異世界では香りに包まれて幸せに暮らします

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Deux avis valent mieux qu’un.

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 今日はオリヴァーが街へ出たので、私が研究室を使うことになった。

「うーん……。なかなか上手くいかないなぁ」

 オリヴァーによると、望んだ薬が出来た時、研究者にはピンとくるものがあるらしい。

 私が研究者かそれ未満かは別として、あれこれと精油を混ぜてできる物は中途半端な香水だ。

 香水にしてもインパクトが弱く、おまじないにすら使えない。

 棚に保管された精油の無駄遣いのような罪悪感さえある。

 
 失敗作で散らかった机を見て、いっそのことオリヴァーが言ったようにリチャード用の薬を作ってみようかと考える。

 棚からロロベリーの精油を運び出す。
 本に書かれたロロベリーの効能は、時間だ。

 これに混ぜるのはキンモクセイ:猫の勘違いと、ヨリート:明け方だ。

 まだ外が薄暗い時間帯にベッドの中で過ごす。
 あと5分と目を閉じれば一気に長い長い夢の中だ。

(リチャードさんがこれを機にゆっくり休めますように)

 心の中で強く願うと、香水の色が変わった。

 香りもツンとトゲトゲしいものから、まろやかで心地良い。

 薬の完成だ。

(何も感じないけど、上手くいったならOK!)

 薬の効果を確かめるため、手で仰いで香りを嗅ぐ。

「うん! 良い匂い!」

 思わず声が出たが、突如嫌なムードが漂った。

「あれ……? 今何時だっけ!? 夕食の準備しなくちゃ!! あぁ時間がないー!!」

 
 急いで研究室を出て、我に帰る。

(何で私、夕食の心配してるの? 午前中でしょ?)

 薬は望む物ではなかったのだ。

 時間を遅らせるどころか、時間の余裕を失う結果となった。

 これではリチャードは1週間を待たずにウォルトンを処刑してしまうし、今よりずっと忙しなく働くだろう。

(発想は悪くないと思ったんだけどなー)

 研究室に戻り、件の薬には「時間の感覚を狂わせる。倍速で進むように感じられた」と書いた紙を添えた。
 今回は失敗したが、いつかこの薬が役に立つ時が来るかもしれないことを願って。


 椅子に座って仕切り直す。

 足りない頭を使い過ぎて、脳内がパンクしそうだ。
 既に頭の中は精油や香水瓶で埋め尽くされている。

 頭をまっさらにするべく、研究室を見渡す。

 見慣れた風景でも細部に注目すると、面白い発見があるものだ。

 
 例えば窓の木枠に小さな傷が付いているのは、パラスリリーに来て間もない頃に遡る。

 少しでもオリヴァーの役に立ちたいと思った私は、意気込んで研究所を掃除した。
 軽量スティック掃除機の要領でホウキを動かしたところ、ガンッと柄をぶつけてしまったのだ。

 オリヴァーは笑って許してくれたが、居候の分際で迷惑までかけてしまったと相当凹んだ。

 
 その窓の近くに置かれた机は、よくオリヴァーが研究でメモをとる時に使っている。

 机の上に置かれた万年筆は、私が「讃歌の日」にオリヴァーに贈った思い入れのある品だ。

 オリヴァーは研究室や自室に持ち込んでは、文字を書き留めるのに使っている。

 贈り物を大切に扱ってくれるのはオリヴァーの素敵なところで、私だけが特別ではないという複雑な心境にもなってしまう。

 
 壁に貼られた絵も然り。

 あれはトムからの贈り物で、家族を描いてくれたらしい。

 母親と父親、トムにポーちゃん。
 ポーちゃんは銀色の羽根が特徴的な小鳥だが、トムの好きな色なのだろう、家族全員が青色のクレヨンで描かれている。

(青一色だけど、誰を描いているが伝わるものだなぁ)

 心が込められていれば青一色の絵すらカラフルに見えてくる。
 シンプルイズベストだ。


 完全に薬作りが停滞したところに、研究所の扉が開いた。
 
 街からオリヴァーが帰ってきたのだ。

「おかえりなさい。早かったですね」

 大きな紙袋を抱えたオリヴァーは、机に散らかった失敗作を見て色々と察したようだ。

「ただいま。皆から食べ物をもらったんだ」

 紙袋の中には食べ物が入っているらしい。

「ナリスバーグに行っている間、僕たちは体調不良で寝込んでるってことになってたんだよ。それでちゃんと栄養摂りなさいって」

 医者の不養生……。
 街の皆も同じことを思ったのかもしれない。

「美味しそうだったから、温かいうちにサクラと食べたいと思って帰って来たんだ」

「わぁ、パンがたくさんありますね! 私も気分転換したかったところです」
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