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仮説③

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 夕食を取りながらオリヴァーに相談してみる。

 オリヴァーは私の考えを否定せず、むしろ次なる一手へ繋げるための議論を始めた。

「サクラの仮説が正しいなら、ウォルトンの行動の全ては『スイレンのトゲ』がさせていると?」

「元いた世界には『危険だから使っちゃダメ!』っていう薬物がいくつかあって、使用者はウォルトンさんみたいに肌や髪の毛がボロボロになるんです。虚ろな表情も似ていますし、何より異常行動が見られるっていう共通点があるんです」

 違法薬物と縁遠い日々を送っていたが、学校の授業やテレビで学んだことも多い。

「ウォルトンさんは一番近くにいた人だから、『スイレンのトゲ』の影響を受けてもおかしくないと思います」

 フォークを握る手に力が入る。


「その中毒っていうは、パラスリリーの人間も関係があるの? サクラのいた世界に限った現象だったら話が変わる
よ」

 パラスリリーに薬物は流入していないが、この世界にも存在していると確信している。

 デヴォレー自治区のような地域は世界中にあって、それらを中心に汚染が始まっているはずだ。

 オリヴァーが薬物中毒の知識を持たないのは、この国の潔癖性ともいえる部分だ。

 タバコはそもそも禁止され、大人たちに人気のお酒はマーケットに並ぶものの数が確保できないので、依存性になるほど飲むことができない。

 パラスリリーで生活していると中毒患者に出会わないことから、オリヴァーには未知の領域となっている。

 薬物中毒による症例をウォルトン1人からしか見ていないため、過去のデータと照らし合わせて考えることができない。


「依存性のある薬物……お酒だって量を間違えると健康被害が出て性格も凶暴になるんですよ。『スイレンのトゲ』はアルコールより高い毒性を持つので、症状が強く出るはずです」

 オリヴァーは新しい知識を前に食事を疎かにして目を輝かせている。

「一体体内で何が起きているんだろう。嗜好品が毒になるとは驚きだな」

「むしろその毒の部分が、人間に喜びや落ち着きを与えているのだと思います。パラスリリーでお酒以外の薬物が禁止されているのは、それを考えた人が依存の危険性をよく理解していたからではないでしょうか」

 各国の状況を知り尽くした人間がパラスリリーの今のルールを作ったのだろう。

「知らなかった。また海に出ることがあれば、薬物中毒について調べたいな! あぁ、話しが逸れちゃったね。で、ウォルトンの中毒を治すのに時間がかかるんだね?」

「原因となる薬物に触れなければ異常行動は起こさなくなります。でも1週間じゃとても……。ウォルトンさんは何年間もさらされていたわけですから」

 オリヴァーは顎に手を当てて考え込んだ。

「長期で行う治療を1週間に収める方法……。うーん、時間の経過をすごく遅くするのはどうだろう」

 オリヴァーの提案はありがたいが、私は難色を示した。

「ウォルトンさんが時間経過を遅いと感じても、実際に毒が抜けるまでに長い時間が必要です。反対にウォルトンさんは永遠に続く苦痛を伴うので可哀想ですよ」

 オリヴァーは恥ずかしそうに笑った。

「いや、薬はウォルトンじゃなくてリチャードに。アイツが1年くらい気長に待ってくれないかな~って」

 オリヴァーらしい自由な発想に顔がほころぶ。

「ふふっ。だったらリチャードさんを説得する方が早いじゃないですかー」

「確かにそうだね。でもリチャードの心を動かすのは難しいからなぁ。あっ、そうだ!」

 
 オリヴァーが何かを思いついた。

「そこの花畑は研究所のものだけど、研究者なら誰でも立ち入れる国有の森があるんだよ。珍しい植物や大木に囲まれて、研究者の凝り固まった心が刺激される憩いの場だよ。サクラも立派な研究者だ。行ってみれば、何か得られるかもしれない」

 研究所ブロックの奥にある森のことだ。

「一度行ってみたいと思ってたんです!」

 森に興味を示す私をオリヴァーもニコニコ見ている。

「僕も付き添うよ」

 オリヴァーと一緒にいられるのは嬉しい。

 しかし今回ばかりは遠慮しておこう。

「オリヴァーは明日もここで薬を作ってください。在庫はまだまだ足りませんよ!」

 オリヴァーはパンをちぎりながら、子供のように食い下がる。

「サクラは道に迷っちゃうだろうなー。森の奥にある池も危ないなー。これじゃ心配で薬作りできないよー」

 チラッと上目遣いするオリヴァーに、心臓が跳ねる。

「あ、安心してくださいっ! 1人で行かないんで大丈夫です!」

 
 誰と行くのか知りたがるオリヴァーをかわして、そそくさと自室に戻った。

(過保護なんだから!)

 そう思いながらも笑みがこぼれてしまうのは、やっぱりオリヴァーが好きだからだ。
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