王国の飛行騎士

神田柊子

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食堂にて

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「土属性魔法は一番物理的ね。攻撃なら一番簡単なのは石を出してぶつけることかしら」
 マーナベーナの言にサリヤはなるほどと思う。攻撃らしい攻撃だ。
 食堂で夕食を取りながら、魔法について話を聞いていたところだ。
 基地には騎士用の宿舎があり、騎士は基本的にそこで暮らしている。基地がある丘の中腹あたりに基地関係者の住宅地があり、所帯持ちの騎士向けの宿舎、騎士以外の職員の宿舎などがあった。サリヤも基地内の宿舎に部屋をもらった。
 マーナベーナは上品に料理を口に運び、話を続けた。彼女は貴族出身だと聞いた。
「でも、相手も避けるから石だけだと難しいわね。風魔法も使えるなら石を風で飛ばすこともできるけれど……。オリヴァーは植物の方が操りやすいの」
「得意不得意があるのか」
「ええ」
 ベアトリクスはどうなのだろう。
 使ったことがない魔法がほとんどと言っていたから、自分でもわからないのかもしれない。
 いろいろ試してみないとな、と考えると心が浮き立つようだった。
「実際のところ、戦闘なんてほとんどないわ。最後が六年前――」
 マーナベーナは言葉を切る。相手はサリヤの祖国メデスディスメ王国だ。
 サリヤは食事の手を留め、わかっているとうなずいた。
「崖崩れの現場に出かけて魔法で土を動かしたり、雨の少ない地域で畑に水を撒いたり、なんて出動の方が多いわ」
 いたって平和よ、と笑ったマーナベーナにサリヤも努力して笑みを返した。
 メデスディスメ王国の新王に即位したマスモットは好戦的だ。これからどうなるのかサリヤは不安だった。
「よお、お疲れ」
「ん。待って。……どうぞ」
 夕食のトレーを持ったアラーイに、マーナベーナが慌てて自分のグラスをどかして隣りの席を空ける。
「アラーイ、お疲れ様」
 基地で目が覚めた初日にベアトリクスと喧嘩していたアラーイは、その後は特に屈託もなく、サリヤに普通に接してくれた。ベアトリクスとは今でも口喧嘩をしているが、実に明るい応酬だ。
「サリヤは明日も訓練なのか?」
「ああ、そうだな」
 飛行騎士見習いになったサリヤはまだ巡回などの任務には参加していない。飛行には問題なく、今は魔法の訓練をしているところだった。
「俺、休みだから相手してやるよ」
「何言ってるの? 休みなら休んだら?」
 マーナベーナが呆れた顔を向ける。
「最上位の飛行機の魔法ってどんなんかなって思ってさぁ。すげぇ魔法使えんだろ」
「いや、今のところ初歩的なものばかりだ」
 目を輝かせるアラーイにサリヤは苦笑する。
「あんときも、すごかったよな。フレドリックより体が大きいのに素早く避けたんだぜ」
 ベアトリクスを褒める彼に、サリヤは目を瞬かせる。マーナベーナも思ったのか、
「いつも口喧嘩しているのに褒めるなんて、珍しいわね」
「あれは! あいつが生意気だからさぁ。でも飛行機としてはな……。やっぱ、エフ種で最上位なんだよなぁ」
 彼は子どものころから飛行機に憧れていたらしい。
「あ、フレドリックに不満があるわけじゃないからな。ベアトリクスに乗りたいとは思わないし」
「意見が合わずに飛び立てなさそうだな」
 思わずそう言うと、マーナベーナも「わかるわ」と同意し、アラーイは不満げに鼻を鳴らした。
 アラーイの絆の飛行機フレドリックは、イー種の上位だ。上位は複数の属性の魔法が使える。フレドリックは火と風。
 彼からフレドリックの得意魔法の話を聞いていると、サリヤの隣りの席にトレーが置かれた。
「食べてるか?」
 見上げるとミクラだった。
 団長の登場に、騎士たちは口々に挨拶するが、皆気軽なものだ。軍はどこも上下関係に厳しいのだと思っていたけれど、ここの飛行騎士団はそうではないらしい。
「あ、団長。ちょうど良かったわ。相談があるのだけれど」
 マーナベーナがベアトリクスにいろいろな魔法を見せるための演習を提案する。
「普通の任務もあるから何回かに分けて行って、最終的には全員の魔法をベアトリクスとサリヤに見てもらいたいなって思ってるんだけれど、どう?」
「んー、いいんじゃないか。俺も参加していいんだろ」
「当たり前じゃない。カーティスの魔法こそ見てもらわないと」
「俺も! 俺も見たいっす!」
「お前は披露する側だろう」
 身を乗り出すアラーイの頭をミクラはぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
 ミクラの身分や立場を感じさせない行為にサリヤは毎回驚かされる。先日は若手騎士たちと、体術の訓練なのかじゃれ合いなのかわからないが、ずいぶん楽しそうに転げまわっていた。
「あー、細かいところはルッボーと詰めてくれ」
「そう言うと思ったわ」
 そういえば副団長はいないのだなとサリヤが食堂を見回すと、亜麻色の髪を三つ編みに結った少女と目が合った。
「エドリーン! 隣、どうかな?」
 手を挙げて呼んだサリヤを一瞥しただけで、エドリーンは離れた席に一人で座ってしまった。
 エドリーンはサリヤと宿舎で同室だ。年も一つしか違わないし、サリヤの四か月前に入団したばかり。できれば仲良くしたいのだが、なかなか受け入れてもらえなかった。
「エドリーン、その態度はなんだよ!」
「アラーイ、いいから」
 立ち上がりかけたアラーイを制すると、彼は舌打ちして座り直した。
 サリヤがエドリーンに嫌われているわけではなく、彼女は全員に対して距離を置いていた。任務はきっちりやるが、それだけだ。
「部屋ではどうなの? 変わらず?」
 エドリーンが入団したときにも彼女の指導をしたマーナベーナは眉を寄せる。
「そうだな。話しかけても反応がないから……」
 サリヤは早々にあきらめてしまった。話しかけても負担になるだろうというのは言い訳で、サリヤ自身が同年代の少女との雑談に慣れていない。どう接したらいいのか全くわからないのだ。
「部屋、変わった方がいいのかしら」
 マーナベーナが思案気に首を傾げると、ミクラがきっぱり言った。
「いや、今のままだ。関わりを絶ってしまったらそれまでだからな」
 そこでミクラはくるっとサリヤを振り返る。
「サリヤもだぞ」
「え?」
「お前も放っておくと一人になる」
「そう、でしょうか……?」
 首を傾げるサリヤに、マーナベーナが「わかるわ」と何度もうなずいた。
「これも人付き合いの練習だと思って、仲良くしてみろ」
「え……はい……」
 そう答えたものの、遠くの席のエドリーンを見てため息を飲み込んだ。
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