異世界では香りに包まれて幸せに暮らします

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パラスリリーとドクター

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 パラスリリーはのんびりとした空気が流れる国だ。
 
 石や木を上手く利用した建物が並び、都会の高層ビルや幹線道路といった喧騒からは程遠い。
 美しい自然に囲まれた色鮮やかな風景はまさに「花の国」だ。

 食材や衣類を扱っているマーケットは多くの人で賑わっている。
 地図で見たパラスリリーは孤立した島国だったが、品揃えは抜群だ。


「ありがとうございます。高かったんじゃないですか? 早くこの国に馴染んで働いてお金を返しますね」

 どこかのお姫様や貴族のような装飾が施されたドレスに身を包まれ少々気恥ずかしい。
 幼い頃はお姫様に憧れたが、異世界で実現するとは思ってもみなかった。

「とても似合ってる。この国の女性はおしゃれが好きだから、もっと素敵なデザインの服に出会えると思うよ」

 確かに周りを見渡すと華やかなドレス姿の女性がたくさんいる。
 華やかさを優先するあまり機能性は低いが、いわゆる庶民でも着飾るのが普通のようだ。


「ドクター!」

 遠くから中年女性が駆け寄る。

「ドクター、この間はどうもありがとうございました。お陰様で父の具合はすっかり良くなって、『おい、今日の飯は何だ?』ってうるさいくらいだよ」

「それは良かった。食事は元気の源ですから」

 そういえばオリヴァーの人物像については全く知らなかった。
 というかドクターと呼ばれる人物を初めて見た。

「おや、その子は誰だい?」

「はじめまして。サクラといいます」

「バーバラさん、サクラはちょっとしたツテで『外』から来たんだ。今日からお手伝いとして研究所で暮らすことになったんだよ。さっきリチャードに挨拶に行ったんだよね」

「そうだったのかい。リチャード様とドクターの知り合いなら安心だ。よろしくね、サクラちゃん」

 バーバラのにこやかな表情に、良いスタートを切れたと安堵する。
 私は自警団長とドクターのお墨付きを得た新入りということか。


「オリヴァーさんはドクターって呼ばれてるんですか?」

「ああ、僕は香水の研究をしているんだ。この国では香水は薬としても使われるんだよ」


 研究所へと足を進めながらオリヴァーはパラスリリーについて話してくれた。

「パラスリリーに咲き誇る花は質の良い香水になる。僕たちがその香水に心を込めると、あらゆる病気に効果的な薬になる。パラスリリーは香水を売ることで豊かな国を保ってるんだ」

「香水って花畑で私に振りかけてくれたアレですか?」

「あれは緊張をほぐす香水だね。花から抽出される精油にはそれぞれ効果があって、上手く組み合わせると虫歯を治したり出血を止めたりできる。香りを嗅ぐだけでなく飲むこともある。とても甘くて苦い薬が苦手な子供も治療を受けられる」


 オリヴァーは花畑の時に使った瓶を取り出した。

「これはビターオレンジで、小さな子供でも作れるシンプルな薬だよ」

「子供も作れるんですか?」

 オリヴァーは当たり前といった顔で答えた。

「香水作りはパラスリリーの人々に伝わる能力だからね」

 バトル漫画にあるような派手さはないが、これもひとつの異能力と言えそうだ。


「中には外の世界で使われる薬より効果が高い香水もある。それに香水は元々嗜好品だから、持っているだけで地位を誇示できる。世界中の富裕層が香水を買い求めるから、植物以外資源のないパラスリリーでも高い生活水準でいられる」
 
 オリヴァーはふと私のドレスに目を向ける。

「マーケットにはたくさんの商品が並んでただろう? ほとんどが舶来品なんだ。毎日のようにどこかの商会が船を出して香水を売っては外貨を得て、国に必要な物を買い込む。貿易相手によっては物々交換だってあるそうだけど、いずれの場合も香水は高値でやり取りされる」

 宝石や酒、麻薬が高値で売買されるのと一緒だろう。
 ふと浮かぶ疑問を投げかける。

「香水がなくてはならない産業だってことは分かったんですが、それって危険じゃないですか? だって世界中が欲しがっているなら、無理やり奪おうって人も出てくると思うんです」

「パラスリリーは戦争に巻き込まれないから軍隊を持たないんだ。自警団は治安を守るために訓練しているけど、他国を攻めることはしない。なぜだと思う?」

 戦争をしても負けるからだろう。
 パラスリリーが戦場になれば負けるのは目に見えている。
 
 立派な屯所に規律正しい自警団員が何人いたところで、砲台や要塞のない花だらけの国が陥落するのは時間の問題だ。
 
 
 しかし戦争に巻き込まれないとはどういうことだろう。

「香水を作るのに一番大切なのは『心』なんだ。数百年前、隣国ティーチストに人々が連れ去られたことがあった。そこで香水を作らせたんだけど、誰ひとり薬に変えられない。パラスリリーから奪った花で作らせても同じ」

 強制連行された地で能力を発揮するのは難しそうだ。

「別の話もある。かつてパラスリリーには王がいた。五代目ギルバート王はとても傲慢で、圧政により人々を苦しめた。すると次第に人々は能力を失い、パラスリリーは貿易ができなくなった。多くの人が飢えに苦しんでギルバート王までもが餓死してようやく王政が崩壊した。自治により平穏を取り戻した人々は、再び能力を使えるようになった」

 能力を発揮するのに必要なのは場所だけじゃないってことか。


「悲しみや怒り、嘆きに囚われた心では、薬は作れないんだ。過去の出来事から皆がそれに気付いたから、パラスリリーの平和は絶対に守られる。そうしないと香水を手に入れることができないからね」 

「なるほど。じゃあパラスリリーの方針は皆さんが決めているんですか?」

「最終的に判断するのはリチャードだけど、皆で話し合ってルールを決めて誰か一人だけ悲しむようなことがないように努力してるよ」

 外部からの脅威がないとはいえ、自治だけで秩序を維持するのは大変なことだ。
 リチャードの机上にあった書類の山だけではない苦労があるのだろう。


「さあ、ここが研究所だよ! 入って!」

 しばらくお世話になる研究所。
 香水が薬という新しい概念に触れ未知の領域に対するワクワクが、中へと踏み込む一歩を急かした。
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