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心と現実

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『紅葉院さん。 ほら豚の化け物は、ぼくが倒したよ。 これからはずっと、ぼくが君を守ってあげるから!』

 目の前にオークの死体が横たわる。
 紅葉院 玲奈は、化け物を倒したクラスメイトの江藤に本当のことを伝えた。

「そんな、その化け物は佐伯君の生まれ変わりだったのよ。 何故殺す必要があったというの!?」

『何故って……あいつはクラスの底辺の分際で、ぼくを頭から喰ったからだよ』

 そう言うと江藤の首が消え、死体となって玲奈の上にのし掛かる。

「きゃあああああ!!」

 叫び声をあげながら、彼女は目覚めた。
 さきほどまで居た筈の洞窟の中では無く、太い木の枝を組み合わせた小屋の中。
 屋根には大量の木の葉を乗せて、雨の侵入を防いでいるようだった。

 自分の身体に異常が無いか、触れて確かめる。
 すぐに元級友に犯された痕跡を見つけ、自然と涙が溢れてきた。
 見覚えのないボロボロの服を着せられていることから、彼がここまで運んできたと思われる。
 すると外から何か声が聞こえてきて、小屋の扉が開かれた。

「どうやら、無事に目を覚まされたようですな」

 おぞましい豚の化け物が顔を覗かせる。
 あのときの恐怖と恥辱がよみがえり、玲奈はその場で気を失ってしまった……。

「そうですか、父上からそんな仕打ちを……。 父上に代わり私が謝罪いたします、どうかお許し下さい。 しかし弁明ではありませんが、父上が母上には語っていないこの復讐に至った経緯をどうかお聞き下さい」

 コージというそのオークはディザイアの息子だと名乗り、父が陵辱した件について素直に謝罪する。
 しかし次いで彼が復讐を決意するに至った経緯を聞かされると、その顔は少しずつ青ざめていった。

「そんな……。 私達がどちらの味方もしない中立の立場を取っていたことで、彼をそこまで追い詰めていただなんて!?」

「父上にしてみれば見て見ぬふりをしてイジメを止めなかった女生徒達も、限りなく同罪に近いと思っているようです。 殺して喰うまでには至らなくても、それに近い恥辱を与えるのは間違いありません」

「どうして、それを止めようとしないのですか!?」

 彼女の問いかけに対して、コージはやや冷たい目で答える。

「それをあなたが言いますか? 父上が自ら死を選ぶほどのイジメに対して、救いの手を差し伸べようとしなかったあなたが!」

 その強い口調に、玲奈は身体が一瞬硬直した。
 彼の逆鱗に触れる一言を言ってしまったのかもしれないと、激しく後悔する。

「これ、コージ。 初対面の女性に対して、そんなことを言うものではありません」

「母上!」

 声のした扉の方に顔を向けるとそこには、優しそうな顔の人間の女性が居た。

「初めまして、わたしの名はクレア。 ディザイアの妻です」



 コージを小屋から退出させたクレアは、玲奈と2人だけで話を始める。

「あの人のことを許してくれとは言いません。 それだけの大罪を犯していることは彼も重々承知しております、それもあなた方がこちらの世界に呼ばれるまでにあの人の心を救えなかったわたしの責任です。 恨むならわたしを恨んでくれて結構です」

「どうしてそこまで佐伯君、いえディザイアの為に尽くせるのですか?」

 聞けば彼女も最初は、ディザイアに無理やり犯されたと言っていた。
 それなのにどうしてそこまで、豚の化け物を愛せるのだろうか?

「本当の彼はきっと優しすぎるのでしょう、部下を引き連れていけば簡単に皆殺しに出来た筈なのにそれをしない。 部下はもちろんですが、息子であるコージにも復讐を手伝わせないことからそれが分かります」

「ですが、彼は元同級生を喰い殺したのですよ! それも優しさなんですか!?」

「もっと残忍で残酷な方法だって、幾らでも出来た筈です。 例えば両方の手首足首を切断し、その後遅延性の回復をかけてゆっくりと殺すやり方もあります。 すぐに殺したということは、受けた痛みと恐怖を感じる時間を短くすること。 彼が今までに受けたイジメの内容を考えれば、優しいとは思えませんか?」

 それは違う、と玲奈は答えられなかった。
 クレアが指摘するとおり、時間をかけて殺す方法は幾らでもある。
 すぐに殺すのは、彼に唯一残された優しさの残滓なのかもしれない。

「それと……これは他の者達。 コージにも内緒の話ですが、あの人はあなたの心を壊してしまったことを内心後悔していましたよ。 あなたの心を回復させたのも、彼なりの贖罪のつもりなのでしょう。 仮にここから逃げても、彼は追わない筈です」

「そういえば、彼はどうしているのですか?」

 ディザイアの様子をうかがうと、クレアは少しだけ悲しそうな顔を見せる。

「あの人は……また追跡を再開しました。 あなた方が居なくなった事を心配して、探しに戻る者が居るかもしれないと」

(お願い、私達を探しに戻らないで。 それよりも早く逃げて!)

 玲奈は、そう願わずにいられなかった……。



 その日の晩、玲奈は1人小屋の中でじっとしていると扉が数回ノックされた。

「どうぞ」

「夜分にすまないが、少し失礼する」

 短く答えると、扉からコージが頭を低くして入ってくる。
 昼間の件を謝罪すると、彼は本題を切り出す。

「部下の中から、あなたを繁殖小屋に入れろと言い出す者が現れた」

「!?」

「正直に言おう。 繁殖小屋に送られれば、今度こそ完全に心は壊されるだろう。 父上の力をもってしても、回復は難しい。 オークか人間、どちらかを死ぬまで産む肉の塊に過ぎなくなる……」

 あまりの恐怖に歯がカチカチと鳴った、それに気付いたコージはある解決策を彼女に提示した。

「そこで……1つ提案がある。 あなたを犯した男の息子の提案だ、断ってくれても構わない。 部下達が暴走しないよう、責任を持って面倒をみる事も約束しよう。 だから……」

 コージは大きく深呼吸して、玲奈に告げる。

「レーナ、私の子を産んでくれ」

   玲奈の表情をうかがうが、彼女が動揺している様子はない。

「出会ったばかりなのにこんなことを言うのは、筋違いなのかもしれないし、こんな豚の顔を持つ男の妻になりたい者など……って、そんな事を言うと母上を侮辱することになってしまう!?」

 頭を抱えるようにしながら、言葉を必死に選ぼうとするコージ。
 その仕草を玲奈には何故か、とても愛おしく見えた。

「あなた、父親が陵辱の限りを尽くした相手に求婚するつもりなのかしら?」

「はい、有り体にいえばそうなります」

「それとも……父親のお下がりでしか欲情出来ないタイプ?」

「そうじゃない! そうじゃないんだ、私が一生をかけてレーナを守りたい。 妻にしたい、そう思えたんだ」

 あの父親からよくもこんな理知的な息子が生まれたもんだ、玲奈は思わず笑う。

「ど、どうしたんだレーナ!? 何か、悪いものでも食べたのか?」

「なんでもない、なんでもないのよコージ」

 そう言いながら着ていた服を脱ぎ始める玲奈、そしてコージに全てを晒すとお腹のあたりをさすってみせた。

「あなたの妻になってあげても良いわよ。 だけど私の子宮の中にはお父さんの精液が、まだたくさん残っているの。 それを全部吸い出すか別のもので埋めないと私は妻ではなく、2番目のお母さんになってしまうかも……、きゃっ!?」

 玲奈が言い終わる前に、コージは彼女を押し倒す。
 優しく彼の頭を撫でながら、玲奈の中で異質な感情が芽生え始める。

「佐伯君……いいえディザイアが戻るまでに、私を孕ませることが出来ればあなたの勝ちよ。 2人で彼の悔しがる顔を、じっくりと見てあげましょう」

 一見回復したように見えた玲奈だが、実はまだ心が壊れたままだったのかもしれない。
 出会ったばかりのオーク、それも自分を犯した男の息子とその日の内に肉体関係を持つなど、普通は有り得ないのだから……。

 それに気付くこともなく、2人の長い夜は始まった……。
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