壺の中にはご馳走を

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顔を返して③

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 真也は帰宅すると朝から晩まで指示された通りに実践した。


 そして1週間後、真也は絶望した。
 
 恐る恐る全身鏡にかかる布をどけると、以前と変わらず老婆がいた。


 真也はティサの扉を乱暴に開けた。

「どういうことだよ!? 何も変わらないじゃないか!!」

「早かったねぇ。おやおや血相変えてどうした?」

 営業開始前だったが、女性は待ってましたとばかりに腕と足を組み真也を挑発する。


「僕はあんたの言う通りにやった。でも鏡には今だってあの婆さんが映ってる!」

 店内の全ての鏡が老婆を映し出し、真也を睨みつけている。

 そんな真也の必死の訴えを女性は嘲笑った。

「あっははははは! あんなデタラメを信じるお前は馬鹿なのか?」


 この1週間を無駄にし、希望まで打ち砕いた罪は重い。

 真也は話になりそうにないと店を出ようとした。


「待て。お前が私と契約するなら救ってやろう。今回は本気だ。ここで意地を張ればお前は死ぬぞ」

 死という言葉で真也の心が揺らぐ。

「……契約って何ですか?」

「なぁに簡単さ。客人に茶を出すんだよ。客に茶も出せない店は繁盛しないからねぇ」

 毎週水曜日、店でお茶くみ係をする。

 決して辛い労働内容ではない。

「茶や菓子はお前が買って用意しろ。アタシは無駄な物に興味はない」


 普通こういうのは経費で落とすのではないのか。

 ’無駄な物’と言うが、店の大部分を占める雑貨の山より有益だ。

 しかし藁にもすがりたい真也は、そういった不満を口には出さなかった。

「本当ですか? また騙しているんじゃ……」


 女性はフフンと鼻を鳴らして、足元から壺をテーブルに置いた。

 バスケットボール大で、外側には赤や黄色の幾何学模様が施されている。

 真也は1週間前の水晶玉を思い出した。


「そう警戒するな。これは霊力が好物なんだ。恐怖や悩みを抱えた者の言葉には強い霊力が宿る。お前がに取り憑かれた経緯を話せ」

 霊力?

 真也はオカルティズムを信じていない。

 しかし現在進行形で自らが体験している時点で、霊力の存在を否定できない。


「嘘かマコトかは、話し終われば分かるさ」

 女性には不思議な魅力があった。

 一度裏切られたにも関わらず、妙な説得力を感じるのだ。


 真也は椅子に腰掛けて、女性(と壺)に話し始めた。

「今年の5月に大学の友達と心霊スポットに行きました。

 男は僕と洋介、貴史、女は美香と紗矢。

 1つ目と2つ目は噂だけのスポットで、実際は多くのグループが肝試しで馬鹿騒ぎしていました。

 僕がこの誘いに乗ったのは女子とイチャイチャしたいからで、まぁ噂なんてこんなもんだと思いました。


 でも3つ目に訪れた『青山峠トンネル』は明らかにおかしかった。

 あそこにはこんな噂があるんです。

 夜中の4時32分にトンネルの真ん中でタバコを吸うと、上から髪の毛の長い女が落ちてくる――。


 僕たち5人はそれを検証するために、『青山峠トンネル』に行った。

 先客はいなくて、僕たちで貸し切ってるみたいでテンションが上がりました。

 洋介が喫煙者で、残りはただそこにいるだけだったけど、それでも何か起こったらって期待していました。


 4時32分。

 洋介がタバコを吸い始めた。

 僕はタバコの煙が嫌で、なるべく吸い込まないように顔を背けていました。


 しばらくすると、自称霊感持ちの紗矢が

『寒い、寒い』

 と言い出したんです。

 確かにトンネルの中は周りより冷たい風が吹いていました。

 でも紗矢は震えるほど異常に寒がって、僕たちはそれが気持ち悪くて帰ることにしました。



『女なんか落ちてこねーし、つまんねーから帰ろうぜ』

 という洋介の言葉に、美香が

『紗矢がこんなになってるのに、何で心配しないわけ!?』

 と食ってかかった。

 心霊スポット巡りと計画した時点で美香を狙っていた貴史は、美香を止めるような形でベタベタと体に触れている。


 うずくまった紗矢を放置するのはマズイ、それにワンチャン狙えるかもしれないと思いました。

 僕は

『大丈夫か?』

 と声をかけたんです。

 
 黙って顔を上げた紗矢の顔は、老婆になっていました。

 ギロリと睨まれたものだから、僕は

『うわっ!』

 と紗矢を突き飛ばしてしまった。


 そこで洋介と貴史、美香の視線がこちらに向いた。

『ご、ごめん。紗矢の顔が……』

 そう言って紗矢を見たけど、いつもの紗矢に戻っていた。

『あれ? 私、何してたっけ?』

 って紗矢が言って寒がる様子もなかったから、僕たちは安心してそのまま帰りました。


 そして翌朝、僕は目を疑った。
 
 洗面所の鏡に、恨めしそうな老婆の顔が映っていたんです」
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