王国の飛行騎士

神田柊子

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王城にて

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 王城勤務の訓練二日目だ。
 昨日からいろいろなことがありすぎて、初日の訓練の内容が頭の中から飛んでいる気がする。
 王城基地は、滑走路だけは飛行騎士団基地と同規模だ。遺跡を活用した厩舎が、騎士の居室も兼ねている。
 サリヤはベアトリクスの遺跡しか知らないが、王城の遺跡は石造りの堅牢なものだ。
 一階は現代に建て直されており、飛行機が三台は並ぶ広さの空間の壁際に騎士用の家具が設置されていた。
 実際の遺跡は地下だった。普段は入らないそうだ。初日に見せてもらったコンソールは、壁一面がそれだった。光る石壁に「きっと普通の石じゃないんだと思うわ」とマーナベーナが説明した。
 サリヤは訓練生でマーナベーナは指導員。正規の王城勤務の団員は別に二人おり、通常業務は彼らが行っている。
 王城勤務は昼勤務と夜勤務があり、定期的に当番が回ってくる。夜は鞍に乗っていれば寝ていてもよく、何かあればコンソールが飛行機を起こし、飛行機が騎士を起こす。
 サリヤがまだ訓練していない国境基地勤務は、一週間基地で過ごす。基本的には当番制だが、希望してずっと基地勤務の団員もいるらしい。
「今日は、王城の中を案内するわね。伝言を持って行くこともあるから」
 マーナベーナに連れられて、置いてきぼりに文句を言うベアトリクスに手を振って、サリヤは基地を出る。
「そういえば、サリヤ。ありがとう」
「何かあったか?」
「ハヤシ、じゃなくて、カメイさんのこと。基地に来てもいいって。……私と団長のためよね。だから、ありがとう」
「ああ」
 マーナベーナは朝、彼と話をしたらしい。「ハヤシさんは死んだと思うことにした」と言っていた。
「あなたのお母さん、彼が……」
「そうだな」
「許されないことよね……」
 マーナベーナは足元を見つめ、
「騎士だから、人を傷つけることもある仕事だってわかっているし、私だって今まで全く何もなかったわけじゃないのに……。団長があの人を撃ち落としたって聞いたとき、仕方ない、任務だったからって思ったけれど、やっぱりどこかで許せないって思っていたのかも……」
「………………」
「カメイさんは許されないことをしたって思って、初めて団長の気持ちがわかったような気もするの」
 サリヤはマーナベーナの腕を引く。
「マーナベーナはカメイじゃない。だから、私とあなたの間には何もない」
「ええ……」
「普段通りにしてくれ」
 サリヤはそう言ってから、少しだけ話題を変える。
「それより、彼はあなたに未練があるようだったが、マーナベーナはどうなんだ?」
「どうもこうも……。また急にいなくなるかもしれないって心配しながら生きるのはもう無理ね」
 やっと終わった気がするわ、とマーナベーナは笑った。

「あら、マーナベーナ様」
 基地から軍部の棟に向かう途中、渡り廊下で声をかけられた。正面に綺麗なドレスを着た令嬢が二人。サリヤより少し年上だろうか。大きく広がったスカートが渡り廊下をふさぐようだった。
「まあ、ヤーロッテ様。タルマーキ様。お久しぶりですわね」
 マーナベーナが丁寧な令嬢口調で、そう返す。表情すらも違っていてサリヤは驚く。
「そちらは新しい騎士の方?」
 桃色のドレスを着た令嬢がサリヤに目を向ける。
 祖国の王宮で貴族令嬢に行き会ったときを思い出した。あのころ自分は王子だったが、ここでは単なる騎士だ。嫌味を言われたりするんだろうか。
「ええ、サリヤさんとおっしゃるの」
「はじめまして。サリヤと申します」
 どうせ騎士服だ。男子の挨拶でよいだろう、とサリヤは礼をする。
「まあ、素敵! 中性的な方なのね」
「白い飛行機でいらしたのでしょう? 白騎士様ね!」
「は?」
 思ったのと違い、きゃっきゃと盛り上がる令嬢たちにサリヤは戸惑う。
「わたくし、ヤーロッテと申します。国軍将軍の孫にあたるの。おじい様に文句があるときは遠慮なくおっしゃって?」
 にっこり笑うのは桃色のドレスの令嬢だ。
「わたくしはタルマーキ。お父様は近衛の隊長なの」
 もう一人の令嬢も、橙色のドレスをつまんで綺麗な礼を取った。
「今日はまだ訓練なのですわ。王城を案内している最中で」
「まあ、そうでしたの」
「今度、王城勤務のときにお暇があったらお茶をしましょうね」
「王都に新しいお店ができたのよ。南方の国の果物をケーキに乗せるんですって」
「は、ケーキ……」
「ええ、そのときは取り寄せておきますわ」
 楽しそうにそう言って、令嬢二人は避けたサリヤたちの横を通っていく。
 十分に離れてから、マーナベーナが
「軍と近衛のトップのお二人が目に入れても痛くないと公言するご令嬢で、兵士のお姫様のような存在ね。軍関係の女性の顔役とも言えるから、仲良くしていただくといいわ」
「なるほど」
 貴族令嬢なのに偉ぶったところがなく、サリヤは好感を持った。
「私は平民扱いだろう。それなのに、仲良くしてくださるのだな」
「そうね。……いちおう断っておくと、身分重視の貴族もたくさんいるのよ。軍は平民出身も多いから、あのお二人は割と特別な方」
 マーナベーナは声を潜めた。
「この辺りは軍関係の建物が多いからいいけれど、執務棟の方や迎賓館の方を歩くときは気を付けてね」
「わかった」
 そして渡り廊下を歩き出したサリヤたちだったが、再び足を止めることになった。
「やあ、少し時間をもらえるかな」
 今度は後ろから声をかけられる。振り返ると、三十代半ばくらいの男だった。きらびやかではないが上等な服。金茶の髪に緑の瞳は、ミクラと同じ色だ。
「はじめまして、だな」
 くしゃりと笑う。
「待ちなさい、そのままで。非公式だ」
 膝をつこうとする二人を、ベールルーベ王国の国王は止めた。
「先ほど、メデスディスメ王国のウェダ王から親書を受け取った。国交を結びたいという内容だ」
 それから、と国王は続けた。
「飛行騎士団で白い飛行機に乗っている、黒髪に濃茶の瞳の十代半ばの少女を返してほしい、と」
「っ!」
 サリヤは息を詰めた。
 マガリもサリヤが飛行騎士になっていることは知らなかった。
 どういうことだ。
「先日の国境侵犯のときに気づかれたようだよ」
 国王は苦笑した。
「君を隠しきるのは難しいかな。……ミクラは君を手放したくないそうだけれど、君は? どうしたい?」
 サリヤは不敬を気にせずに国王を見つめた。
 ここでは皆がサリヤの希望を聞いてくれる。
「私は、ベアトリクスの騎士でありたいと思います。しかし、それでこの国を混乱させるのは本意ではありません」
「そうか。わかった。ありがとう。……対応を考えよう」
 邪魔して悪かったね、と国王は踵を返した。
「しかし、あの弟がね……飛行機に負けるなど。……私の言い方が悪かったのかな。手放したくない、は間違っていないよな……」
 歩き去っていく国王が笑いをこらえながら首を傾げていたけれど、その言葉は誰にも届かなった。
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