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ダイヤを生むスラム街
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早朝、デヴォレー自治区へと出発した。
イワンによると、デヴォレー自治区はナリスバーグ領に属し、私たちが観光を楽しんだマクラービスからは歩いて1時間半ほどの距離にある。
ナリスバーグはタクシーに似た事業が盛んで、自動車で移動すれば歩くより効率が良い。
しかし「ケミエド」というマフィアが実質的な支配を行っている危険地域に、わざわざ出向く人間はいないらしい。
善良な貿易商人として目立った行動を取ることはできず、移動は徒歩に限られる。
車も自転車もないパラスリリーを歩き回っていたことで私の体力に心配がないことも、選択に影響を与えた。
「デヴォレー自治区は、元々隣国パスビダの領地で元はポンティーアと呼ばれていたッス。ナリスバーグはダイヤモンド鉱山に目を付けて戦争の講和条約に盛り込み、デヴォレー自治区と改めて統治を始めたッス」
ナリスバーグは豊かな戦勝国であるということか。
「自治が認められているってことは、独自の機関があるってことですよね? どうしてマフィアなんかが……」
イワンはやはり座学に優れた人間であった。
かつての同盟国とはいえ、パラスリリーとはそれほど関係のない国の事情もよく把握している。
「代表候補者は乱立し、不正だらけの選挙では自治がまともに機能しないッス。住人たちは政治家に期待しませんし、分かりやすく強いマフィアに服従するのを選んだッス」
「ナリスバーグ領なのに、政府は何もしないっていうは僕には理解できないな」
オリヴァーはそもそもパラスリリーではあり得ない統治のやり方に頭を傾げる。
「表向きは自治区を尊重して不干渉の姿勢を見せてるッス。でもナリスバーグ政府が本気になれば解決する問題ッス。それをしないのは、マフィアの管理の元でダイヤモンドが安定的に採掘されてるからッス。住人を刺激してマフィアが衰退したり、独立の気運が盛り上がるのは避けたいってことッス」
「ナリスバーグにとっては不安定な情勢の方が有利に働くってことですね」
オリヴァーは人の命を最優先に考えないことに納得がいかないようだ。
「そんなことのために政府や政治家がいるなら、廃止した方がいいじゃないか」
オリヴァーは研究ではどんなに難解でも柔軟に頭を働かせるが、政治のことになると思考停止してしまう。
一方でイワンも私も建設的な意見を持ち合わせているわけではないので、デヴォレー自治区までの道中は知恵熱が出そうなほど頭が沸騰した。
「う~ん。色々難しいですね……」
(頭をリフレッシュさせる香水が欲しい!)
しばらく歩いてデヴォレー自治区の入口を見つけた。
「ここから先がデヴォレー自治区ッス。殺人や盗み、何でもアリな場所ッスから厳重注意ッス」
実は金目の物を持っていると狙われるリスクが高いということで、今日はカバンを持っていない。
荷物は宿屋に残して、イワンが最低限のお金をポケットに入れている。
衣服も昨日とは打って変わり、マクラービス内で最も安い質素なものだ。
入口には来訪者を歓迎する要素は一切なく、反対に子供が間違って通らないように鉄条網と有刺鉄線を張り巡らせている。
「お前さんたち。そっちは地獄だよ」
腰が曲がった老人がジトっと私たちを見ている。
オリヴァーはパラスリリーの老人と重ねたのだろうか。
目線が合うように腰を落として穏やかに対応した。
「ありがとう、おじいちゃん。でも僕たちこの先に会わなきゃいけない人がいるんだ」
老人は怪訝な顔をすると何も言わず歩き去った。
「私たち変な人だと思われちゃいましたね。気にせず行きましょう!」
舗装されていない道の先にデヴォレー自治区はあった。
想像を絶するほど荒廃した街で、植物が育ちにくい土地柄のせいか空気が埃っぽい。
建物のほとんどに木材を使っているが、風化し隙間風が通り放題だ。
道の端っこにはストリートチルドレンが、小刻みに震えながら私たちを睨むように見上げている。
「あの子たちに食べ物をあげちゃ駄目ッス。そんなことをしたら、路地裏から大量の物乞いが現れて奪い合いになるッス」
食べ物ひとつで命を落としかねいほど、貧しい生活を強いられた人々がたくさんいる。
すれ違う人は決して隙を見せないように、目をギラギラさせる。
「ポンティーアは今こそ独立を果たすのだ! 労働党は早急に革命軍を結成し、君たちに温かいスープとベッドと約束しよう!!」
演説で国を変えようとする男性の周りを、数人のグループが取り囲む。
「てめぇうるせぇんだよ」
「おい、今てめぇを殺したら、俺は革命軍のリーダーをやっちまったことになるなぁ!?」
「やっちまえよ、チュス! お前の名前が歴史に残るかもしれないぜぇ?」
男性は頭を丸めるようにうずくまって怯えてしまう。
それを合図に集団リンチが始まる。
「や、やめてくれーっ! 誰かぁー、誰かたす、ガハッ……」
悲痛な叫びは街中の皆の耳に届いたが、誰も止めようとはしない。
関係ないと目を背ける者、ニヤニヤと酒瓶を持ちながら見物する者。
ここでは夢や目標が簡単に潰される。
見ていられないとオリヴァーが動いたが、イワンが制止する。
「あれも関わったら駄目ッス。ここで起こる理不尽に全て反応してたら、自分たちの目的を遂行できないッス」
イワンは悔しそうに唇を震わせ、怒りに支配されそうになったオリヴァーも冷静になる。
「なんてひどい場所なんだ……。外の世界ではこんなことがまかり通るのか……」
「ここが特別ッス。マクラービスのように発展した都市では、暴力による支配は野蛮だと法律で禁止してるッス」
そんなナリスバーグが戦争によって豊かになっているのも皮肉なことだ。
イワンによると、デヴォレー自治区はナリスバーグ領に属し、私たちが観光を楽しんだマクラービスからは歩いて1時間半ほどの距離にある。
ナリスバーグはタクシーに似た事業が盛んで、自動車で移動すれば歩くより効率が良い。
しかし「ケミエド」というマフィアが実質的な支配を行っている危険地域に、わざわざ出向く人間はいないらしい。
善良な貿易商人として目立った行動を取ることはできず、移動は徒歩に限られる。
車も自転車もないパラスリリーを歩き回っていたことで私の体力に心配がないことも、選択に影響を与えた。
「デヴォレー自治区は、元々隣国パスビダの領地で元はポンティーアと呼ばれていたッス。ナリスバーグはダイヤモンド鉱山に目を付けて戦争の講和条約に盛り込み、デヴォレー自治区と改めて統治を始めたッス」
ナリスバーグは豊かな戦勝国であるということか。
「自治が認められているってことは、独自の機関があるってことですよね? どうしてマフィアなんかが……」
イワンはやはり座学に優れた人間であった。
かつての同盟国とはいえ、パラスリリーとはそれほど関係のない国の事情もよく把握している。
「代表候補者は乱立し、不正だらけの選挙では自治がまともに機能しないッス。住人たちは政治家に期待しませんし、分かりやすく強いマフィアに服従するのを選んだッス」
「ナリスバーグ領なのに、政府は何もしないっていうは僕には理解できないな」
オリヴァーはそもそもパラスリリーではあり得ない統治のやり方に頭を傾げる。
「表向きは自治区を尊重して不干渉の姿勢を見せてるッス。でもナリスバーグ政府が本気になれば解決する問題ッス。それをしないのは、マフィアの管理の元でダイヤモンドが安定的に採掘されてるからッス。住人を刺激してマフィアが衰退したり、独立の気運が盛り上がるのは避けたいってことッス」
「ナリスバーグにとっては不安定な情勢の方が有利に働くってことですね」
オリヴァーは人の命を最優先に考えないことに納得がいかないようだ。
「そんなことのために政府や政治家がいるなら、廃止した方がいいじゃないか」
オリヴァーは研究ではどんなに難解でも柔軟に頭を働かせるが、政治のことになると思考停止してしまう。
一方でイワンも私も建設的な意見を持ち合わせているわけではないので、デヴォレー自治区までの道中は知恵熱が出そうなほど頭が沸騰した。
「う~ん。色々難しいですね……」
(頭をリフレッシュさせる香水が欲しい!)
しばらく歩いてデヴォレー自治区の入口を見つけた。
「ここから先がデヴォレー自治区ッス。殺人や盗み、何でもアリな場所ッスから厳重注意ッス」
実は金目の物を持っていると狙われるリスクが高いということで、今日はカバンを持っていない。
荷物は宿屋に残して、イワンが最低限のお金をポケットに入れている。
衣服も昨日とは打って変わり、マクラービス内で最も安い質素なものだ。
入口には来訪者を歓迎する要素は一切なく、反対に子供が間違って通らないように鉄条網と有刺鉄線を張り巡らせている。
「お前さんたち。そっちは地獄だよ」
腰が曲がった老人がジトっと私たちを見ている。
オリヴァーはパラスリリーの老人と重ねたのだろうか。
目線が合うように腰を落として穏やかに対応した。
「ありがとう、おじいちゃん。でも僕たちこの先に会わなきゃいけない人がいるんだ」
老人は怪訝な顔をすると何も言わず歩き去った。
「私たち変な人だと思われちゃいましたね。気にせず行きましょう!」
舗装されていない道の先にデヴォレー自治区はあった。
想像を絶するほど荒廃した街で、植物が育ちにくい土地柄のせいか空気が埃っぽい。
建物のほとんどに木材を使っているが、風化し隙間風が通り放題だ。
道の端っこにはストリートチルドレンが、小刻みに震えながら私たちを睨むように見上げている。
「あの子たちに食べ物をあげちゃ駄目ッス。そんなことをしたら、路地裏から大量の物乞いが現れて奪い合いになるッス」
食べ物ひとつで命を落としかねいほど、貧しい生活を強いられた人々がたくさんいる。
すれ違う人は決して隙を見せないように、目をギラギラさせる。
「ポンティーアは今こそ独立を果たすのだ! 労働党は早急に革命軍を結成し、君たちに温かいスープとベッドと約束しよう!!」
演説で国を変えようとする男性の周りを、数人のグループが取り囲む。
「てめぇうるせぇんだよ」
「おい、今てめぇを殺したら、俺は革命軍のリーダーをやっちまったことになるなぁ!?」
「やっちまえよ、チュス! お前の名前が歴史に残るかもしれないぜぇ?」
男性は頭を丸めるようにうずくまって怯えてしまう。
それを合図に集団リンチが始まる。
「や、やめてくれーっ! 誰かぁー、誰かたす、ガハッ……」
悲痛な叫びは街中の皆の耳に届いたが、誰も止めようとはしない。
関係ないと目を背ける者、ニヤニヤと酒瓶を持ちながら見物する者。
ここでは夢や目標が簡単に潰される。
見ていられないとオリヴァーが動いたが、イワンが制止する。
「あれも関わったら駄目ッス。ここで起こる理不尽に全て反応してたら、自分たちの目的を遂行できないッス」
イワンは悔しそうに唇を震わせ、怒りに支配されそうになったオリヴァーも冷静になる。
「なんてひどい場所なんだ……。外の世界ではこんなことがまかり通るのか……」
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