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海上の長い夜
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「覚悟するッス!」
「待って!! その人は――」
そう言いながらイワンに体当たりし、発砲の阻止を目論む。
この屈強な男はそんな非力な技ではビクともしなかったが、拳銃を下ろして言った。
「ド、ドクターじゃないッスか!」
「や、やあ、イワン。僕も同行しようかなあと思って……アハハ」
頭の後ろに手をやりながら、ぎこちなく笑うオリヴァー。
何と大樽に忍び込んで船に乗り込んでいたのだ!
「オリヴァー、どうして来ちゃったんですか? あんなに反対してたのに」
「サクラだけに行かせるのは心配でね……。でも僕じゃお荷物かな」
イワンはパラスリリーに引き返すどころか、新たな乗員を歓迎した。
「自分、ドクターが乗船するとは聞いてなかったッス。いや~旅は多い方がいいッスね~」
オリヴァーの考えていることがますます分からなくなり、素直に喜ぶことができない。
(会えて嬉しいのに、遠くに置いていかれた気分)
オリヴァーもまたここ数日の微妙な関係性の影響を受けているようだ。
「サクラ、話があるんだ。いいかな?」
事情を知らず上機嫌になっているイワンを見る。
「ここは自分に任せてくださいッス。船室はたくさんありますから、好きな部屋で休んでください
ッス!」
イワンの言葉に甘え、腰を据えてオリヴァーと話すことにした。
オレンジ色のランプがぼんやりと照らす船室。
「驚かせてごめんね」
「オリヴァーがいないとパラスリリーの皆が困っちゃいますよ」
オリヴァーの薬を頼りにしている人は多い。
「研究者は僕だけじゃないから大丈夫だよ。リチャードの机に置き手紙をしてきたから、後は上手くやってくれるさ」
リチャードのワーカホリックがどんどん悪化しそうだ。
「サクラには僕の話をしてこなかったよね。今回の件で反省したよ。だからちょっと長くなるけど聞いてほしい」
オリヴァーの口から語られる彼自身のこと。
コクりと頷くと、オリヴァーはつらつらと話し始めた。
「僕はパラスリリーの平凡な家庭で生まれた。母さんも父さんも商会に香水を売って生計を立てていた。僕が9歳の時、父さんは貿易の手伝いをするため海に出た」
どことなく今の状況を連想させる。
「父さんがおかしくなったのはそれからだった。何かにつけてパラスリリーを田舎臭いと馬鹿にし、母さんに暴力を振るうようになった。汚れきった『心』では薬を作ることなんてできない。段々2人は喧嘩することが多くなって、ある日激しく口論していた」
まさか……。
「母さんの叫び声が聞こえて、またすぐに聞こえなくなった」
オリヴァーは小刻みに震えている。
「母は頭から血が流れた状態で、息はしていなかった。その日から僕は『罪人の子供』になった。誰かに後ろ指を指されたわけじゃない。でも僕は自分が忌々しい存在だと嫌悪した」
映画のワンシーンでも目を背けたくなるような光景だ。
心身がまだ未熟な少年オリヴァーには、もっと受け入れがたい現実だっただろう。
安易な言葉では慰められない。
「それと同時に、僕は外の世界を憎んだ。優しかった父さんをあんな風にしたのは外の世界だと思えば、パラスリリーで生きる理由を見つけられたんだ」
「だから私がナリスバーグに行くのを反対したんですね」
問いかけに対する沈黙を肯定として捉える。
「あの頃から時間が止まったまま成長できなかった。サクラが出航を決意した時、また悲劇が繰り返されると思った」
オリヴァーは無理やり笑顔を作る。
「馬鹿だよなぁ。僕はサクラを信じないで、忘れたい過去に縋ったんだよ。でも2日間ずっと考えて気付いた。僕は世界を広げなきゃならない。家族3人で暮らしたあの家から出て行く時が来たんだ」
手をギュッと握られる。
ビクッと体を仰け反ろうとするが、オリヴァーの緑色の目から逃げられない。
「気付かせてくれたのは、僕を引っ張り出してくれたのは君だよ。サクラが遠く離れてしまうと思ったら、いてもたってもいられなかった。樽の中に入ったのなんて初めてだよ」
トラウマや葛藤を言葉にしてスッキリしたのか、いつもの飄々としたオリヴァーに戻ってきた。
しかし私はそれを喜んでいる場合ではない。
「オ、オリヴァー、手を…………」
ずっと握られた手はすでに汗ばんでいる。
全身がドクドクと脈打ち、大嵐に遭遇したかのように船が揺れている感覚。
今、私は留まることなく恋に落ち続ける最中にいる。
オリヴァーは懇願に応じるどころか、むしろ握る力を強くした。
「僕はサクラを守りたい。約束するよ」
(これって告白の返事!?)
正常な思考回路を失い、自分に都合の良い解釈だけが浮かんでくる。
そしてそれは私の顔をますます紅潮させた。
「そ、そうですね!! 私は、もっ、元々、変なところから来た人間なので、ナリスバーグに行っても変わりませんし!! リ、リチャードさんに良いほっ、報告ができるように、が、頑張りますっ!!」
一瞬力が緩んだ隙を逃さず、バッと立ち上がる。
外の空気を吸って冷静になりたい。
そのまま立ち去ろうとするが、オリヴァーの話はまだ終わっていなかった。
「待って!! その人は――」
そう言いながらイワンに体当たりし、発砲の阻止を目論む。
この屈強な男はそんな非力な技ではビクともしなかったが、拳銃を下ろして言った。
「ド、ドクターじゃないッスか!」
「や、やあ、イワン。僕も同行しようかなあと思って……アハハ」
頭の後ろに手をやりながら、ぎこちなく笑うオリヴァー。
何と大樽に忍び込んで船に乗り込んでいたのだ!
「オリヴァー、どうして来ちゃったんですか? あんなに反対してたのに」
「サクラだけに行かせるのは心配でね……。でも僕じゃお荷物かな」
イワンはパラスリリーに引き返すどころか、新たな乗員を歓迎した。
「自分、ドクターが乗船するとは聞いてなかったッス。いや~旅は多い方がいいッスね~」
オリヴァーの考えていることがますます分からなくなり、素直に喜ぶことができない。
(会えて嬉しいのに、遠くに置いていかれた気分)
オリヴァーもまたここ数日の微妙な関係性の影響を受けているようだ。
「サクラ、話があるんだ。いいかな?」
事情を知らず上機嫌になっているイワンを見る。
「ここは自分に任せてくださいッス。船室はたくさんありますから、好きな部屋で休んでください
ッス!」
イワンの言葉に甘え、腰を据えてオリヴァーと話すことにした。
オレンジ色のランプがぼんやりと照らす船室。
「驚かせてごめんね」
「オリヴァーがいないとパラスリリーの皆が困っちゃいますよ」
オリヴァーの薬を頼りにしている人は多い。
「研究者は僕だけじゃないから大丈夫だよ。リチャードの机に置き手紙をしてきたから、後は上手くやってくれるさ」
リチャードのワーカホリックがどんどん悪化しそうだ。
「サクラには僕の話をしてこなかったよね。今回の件で反省したよ。だからちょっと長くなるけど聞いてほしい」
オリヴァーの口から語られる彼自身のこと。
コクりと頷くと、オリヴァーはつらつらと話し始めた。
「僕はパラスリリーの平凡な家庭で生まれた。母さんも父さんも商会に香水を売って生計を立てていた。僕が9歳の時、父さんは貿易の手伝いをするため海に出た」
どことなく今の状況を連想させる。
「父さんがおかしくなったのはそれからだった。何かにつけてパラスリリーを田舎臭いと馬鹿にし、母さんに暴力を振るうようになった。汚れきった『心』では薬を作ることなんてできない。段々2人は喧嘩することが多くなって、ある日激しく口論していた」
まさか……。
「母さんの叫び声が聞こえて、またすぐに聞こえなくなった」
オリヴァーは小刻みに震えている。
「母は頭から血が流れた状態で、息はしていなかった。その日から僕は『罪人の子供』になった。誰かに後ろ指を指されたわけじゃない。でも僕は自分が忌々しい存在だと嫌悪した」
映画のワンシーンでも目を背けたくなるような光景だ。
心身がまだ未熟な少年オリヴァーには、もっと受け入れがたい現実だっただろう。
安易な言葉では慰められない。
「それと同時に、僕は外の世界を憎んだ。優しかった父さんをあんな風にしたのは外の世界だと思えば、パラスリリーで生きる理由を見つけられたんだ」
「だから私がナリスバーグに行くのを反対したんですね」
問いかけに対する沈黙を肯定として捉える。
「あの頃から時間が止まったまま成長できなかった。サクラが出航を決意した時、また悲劇が繰り返されると思った」
オリヴァーは無理やり笑顔を作る。
「馬鹿だよなぁ。僕はサクラを信じないで、忘れたい過去に縋ったんだよ。でも2日間ずっと考えて気付いた。僕は世界を広げなきゃならない。家族3人で暮らしたあの家から出て行く時が来たんだ」
手をギュッと握られる。
ビクッと体を仰け反ろうとするが、オリヴァーの緑色の目から逃げられない。
「気付かせてくれたのは、僕を引っ張り出してくれたのは君だよ。サクラが遠く離れてしまうと思ったら、いてもたってもいられなかった。樽の中に入ったのなんて初めてだよ」
トラウマや葛藤を言葉にしてスッキリしたのか、いつもの飄々としたオリヴァーに戻ってきた。
しかし私はそれを喜んでいる場合ではない。
「オ、オリヴァー、手を…………」
ずっと握られた手はすでに汗ばんでいる。
全身がドクドクと脈打ち、大嵐に遭遇したかのように船が揺れている感覚。
今、私は留まることなく恋に落ち続ける最中にいる。
オリヴァーは懇願に応じるどころか、むしろ握る力を強くした。
「僕はサクラを守りたい。約束するよ」
(これって告白の返事!?)
正常な思考回路を失い、自分に都合の良い解釈だけが浮かんでくる。
そしてそれは私の顔をますます紅潮させた。
「そ、そうですね!! 私は、もっ、元々、変なところから来た人間なので、ナリスバーグに行っても変わりませんし!! リ、リチャードさんに良いほっ、報告ができるように、が、頑張りますっ!!」
一瞬力が緩んだ隙を逃さず、バッと立ち上がる。
外の空気を吸って冷静になりたい。
そのまま立ち去ろうとするが、オリヴァーの話はまだ終わっていなかった。
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