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地下独房 Sideリチャード②
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ルイスの絶命を確認すると、クロエの独房の前に立つ。
ポツポツと返り血を浴びているリチャードは、殺気をまとい鬼のようだ。
しかし実父の死を隣で感じながらも、クロエは涙一つ見せていなかった。
「馬鹿な人。お前がわたくしを見逃すはずないのに」
そこには「リック兄様」と慕っていたクロエ嬢はいない。
鬼と対等に話せるだけの冷酷さと残虐性を身にまとった女がいた。
「残念なことにお前たちは貿易に出て不慮の事故に遭う。良かったな。お前はいつまでもパラスリリーの『クロエ嬢』だ」
クロエは鼻で笑った。
「それはお前のためだろう? こうやって闇に逃げ込むのはどうして? 愚民たちの心が傷付くから? 違う。お前は知られるのが怖いんだろう? 血に染まった自分をお前は恥じているんだ!」
クロエは挑発するように右の口角をニヤリとするが、リチャードは意に介さない。
「これから死にゆく者の戯言を聞くのは慣れてるからな。好きなだけ話すといい。お前は外に出て変わってしまった。もうあの頃のクロエはいないんだな」
リチャードは処刑執行人として、そして友人として向き合っている。
しかしクロエは高笑いをするだけで、ノスタルジックな気持ちにはならなかった。
「ふふ……アーハッハッハッハッ! 本当にお前は腑抜けだねぇ。ウォルトンを今日まで生かしておいたツケが回ったんだよ。お前は獅子にはなれないんだから、一生この小国で飼い慣らされていればいい! 頼れる自警団と優しい住人のおままごとは楽しいねぇ」
リチャードは小国という表現を強く嫌っている。
なぜなら各国がパラスリリーを揶揄って用いること言葉だからだ。
「外の世界にすっかり染まったんだな。そうまでしてお前は何を手に入れた?」
クロエは白く細い指にはめられた指輪を見せつけた。
パーティーの日にサクラに見せた指輪である
「これが何か分かる? ただのダイヤじゃあない。ロンペン王国のヴィットマン公爵から賜ったものだ。何一つ勲章を持たないお前にこの苦労は分からないだろう。この指輪を着ける人間になるために、全てを武器にてして戦ったわたくしは何を悔いたらいいのか!」
戦争をしないパラスリリーで、リチャードの軍服に与えられるのは罪人の血だけだった。
「サクラに毒を盛ったのはどうしてだ? 国家転覆が狙いなら俺で良かったはずだ」
「この国なんてどうでもいい。世界を手にすれば、国なんていずれわたくしの物になる。お父様とわたくしは利害は一致していたけど、本当に同じ物を見ていたわけじゃない。わたくしが欲しいのは世界!! だからあんなみすぼらしい女にオリヴァーは渡さない!!」
クロエはパーティーに招待した時点で、サクラをオリヴァーからどう引き離そうか思案していた。
その結果考え付いたのが、パーティーでサクラを絶望させた上で自らが贈ったネックレスで殺害するという計画だった。
「あの女は図々しかったから、きっと今頃地獄だねぇ。わたくしは地獄になんて落ちることはない。今日まで手に入れた財や地位が天国への橋渡しとなるから!!」
リチャードは段々とクロエを軽蔑するようになってきた。
「ウォルトンはお前のことが好きだったな。それを利用したのか?」
「あいつはお前と違って犠牲を払える男だよ。おあつらえの席にしか座れないお前は分からないだろう。パラスリリーを滅ぼしたい一心でわたくしたちと手を組んだんだからねぇ」
クロエは優雅な振る舞いとは正反対にニヤニヤと笑っている。
「お前の本性を知ったらオリヴァーが悲しむな」
リチャードのつぶやきにクロエはいつものクロエ嬢になった。
「そんなの当たり前でしょう? わたくしがこの世を去ったら深く深く悲しむわ。そうしたらずっと彼の心に居座り続けるのよ。これほど嬉しいことはないじゃない! オリヴァーはずっとわたくしの鎖から逃れられない。 わたくしは勝ったのです!! 舞台の上で最後まで踊っていたのはわたくし!! 花は舞ってこそ美しいのです!!!」
人生という舞台で踊るクロエはいつだってクロエ嬢なのだ。
彼女は今が最後の演目とばかりに、誰もが望んだ凛と美しいクロエ嬢として体を揺らし始める。
リチャードはそんなクロエを見るに堪えず、別れの言葉を述べた。
「いいや、お前は負けたよ。サクラは生きてる。今オリヴァーが付きっきりで看病している」
それを聞くなりクロエは激しく取り乱す。
「うわあああああああああああああああああ! おのれえええええええええええ! あの女に会わせろおおおおおおお! 今すぐっ、今すぐこの手で殺し――」
――パーーン!
言い終わるか終わらないかのところで、発砲音が響いた。
ルイス同様脳天を撃ち抜かれ、即死だった。
目を見開いたクロエの死体は恨めしそうにリチャードを見ている。
リチャードは数秒間見つめたが、かつての幼馴染への弔いの言葉はなかった。
そして拳銃をポケットにしまうと、部下に片付けを命じるため階段を上る。
パラスリリーで最も栄華を極めたキャボット家は、地下の真っ暗な独房で誰にも惜しまれることなく幕を下ろした。
ポツポツと返り血を浴びているリチャードは、殺気をまとい鬼のようだ。
しかし実父の死を隣で感じながらも、クロエは涙一つ見せていなかった。
「馬鹿な人。お前がわたくしを見逃すはずないのに」
そこには「リック兄様」と慕っていたクロエ嬢はいない。
鬼と対等に話せるだけの冷酷さと残虐性を身にまとった女がいた。
「残念なことにお前たちは貿易に出て不慮の事故に遭う。良かったな。お前はいつまでもパラスリリーの『クロエ嬢』だ」
クロエは鼻で笑った。
「それはお前のためだろう? こうやって闇に逃げ込むのはどうして? 愚民たちの心が傷付くから? 違う。お前は知られるのが怖いんだろう? 血に染まった自分をお前は恥じているんだ!」
クロエは挑発するように右の口角をニヤリとするが、リチャードは意に介さない。
「これから死にゆく者の戯言を聞くのは慣れてるからな。好きなだけ話すといい。お前は外に出て変わってしまった。もうあの頃のクロエはいないんだな」
リチャードは処刑執行人として、そして友人として向き合っている。
しかしクロエは高笑いをするだけで、ノスタルジックな気持ちにはならなかった。
「ふふ……アーハッハッハッハッ! 本当にお前は腑抜けだねぇ。ウォルトンを今日まで生かしておいたツケが回ったんだよ。お前は獅子にはなれないんだから、一生この小国で飼い慣らされていればいい! 頼れる自警団と優しい住人のおままごとは楽しいねぇ」
リチャードは小国という表現を強く嫌っている。
なぜなら各国がパラスリリーを揶揄って用いること言葉だからだ。
「外の世界にすっかり染まったんだな。そうまでしてお前は何を手に入れた?」
クロエは白く細い指にはめられた指輪を見せつけた。
パーティーの日にサクラに見せた指輪である
「これが何か分かる? ただのダイヤじゃあない。ロンペン王国のヴィットマン公爵から賜ったものだ。何一つ勲章を持たないお前にこの苦労は分からないだろう。この指輪を着ける人間になるために、全てを武器にてして戦ったわたくしは何を悔いたらいいのか!」
戦争をしないパラスリリーで、リチャードの軍服に与えられるのは罪人の血だけだった。
「サクラに毒を盛ったのはどうしてだ? 国家転覆が狙いなら俺で良かったはずだ」
「この国なんてどうでもいい。世界を手にすれば、国なんていずれわたくしの物になる。お父様とわたくしは利害は一致していたけど、本当に同じ物を見ていたわけじゃない。わたくしが欲しいのは世界!! だからあんなみすぼらしい女にオリヴァーは渡さない!!」
クロエはパーティーに招待した時点で、サクラをオリヴァーからどう引き離そうか思案していた。
その結果考え付いたのが、パーティーでサクラを絶望させた上で自らが贈ったネックレスで殺害するという計画だった。
「あの女は図々しかったから、きっと今頃地獄だねぇ。わたくしは地獄になんて落ちることはない。今日まで手に入れた財や地位が天国への橋渡しとなるから!!」
リチャードは段々とクロエを軽蔑するようになってきた。
「ウォルトンはお前のことが好きだったな。それを利用したのか?」
「あいつはお前と違って犠牲を払える男だよ。おあつらえの席にしか座れないお前は分からないだろう。パラスリリーを滅ぼしたい一心でわたくしたちと手を組んだんだからねぇ」
クロエは優雅な振る舞いとは正反対にニヤニヤと笑っている。
「お前の本性を知ったらオリヴァーが悲しむな」
リチャードのつぶやきにクロエはいつものクロエ嬢になった。
「そんなの当たり前でしょう? わたくしがこの世を去ったら深く深く悲しむわ。そうしたらずっと彼の心に居座り続けるのよ。これほど嬉しいことはないじゃない! オリヴァーはずっとわたくしの鎖から逃れられない。 わたくしは勝ったのです!! 舞台の上で最後まで踊っていたのはわたくし!! 花は舞ってこそ美しいのです!!!」
人生という舞台で踊るクロエはいつだってクロエ嬢なのだ。
彼女は今が最後の演目とばかりに、誰もが望んだ凛と美しいクロエ嬢として体を揺らし始める。
リチャードはそんなクロエを見るに堪えず、別れの言葉を述べた。
「いいや、お前は負けたよ。サクラは生きてる。今オリヴァーが付きっきりで看病している」
それを聞くなりクロエは激しく取り乱す。
「うわあああああああああああああああああ! おのれえええええええええええ! あの女に会わせろおおおおおおお! 今すぐっ、今すぐこの手で殺し――」
――パーーン!
言い終わるか終わらないかのところで、発砲音が響いた。
ルイス同様脳天を撃ち抜かれ、即死だった。
目を見開いたクロエの死体は恨めしそうにリチャードを見ている。
リチャードは数秒間見つめたが、かつての幼馴染への弔いの言葉はなかった。
そして拳銃をポケットにしまうと、部下に片付けを命じるため階段を上る。
パラスリリーで最も栄華を極めたキャボット家は、地下の真っ暗な独房で誰にも惜しまれることなく幕を下ろした。
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