異世界では香りに包まれて幸せに暮らします

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知識の宝庫

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 パラスリリーに来て3日目。
 いよいよ花の世話を始めることになった。

 私に任された仕事は2つ。
 花に水を遣ることと、声をかけてあげること。

 優しく前向きな言葉は花を美しく成長させるそうだ。

「きれいに育った花は良い薬になるんだよ」

 そう教えてくれたオリヴァーの恩に報いるためにも頑張ろう!

 
 とはいえ、仕事量が多いわけではない。
 朝に花畑へ行き一通り世話をした後、昼食や夕食の仕込みをする。

 初日にして時間を持て余してしまった。

 花の世話が終わったら自由時間だと言っていたけれど、さすがに連日遊びに行くほど厚かましくはない。

 研究所を出て適当にブラブラしているが、見ようによっては遊び惚けているだけだ。
 非常にマズイ……。

(そうだ。図書館に行こう! 香水についてもっと勉強したい)

 
 研究所に戻り作業中のオリヴァーの様子を伺う。

「花の水遣り終わりました。とても元気に育ってますよ」

「ああ、ありがとう。今、良い薬ができそうなんだ」

 嬉しそうに作りかけの香水を見つめる彼の横顔をマジマジと見てしまう。

 私の視線を気にも留めずに試行錯誤している。

「あの、オリヴァー。私も香水のこともっと知りたいので、今から図書館に行ってきていいですか?」

 こっちを向いたオリヴァーは目を丸くしていた。

「サクラの自由にしていいけど、一人で行ける?」

「大丈夫ですよ! 昨日アリアに教えてもらいましたから!!」

 ただ買い物に興じていたわけじゃないぞと得意気な素振りをして見せる。

 それが子供っぽく映ったのかオリヴァーはたしなめるように

「じゃあ、暗くなる前に帰って来るんだよ。困ったことがあったら自警団を頼ってね」

 と眉を下げながら言った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 待ちに待った図書館は、パーティーが開催されてもおかしくない豪華絢爛な風格だ。

(宮殿を改築したのかな?)

 屯所も立派な堅牢さを誇っていたが、ここはそれとは正反対の存在感を放つ。

 図書館がこんなに娯楽施設の様相を呈すなら、勉強好きの子供が育ちそうだ。

 大きく開かれた出入り口を通ると、本棚で埋め尽くされた光景が広がる。

 本棚に隙間なくはめ込まれた本は、児童向けの絵本から専門書、古文書まで区画ごとに分けられている。

 寄り道したい気持ちを抑えながら、香水の専門書を探しに行く。


 手に取ったのは『基礎から学ぶ香水』というタイトルの簡易的な本。
 いかにも私向けの本である。

 すぐに近くの席に着き、目次を読み飛ばして本編に進む。

 序盤に書かれているのは、この前オリヴァーが話してくれた内容だ。

 なぜただの香水が薬になるのか、その原理は分かっていないらしい。
 パラスリリーに受け継がれた慈愛の精神が関係しているというのが筆者の考え。

 続くページには精油がそれぞれ持つ効能が書かれている。


 ・バラ 共存、共栄
 ・ビターオレンジ 解放、解脱
 ・ジャスミン 飽くなき探究心
 ・サクラ あるべきものをあるべき場所へ


 サクラ――、私と同じ名を持つ花の精油も薬として役立っているらしい。
 しかし「あるべきものをあるべき場所へ」とはどういう効能なのだろう。

 元の世界でも精油はアロマテラピーとして健康や美容に良いものとされていた。
 それらは「リラックス効果」や「殺菌効果」など分かりやすい効能で知られていたものだ。

 この世界の精油には具体的な効能が書かれていない。
 
 抽象的な表現を各自で解釈して香水を作っているのだろう。

 
 そして花の世話をしていた時に気付いていたのだが、私が見聞きしたことのない花も多く存在する。

 マーケットでは食べ物だって初めて見る物があったのだから当然だ。


 ・プリズム 愛の境地
 ・サンベイズ ライオンの闘志
 ・ロックンアイス 可否、正誤


 添えられた絵と見比べながら、効能の具体的なイメージを掴もうと努力する。

 花の名前すら知らない中で、各精油を完全に理解するのは相当な時間を要するだろう。
 
 しばらくは図書館で本とにらめっこしそうだ。

(アリアはこんな難しい学問を研究してるんだなぁ)

 異世界で初めてできた女友達に尊敬の念を抱く。


 その時、偶然か必然か、噂をすれば何とやら。
 アリアも図書館に来ていた。

「もしかして香水の勉強?」

「アリア!? ちょうど今、アリアはすごいな~って考えてたとこだったの!」

「うふふ、サクラもすっかりパラスリリーの人ね。近くに来るまで分からなかったわ」

 アリアは持っていた何冊かの本を机に置くと、隣に座った。

「分からないことがあったら聞いて。あー、サクラはドクターがいるから心配ないっか」

 パラパラと本をめくってはいるが、読み込んでいる様子はない。

(あれ、意外と勉強嫌いなのかも……?)


「ねえ、パラスリリーの噂教えてあげようか?」

 いたずらっぽい表情で言うアリア。
 もう本はそっちのけだ。

 好奇心は猫をも殺すのは古今東西の真理なわけだが、知りたい欲求は抑えられないのも人間の性。
 読みかけの本を閉じて彼女の話に聞き入った。

「この国に伝わるこわーい話よ。『スイレンのトゲ』って言われてるんだけど、サクラはスイレンって花を知っている?」
 
 湖にぷっかりと浮かぶ花を想像する。

「う~ん、何となく」

 アリアは私が読んでいた本を捲って、スイレンの絵を指しながら説明する。

「ここに描かれてるスイレンは不老長寿の研究に使われているものね。白と青があって、私たちの研究所では青を使うことが多いわ」

 スイレンの効能には「神話」と書かれている。

「これとは別に黒いスイレンもあって、毒があるから取り扱いには要注意」

「毒!?」

 植物には毒を持つものも多いが、パラスリリーで平和ボケした私は過剰に反応してしまった。

「怖がることないわ。毒は使い方によっては薬になるから。現に黒スイレンは鎮痛薬として重宝されているのよ」

 一体この話のどこに怖い要素があるのだろうか。
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