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星は聞いている②
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散々楽しんだオーケルマンはいびきをかいて寝ている。
俺は窓から外を見た。
ハンス・ユーホルトに聞かれたよなあ……。
だが、ハンス・ユーホルトの姿がない。
物音を立てないように、そっと馬車から降りた。
馬車付近に足跡がいくつかある。
オーケルマンと俺以外に、あと一つ。
足跡は御者が寝ている方へ伸びていた。
盗み聞きが趣味とはスケベ野郎め!
ひょっとしたら、布も外から覗いているのがバレないように取り付けたのかもしれない。
オーケルマンをはっきりと視認できるほどの月明かりも、覗き見る隙間があったんじゃないか?
……ということは、ハンス・ユーホルトは近くにいなかったってことか……?
俺は馬車から離れ、月明かりを頼りに歩いた。
ちょうど良いところにオアシス。
貴重な水源には申し訳ないが、体を清めさせてもらおう。
服を脱いであらゆる体液を洗い流す。
ハンス・ユーホルトはもう寝たのかな。
服を着てもうしばらく外にいようと歩き出した時
「終わったのか?」
声の方を振り返り、俺は体がビクッとした。
「ユ、ユーホルト様」
「ハンスでいい」
もしかして、ずっとここに座ってたのか?
騎士団長様は猫の目でも持っているのか!?
「この間はすまなかった。お前を傷つけてしまったと後悔している」
予想外の言葉に上手く返事ができない。
「お前、昼間はわざと宰相から青年を遠ざけただろう」
気づいてたのか。
「えっ、あ、別に、俺はその方がオーケルマンのお気に入りでいられるからで……。っていうか、あんた、あ、ごめっ、ハンスも子供を守るためにおっきい声出してたじゃん!」
俺たちは案外気が合いそうだ。
「ヘヘッ、俺、気にしてないよ。ハンスはまだ寝ないの? 隣に座って良い?」
俺はハンスの左隣に腰を下ろした。
「ああ、見ろ。俺は夜は嫌いだが、夜空は大好きだ。星を眺めていると全てを忘れて無になれる」
月に負けず劣らず、星もキラキラと存在感を放っている。
「俺も好きだよ! 夜には夜にしかないロマンが広がってるんだ」
何を隠そう、俺は天体サークル所属だ。
ロマンチックに女子を口説いてやろうなんて不埒な輩とは違って、俺は本当に天体ロマンに惹かれているんだ。
思えば、この世界に来る直前も、サークルの出し物を用意してたなあ。
ハンスは夜空を指差した。
「あの一際輝く星が分かるか?」
「えーっと、あれかな」
俺たちの指先は同じ星を追いかけている。
「パヌラという星だ。神話に出てくる偉大な英雄パヌラは、怪物グルゴスを倒して暗闇が支配する世界を、明るく眩しい昼間にした。陽の光で作物が育つこと、夜目のきかない者が安全に活動できるのは、パヌラが人間に昼間という概念を与えたからだ」
へぇー面白いエピソードだ。
俺が知る夜空とは違うけど、新しい学びだ。
「ハンスは物知りだな。俺もそういうエピソードは持ってるぜ! 手が付けらんないほど強かったオリオンは、サソリによって死んでしまう。だから、オリオン座は冬に現れて、さそり座が出る夏になると逃げるようにいなくなっちゃうんだ」
ハンスはオリオン座やさそり座と聞いてピンっとくるだろうか。
もしかして、妄想癖があるヤツみたいに映ってるかも。
「初めて聞く話だ。季節によって異なる星座が見えるという設定が秀逸だな。……俺は天文学者ではないから、正しく夜空を理解してはいない。実を言うと俺は、星が常に同じ場所にあるわけではないと思っている。変な話だが、あと1時間もすれば、あの星は西の方角へズレたように感じる。パヌラは同じ方向に見えるから、きっと別の星と勘違いしているのだろうな」
そうか、ハンスは地球が自転していることを知らないんだ。
パヌラは元の世界で言うところの北極星。
そもそも、この世界が地球上にあるかも不明だけど。
適当に話を合わせることは簡単だが、俺の知っている事実を話すことにした。
ハンスはそっちの方がもっと夜空を好きになると思うから。
「それはさ、この惑星がある軸を中心に回っているからだよ」
ハンスは目を丸くした。
「地球が回ってる? ハハッ、そんなわけないだろ。だったら俺たちは今頃目が回っているはずだ」
ごもっとも。
でもそれが事実なんだ。
「俺の世界ではそれが常識なの。地球はそれ自身が回りながら、太陽の周りを回ってる。長い歴史の中で、色んな人の思惑が絡んで優秀な学者が犠牲になって、やっと事実だって認められたんだ。信じられないかもだけど、嘘みたいな本当はあるんだよ。俺だって――」
俺は今、何を言おうとした?
まさか、ハンスに話そうとしているのか?
ハンスは言葉の続きを待っている。
「俺は……」
月光に照らされた俺たちは、絵画の中に逃げ込んだみたいだ。
俺たちは見つめ合うのを止めない。
目を逸らしたら負けなのか? ってくらいに。
深く息を吸い込んだ。
「俺はこの世界の人間じゃない。だから、この世界のことは何も知らないし、一方でハンスが知らないことを知っている」
ハンスはゆっくりと2回瞬きをした。
「ごめっ、俺、気持ち悪――」
「信じる。にわかには信じ難いが、信じよう」
またしても予想外。
ハンスは人を信じられる真っ直ぐな人間なんだな。
「お前は国宝を狙う抜け目ない男だが、卑劣な嘘を吐けない愚直な面がある」
「ちょっ、愚直って――」
俺の左の耳たぶは、ハンスの右手親指と人差し指に軽く挟まれた。
「俺はお前の味方だ」
人は恋に落ちる時、どんな反応を示す?
カッと瞳孔が開く?
心臓の鼓動が激しくなる?
口元はニヤけるのに、なぜか涙ぐんでしまう?
その全てに当てはまってしまった俺は、どうしたらいいんだ。
耳はたまらなく熱いし、このあったかい気持ちは何なんだよ!
「俺は地球が回っていると知っている。お前は別の世界から来た。どちらも他人に知られれば、国中を騒がせる大事件だ。だからこれは俺たちの秘密だ。もう遅いからお前は馬車に帰って寝ろ。また体調不良で騒げば、次こそ宰相の機嫌を損なうぞ」
俺は今宵、ハンスと秘密を共有して、ハンスに絶対に知られてはいけない秘密を作ってしまった。
俺は窓から外を見た。
ハンス・ユーホルトに聞かれたよなあ……。
だが、ハンス・ユーホルトの姿がない。
物音を立てないように、そっと馬車から降りた。
馬車付近に足跡がいくつかある。
オーケルマンと俺以外に、あと一つ。
足跡は御者が寝ている方へ伸びていた。
盗み聞きが趣味とはスケベ野郎め!
ひょっとしたら、布も外から覗いているのがバレないように取り付けたのかもしれない。
オーケルマンをはっきりと視認できるほどの月明かりも、覗き見る隙間があったんじゃないか?
……ということは、ハンス・ユーホルトは近くにいなかったってことか……?
俺は馬車から離れ、月明かりを頼りに歩いた。
ちょうど良いところにオアシス。
貴重な水源には申し訳ないが、体を清めさせてもらおう。
服を脱いであらゆる体液を洗い流す。
ハンス・ユーホルトはもう寝たのかな。
服を着てもうしばらく外にいようと歩き出した時
「終わったのか?」
声の方を振り返り、俺は体がビクッとした。
「ユ、ユーホルト様」
「ハンスでいい」
もしかして、ずっとここに座ってたのか?
騎士団長様は猫の目でも持っているのか!?
「この間はすまなかった。お前を傷つけてしまったと後悔している」
予想外の言葉に上手く返事ができない。
「お前、昼間はわざと宰相から青年を遠ざけただろう」
気づいてたのか。
「えっ、あ、別に、俺はその方がオーケルマンのお気に入りでいられるからで……。っていうか、あんた、あ、ごめっ、ハンスも子供を守るためにおっきい声出してたじゃん!」
俺たちは案外気が合いそうだ。
「ヘヘッ、俺、気にしてないよ。ハンスはまだ寝ないの? 隣に座って良い?」
俺はハンスの左隣に腰を下ろした。
「ああ、見ろ。俺は夜は嫌いだが、夜空は大好きだ。星を眺めていると全てを忘れて無になれる」
月に負けず劣らず、星もキラキラと存在感を放っている。
「俺も好きだよ! 夜には夜にしかないロマンが広がってるんだ」
何を隠そう、俺は天体サークル所属だ。
ロマンチックに女子を口説いてやろうなんて不埒な輩とは違って、俺は本当に天体ロマンに惹かれているんだ。
思えば、この世界に来る直前も、サークルの出し物を用意してたなあ。
ハンスは夜空を指差した。
「あの一際輝く星が分かるか?」
「えーっと、あれかな」
俺たちの指先は同じ星を追いかけている。
「パヌラという星だ。神話に出てくる偉大な英雄パヌラは、怪物グルゴスを倒して暗闇が支配する世界を、明るく眩しい昼間にした。陽の光で作物が育つこと、夜目のきかない者が安全に活動できるのは、パヌラが人間に昼間という概念を与えたからだ」
へぇー面白いエピソードだ。
俺が知る夜空とは違うけど、新しい学びだ。
「ハンスは物知りだな。俺もそういうエピソードは持ってるぜ! 手が付けらんないほど強かったオリオンは、サソリによって死んでしまう。だから、オリオン座は冬に現れて、さそり座が出る夏になると逃げるようにいなくなっちゃうんだ」
ハンスはオリオン座やさそり座と聞いてピンっとくるだろうか。
もしかして、妄想癖があるヤツみたいに映ってるかも。
「初めて聞く話だ。季節によって異なる星座が見えるという設定が秀逸だな。……俺は天文学者ではないから、正しく夜空を理解してはいない。実を言うと俺は、星が常に同じ場所にあるわけではないと思っている。変な話だが、あと1時間もすれば、あの星は西の方角へズレたように感じる。パヌラは同じ方向に見えるから、きっと別の星と勘違いしているのだろうな」
そうか、ハンスは地球が自転していることを知らないんだ。
パヌラは元の世界で言うところの北極星。
そもそも、この世界が地球上にあるかも不明だけど。
適当に話を合わせることは簡単だが、俺の知っている事実を話すことにした。
ハンスはそっちの方がもっと夜空を好きになると思うから。
「それはさ、この惑星がある軸を中心に回っているからだよ」
ハンスは目を丸くした。
「地球が回ってる? ハハッ、そんなわけないだろ。だったら俺たちは今頃目が回っているはずだ」
ごもっとも。
でもそれが事実なんだ。
「俺の世界ではそれが常識なの。地球はそれ自身が回りながら、太陽の周りを回ってる。長い歴史の中で、色んな人の思惑が絡んで優秀な学者が犠牲になって、やっと事実だって認められたんだ。信じられないかもだけど、嘘みたいな本当はあるんだよ。俺だって――」
俺は今、何を言おうとした?
まさか、ハンスに話そうとしているのか?
ハンスは言葉の続きを待っている。
「俺は……」
月光に照らされた俺たちは、絵画の中に逃げ込んだみたいだ。
俺たちは見つめ合うのを止めない。
目を逸らしたら負けなのか? ってくらいに。
深く息を吸い込んだ。
「俺はこの世界の人間じゃない。だから、この世界のことは何も知らないし、一方でハンスが知らないことを知っている」
ハンスはゆっくりと2回瞬きをした。
「ごめっ、俺、気持ち悪――」
「信じる。にわかには信じ難いが、信じよう」
またしても予想外。
ハンスは人を信じられる真っ直ぐな人間なんだな。
「お前は国宝を狙う抜け目ない男だが、卑劣な嘘を吐けない愚直な面がある」
「ちょっ、愚直って――」
俺の左の耳たぶは、ハンスの右手親指と人差し指に軽く挟まれた。
「俺はお前の味方だ」
人は恋に落ちる時、どんな反応を示す?
カッと瞳孔が開く?
心臓の鼓動が激しくなる?
口元はニヤけるのに、なぜか涙ぐんでしまう?
その全てに当てはまってしまった俺は、どうしたらいいんだ。
耳はたまらなく熱いし、このあったかい気持ちは何なんだよ!
「俺は地球が回っていると知っている。お前は別の世界から来た。どちらも他人に知られれば、国中を騒がせる大事件だ。だからこれは俺たちの秘密だ。もう遅いからお前は馬車に帰って寝ろ。また体調不良で騒げば、次こそ宰相の機嫌を損なうぞ」
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