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第一話 それは可哀想だけど
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「王宮が魔女の襲撃を受けた際、王太子ご夫妻を護り、魔女の呪いを一身に受けた近衛騎士がこの町の騎士団にやって来ることになった。獣化の呪いのため身は醜く変わり果て、声も失ってしまったらしい。そのため、団長は町ではなくこの騎士団独身寮に住まわせることにしたのだ。俺は反対したのだが聞き入れられなかった。とにかくそいつは要注意だ。特に未婚のアニカは気をつけろ」
そう言って心配そうに私を見ているのは父で、私が気をつけろと言われたアニカ、年は十八歳である。
私たち一家は騎士団独身寮の管理を任されていた。元騎士である父と、元の管理人の娘である母。そして、兄夫婦と私の五人で、百人近い騎士たちの食事の用意から掃除洗濯まで行っている。騎士に嫁いだ姉も昼の忙しい時間には手伝いにやってきて、何とか回している状態だ。
午後になってようやく仕事も一段落した頃、父が騎士団長に呼ばれて騎士団本部棟まで行っていた。そして、顔を顰めて帰ってきたのだ。
「近衛騎士だったと言うことは貴族ではないのか? いくら独身でもこんなところに住むことに納得しているのだろうか?」
そんな疑問を口にしたのは兄だった。昨年二十四歳の時に三歳下の義姉と結婚して幸せいっぱいな新婚さんだ。恋人もいない私には兄夫婦の仲良さは少し刺激が強いと思う。
「その騎士は伯爵家の三男らしい。近衛騎士がこんな辺境に飛ばされることに納得しているとはとても思えないよな。しかし、獣のような姿の言葉も喋れない騎士を王都に住まわせると、住民が不安を感じるだろうから異動させたとのことだ。この町の住民なら獣に馴れているから大丈夫だろうと」
「酷い!」
父が決めた訳じゃないのはわかっているけれど、私は思わず抗議の声を上げてしまった。王太子ご夫妻を護って呪いを受けた騎士を、醜いからといって王宮から放り出すのも薄情すぎるし、王都の住民は不安に思うのに、この町の住民は大丈夫って、かなり馬鹿にしていると思う。
ここボンネフェルトの町は辺境伯の領地内にある。だから、この町の騎士たちは王立騎士団と並び立つほど強いといわれている辺境騎士団の一員なのだ。でも、領地内では一番国境から遠い長閑な田舎町で、住民ものんびりと暮らしている。
もちろん、この町を突破されると一気に王都まで攻め上られるので、有事の際は最後の砦となる。だから、この町の騎士団は弱くはない。それどころかかなり強いはずだ。だからこそ、襲う者などおらず、町は安全なのだ。騎士たちは危険な獣の討伐を定期的に行っており、住民が獣に襲われるようなことも殆どない。
確かに近くに森がある田舎だけど、別に獣に馴れていることはないのに。
「本当に酷い話だ。辺境伯閣下も最初は断ったのだが、王宮の決定には逆らえなかったらしい。元々近衛騎士の中でも一、二を争う程強かったが、獣化の呪いで力も速度も桁違いになっているらしいので、戦力にはなるしな」
その騎士の気持ちはどうなのだろう? こんな扱いを受けても、まだこの国のために戦う気持ちを持っているのだろうか?
この町に生まれ育った私にとって、ここはとても良いところだと思う。でも、王都の騎士がそう思うかと聞かれると、素直に頷けない。ましてや貴族のご令息なのだから、不便に思うことの方が多いだろう。
「とりあえず、俺たちとしては最悪を考えておかなければな。獣化した騎士の理性がどこまで残っているのかもわからないし、貴族だからと無理な要求をしてくるかもしれん。気の毒な境遇の騎士だから、できるだけ快適に過ごしてもらいたいが、それも限度がある」
私たち家族は独身の騎士にできるだけ快適に暮らしてもらえるように頑張っている。その思いは貴族だろうと獣化していようと変わらない。
でも、やはり不安だった。
そんな不安は騎士たちも感じているらしく、その日の夕食時にはその話でもちきりだった。
「近衛騎士なら、ここに押し付けなくても王宮で面倒をみればいいのに」
「本当だよな。そもそも、魔女を怒らせたのは、王太子妃殿下が魔女の森に住まう聖獣の仔を欲しがったせいだと聞いたぞ」
「ああ、だから怒った魔女が獣化の魔法を王太子夫妻にかけようとしたんだろう。そこをその騎士が救った」
「王宮はそんな呪いから王太子夫妻を救った騎士を放り出すのか? 辺境伯閣下なら絶対にそんなことしないよな」
「当たり前だろう。戦闘で怪我をした騎士は恩給が出るし、醜くなったといって放り出すようなことは絶対にない」
「でも、そいつは貴族なんだろう? 訓練や討伐で疲れて帰って来たのに、寮で貴族に気を使わなくてはならないなんて嫌だな」
「ああ。こんな扱いを受けてその騎士は絶対に気が立っているよな。殴られても相手は貴族だから耐えなきゃいけないのかな」
食堂で夕食を受け取る列に並んでいる騎士たちはそんな話を口にしていた。
「大丈夫。アニカのことは皆で護るから。そんな不安そうな顔をするなよ」
食器を受け取る時に、そう声をかけてくれたのはいつも気さくな騎士のデニス。まだ二十二歳と若いが、かなり強いと父が言っていた。獣化した騎士がどれほど強いのかわからないけれど、デニスが護ってくれるのなら少しは安心だと思う。
「ありがとう。でも、貴族が私なんかを相手にしないと思うわよ」
そう言うと、父やデニスの心配は杞憂な気がしてきた。王都には綺麗な女性がたくさんいるに違いないから、私なんて目もくれないと思う。
「でも、相手は獣だから」
デニス、それはいくらなんでも失礼だと思う。どんな姿をしていてもその騎士は人だから。
そう言って心配そうに私を見ているのは父で、私が気をつけろと言われたアニカ、年は十八歳である。
私たち一家は騎士団独身寮の管理を任されていた。元騎士である父と、元の管理人の娘である母。そして、兄夫婦と私の五人で、百人近い騎士たちの食事の用意から掃除洗濯まで行っている。騎士に嫁いだ姉も昼の忙しい時間には手伝いにやってきて、何とか回している状態だ。
午後になってようやく仕事も一段落した頃、父が騎士団長に呼ばれて騎士団本部棟まで行っていた。そして、顔を顰めて帰ってきたのだ。
「近衛騎士だったと言うことは貴族ではないのか? いくら独身でもこんなところに住むことに納得しているのだろうか?」
そんな疑問を口にしたのは兄だった。昨年二十四歳の時に三歳下の義姉と結婚して幸せいっぱいな新婚さんだ。恋人もいない私には兄夫婦の仲良さは少し刺激が強いと思う。
「その騎士は伯爵家の三男らしい。近衛騎士がこんな辺境に飛ばされることに納得しているとはとても思えないよな。しかし、獣のような姿の言葉も喋れない騎士を王都に住まわせると、住民が不安を感じるだろうから異動させたとのことだ。この町の住民なら獣に馴れているから大丈夫だろうと」
「酷い!」
父が決めた訳じゃないのはわかっているけれど、私は思わず抗議の声を上げてしまった。王太子ご夫妻を護って呪いを受けた騎士を、醜いからといって王宮から放り出すのも薄情すぎるし、王都の住民は不安に思うのに、この町の住民は大丈夫って、かなり馬鹿にしていると思う。
ここボンネフェルトの町は辺境伯の領地内にある。だから、この町の騎士たちは王立騎士団と並び立つほど強いといわれている辺境騎士団の一員なのだ。でも、領地内では一番国境から遠い長閑な田舎町で、住民ものんびりと暮らしている。
もちろん、この町を突破されると一気に王都まで攻め上られるので、有事の際は最後の砦となる。だから、この町の騎士団は弱くはない。それどころかかなり強いはずだ。だからこそ、襲う者などおらず、町は安全なのだ。騎士たちは危険な獣の討伐を定期的に行っており、住民が獣に襲われるようなことも殆どない。
確かに近くに森がある田舎だけど、別に獣に馴れていることはないのに。
「本当に酷い話だ。辺境伯閣下も最初は断ったのだが、王宮の決定には逆らえなかったらしい。元々近衛騎士の中でも一、二を争う程強かったが、獣化の呪いで力も速度も桁違いになっているらしいので、戦力にはなるしな」
その騎士の気持ちはどうなのだろう? こんな扱いを受けても、まだこの国のために戦う気持ちを持っているのだろうか?
この町に生まれ育った私にとって、ここはとても良いところだと思う。でも、王都の騎士がそう思うかと聞かれると、素直に頷けない。ましてや貴族のご令息なのだから、不便に思うことの方が多いだろう。
「とりあえず、俺たちとしては最悪を考えておかなければな。獣化した騎士の理性がどこまで残っているのかもわからないし、貴族だからと無理な要求をしてくるかもしれん。気の毒な境遇の騎士だから、できるだけ快適に過ごしてもらいたいが、それも限度がある」
私たち家族は独身の騎士にできるだけ快適に暮らしてもらえるように頑張っている。その思いは貴族だろうと獣化していようと変わらない。
でも、やはり不安だった。
そんな不安は騎士たちも感じているらしく、その日の夕食時にはその話でもちきりだった。
「近衛騎士なら、ここに押し付けなくても王宮で面倒をみればいいのに」
「本当だよな。そもそも、魔女を怒らせたのは、王太子妃殿下が魔女の森に住まう聖獣の仔を欲しがったせいだと聞いたぞ」
「ああ、だから怒った魔女が獣化の魔法を王太子夫妻にかけようとしたんだろう。そこをその騎士が救った」
「王宮はそんな呪いから王太子夫妻を救った騎士を放り出すのか? 辺境伯閣下なら絶対にそんなことしないよな」
「当たり前だろう。戦闘で怪我をした騎士は恩給が出るし、醜くなったといって放り出すようなことは絶対にない」
「でも、そいつは貴族なんだろう? 訓練や討伐で疲れて帰って来たのに、寮で貴族に気を使わなくてはならないなんて嫌だな」
「ああ。こんな扱いを受けてその騎士は絶対に気が立っているよな。殴られても相手は貴族だから耐えなきゃいけないのかな」
食堂で夕食を受け取る列に並んでいる騎士たちはそんな話を口にしていた。
「大丈夫。アニカのことは皆で護るから。そんな不安そうな顔をするなよ」
食器を受け取る時に、そう声をかけてくれたのはいつも気さくな騎士のデニス。まだ二十二歳と若いが、かなり強いと父が言っていた。獣化した騎士がどれほど強いのかわからないけれど、デニスが護ってくれるのなら少しは安心だと思う。
「ありがとう。でも、貴族が私なんかを相手にしないと思うわよ」
そう言うと、父やデニスの心配は杞憂な気がしてきた。王都には綺麗な女性がたくさんいるに違いないから、私なんて目もくれないと思う。
「でも、相手は獣だから」
デニス、それはいくらなんでも失礼だと思う。どんな姿をしていてもその騎士は人だから。
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