おばさん冒険者、職場復帰する

神田柊子

文字の大きさ
29 / 31
第四話 おばさん冒険者、弟子の依頼を受ける

7

しおりを挟む
 ぐっすり寝ていたリーナは、物音で目が覚めた。
「んん……? アリスおばさん?」
 アリスが着替えていることに気づいて、リーナは飛び起きる。逆を見るとノーラも着替え始めていた。
「何かあったんですか?」
「山が騒がしいのよ。大きな魔物が出てくるかもしれないわ」
「えっ?」
「念のため見回ってくるから、リーナは寝ていてもいいわよ」
 その言葉の最後は、外からの大きな音にかき消された。
「何ですか!?」
 アリスが窓を開ける。外が薄明るいから、明け方だとわかる。
「山の上の方の木が倒れたのかしら」
 アリスが指差したほうで、鳥がバサバサと騒いでいる。
「魔物でしょうか……」
「リーナ、こういうときはどうしているの?」
 アリスに聞かれて、リーナははっとする。
「えっと、ネプラースの街の冒険者ギルドに救援要請を出して、村人は集会場に避難します」
「集会場?」
「地下室があるんです」
「そう。それじゃ、リーナは家の人たちを起こしてきて。あたしは偵察に行ってみるわ」
「アリスさん、私も一緒に行くわ!」
 冒険者の装備を付け終わったノーラが片手を上げた。
「わかったわ、行きましょう」

 リーナが起こす前に家族は起きていた。皆あの大きな音で目が覚めたそうだ。
「何の魔物が出たのか、アリスおばさんたちが偵察してきてくれるそうです」
 避難しようと家の外に出たとき、どどーんと大きな音が響いた。
 村の端、畑の向こうに見える山。その木が何本かまとめて倒れたのがわかった。
「あれは……蛇ですか?」
 木をなぎ倒して現れたのは、巨大な緑色の蛇だった。
 朝もやの中、光る眼は赤。ぬらっとした胴体は、大人の男が二人で手をつないでやっと手が回るか、といった太さだ。
 その蛇の前に猪系の魔物がいる。それはそれで大きいのだけれど、蛇に比べたら子犬のようだった。
 蛇は猪を獲物と見定めており、猪は果敢に戦おうとしていた。
「リーナ! 緑青六花氷蛇よ! それと山荒針猪!」
 アリスとノーラが走って戻ってきた。偵察に行くまでもなく、相手が現れたからだ。
「ええっ! 六字名ですか!」
 ミロルル村で六字名の魔物なんて出たことがない。
(というか、五字名も記録がないのに、飛ばしていきなり六字名なんて!!)
「お父さん、村長さんに早く連絡してください!」
「あ、ああ」
 父が慌てて駆けだしていく。
「緑青六花氷蛇の特徴って……」
 リーナが図鑑を思い出しながら蛇に目をやったとき、蛇が鎌首をもたげた。
「キイイイイイィィィィ!」
 甲高い音が響く。
 リーナは耳を押さえてしゃがみこんだ。
 後ろでどさっと音が聞こえ振り返ると、真っ青な顔をした弟が卒倒した母を抱えて座り込んでいた。
「耐性のない者が外に出るのは危険だわ。リーナ、アーサーからもらったローブを持っている? あれを着なさい。それから、これ、威圧と音攻撃を防いでくれる魔道具よ。ノーラも」
 アリスはリーナとノーラに、イヤーカフを一つずつ渡す。
「片耳だけだから効果は半減だけれど、あるとないとじゃ全然違うから」
「はい、ありがとうございます」
「リーナ、これはファーラド緊急事態レベルCよ。どうすればいいか、わかるわね?」
 ファーラドでは『リリンの森』から魔物がやってくる可能性に備えて、避難訓練を行っている。レベルCは単独の大物が現れたときだ。ちなみにレベルSはスタンピード想定だった。
 緊急事態のとき、ギルド職員や高レベル冒険者には役割が決められている。
「家々を回って、住民に地下や崩れにくい場所に隠れてもらう、ですよね」
「そうよ。ノーラはリーナの護衛。行けるわね?」
「もちろん」
「攻撃用の魔道具と、ポーションも渡しておくわ」
 アリスは自分のマジックバッグからごそっと取り出したものを、リーナの両手に載せる。ポーションの瓶が十本ほど、丸いボールのような魔道具が二個。
「うわ、こんなに」
「ポーションは怪我してる人がいたら配りなさい。そっちは投げれば爆発するから」
「え、怖っ。ノーラ! 魔道具はノーラに任せます」
 リーナが押し付けると、ノーラは「緊迫感が失せるわ」とため息を吐きながら受け取ってくれた。
「じゃあ、気を付けて!」
「アリスおばさんも!」
 そう声をかけると、アリスは片手を上げて、二匹の魔物の方に走って行った。
 リーナは、まずは自分の家族から、と弟を振り返る。母も意識を取り戻していた。
「あの蛇は音攻撃ができるみたいなので、外に出ると危ないです。地下の貯蔵庫に籠っていてください」
「姉さんは?」
「私はご近所に連絡してきます」
 リーナはぐっと拳を握って笑顔を見せる。
 心配そうな母に、「大丈夫ですよ。アリスおばさんは強いですから」とうなずいて見せた。

 リーナはノーラと一緒に村の中を走った。集会所に避難する途中で蛇の音攻撃に遭ったのか、道端に倒れている人もいて、リーナはこの役割を引き受けて本当に良かったと思った。
 幸い、声をかけたら目を覚まし、怪我もなかったため、そのまま集会所まで付き添った。
 集会所には父や村長がいた。
「ネプラースに救援要請を出した。だが、夜明け前だ。冒険者を集めて出発するのに時間がかかると言われてしまった」
 父が顔を曇らせる。
「アリスおばさんは、ああ見えてA級冒険者なんですよ。一人で五字名を討伐できるくらいなので、援軍が来るまで保たせられると思います」
「えっ!? A級?」
「うそっ、五字名を一人で?」
「なんでノーラも驚いてるんですか?」
「だって! アリスさんが『完全防御の魔女』なのは知ってるけど、防御魔法で討伐はできないじゃない」
「できるんですよ、それが」
 防御壁でぎゅっとして、きゅっ、だ。
「おばさんの火魔法も見ましたよね?」
「あ! そっか、あれでまだ余力があるんだもんね。五字名くらい焼けるわね」
 娘たちの不穏な会話に父は戸惑っている。
 リーナは構わずに、蛇の音攻撃の説明をして、集会所をあとにした。

 村の全部の家を回って、リーナたちは魔物のところにやってきた。
 その間にも何度か蛇の音攻撃が響いていたが、アリスから借りた魔道具のおかげで、リーナたちは無事だ。
 いつ魔物が出てきてもいいように、村の家々は山から離れて建てられている。蛇と猪が現れた場所はもともと畑しかなかった。
 緑青六花氷蛇は最初に見た位置からほとんど動いていない。山荒針猪は見当たらなかった。
 アリスは蛇から安全な距離を取った位置にいて、蛇を監視しているようだった。
「アリスおばさん!」
「リーナ! ノーラ! 避難は終わったの?」
 アリスに駆け寄ると、防御壁を広げてくれたのがわかった。
「はい! ばっちりです!」
「二人も避難して良かったのに」
「あ! うっかりしてました! いつもおばさんの討伐に付き添っていたので」
 アリスに指摘されてリーナは初めて気づいた。
「六字名の魔物じゃ、私がいても足手まといですよね?」
「そんなことはないわよ」
「えっ、私も役に立てますか?」
「ええ。リーナが見ていてくれたら、報告は全部任せられるでしょ?」
「えー、そっちですか?」
「大事なことでしょう? 適材適所よ」
「まあ、大事ですけど……」
 そこでノーラが「ちょっと! そんな呑気に話なんてしてていいの?」と蛇を指差す。
「猪がいないじゃない!?」
「ああ、猪は蛇が丸呑みしたわ」
 アリスに言われてよく見ると、確かに蛇の胴体にぽっこりしている部分がある。
「それで、動きが鈍くなったみたいね。もしかしたらこのまま寝てくれないかしらって、思ったんだけれど」
 そうもいかないみたいね、とアリスは防御壁を強化する。
「キイイイイイィィィィ!」
 音攻撃が再び響いた。蛇の目はこちらを向いている。よほど猪が重いのか、すぐに動くつもりはないようだった。
「おばさん、防御壁で蛇を囲めないですか? 援軍は時間がかかるみたいなので、足止めだけでもできれば」
「え? 足止めだけ? 討伐したらダメなの?」
 きょとんと見つめられ、リーナも首をかしげる。
「討伐できるんですか?」
「できるわよ?」
 二人の脇でノーラが、
「だから、なんで、そんな呑気にしてられるのよ!!」
 と、小声で怒鳴るとしか言いようのない声を上げる。
 アリスはノーラに「ごめんなさいね」と苦笑を返してから、
「大きいから全身をぎゅってできる強度の防御壁は難しいの。でも、頭だけを囲むと、暴れて木を倒したり畑をめちゃくちゃにしたりしそうじゃない? どうするのがいいかしら?」
「全身を防御壁で覆ってから火魔法で攻撃するのは、大変ですか? 氷蛇なんで火の耐性は低いはずです」
「え、焼いていいの? 蛇は食べられるのよ? 中の猪だって、すぐに出せば素材になるだろうし」
「いやいや、焼いていいですよ! 焼けるならどんどん焼いちゃってください! 山に燃え移らないように気をつけてもらえたら、それで十分なので!」
「あら、そうなの?」
 それなら早速、と言ったアリスは蛇に手をかざす。
 防御壁は透明で見えないが、蛇は異変を感じたのか、胴をくねらせながら体当たりした。
 そこに重ねて炎が上がった。
 燃え盛る炎で防御壁の形がわかる。
 半球状の火のドームの中、蛇は苦しそうにのたうっている。
「ひぇぇー、六字名相手にあまりにも一方的な展開ですね……」
「アリスさん、本当にA級なの? 実はS級なんじゃない?」
「ああ! それは私も思ってました!」
「やあねぇ、あたしはただのおばさん冒険者よ」
 そう言って笑うアリス。
 リーナとノーラは顔を見合わせた。
「「どこが(ですか)!?」」
 声も合わさったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』

チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。 その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。 「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」 そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!? のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。

【完結】元ゼネコンなおっさん大賢者の、スローなもふもふ秘密基地ライフ(神獣付き)~異世界の大賢者になったのになぜか土方ばかりしてるんだがぁ?

嘉神かろ
ファンタジー
【Hotランキング3位】  ゼネコンで働くアラフォーのおっさん、多田野雄三は、ある日気がつくと、異世界にいた。  見覚えのあるその世界は、雄三が大学時代にやり込んだVR型MMOアクションRPGの世界で、当時のキャラの能力をそのまま使えるらしい。  大賢者という最高位職にある彼のやりたいことは、ただ一つ。スローライフ!  神獣たちや気がついたらできていた弟子たちと共に、おっさんは異世界で好き勝手に暮らす。 「なんだか妙に忙しい気もするねぇ。まあ、楽しいからいいんだけど」

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜

犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。 この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。 これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

処理中です...