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第四章 王立学園魔法対決?
キャシーの先生
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キャシーは学園の食堂の個室にいた。
二年生の子爵令嬢から茶会に招待されたのだ。
「キャシー様は魔法使いなんですってね」
好奇な視線を向けられながら、キャシーは丁寧に肯定する。
「はい。そうです」
「魔法使いって珍しいのでしょ?」
「どんな魔法が使えるのかしら?」
「歓迎会では水や風を出していましたわね」
主催の子爵令嬢の他に二年生が三人。皆わくわくした表情でこちらを見る。
(珍しいって珍獣か何かですかね……)
「私、繊細な魔法が苦手で……。ここで魔法を使うと部屋を水浸しにしてしまうと思います」
歓迎会では、ホールの床が大変なことになってしまった。
キャシーが断ると、子爵令嬢はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「あら、そうなの……」
「どうしても無理かしら?」
「はい、歓迎会の魔法をご覧になりましたよね」
「ああ、あれは……」
「あのときのフロント伯爵令息はすごかったですわ」
キャシーもあれは失敗したと思った。
(先生は本の通りにやればいいって言ってたけど、私の魔法だと難しいよ……。あと、あの謎に元気なキャラ設定……あれも難しいわ……)
「無理は言えませんわね」
「室内はだめだって先におっしゃってくれたら、庭の東屋にしましたのに。これでは何のために招待したのかわかりませんわ」
「……申し訳ありません」
理不尽に思いながら、キャシーは一応謝罪をする。
(私は余興に呼んだ芸人ってこと? だったら事前に連絡してほしいよ……)
そのあと二年生の四人はキャシーに構わず話を始めた。
キャシーに話題を振ることはなく、知らない話に口を挟む隙はない。
(はぁぁ……。もう余興の必要がなくなったなら帰らせてくれないかなぁ)
話を聞いているふりをしながら、笑顔を保つのは疲れる。
紅茶もお菓子もおいしいのだろうけれど、全然味がしなかった。
魔法を使って注目を浴びたキャシーは、ときおりこうやって格上の令嬢のお茶会に呼ばれるようになった。だいたいは魔法を見せるか、魔塔や修行の話をするか。
少し前は王太子と中庭で話していたことをよく聞かれた。しかし、王太子から話しかけられなくなってから、その話題は出されなくなった。
(殿下から声をかけられたから、うまくいったと思ったのに……。当たり障りのない魔塔や修行の話と、男爵家の話ばっかりだった……)
小説なら、王子様が悩みを打ち明けてくれてそれを魔法で解決するのだ。しかし、グレゴリーはキャシーに質問するだけで、ほとんどキャシーがひとりでしゃべっていた。
その後話しかけられなくなってから、キャシーは二年生の教室に行ってみた。しかし、歓迎会で水をぶっかけたエグバート・フロントに追い返された。
以降、グレゴリーには会えていない。
一時期あった噂も消えて、逆にキャシーとグレゴリーの話題は禁句のようになっていた。
(殿下も、魔法使いに興味があっただけってことだよね。馬鹿みたい)
キャシーは内心で自嘲する。
(先生に殿下と仲良くなったって話したら喜んでたのに……)
次に寮から魔塔に帰ったらなんて報告しよう、とキャシーは頭を悩ませる。
先生――魔法の師匠のイヴォン・バレーはキャシーの恩人だった。
キャシーは下町の家に生まれた。貧乏な家の三人兄妹の末っ子。
キャシーは物心ついたころから、家族に疎まれていた。キャシーが昼寝していた部屋がぐちゃぐちゃに荒らされていたり、外に出たらびしょぬれになって帰ってきたり。そういうことが何度もあって、キャシーは暴れてものを壊したり水をぶちまける子どもだと思われていた。
キャシーからすれば、勝手に風が吹いたり水が降ってきたりして、自分で何かしている自覚は全くなかった。だから、怒られてもどうしようもない。「知らない」「わからない」と言えば、嘘つきだとさらに怒られる。
多い魔力が溢れて知らないうちに魔法を発動していたのだと今ならわかる。しかし、キャシーの周りには、それが魔法だと思いつく者は誰もいなかった。
除け者にされたり怒られたりすることで、キャシーの情緒が不安定になり、余計に魔法がひどくなった。火魔法が暴走して火事になりかけて、捨てられそうになったときに、魔塔からイヴォンがやってきた。十一歳のときだ。
貴族の客――しかも魔法使いに両親は慌てふためいた。
「お嬢さんは魔法使いですわ」
「魔法使い?」
「ええ。魔塔で魔法使いの修行をしてもらうことになります」
「だったら、こいつを持って行ってもらえるんですかい?」
不用品を処分するような言いぐさで、父がそう聞いた。
「ええ。お嬢さんは私が預かりましょう」
イヴォンは、不快な顔をすることもキャシーを憐れむこともなかった。
両親と兄たちは、とてもうれしそうだった。
(私だってせいせいするよ)
そう思いながら生まれた家を出たキャシーは、それ以来一度も帰っていない。
イヴォンはキャシーの師匠になって、魔法を教えてくれた。
不思議な現象の原因と解決法がわかったら、キャシーの心も安定した。魔法が無自覚に発動することはなくなったし、暴走もしなくなった。
魔塔に所属する魔法使いは魔塔、もしくは塔の隣の家族向けの寮に住んでいる。
イヴォンも魔塔に住んでいた。塔の一階の半分がイヴォンの部屋である。イヴォンは未婚の男爵令嬢――といっても三十歳を超えていたけれど――なので、実家からメイドを連れてきていた。キャシーはそのメイドのサリーから一通り教わった。
キャシーの魔力は多いため、成人したら魔塔所属になる。そのときは、サリーの後任でキャシーがイヴォンの世話をする予定になっていた。
恩人と言っても、イヴォンはキャシーに特別に優しくしてくれたわけではない。ただ普通に接してくれただけ――理由も聞かずに怒鳴ったり殴ったり、八つ当たりすることがなかっただけだ。
しかし、血のつながった家族の元で責められてきたキャシーはそれだけで十分だった。
イヴォンはときどきお茶会などに出かけて不機嫌になって帰ってくることはあったけれど、引きこもったり菓子を食べまくったりするくらいで声を荒げることもなかった。慣れているサリーは、イヴォンの気が済むまで好きにさせていた。
下町で育ったキャシーからすれば、悩みも解消方法もお上品で、イヴォンは箱入りのお嬢様に見えた。
そんなイヴォンは小説を書いていた。魔塔の魔法使いは時々頼まれた仕事――災害救助とか灌漑とか――をこなす以外は、何をしていても良いらしい。メリー・メリッサという名前でイヴォンが書いた小説は売れているようだった。
キャシーもいくつか読んだけれど、どれも魔法使いの少女が王子に見初められる内容で、キャシーはあまりおもしろく思えなかった。
(そういえば、国王様って先生と同じ世代だっけ?)
と気づいてしまうと、全部イヴォンの夢の話なのかと思えてきて、ちょっといたたまれなくなった。
そうして魔法よりもメイドの腕のほうが上達してきたある日、イヴォンがキャシーに言ったのだ。
「キャシー、私の養子になって、王立学園に通ってみない?」
「え? 養子ですか?」
「そうよ、この本。庶民の女の子が魔法使いになって、王子様と出会って、恋をして結ばれる……! まさにキャシーのことじゃない!」
イヴォンは両手で自作を持って、きらきらと目を輝かせた。
「庶民の女の子が魔法使いになってまでしか合ってませんけど……?」
「だから、貴族の養子になるの。学園で王太子殿下と出会うのよ」
「いやぁ、無理だと思いますけど……」
「この本の通りにやれば大丈夫よ!」
キャシーはメリー・メリッサの小説を渡される。どうしたらいいかサリーを見たら「あきらめなさい」と言わんばかりに首を振られた。
養子になるにあたって、イヴォンの兄のバレー男爵とも面会したけれど、実家に迷惑にならなければ勝手にしろというような突き放す態度だった。
(王子様と恋に落ちるのを目標にしてるって話したら、男爵は養子を許したりしないと思う。……だから、先生もサリーさんも男爵には言わないのか……)
どうにもできないまま、キャシーはバレー男爵家の令嬢として学園に通うことになってしまった。
(あの実家から連れ出してくれた先生には感謝してる。だから、本の通りにするくらいはいいか。なにかあっても、憧れていたんですー、これが不敬になるなんて知らなかったんですー、ごめんなさいー、で逃げられる範囲でがんばる感じで)
王太子なんて会うこともできずに終わるんじゃないか、と思っていたけれど、歓迎会で接点を作ることができた。
(殿下の顔は新聞の写真で予習したから知ってたけど、別の人に水かけちゃったのは焦ったわ。あー、でも、ホントに殿下に水魔法と風魔法をぶちかましてたらやばかったよね。あんなにぼさぼさになると思ってなかったもん。フロント伯爵令息様でもギリギリだったよ)
そのあとグレゴリーと三回話をして、まさか本当に本の通りになるの!? と思ったら、ぬか喜びだった。
(もうこのままそーっと忘れ去られていくのでいいや……)
キャシーは王太子に興味はない。
イヴォンへの義理も果たしたんじゃないだろうか。いや、前よりも盛り上がってたらどうしようか。
などと考えていたら、
「ねえ、キャシー様。聞いてらっしゃるの?」
「え?」
招待された茶会の最中なのをすっかり忘れていた。
子爵令嬢にとがめられて、キャシーはとりあえず「申し訳ございません」と謝罪する。実際に話を聞いていなかったのだから、仕方ない。
(でも、私を放置してそっちだけでしゃべってたのに、聞いてなければ注意するって何なんだろう)
文句を言いたいけれどキャシーはのみ込んだ。
「これだから身分のない方は……」
(感じ悪……)
頭を下げていて見えないのをいいことに、キャシーは顔をしかめた。
こういう人たちに行き当たると、歓迎会のときのナディアやセリーナがずいぶん良い人だったのだとわかる。
ふたりとも呆れた顔はしていたけれど、キャシーにアドバイスをくれた。ナディアは本当にマナーの教科書を手配してくれて、翌日教師からもらえたときには驚いた。さらに、特別に補講を行ってもらうこともできた。
セリーナも魔法使いだったことには驚いた。
保護されてからずっと魔塔に住んでいたキャシーだけれど、イヴォン以外の魔法使いと交流はない。ごくたまにすれ違うくらいだ。名前も知らない。
その中で、新しい魔法使いが見つかったことは知っていた。魔塔の庭で修行しているのを見たからだ。
でも、「私の火の玉を水魔法で相殺してみせなさい!」「はいっ! お師匠様!」というノリの修行をしているのが貴族令嬢だとは思ってもみなかった。
(先生よりも地味な服だったし、平気で水魔法をかぶってたし。……そういえば、あの人、めっちゃ飛んでたな……。あれ何の魔法なんだろ)
塔の屋上まで何度も飛び上がっていたのを覚えている。
聞いてみたいけれど、セリーナもまた高貴な人だ。
グレゴリーとの噂のせいでナディアに迷惑をかけてしまった。マナー講座の件でお礼を言いたいのに、それもできない。
(なんか、もう、最初から全部やり直したい……)
でも、歓迎会で魔法を放たなければナディアとセリーナには出会えなかった。
(うまくいかないなぁ……)
キャシーはしみじみ思ったのだった。
二年生の子爵令嬢から茶会に招待されたのだ。
「キャシー様は魔法使いなんですってね」
好奇な視線を向けられながら、キャシーは丁寧に肯定する。
「はい。そうです」
「魔法使いって珍しいのでしょ?」
「どんな魔法が使えるのかしら?」
「歓迎会では水や風を出していましたわね」
主催の子爵令嬢の他に二年生が三人。皆わくわくした表情でこちらを見る。
(珍しいって珍獣か何かですかね……)
「私、繊細な魔法が苦手で……。ここで魔法を使うと部屋を水浸しにしてしまうと思います」
歓迎会では、ホールの床が大変なことになってしまった。
キャシーが断ると、子爵令嬢はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「あら、そうなの……」
「どうしても無理かしら?」
「はい、歓迎会の魔法をご覧になりましたよね」
「ああ、あれは……」
「あのときのフロント伯爵令息はすごかったですわ」
キャシーもあれは失敗したと思った。
(先生は本の通りにやればいいって言ってたけど、私の魔法だと難しいよ……。あと、あの謎に元気なキャラ設定……あれも難しいわ……)
「無理は言えませんわね」
「室内はだめだって先におっしゃってくれたら、庭の東屋にしましたのに。これでは何のために招待したのかわかりませんわ」
「……申し訳ありません」
理不尽に思いながら、キャシーは一応謝罪をする。
(私は余興に呼んだ芸人ってこと? だったら事前に連絡してほしいよ……)
そのあと二年生の四人はキャシーに構わず話を始めた。
キャシーに話題を振ることはなく、知らない話に口を挟む隙はない。
(はぁぁ……。もう余興の必要がなくなったなら帰らせてくれないかなぁ)
話を聞いているふりをしながら、笑顔を保つのは疲れる。
紅茶もお菓子もおいしいのだろうけれど、全然味がしなかった。
魔法を使って注目を浴びたキャシーは、ときおりこうやって格上の令嬢のお茶会に呼ばれるようになった。だいたいは魔法を見せるか、魔塔や修行の話をするか。
少し前は王太子と中庭で話していたことをよく聞かれた。しかし、王太子から話しかけられなくなってから、その話題は出されなくなった。
(殿下から声をかけられたから、うまくいったと思ったのに……。当たり障りのない魔塔や修行の話と、男爵家の話ばっかりだった……)
小説なら、王子様が悩みを打ち明けてくれてそれを魔法で解決するのだ。しかし、グレゴリーはキャシーに質問するだけで、ほとんどキャシーがひとりでしゃべっていた。
その後話しかけられなくなってから、キャシーは二年生の教室に行ってみた。しかし、歓迎会で水をぶっかけたエグバート・フロントに追い返された。
以降、グレゴリーには会えていない。
一時期あった噂も消えて、逆にキャシーとグレゴリーの話題は禁句のようになっていた。
(殿下も、魔法使いに興味があっただけってことだよね。馬鹿みたい)
キャシーは内心で自嘲する。
(先生に殿下と仲良くなったって話したら喜んでたのに……)
次に寮から魔塔に帰ったらなんて報告しよう、とキャシーは頭を悩ませる。
先生――魔法の師匠のイヴォン・バレーはキャシーの恩人だった。
キャシーは下町の家に生まれた。貧乏な家の三人兄妹の末っ子。
キャシーは物心ついたころから、家族に疎まれていた。キャシーが昼寝していた部屋がぐちゃぐちゃに荒らされていたり、外に出たらびしょぬれになって帰ってきたり。そういうことが何度もあって、キャシーは暴れてものを壊したり水をぶちまける子どもだと思われていた。
キャシーからすれば、勝手に風が吹いたり水が降ってきたりして、自分で何かしている自覚は全くなかった。だから、怒られてもどうしようもない。「知らない」「わからない」と言えば、嘘つきだとさらに怒られる。
多い魔力が溢れて知らないうちに魔法を発動していたのだと今ならわかる。しかし、キャシーの周りには、それが魔法だと思いつく者は誰もいなかった。
除け者にされたり怒られたりすることで、キャシーの情緒が不安定になり、余計に魔法がひどくなった。火魔法が暴走して火事になりかけて、捨てられそうになったときに、魔塔からイヴォンがやってきた。十一歳のときだ。
貴族の客――しかも魔法使いに両親は慌てふためいた。
「お嬢さんは魔法使いですわ」
「魔法使い?」
「ええ。魔塔で魔法使いの修行をしてもらうことになります」
「だったら、こいつを持って行ってもらえるんですかい?」
不用品を処分するような言いぐさで、父がそう聞いた。
「ええ。お嬢さんは私が預かりましょう」
イヴォンは、不快な顔をすることもキャシーを憐れむこともなかった。
両親と兄たちは、とてもうれしそうだった。
(私だってせいせいするよ)
そう思いながら生まれた家を出たキャシーは、それ以来一度も帰っていない。
イヴォンはキャシーの師匠になって、魔法を教えてくれた。
不思議な現象の原因と解決法がわかったら、キャシーの心も安定した。魔法が無自覚に発動することはなくなったし、暴走もしなくなった。
魔塔に所属する魔法使いは魔塔、もしくは塔の隣の家族向けの寮に住んでいる。
イヴォンも魔塔に住んでいた。塔の一階の半分がイヴォンの部屋である。イヴォンは未婚の男爵令嬢――といっても三十歳を超えていたけれど――なので、実家からメイドを連れてきていた。キャシーはそのメイドのサリーから一通り教わった。
キャシーの魔力は多いため、成人したら魔塔所属になる。そのときは、サリーの後任でキャシーがイヴォンの世話をする予定になっていた。
恩人と言っても、イヴォンはキャシーに特別に優しくしてくれたわけではない。ただ普通に接してくれただけ――理由も聞かずに怒鳴ったり殴ったり、八つ当たりすることがなかっただけだ。
しかし、血のつながった家族の元で責められてきたキャシーはそれだけで十分だった。
イヴォンはときどきお茶会などに出かけて不機嫌になって帰ってくることはあったけれど、引きこもったり菓子を食べまくったりするくらいで声を荒げることもなかった。慣れているサリーは、イヴォンの気が済むまで好きにさせていた。
下町で育ったキャシーからすれば、悩みも解消方法もお上品で、イヴォンは箱入りのお嬢様に見えた。
そんなイヴォンは小説を書いていた。魔塔の魔法使いは時々頼まれた仕事――災害救助とか灌漑とか――をこなす以外は、何をしていても良いらしい。メリー・メリッサという名前でイヴォンが書いた小説は売れているようだった。
キャシーもいくつか読んだけれど、どれも魔法使いの少女が王子に見初められる内容で、キャシーはあまりおもしろく思えなかった。
(そういえば、国王様って先生と同じ世代だっけ?)
と気づいてしまうと、全部イヴォンの夢の話なのかと思えてきて、ちょっといたたまれなくなった。
そうして魔法よりもメイドの腕のほうが上達してきたある日、イヴォンがキャシーに言ったのだ。
「キャシー、私の養子になって、王立学園に通ってみない?」
「え? 養子ですか?」
「そうよ、この本。庶民の女の子が魔法使いになって、王子様と出会って、恋をして結ばれる……! まさにキャシーのことじゃない!」
イヴォンは両手で自作を持って、きらきらと目を輝かせた。
「庶民の女の子が魔法使いになってまでしか合ってませんけど……?」
「だから、貴族の養子になるの。学園で王太子殿下と出会うのよ」
「いやぁ、無理だと思いますけど……」
「この本の通りにやれば大丈夫よ!」
キャシーはメリー・メリッサの小説を渡される。どうしたらいいかサリーを見たら「あきらめなさい」と言わんばかりに首を振られた。
養子になるにあたって、イヴォンの兄のバレー男爵とも面会したけれど、実家に迷惑にならなければ勝手にしろというような突き放す態度だった。
(王子様と恋に落ちるのを目標にしてるって話したら、男爵は養子を許したりしないと思う。……だから、先生もサリーさんも男爵には言わないのか……)
どうにもできないまま、キャシーはバレー男爵家の令嬢として学園に通うことになってしまった。
(あの実家から連れ出してくれた先生には感謝してる。だから、本の通りにするくらいはいいか。なにかあっても、憧れていたんですー、これが不敬になるなんて知らなかったんですー、ごめんなさいー、で逃げられる範囲でがんばる感じで)
王太子なんて会うこともできずに終わるんじゃないか、と思っていたけれど、歓迎会で接点を作ることができた。
(殿下の顔は新聞の写真で予習したから知ってたけど、別の人に水かけちゃったのは焦ったわ。あー、でも、ホントに殿下に水魔法と風魔法をぶちかましてたらやばかったよね。あんなにぼさぼさになると思ってなかったもん。フロント伯爵令息様でもギリギリだったよ)
そのあとグレゴリーと三回話をして、まさか本当に本の通りになるの!? と思ったら、ぬか喜びだった。
(もうこのままそーっと忘れ去られていくのでいいや……)
キャシーは王太子に興味はない。
イヴォンへの義理も果たしたんじゃないだろうか。いや、前よりも盛り上がってたらどうしようか。
などと考えていたら、
「ねえ、キャシー様。聞いてらっしゃるの?」
「え?」
招待された茶会の最中なのをすっかり忘れていた。
子爵令嬢にとがめられて、キャシーはとりあえず「申し訳ございません」と謝罪する。実際に話を聞いていなかったのだから、仕方ない。
(でも、私を放置してそっちだけでしゃべってたのに、聞いてなければ注意するって何なんだろう)
文句を言いたいけれどキャシーはのみ込んだ。
「これだから身分のない方は……」
(感じ悪……)
頭を下げていて見えないのをいいことに、キャシーは顔をしかめた。
こういう人たちに行き当たると、歓迎会のときのナディアやセリーナがずいぶん良い人だったのだとわかる。
ふたりとも呆れた顔はしていたけれど、キャシーにアドバイスをくれた。ナディアは本当にマナーの教科書を手配してくれて、翌日教師からもらえたときには驚いた。さらに、特別に補講を行ってもらうこともできた。
セリーナも魔法使いだったことには驚いた。
保護されてからずっと魔塔に住んでいたキャシーだけれど、イヴォン以外の魔法使いと交流はない。ごくたまにすれ違うくらいだ。名前も知らない。
その中で、新しい魔法使いが見つかったことは知っていた。魔塔の庭で修行しているのを見たからだ。
でも、「私の火の玉を水魔法で相殺してみせなさい!」「はいっ! お師匠様!」というノリの修行をしているのが貴族令嬢だとは思ってもみなかった。
(先生よりも地味な服だったし、平気で水魔法をかぶってたし。……そういえば、あの人、めっちゃ飛んでたな……。あれ何の魔法なんだろ)
塔の屋上まで何度も飛び上がっていたのを覚えている。
聞いてみたいけれど、セリーナもまた高貴な人だ。
グレゴリーとの噂のせいでナディアに迷惑をかけてしまった。マナー講座の件でお礼を言いたいのに、それもできない。
(なんか、もう、最初から全部やり直したい……)
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