「私は誰に嫁ぐのでしょうか?」「僕に決まっているだろう」~魔術師メイドの契約結婚~

神田柊子

文字の大きさ
8 / 8

エイプリル伯爵家の魔術師夫人

 王宮で年に一度開かれる建国式典の大夜会。
 それに合わせてブラッドは復帰した。
 大夜会は貴族ならよほどの理由がない限り出席しないとならないものだ。フィーナもブラッドに連れられて、初めての社交だった。
「最低限の挨拶ができていれば、どうにかなるわよ。課長の付き合いなんて、どうせ全員魔術師なんだから」
 そう言ってマナーを教えてくれたのはジェシカだった。
 ブラッドも「おいしいものを食べる会だと思えばいいから」と、フィーナの緊張をほぐしてくれた。
 王宮の大広間のほか、中小の広間や舞踏室などたくさんの部屋を解放して、大夜会は開かれる。
 大広間で国王陛下の言葉を拝聴できるのは高位貴族だけだ。伯爵家も高位貴族に入る。大広間の端で頭を下げながら、フィーナは別世界すぎて現実感がなくなってきた。
 開会が宣言されたあとは自由だった。挨拶まわりする者、舞踏室でダンスをする者、料理を堪能する者。中にはさっさと帰る者もいる。
 ブラッドの周りには魔術院所属の貴族が集まっていた。ブラッドは夜会服でフィーナもドレスだが、いかにも魔術師というローブや魔術院の制服を着ている人もいて、実にわかりやすい。ジェシカの言が確かだったとフィーナは内心苦笑した。
「おや、エイプリル伯爵夫人。先日はどうも」
 白髪の老人に声をかけられたフィーナは慌てて礼をする。先日とはいつだろうと頭の中を駆け巡ったのが伝わったのか、老人は「遺跡の調査じゃよ」と人のよさそうな笑みを浮かべた。
「古代魔術研究課の課長で、魔術院三長老のお一人スイス師だ」
 ブラッドに紹介されて、フィーナも自己紹介する。
「ブラッドの圧縮魔術陣を扱えるなんぞ、なかなかおらん。大したものじゃ」
「いえ、そんな」
「そうなんですよ。自慢の弟子です」
 フィーナより先にブラッドが言いきってしまい、フィーナは真っ赤になった。
「もう、やめてください」
「いいじゃないか。本当のことだ」
 二人で言い合っていると、スイスは「ふぉっふぉっ」と笑い声を立てた。
「仲のいいことで」
 それからフィーナに、
「新しい魔術文字の論文、完成させたら見せなさいな」
 そう言って去って行った。
 スイスのほかにも、遺跡調査に参加していた魔術師から挨拶を受けた。皆、フィーナに感謝したり、称賛したりしてくれる。
 フィーナの論文に言及する者も多く、フィーナは驚くばかりだ。たかが学生の授業のレポートに、たくさんの人が期待を寄せてくれていた。ブラッドやジェシカが特別で、彼らがフィーナを褒めるのも社交辞令が含まれているか身内びいきかと思っていたのだ。フィーナは今まで、魔術師業界での自分の立ち位置なんて全く知らなかった。
 騎士団側の責任者もやってきた。
「伯爵夫人に感謝する。今後は魔術院の意見も尊重するつもりだ」
 と、頭を下げた。
 あとでブラッドが、「彼は魔術師嫌いで有名でね」と教えてくれた。魔術師相手に下手に出ることなどないのだそうだ。
 ブラッドの旧友だという魔術契約士ハリーとも挨拶した。
「噂はかねがね」
「え、噂ですか?」
「ブラッドから優秀な弟子だと自慢されましてね」
 同じようなことが何度もあり、フィーナは真っ赤になってブラッドを睨んだ。ブラッドはそんなフィーナをかわいいと言わんばかりの甘い笑顔で見返すのだった。

 求婚の際にブラッドに訴えた身長差は、誰かに何か言われるのではないかと、大夜会への参加が決まったときから戦々恐々としていた。フィーナが心配するから、ブラッドも気が気ではないようだった。
 夜会では、振り返って確認されるようなこともあった。すれ違いざまに扇の影で小さく嘲笑されたりもした。
 しかし、そのたびにブラッドがフィーナを気遣ってくれた。手を握ってくれたり、微笑んでくれたり。傷ついた部分は、すぐにブラッドが埋めてくれた。
 人の視線を気にしないのは無理だけれど、フィーナを守ると誓ってくれたブラッドの思いをひしひしと感じて、フィーナは胸が温かくなった。
 それに、魔術院の関係者はブラッドとフィーナの身長差には全くの無反応だったから、彼らと話しているときにはフィーナも身長のことは気にしないでいられた。

「僕は反省しないとならないな」
 二人だけでテラスに出たとき、ブラッドがそうつぶやいた。
 首を傾げるフィーナの手を取り、引き寄せる。
「君は優秀な魔術師だ。それを僕は君に伝えてきたつもりだけれど、君は話半分に受け止めていたんだね」
「あ、えっと……すみません」
「いや、謝るのは僕の方だよ」
 ブラッドはフィーナの腰に緩く手を回した。ダンスをするくらいの近さで、目の前に彼の顔がくる。
 魔力が混ざって触れられた部分が温かくなる。
「魔力の相性がいいと最初に言ってしまったからか。それにメイドの雇用契約ではなく師弟契約をしたのだと、君の誤解を正さなかったからか」
 僕が君を閉じ込めてしまったのが一番大きな原因かもしれないね、とブラッドは続けた。
「比較対象があれば、自分で実力がわかったはずだ」
「でも、私はブラッド様の側にいられてよかったと思っています」
 フィーナがそう訴えると、ブラッドは「ありがとう」と微笑んだ。
「どこかの魔術師事務所で仕事をしてみるかい? 父の弟子なら何人か心当たりがあるよ」
「外で、ですか……」
「外に出ても、君は僕のところに帰ってきてくれるだろう?」
 ブラッドはフィーナの頬を撫でた。
「君を手放したくはない。でも閉じ込めてしまうのも違う」
「…………」
「君は僕の唯一の弟子だから、僕もわからなかったんだ。僕の研究ばかり手伝わせてしまっていたけれど、君も自分の研究をすべきだ。――ほら、スイス師も言っていたじゃないか。新しい魔術文字の論文。完成したときには、僕に最初に読ませてくれるかい?」
 ブラッドの笑顔に、期待されていると感じた。
 フィーナは大きくうなずいた。
「もちろんです!」
 いろいろ考えた末、外に仕事に出る代わりにメイド業務を減らしてもらい、ブラッドが魔術院に出勤している時間にフィーナは自分の研究を進めることにした。
 そしてフィーナは使用人部屋から、伯爵夫人の部屋という名前の豪華な研究室に引っ越すことになったのだ。



終わり
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

双子の姉に聴覚を奪われました。

浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』 双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。 さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。 三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

分厚いメガネを外した令嬢は美人?

しゃーりん
恋愛
極度の近視で分厚いメガネをかけている子爵令嬢のミーシャは家族から嫌われている。 学園にも行かせてもらえず、居場所がないミーシャは教会と孤児院に通うようになる。 そこで知り合ったおじいさんと仲良くなって、話をするのが楽しみになっていた。 しかし、おじいさんが急に来なくなって心配していたところにミーシャの縁談話がきた。 会えないまま嫁いだ先にいたのは病に倒れたおじいさんで…介護要員としての縁談だった? この結婚をきっかけに、将来やりたいことを考え始める。 一人で寂しかったミーシャに、いつの間にか大切な人ができていくお話です。

拾った指輪で公爵様の妻になりました

奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。 とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。 この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……? 「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」 公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。

『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい

歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、 裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会 ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った 全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。 辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中