に合わせて、黒髪がさらりと揺れた。
(え、近い! 近いわ!)
黒い瞳は少し不安げだ。
「あの、なんとなくわかりますけど、できれば言葉にしていただきたいですわ」
名前も呼んでください、と願うと、アリスターはちらっと天井を見た。
「ここじゃ危ないよ。君、すぐに浮くでしょ?」
「浮きません! がんばります。アリスター様がいつも名前で呼んでくださったら、慣れますから! ぜひとも、お願いします」
セリーナが前のめりで懇願すると、アリスターはセリーナに手を伸ばし――。
ぎゅっと抱きしめた。
「こうしてれば、浮かない?」
「きゃ!」
突然のハグに心臓が高鳴ったセリーナは、抱きしめられたままアリスターごと、天井近くまで一気に浮かび上がった。
「えっ!! 危なっ! ちょっ!」
アリスターの叫びでセリーナは我に返って、体質が切れた直後に浮遊魔法に切り替えて、ゆっくりとベンチに降りた。
「び、っくりした……! セリーナっていつもあんな勢いで飛んでるわけ? 危ないでしょ」
驚いたのか、アリスターはさらに力を込めてセリーナを抱きしめる。
名前も呼ばれて、セリーナはまた少し浮く。
「アリスター様、一度離れてください! 落ち着かないと、浮いてしまいます!」
セリーナが声を上げると、アリスターは身体を放してくれた。
呆れたように、
「自分はいつも好き好き言ってくるくせに?」
「心構えが必要ですわ! 今から抱きしめるって予告してくださいませ」
「嫌だよ、そんなの」
恥ずかしい、とアリスターはそっぽを向く。
(ああー、ダメ。やっぱり浮いてしまうわ)
アリスターはベンチからわずかに浮いているセリーナを見て、手を差し出した。
「やっぱり危ないから、外に出よう」
それからふたりで東屋を出る。
夏の日差しが足元に濃い影を作った。
セリーナの両手を握ったアリスターが、そこにひざまずく。
「セリーナ・ラグーン嬢」
「は、はい!」
セリーナの踵はすでに浮いている。
「好きです。僕と結婚してください」
「私も好きです! 結婚してください!」
「だから、それ、僕が先に言ったよね?」
アリスターがセリーナを見上げて、片眉を上げた。
「はい! 結婚しましょう!」
セリーナはアリスターに抱きついた。
彼が後ろに倒れる前に、セリーナが浮いた。ふたりでころがった姿勢のまま、すうっと高く昇る。
「だから、危ないってば! 降りて」
「大丈夫ですよ」
セリーナは満面の笑みで、ゆっくりと降りていく。
「慣らしていかないと、ってこういう意味じゃなかったんだけど……。でも、本当に慣れてもらわないと危ない……」
アリスターが小声でつぶやいていたけれど、セリーナの耳には入っていなかった。
十日ほどあった休暇ももう終わる。
「あっという間でしたわね」
「精霊の家のことがあったからね」
公爵領では他にも精霊の家がないか情報を集めている。
精霊が夢に出てきた話をしてから、アリスターが過保護になった気がする。今もぴったり横にくっついて座っている。
シャロンが言うには、チャーリーもそうらしい。
「精霊に連れ去られるかもしれないと心配されているんだと思います」
と、シャロンが話していた。
(お義姉様が怒ったから精霊はもうあんなことはしないと思うんだけれど、夢の中のお義姉様のことは秘密だものね……)
「君はどこに行っても声をかけられるし」
アリスターが口を尖らせる。
精霊の家のお祭りで魔法を披露したり、アリスターにときめいて浮いたりしたため、屋敷の使用人にはセリーナが魔法使いだと知れ渡った。もちろん、外では話さないように指示が出されているが、屋敷の中ではその限りではない。
王都屋敷より気安いこちらの使用人は、セリーナに「魔法のお嬢様」と声をかけてくれる。
「魔法を受け入れてもらえてうれしいですわ」
「君は皆から好かれるから心配だ」
「まあ、それは嫉妬ですか? 私を独り占めしたいってことです?」
こうやってセリーナが毎回茶化すから、アリスターはそういうことは普段は言わないのに珍しい。
「そうだよ!」
そして、肯定されたのは初めてだった。
「え、えっ! 本当に?」
「こんなこと、嘘をついてどうするのさ」
アリスターはため息をつく。
「君は来年は学園だよね。僕はまだ入学できないのに。ひとりで大丈夫? クリフ侯爵令嬢のそばを離れないようにしてよ」
セリーナは恐る恐る尋ねた。
「あの、前から少しだけ思っていたのですけれど……。もしかして、アリスター様は私のこと、好きになってきています?」
「わからない?」
アリスターはセリーナの顔を覗き込んだ。
一重まぶたの切れ長の目がセリーナを見つめる。首をかしげた動作に合わせて、黒髪がさらりと揺れた。
(え、近い! 近いわ!)
黒い瞳は少し不安げだ。
「あの、なんとなくわかりますけど、できれば言葉にしていただきたいですわ」
名前も呼んでください、と願うと、アリスターはちらっと天井を見た。
「ここじゃ危ないよ。君、すぐに浮くでしょ?」
「浮きません! がんばります。アリスター様がいつも名前で呼んでくださったら、慣れますから! ぜひとも、お願いします」
セリーナが前のめりで懇願すると、アリスターはセリーナに手を伸ばし――。
ぎゅっと抱きしめた。
「こうしてれば、浮かない?」
「きゃ!」
突然のハグに心臓が高鳴ったセリーナは、抱きしめられたままアリスターごと、天井近くまで一気に浮かび上がった。
「えっ!! 危なっ! ちょっ!」
アリスターの叫びでセリーナは我に返って、体質が切れた直後に浮遊魔法に切り替えて、ゆっくりとベンチに降りた。
「び、っくりした……! セリーナっていつもあんな勢いで飛んでるわけ? 危ないでしょ」
驚いたのか、アリスターはさらに力を込めてセリーナを抱きしめる。
名前も呼ばれて、セリーナはまた少し浮く。
「アリスター様、一度離れてください! 落ち着かないと、浮いてしまいます!」
セリーナが声を上げると、アリスターは身体を放してくれた。
呆れたように、
「自分はいつも好き好き言ってくるくせに?」
「心構えが必要ですわ! 今から抱きしめるって予告してくださいませ」
「嫌だよ、そんなの」
恥ずかしい、とアリスターはそっぽを向く。
(ああー、ダメ。やっぱり浮いてしまうわ)
アリスターはベンチからわずかに浮いているセリーナを見て、手を差し出した。
「やっぱり危ないから、外に出よう」
それからふたりで東屋を出る。
夏の日差しが足元に濃い影を作った。
セリーナの両手を握ったアリスターが、そこにひざまずく。
「セリーナ・ラグーン嬢」
「は、はい!」
セリーナの踵はすでに浮いている。
「好きです。僕と結婚してください」
「私も好きです! 結婚してください!」
「だから、それ、僕が先に言ったよね?」
アリスターがセリーナを見上げて、片眉を上げた。
「はい! 結婚しましょう!」
セリーナはアリスターに抱きついた。
彼が後ろに倒れる前に、セリーナが浮いた。ふたりでころがった姿勢のまま、すうっと高く昇る。
「だから、危ないってば! 降りて」
「大丈夫ですよ」
セリーナは満面の笑みで、ゆっくりと降りていく。
「慣らしていかないと、ってこういう意味じゃなかったんだけど……。でも、本当に慣れてもらわないと危ない……」
アリスターが小声でつぶやいていたけれど、セリーナの耳には入っていなかった。
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