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出航

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 昨夜のオリヴァーの反応が引っかかりながら、そーっと部屋を出る。

(起こさないように朝ご飯を用意しなきゃ)

 と思ったが、部屋を出ると良い香りが漂っている。
 焼き立てのパンの匂いだ。

 先に起きていたオリヴァーが机に朝食を並べていた。

「おはよう」

 何事もなかったように軽やかな朝の挨拶。

 しかしよく眠れなかったのだろう。
 顔色はあまり優れない。



「おはようございます。わあ、スクランブルエッグもある~」

 オリヴァーと向き合っての朝食は、いつもの風景だ。

「あのオリヴァー。昨日のことなんですけど……」

「サクラが元気になって良かったよ」

 オリヴァーの牽制を無視して、強引に話を戻す。

「私やっぱりナリスバーグに行きたいです」

 オリヴァーは怒るでも悲しむでもなく、平然と食事をしている。

「僕の意思は変わらないよ。リチャードの許可はもらったんだ。行きたければ行っておいで」

 優しい口調だが、わだかまりが残る言い方だ。

(オリヴァーに納得してもらいたんだけど……)

 
 何の進展もなく私たちは朝食を済ませ、それぞれの仕事に赴く。

「私がいない間は花の世話はどうしましょう」

「ああ、それは僕がやるよ。今までもそうしてきたことだし」

 背中を向けたオリヴァーはどこか寂しそうで、心が痛い。
 
 いつも悩みがある時はアリアに相談するが、今回は極秘の計画なので話すこともできない。

 
 しかし驚いたことに花畑にはアリアがいた。

「サ、サクラ!?」

 意識を取り戻したことを知らされていないアリアは、今も私が生死をさまよっていると思っていた。

「アリア、昨日の夜に意識が戻ったの。看病ありがとう」

 アリアはブワっと涙を流しながら安堵する。

「良かったぁ~。ドクターが『あとは神頼みしかない』って言うから、花にも協力してもらってたのよ~」

 アリアの純粋な想いは花にも良い影響を与えたようで、とても生き生きと咲いている。

「えへへ、ありがとう。これからもよろしく」

(ナリスバーグに行っている間、私の扱いはどうなるのかな。またアリアが心配しちゃうかも)

 打ち明けたい気持ちをグッと抑える。

 ここで情に流されて勝手な行動をし、任務に支障が出たら大問題だ。
 それにクロエがやったことを知れば、アリアの精神状態にも良くない。

 私は重要な秘密を抱えたまま、3日ぶりの再会を喜んだ。


 出航当日――――。

 オリヴァーを納得させることはできなかった。

 はぐらかされてばかりで、今日は特に避けられ碌に話もできなかった。

 集合時間は間近に迫っている。

 自室で寝ているオリヴァーに声をかけるが、返事は帰って来ない。

(寝てるのかな? こんなに大きな声で名前を呼んでるんだから、それはないか)

「オリヴァー? …………。もう時間なので行きますね」

「…………。」

 前のめりで同行を希望したが、段々と不安が募る。

(パラスリリーに二度と帰って来られなかったらどうしよう。このままオリヴァーに会えなかったら……)

 そう思うと、ためらうより先に言葉が出た。

「私、オリヴァーのことが大好きです。必ず帰って来ます。でも……もし、もし帰って来なかったら、私のことは忘れて幸せに暮らしてください」

 一世一代の告白も返事が来なければ傷付くことすらない。

「じゃあ、いってきます」

 気持ちを少しだけ軽くして、航海に臨むのだった。
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