異世界だから何でもあり、しかしこの世界は幾ら何でも多すぎる。

いけお

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買い出しでの出来事(後編)

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「なんだぁ、この色男。 女の前で、良い所でも見せようしているのか?」

「無論だ。 何しろこの女性は、地上に降りた女神なのだからな」

 ベルモンドの言葉を聞いたごろつき達は、そのキザったらしいセリフに怒り出す。
 だがそのセリフを一部修正すると、地上に降りたではなく地面に叩き付けられただが。

「そんなにこの女が大切なら、しっかり守ってみせるんだな!」

 1人の叫び声を合図に、ごろつき達は一斉に襲い掛かった。
 ベルモンドは腰に手を伸ばすが、この時になって剣を持ってきていない事に気付く。

(しまった、剣を!?)

 急いで徒手の構えに変えようとしたが、時既に遅く彼は四方を囲まれ袋叩きにされた。
 全身ボロボロになり、口の中も鉄の味しかしない。
 それでも尚、ベルモンドはごろつきの前に立ち塞がる。

「これ以上、先へは行かせぬ……。 お前らに渡す位なら、この女は俺の物にする!」

(!?)

 ベルモンドから発せられた言葉は、システィナの胸を打った。
 前の世界でも、ここまで自身を求める言葉を発した者は居ない。
 しかも彼女を守る為に、その身まで挺している。

 守られる側に立った事で、ようやく彼女は前の世界で犯した過ちの大きさに気付いた。

(そうか……前の世界で私が使い捨てにしてきた者達にも、こんな風に命がけで守りたい相手が居たに違いない。 それなのに私はこんな簡単な事にも気付かず、まるでゴミでも扱うように殺していた)

 そんなシスティナの脳裏に、こちらの世界に飛ばされる前に酷い目に遭わせた姉妹の姿が浮かぶ。

 立花 美桜と菊江。

 勇者として姉だけを召喚したつもりが、妹の菊江まで巻き込まれて来てしまう。
 しかしこの時システィナは、姉の目の前で菊江を殺してしまった。
 さらにはその魂を手元に置いておき、受けた痛みを他者に与える事が出来る化け物へと作り変え、刺客として放ったりまでしたのである。

 その後この姉妹の後に人違いで召喚したハジメという男によって、力の大半を奪われたあげく、この世界へと放逐されたのだ。
 他にもここでは書ききれないほどの悪行を積み重ねてきた、そのシスティナをハジメは討とうとはしなかった。
 悪意を持って神の力を人に向けた際に、酷い目に遭う呪いを掛けただけだ。

 ここまで予想して放逐したとは思えないが、そのお陰で彼女は今まで感じたことの無い感情をベルモンドに対して抱く事が出来たのである。

(たかが1人の女にうつつを抜かす、愚かな男だと思ってきた。 それなのに今は、この男を見る度に胸が熱くなる。 ここまで人を愛おしいと感じたことは無い、私はこの男を愛し始めてしまったとでもいうの!?)

 吊り橋効果も効いていたかもしれないが、システィナは突然愛に目覚めた。
 結局は多勢に無勢で、ベルモンドは地面に倒れ気を失っている。

 邪魔者が消え去ったと気を許したごろつき達の前に、この場に居る誰よりも恐ろしい者が主の勇気を称えた。

「まったく。 すぐ傍に私が居たのだから、排除をお命じになられれば良かったのに。 まあそれでも1人の男として、良い所を見せれたのですから今回は及第点としますか」

「なんだお前は、こいつの保護者か? 保護者なら、隅にでも引っ込んでいろ!」

「まあまあお静かに。 これ以上騒ぎを大きくするとまずいのですが、あなた達には少しお仕置きが必要みたいですね」

 そう言いながら、執事から元の姿に戻るデモン。
 ごろつき達は、目の前に現れた妖魔に腰を抜かした。

「なあに2・3日もすれば目が覚めます。 でも私達に関する記憶は、消しておきますよ」

 翌朝簀巻きにされたごろつき達が発見されたが、彼らの口から犯人の名が出てくる事は無かったのである。



 帰りの馬車の中で、ベルモンドは泣いていた。
 勇んで前に出ながら、システィナを護る事が出来なかった悔しさによるものだ。
 御者台に座るデモンは、彼に声を掛けようとはしない。
 それがこの男に今必要な物では無いと、理解しているからである。

 彼に今必要なのは、護ろうとした女性からの言葉。
 その女性であるシスティナが何も喋ろうとしない事で、悔しさがより一層強くなる。
 それでもベルモンドは覚悟を決めると、彼女を護れなかった事を謝罪した。

「システィナ様、この度はとんだ失態を演じてしまいました。 あなたを護ると出たにも関わらず、危険な目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした」

「それで? 他にも何か、私に言うべきことは無いの?」

「他にですか? ええと、次は同じ失態を演じぬよう修行に励みます」

「それでは無い! その他に、もっと大事な事が有るでしょう!?」

 よく見ると、システィナの様子がどこかおかしい。
 周囲をきょろきょろと見回したり、時々ベルモンドを見つめ目が合うと頬を染めながらそっぽを向いたりしている。

 結局答えが出てこないベルモンドに我慢出来なくなったシスティナが、先に自分で答えを言ってしまった。

「貴様の頭の中身は空洞!? ごろつき共の前で、私を俺の物にすると叫んだでしょう! なら私の傍に一生居ると誓うのが、あらゆる世界での常識じゃないの!?」

「い、いや、あれはその場の勢いで……」

「その場の勢いで、貴様は女神を我が物としてしまうのか? この身を欲するのならば、それに相応しいだけの男になって。 そうすれば、私の身も心もあなたに全て捧げるわ」

 中の様子を盗み聞きしていたデモンは、女神の豹変に驚く。

(い、一体、何が、どうなっているんだ!?)

 システィナはベルモンドの顔を両手で押さえると、その額にそっと口付けした。

「!?」

「女神システィナからの祝福よ。 その身の不甲斐無さが悔しいのであれば、それをバネに力を付けなさい。 でもごろつきの前に立ち塞がった時のあなたは、私には勇者と同じに見えたわ。 これはその褒美よ、有り難く受け取りなさい」

 システィナは瞳を閉じると、ベルモンドと唇を重ねる。
 そして宿泊場所に着くまで、彼の傍を離れようとはしなかった。



「おいデモン、確かここに我らが泊まっていた建物が在った筈だよな?」

「記憶に間違いが無ければ、その通りであります」

「焼け野原にしか見えないが?」

 無事に戻ってきた3人は、その場に立ち尽くしている。
 泊まっていた建物が在る筈の場所と、その周囲が火の海と化していたからだ。
 呆然としていると燃え盛る炎の中から、複数の人影が現れた。

「いやぁ、今回ばかりは本当に危なかったな」

「そうね、まさかカイでも太刀打ち出来ない相手が居たなんて……」

「お義兄ちゃん、ケガの具合はどう? まだ痛い?」

 カイは身体のあちこちから出血しており、誰の目から見ても重傷なのは明らかだ。
 その彼にくっついて離れようとしない、1人の少女の存在に3人は気付く。
 透き通るような青い髪の少女、初めて見る顔だった。

「その少女は、一体何者なのだ?」

 ベルモンドの問いかけに、カイはゆっくりと答える。
 同じようにボロボロとなっているベルモンドの姿には、敢えて触れずに。

「ああ、こいつはスラミンだ。 さっき俺の命を救ってくれた際に、人の姿に擬態出来るようになった」

 どうやら3人が町に行っている間に、何かトラブルに巻き込まれていたようである。
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