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アツモリ、セーラー服の女の子に導かれ堕天使と戦う

第64話 若い女の子に囲まれてウハウハかもしれないが・・・

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 エルフの集落への仕事が終わってファウナの街に戻ったのは、予定通り出発してから数えて3日目の夕方だった。

 ミゼット商会の本店にはファウナに戻ったその足で直行した。エミーナが代表してフレア主任が亡くなったというのを報告して、その証拠としてレンズが粉々になった眼鏡と右手に嵌めていた指輪リングを手渡した。遺体を持ち帰らないのは常識であり、神に祈りを捧げて埋葬した事になってるからミゼット商会も何も言わない。4人の御者の証言にも不審な点はないし、荷物も約束通り持ち帰って次回の取引内容の契約書(さすがにこれだけはシルフィとエミーナが作った偽造契約書だけど、御者たちが本物だと思い込んでるだけ)も持ってるから無事に終わった。報酬はギルド経由で支払われるから、この場では受け取ってない。
 敦盛たちがギルドに戻った時、15人くらいがいたけど殆どの連中は帰り支度をしていて、中には手に入れた魔石を換金して「今から酒場へ行こう!」などと話し合ってるパーティもあった。

 今回、敦盛たちが得た魔石はゼロだ。ついでに言えば盗賊団が襲ってくる事もなく、得た物といえば後払いになるけどミゼット商会からの報酬と聖剣デュランダルだけ。ただし、聖剣デュランダルを手に入れたとは口が裂けても言えないから、ミゼット商会からの報酬だけと言っても過言ではない。エミーナが使った魔晶石を考えたら大赤字だ。
 エミーナはフレア主任とシビックが亡くなった旨を報告したが、その事で追及される事はなかった。というより冒険者が仕事の途中で亡くなる事は毎回とは言わないが結構あるから、その事をイチイチ詮索している余裕はないのだ。

 ただ・・・受付にいたステラだけでなくキャミやクラウン事務局長といった事務局、それにアキュラたち審判部や他のギルドメンバーたちも、敦盛たちと一緒に入ってきたにずうっと視線を合わせていたのだ!

 それは・・・シルフィだ!
 当たり前だが、男たちは好奇の目でシルフィを見てるし、女たちは嫉妬と羨望が入り混じった目で見ている。そんな中、シルフィはずっとニコニコしていたのだから、男たちの視線はシルフィに釘付けになっていたと言っても過言ではなかった。
 エミーナは受付にいたステラに『ニャンニャンクラブのメンバーに、新たに3人を加えたい」とだけ言った。
 3人とは・・・満里奈、ココア、シルフィだ。

 ココアはシビックが亡くなったから、ニャンニャンクラブに吸収という形だ。書類上の手続きで済むから、明日にでも正式に認められる。
 満里奈は普通に入会試験を受ける事になるが、ニャンニャンクラブのメンバーが全員『青銅ブロンズ』だから、敦盛同様に飛び級試験を受ければ済む話だ。

 だが、そのエミーナの発言にクラウン事務局長は頭を抱え込んでしまった。

 この世界には大陸共通語、まあ、元をただせば世界は神が作ったのだから、神が使っていた日常語を『エウレパ語』と呼ぶのもおかしいけど、とにかくエウレパ語を理解する種族は、人間以外では2つしかない。
 エルフとドワーフの2種族だ。
 ただ、エルフをハイエルフとダークエルフに分けて考えたら3種族だ。
 だが、ドワーフならともかく、エルフが自分たちのテリトリーを出て人間と交流を持った者は、二千年以上の歴史の間に数えるほどしかいない。その数少ないエルフのうち最初に交流を持ったエルフ、ウィンダムが人間に教えたのが精霊魔法であり、その使い手が精霊使いなのだ。
 人間と友好的なドワーフでも、人間たちと共に生活をしている者は皆無に等しい。当然だが各国の騎士団どころか傭兵団にも、冒険者ギルドにも人間しかいないのだ。
 つまり、シルフィは歴史上、初めて人間の組織に自ら入会を希望したなのだ!

 エルフは能力だけで言ったら並の人間以上だ。だが、そのエルフが入会するとが起こる。

 当然、その事はエミーナも百も承知なのだ。あくまで支部長個人と話す理由を作りたかっただけなのだ。

 エミーナは「直接、レクサス支部長と話をしたい」と申し出て、敦盛たちと一緒にレクサス支部長の部屋へ乗り込んだ。
 クラウン事務局長はレクサス支部長の部屋へ来るまでは一緒にいたが、エミーナが退室を求めたのでクラウン事務局長は首を縦に振って部屋を後にした。というより、レクサス支部長にしか話せない内容の事を話すというのをクラウン事務局長も察したから、素直に部屋を出たと言った方が正しかった。

 エミーナはレクサス支部長の許可を得て、部屋に結界を張ったくらいだ。つまり、これから話す事はレクサス支部長と言えども口外しないでくれ、とばかりに無言の圧力を掛けたに等しかった。

「魔王の妻にして魔王軍四天王の紅一点の右腕、かあ・・・」
 レクサス支部長はエミーナから報告を受けて「はーー」とため息をついたほどだ。
「そうです。我々人間は魔人将アークデーモンが魔王の配下では最強と思ってましたが、その魔人将アークデーモン以上の存在がいたとは想像すらしてませんでした。しかも4人も・・・」
「そうなるな。恐らく魔人王デーモンロードの片腕的存在が魔人将アークデーモンになるのだろうから、今回の堕天使は魔人将アークデーモン並みの強敵だったという事か・・・」
「多分。魔人将アークデーモンは過去に4体が確認されていますが、1体はギャラン卿が倒しています。そう考えると、魔人将アークデーモン並みの強さを持つ強敵が四天王の配下に複数いても全然不思議ではありません。魔人将アークデーモンは普通の人間には手に負えない存在ですし、アツモリだって結果的に勝てたから良かったけど堕天使リーザを相手に相当苦戦してたのは事実ですから、四天王にアツモリやシエナさん、ソリオ若長が勝てるか分かりませんよ」
「それに関しては仮定の話でしか過ぎない。神が肉体を失ったように、全てのおいて完璧は有り得ない。やみくもに怯えているだけでは前へ進めないぞ」
「失礼しました」

 エミーナはそう言ってレクサス支部長に頭を下げたけど、そのレクサス支部長は「はーー」とため息をついた。
「・・・それにしても、魂だけの存在になれば魔王軍が人間の街に入れるとはなあ」
「その点は正直、ボクも知りませんでした」
「見分ける方法があるのか?」
「リーザが言ってる事が本当だとしたら、7つの教団の神官が使える『懺悔コンフェション』で見破れますけど、だからと言って毎日毎日、全ての人間に『懺悔コンフェション』を使う訳にもいきませんからねえ」
「街の中で正体を現したら?」
「あー、それだけは大丈夫だと思いますよー」
「何でだ?」
「だってー、リーザ自身が人間の街に入って来れなかったんですよ。恐らく街の中で正体を現したら、悶え苦しむか魂が消滅してしまうから、フレア主任の体内でジッとしてたと思います」
「そうだと嬉しいけど・・・フレア主任とシビック君には気の毒な事をしたな」
「結果だけを見ればそうなります。私も正直、心が痛みます」
 ルシーダはそう言うとバレンティノの聖印を切って二人の冥福を祈ったし、レクサス支部長だけでなく敦盛たちもルシーダに倣ってバレンティノの聖印を切った。

 それが終わるとレクサス支部長はエミーナの方を見たけど、明らかに「勘弁して欲しいぞ」というのが丸分かりの表情だ。
「・・・エミーナ君の報告通りなら、魔王軍も人間側も戦力不足という事になるな」
「支部長の仰る通りです。ですが、世界樹の木が魔王軍の手に渡ったら人間の負けは確定します」
「かと言って、人間が世界樹の木から魔法生物を作るというような事になれば、エルフたちが魔王軍に味方するかもしれないな」
「それも仰る通りです。エルフたちが中立、いや、間接的ではありますが人間の味方をしている以上、静観しているしかないと思います」
「エルフ側から情報が漏れる恐れはないか?」
「大丈夫ですよ、エルフは自分たちのテリトリーの外の事に関しては無関心です。自分たちのテリトリーが荒らされたら話は別でしょうけど、この世界のハイエルフもダークエルフも自分たちから結界を張って人間たちとの交流を最小限に抑えている以上、今回の件がエルフ側から漏れる事は無いと断言してもいいです」
「はーー・・・これらの話をアホ陛下にしたところで意味が無いのは見え見えだなー」
「そうですよねー。時間の無駄ですねー」
「オレの胸の内に留めておくか、それとも冒険者ギルド総長に伝えるべきか、迷うな」
「総長には伝えていいかと思います。あと、連合騎士団を統括するレヴォーグ卿とギャラン卿にも極秘情報という形で伝えておいた方がいいと思います。ただ、それは魔王軍に関する情報だけという事でお願いします」
「当たり前だ。オレは時間を戻せるならエミーナ君と話をする前に戻りたいよ。支部長という立場でなかったら、本気の本気で世界の果てまで逃げたい気分だと言っておく」
「ボクだって本音ではそうですよ」
「どうせアホ陛下以外の国王連中に話したところで、自分たちの騎士団の功績にしたくてハッパをかけるだけだから、逆に言わない方が人間全体の利益になるし、ギャラン卿とレヴォーグ卿なら間違いを犯すとは思えん」
「承知しました」

 エミーナはそう言って深々と頭を下げたが、そのままレクサス支部長はココアに視線を移した。
「・・・ココア君」
「はい」
「ファウナ支部長の名において、ココア君にはアツモリ君、エミーナ君、ルシーダ君とパーティを組む事を命じる。いや、君には申し訳ないが拒否権はない」
「分かってますよ。わたしたちに聖剣デュランダルと堕天使の事を相互監視しろ、という事ですよね」
「そういう事だ。ある意味ココア君には申し訳ないが、人間の将来が掛かっている。もしこれを破った場合、君を抹殺せねばならぬ。オレとしては決断したくないから承知してくれ」
「分かりました」

 レクサス支部長は「はーー」とため息をついてから軽く右手を上げてココアに謝意を示したが、そのまま視線を満里奈に向けた。
「・・・マリナ君とか言ったね」
「はい、そうです」
「君も悪いが、お兄さんと同じパーティに所属してもらう。いいかね」
「はい、それは構いません。むしろ、お兄ちゃんと同じパーティに入れて大歓迎です」
「ただし、試験は受けてもらう。合格すれば青銅ブロンズクラスだが、不合格だったら最下級のペーパーからやってもらうぞ」
「仕方ないですね。そのあたりはエミーナさんやルシーダさんから事前に言われてましたから、そこは納得してます」
「合格するよう、個人的には祈ってるぞ」
「ありがとうございます」
「はーーー・・・あと、ハイエルフのシルフィ君については、支部長権限で入会を許可する。それも試験無しで青銅ブロンズだ」

 レクサス支部長は「はーー」と再びため息をつきながらシルフィの顔を見たけど、エミーナはレクサス支部長のボヤキが痛いほど分かっていた。
 レクサス支部長は『エヘン!』と空咳をしたけど、あまり力はなかった。
「・・・オレだって本当はこういう特例を認めたくないぞ、ったくー。本来なら『精霊使い』、もしくは『弓兵アーチャー』として試験を受けさせたいが、だいたい、常識としてこの2つで人間がハイエルフに勝てる訳ないだろー。剣で勝負するなら人間の勝ちだろうけど、この2つでシルフィ君に勝てる人間がいたらズバリ、エミーナ君がこの場で言ってくれ」
「いる訳ないですよー。伝説の『弓兵アーチャー』エリシオンが現代に蘇れば勝てるかもしれませんが、『精霊使い』としての能力だけだったら、シルフィはアクアさんを押さえてファウナ支部ナンバー1は確定、いや、エウレパ大陸冒険者ギルドのナンバー1は確定ですね」
「そういう事だ。あのアクア君でもハイエルフと精霊魔法で勝負して勝てるとは絶対に思ってない。青銅ブロンズというのは譲れないが、エミーナ君たちのパーティメンバーとして行動するなら、という条件付きで試験免除だ。これでどうだ?」
 レクサス支部長はシルフィを見て言ったのだが、そのシルフィはニコニコ顔で「ありがとうございまーす」としか言わなかった。
「・・・まあ、ある意味アツモリ君は若い女の子に囲まれてウハウハかもしれないが、君の采配1つでこの女の子たちが分裂したら、それが人間の将来を決定づける事になるのは明白だ。オレがアツモリ君の立場だったら『これほどオイシイ事はない』と思う気持ちよりも『冗談じゃあないぞ』という気持ちの方が強い。それだけは忘れるなよ」
「支部長、『若い女の子』と言ってましたけど、シルフィは俺どころか支部長より年上ですよー」
「あー、たしかにそうだ」
 レクサス支部長は敦盛のツッコミに思わず笑ってしまったしエミーナたちも笑ったけど、それを最後に話し合いは終わって、エミーナは結界を解いた。
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