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アツモリ、強敵と相まみえる

第90話 師弟対決

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 レパード子爵はゆっくりと階段を下りて行ったが、子爵が階段を下りるのに合わせて亡骸ゾンビたちは子爵に道を空けつつ下がっていき、階段周辺に全て集まった。

「・・・ココア、この場はわたくしにやらせて欲しい」

 セレナ王女はそう言ってココアの方を振り向いたが、ココアは黙って頷いた。いや、敦盛だけでなくココアにもセレナ王女の気持ちが痛いほど分かっていたから、文句を言う事なくセレナ王女の好きにさせたのだ。
 セレナ王女が剣を構えたのを見たレパード子爵はニヤリとした。
「・・・メビウス!この部屋にある全てのトラップを解除せよ!」
「し、しかし、そんな事をしたら・・・」
「ワシの言う事が聞けぬのか!」
 レパード子爵は左手をメビウスに向けながら一喝したから、メビウスは再び苦悶の表情をしながら畏まった。
 メビウスは黙って立ち上がると右手に持ったスタッフをかざした。

【  す・べ・て・の・め・い・れ・い・を・と・り・け・す・こ・と・を・め・い・ず・る  】

 メビウスは額に汗をかきながらも『魔法解除ディスペルオーダー』を唱えたが、敦盛から見てもエミーナの詠唱速度の3倍、いや4倍くらいに遅い!しかも言葉を唱えるたびに苦悶の表情をするという事は、呪いに打ち勝ちながら言葉を発するのに苦しんでいるというのがアリアリと分かる。本来なら呪文を唱える事は出来ないのに、苦しんでいるとはいえ唱えられるという事そのものが、凄まじいまでの精神力の持ち主の証明なのだ。その点だけは敦盛も認めざるを得なかった。

 ココアの首に吊るしてあった護符アミュレットの輝きが消えた。つまり、セレナ王女が前へ踏み出す事が出来るようになったのだ。セレナ王女は敦盛たち3人を見渡したかと思ったら一度だけ頷くと前を向いて、1歩、また1歩とレパード子爵に近付いて行った。
 その二人は10歩くらいの距離を取ってピタッと止まった。
「・・・不出来な弟子を持つと苦労するよ」
「『弟子』という部分を『師』に置き換えて、ソックリそのままお返しします」
「殿下はワシの首を取って、その後どうしたいのだ?」
「決まってます。この国の災いの芽を摘み取る。これ以上でもこれ以下でもありません」
「巨悪を眠らせてでも小鬼退治か?殿下はいつから大公の犬になった?ワシは失望したぞ」
「人としての道を踏み外したのはレパード子爵、あなたの方だ!」
「・・・この世の中は狂っている。殿下、よく考えて欲しい。人々の怨嗟の声を無視して贅沢の限りをしている殿下の叔父どころか、人々を、いや、世界を混乱に陥れた元凶ともいうべき殿下の祖父は悠々と生きている。殿下だけはワシの考えが分かってくれると思っていたのだが、見込み違いだったようだ」
「どちらも巨悪に違いないが、あなたは人としてやっていい事の限度を超えている!それだけで罪なのだ!!」
 その言葉と共にセレナ王女は足を踏み出してレパード子爵に突っ込んで行ったが、レパード子爵は剣で悠々と受け止めた!

” ガッキーーーーーーーーーーーーーーン! ”

 二つの剣が重なり合ったと同時に青白い火花が互いの剣から飛び散った。セレナ王女の聖剣もレパード子爵の剣も魔力を帯びている証拠だ。
 そのまま二人は互いの位置をかえつつ10合、20合と打ち合ったが、互いに相手を傷付けるどころか髪の毛1本舞う事もない勝負になった。敦盛にはセレナ王女の足裁きがアクシオ伯爵と同じ、つまりバレンティノ聖騎士団流の足裁きと同じだという事に気付いていた。1つの線を描くかのような足の動きで相手に近付いて再び距離を取る。見る者を魅了するかの如きセレナ王女の剣はレパード子爵に迫るが、レパード子爵はまるでセレナ王女の動きが分かっているかのように剣を繰り出し、決して自分に触れさせない。見方を変えれば稽古をしているかにも見えなくもないが、セレナ王女が放っているのは間違いなく殺気だ。セレナ王女は本気でレパード子爵を殺す気だ!

「・・・以前より腕を上げたな」
 レパード子爵は剣を交えながら余裕の表情でセレナ王女に話し掛けたが、セレナ王女は怒りの目でレパード子爵を見ながら剣を繰り出している。
「どうして死者を弄ぶような事をして平然としていられるのだ!そんな事をして楽しいか?」
「必要悪だからだ」
「必要悪?どういう事だ?」
 セレナ王女はその言葉に飛び跳ねるように後ろへ下がって距離を取ったから、互いに剣が届かない距離になった。

 セレナ王女は一度構えを解いたから、レパード子爵も構えを解いた。
「・・・殿下、もう一度言うが、グロリア大公は存在そのものが悪だ。それは殿下も承知しているはずだ。ああいうやからは存在しない方がいいに決まってる。もっと平たく言えば不必要な悪なのだよ。でも、ここで考えて欲しい。この地上界は今、神々の大戦終結以降で最大の危機に陥っている。いずれ人間が負けるというのは殿下も分かっている筈だ。魔王の配下の魔術隊の一部は、戦死した騎士や兵、それに戦乱に巻き込まれて死んだ一般の市民を愚弄するかのように亡骸ゾンビにして、しかも自分たちの先兵のように弄んでいる。それはまるで消耗品扱いだ。こんな事を平然としているのに、我々人間は『死者は大地に返す』という事に拘っている。これでは人間の数はどんどん減っていき、やがてゼロになるのは火を見るより明らかなのだよ。ワシがやろうとした事、それは死者の魂は神の元へ返してやるが、その肉体は神の為に使わせて欲しい、という事なのだ。殿下は御存知ないかもしれないが、『支配の指輪ドミネーションリング』というのは大魔導士センチュリーが発明したと言われている魔法道具マジックアイテムだ。これがあれば亡骸ゾンビを支配できるどころか、手足の如く使う事も出来るのだよ。魔王の配下の魔術師たちは、亡骸ゾンビを作る事は出来ても操る事が出来てない。時として魔王軍の首を絞める存在となっているのは兵の証言からでも明らかであり、やみくもに亡骸ゾンビを作っても無意味なのは誰もが知っている」
「魔王の配下の魔術師たちが人間たちを亡骸ゾンビにしてるのは事実として知っている。だが、それとレパード子爵がやろうとうしていた事と、どう繋がるのだ?」
「人間に多重能力者マルチアビリティは殆どいないのは常識として分かっている。だが、騎士団の現状を考えたら一人で複数の役割、特に集団を攻撃できる古代語魔法と騎士の同時運用はメリットが大きいのだが実際には行えない。だから魔法騎士を提唱したのだ。だが、その魔法騎士を訓練していてワシは確信した。人であるうちは魔術の暴走で肉体を壊してしまうけど、それは感情を持っているからだ。ならば、感情を持たない不死生物アンデッドという存在ならば魔法を唱えても暴走しないのでは?とね。ワシの推論は当たった!肉体的な力は亡骸ゾンビになったら変わらないか、肉体を損傷したら逆に衰える。もう1つ、死人に回復魔法を使っても意味が無いのは誰もが常識として知ってる。故に、魔法騎士になるのに魔法と剣を両立させる為の訓練など必要ない。肉体が剣士のように強くなってから肉体を損ねる事なく亡くなった魔法使いならば、魔法騎士に成れるとね」
「死者を弄ぶ事をしながら、それは魔王に勝つのに必要、人間が生き残るために必要だから必要悪だと言いたいのか!」
「その通り!ここにいる亡骸ゾンビは全てワシが見込んだ通りの魔法騎士だ。上にいたのは魔法騎士になれずに亡くなった者たちの成れの果てであり、ここにいるのがワシが望んだ存在なのだよ!」
「レパード子爵、あなたは狂っている!もはやあなたに人間の常識は通用しない!」

 セレナ王女はそう叫ぶと右手で持っていた剣を両手持ちに変えた。そのまま剣を眼前に垂直に立てて構えたが、敦盛はその直後に気付いたがセレナ王女の構えは『至高の構え 十字軍クルセイダー』とほぼ同じだ!違っているのは右手1本ではなく両手で構えているという事だ!!

「バレンティノ聖騎士団流 至高の構え 『南十字星サザンクロス』!」
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