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第二十二話 ロンバウトと結ばれる未来
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宰相と団長が出て行った後、広い食事室へと案内された。侯爵一家は皆留守にしているらしく、私一人分の夕食が信じられないほど大きな食卓に用意されている。そして、何人もの使用人が近くに控えていた。
「マナーなどお気になさらず、自由に召し上がってくださいね」
美しい動作の侍女さんにそんなことを言われても、やっぱり緊張してしまう。困ってしまってラルスに助けを求めたけれど、相変わらず私の後ろに立っていて、一緒に食べてくれることはなかった。
とにかくあまり音をたてないように気を付けながら、豪華な食事を食べていく。多分、とても美味しいのだろうけれど、味わうどころではなかった。
やっと食事が終わり、次に案内されたのは、居間と寝室が続きになった広い部屋だった。宰相と会った部屋よりは落ち着いた雰囲気だけど、調度品がどれも高価なことには変わりない。
訓練の一環だからと、ラルスはベッドやチェストを丁寧に検めている。暗殺を狙った毒針などが仕掛けられていないか調べているらしい。
「私、本当にここで寝るの?」
怪しいところはなかったらしく、部屋を出て行こうとしたラルスに訊いてみた。ここはあまりに広くて落ち着かない。コールハース侯爵邸の敷地自体が広大で、窓から隣の家の明かりも見えない。馬車通りからも遠く、行き交う馬車や馬の音も聞こえず、辺りはしんと静まり返っていた。
「当然だ。アニカのために用意された部屋だからな。俺は近くの護衛用の部屋にいるから」
「部屋を交換しない?」
それの方が熟睡できそうな気がする。
「本気で襲撃が予想される場合は、そのような対策も必要かもしれないが、今回大丈夫だから。気兼ねなくこの部屋を使わせてもらえ」
あっさりと断られてしまった。
「ねえ、お父さんがボンネフェルトの狂犬と呼ばれていたって、本当なの?」
一人になるのが心細くて、ラルスを引き留めるために無駄話を振ってみた。あの優しい父と狂犬がかけ離れすぎていて、あれは団長の冗談だろうと思っている。
「ああ。聞いたことはある。三十年ほど前に隣国が侵攻してきたとき、ブレフトさんは団長と一緒に大活躍して英雄と呼ばれるようになったと。二人ともあり得ないほど強かったらしいぞ。それで、男爵への叙爵の話もあったがそれを蹴って、平民のままルイサさんと結婚した。ブレフトさんは娘が産まれると、自分より弱い奴にはやらんと言っていたとか。だから、レクスは死ぬ思いをしたらしい。まあ、ロンバウトなら一発で認められるだろうけどな。奴なら獣化してなくても大丈夫だろう」
レクスとは姉の旦那様。私にとっては義兄に当たる人だ。姉にしつこく求婚していたのは知っていたけれど、そんなに苦労して父に認められたなんて知らなかった。
そんなことより、なぜここでロンバウトの名前が出てくるのだろうか?
「ロ、ロンバウトさんは関係ないと思うのよ。私が彼と結婚するなんてあり得ないでしょう?」
「ロンバウトがあんな姿だから、結婚相手として考えられないか? 毛むくじゃらで牙や爪も尖って目立つしな。怖いと思っても仕方ないが」
「違うわ! ロンバウトさんはとても可愛らしくて、怖いなんて思ったことないわよ。それに、あの姿になっても凛として騎士であり続けるのは、尊敬に値すると思うの」
「それじゃ、性格が嫌か?」
「まさか! ロンバウトさんほど性格が素晴らしいらしい人はいないと思うの」
ロンバウトの性格のどこに嫌う要素があるのだろう。そんなことを言う人がいるのならば滾々と問い詰めたい。
「それならば何も問題ないだろう? アニカがロンバウトと結婚する可能性は大いにあり得る」
ラルスは簡単にそんなことを口にする。
「問題大ありよ! ロンバウトさんは貴族。私とは身分が違いすぎるもの」
こんな立派なコールハース侯爵邸に来なければ、身分差なんてそれほど感じなかったのかもしれない。でも、私は知ってしまった。ロンバウトは生まれたときから何人もの使用人に傅ずかれて生活してきたに違いない。
ふと、自分の手に目を落とす。炊事も洗濯もこなしてきた働く手だ。私の働きが少しでも家族の役立っていると誇りに思っている。でも、騎士が口づけをするような手ではない。
「身分とか、立場とか、そんな柵から自由にしてやりたいから、ミュルデルス伯爵はあえてロンバウトを一族から除籍したと思うぞ。生まれはどうあれ、ロンバウトは平民の騎士だ。だから、とても単純な話だと思うぞ。ロンバウトと一緒にいたいか、いたくないかだ」
そう言い残してラルスは部屋を出て行った。
ロンバウトと一緒にいる未来……
ボンネフェルト郊外の小さな一軒家。朝起きた私はロンバウトのために朝食を作るの。庭を走っていたロンバウトは、ふさふさの尻尾を揺らしながら食事室にやって来て、美味しそうに料理を食べ尽くすの。それから、騎士団に出勤する彼の頬に行ってらっしゃいのキスをするのね。彼は少し恥ずかしそうな笑顔を見せてくれるわ。
午前中は洗濯をして、午後には夕方に帰ってくる空腹のロンバウトのために、市場へ買い物に行くの。
そんな暮らしを何年か過ごせば、赤ちゃんが産まれるのよね。ロンバウトのように尻尾と獣の耳があるのかしら。
「可愛い!」
ロンバウトのような姿の赤ちゃん思い浮かべて、思わず声が出てしまった。ロンバウトは子どもを大切にしてくれるわ。小さな赤ちゃんを抱いたロンバウトも絶対に可愛いはず。
そんな妄想をしながら眠りについた。
「マナーなどお気になさらず、自由に召し上がってくださいね」
美しい動作の侍女さんにそんなことを言われても、やっぱり緊張してしまう。困ってしまってラルスに助けを求めたけれど、相変わらず私の後ろに立っていて、一緒に食べてくれることはなかった。
とにかくあまり音をたてないように気を付けながら、豪華な食事を食べていく。多分、とても美味しいのだろうけれど、味わうどころではなかった。
やっと食事が終わり、次に案内されたのは、居間と寝室が続きになった広い部屋だった。宰相と会った部屋よりは落ち着いた雰囲気だけど、調度品がどれも高価なことには変わりない。
訓練の一環だからと、ラルスはベッドやチェストを丁寧に検めている。暗殺を狙った毒針などが仕掛けられていないか調べているらしい。
「私、本当にここで寝るの?」
怪しいところはなかったらしく、部屋を出て行こうとしたラルスに訊いてみた。ここはあまりに広くて落ち着かない。コールハース侯爵邸の敷地自体が広大で、窓から隣の家の明かりも見えない。馬車通りからも遠く、行き交う馬車や馬の音も聞こえず、辺りはしんと静まり返っていた。
「当然だ。アニカのために用意された部屋だからな。俺は近くの護衛用の部屋にいるから」
「部屋を交換しない?」
それの方が熟睡できそうな気がする。
「本気で襲撃が予想される場合は、そのような対策も必要かもしれないが、今回大丈夫だから。気兼ねなくこの部屋を使わせてもらえ」
あっさりと断られてしまった。
「ねえ、お父さんがボンネフェルトの狂犬と呼ばれていたって、本当なの?」
一人になるのが心細くて、ラルスを引き留めるために無駄話を振ってみた。あの優しい父と狂犬がかけ離れすぎていて、あれは団長の冗談だろうと思っている。
「ああ。聞いたことはある。三十年ほど前に隣国が侵攻してきたとき、ブレフトさんは団長と一緒に大活躍して英雄と呼ばれるようになったと。二人ともあり得ないほど強かったらしいぞ。それで、男爵への叙爵の話もあったがそれを蹴って、平民のままルイサさんと結婚した。ブレフトさんは娘が産まれると、自分より弱い奴にはやらんと言っていたとか。だから、レクスは死ぬ思いをしたらしい。まあ、ロンバウトなら一発で認められるだろうけどな。奴なら獣化してなくても大丈夫だろう」
レクスとは姉の旦那様。私にとっては義兄に当たる人だ。姉にしつこく求婚していたのは知っていたけれど、そんなに苦労して父に認められたなんて知らなかった。
そんなことより、なぜここでロンバウトの名前が出てくるのだろうか?
「ロ、ロンバウトさんは関係ないと思うのよ。私が彼と結婚するなんてあり得ないでしょう?」
「ロンバウトがあんな姿だから、結婚相手として考えられないか? 毛むくじゃらで牙や爪も尖って目立つしな。怖いと思っても仕方ないが」
「違うわ! ロンバウトさんはとても可愛らしくて、怖いなんて思ったことないわよ。それに、あの姿になっても凛として騎士であり続けるのは、尊敬に値すると思うの」
「それじゃ、性格が嫌か?」
「まさか! ロンバウトさんほど性格が素晴らしいらしい人はいないと思うの」
ロンバウトの性格のどこに嫌う要素があるのだろう。そんなことを言う人がいるのならば滾々と問い詰めたい。
「それならば何も問題ないだろう? アニカがロンバウトと結婚する可能性は大いにあり得る」
ラルスは簡単にそんなことを口にする。
「問題大ありよ! ロンバウトさんは貴族。私とは身分が違いすぎるもの」
こんな立派なコールハース侯爵邸に来なければ、身分差なんてそれほど感じなかったのかもしれない。でも、私は知ってしまった。ロンバウトは生まれたときから何人もの使用人に傅ずかれて生活してきたに違いない。
ふと、自分の手に目を落とす。炊事も洗濯もこなしてきた働く手だ。私の働きが少しでも家族の役立っていると誇りに思っている。でも、騎士が口づけをするような手ではない。
「身分とか、立場とか、そんな柵から自由にしてやりたいから、ミュルデルス伯爵はあえてロンバウトを一族から除籍したと思うぞ。生まれはどうあれ、ロンバウトは平民の騎士だ。だから、とても単純な話だと思うぞ。ロンバウトと一緒にいたいか、いたくないかだ」
そう言い残してラルスは部屋を出て行った。
ロンバウトと一緒にいる未来……
ボンネフェルト郊外の小さな一軒家。朝起きた私はロンバウトのために朝食を作るの。庭を走っていたロンバウトは、ふさふさの尻尾を揺らしながら食事室にやって来て、美味しそうに料理を食べ尽くすの。それから、騎士団に出勤する彼の頬に行ってらっしゃいのキスをするのね。彼は少し恥ずかしそうな笑顔を見せてくれるわ。
午前中は洗濯をして、午後には夕方に帰ってくる空腹のロンバウトのために、市場へ買い物に行くの。
そんな暮らしを何年か過ごせば、赤ちゃんが産まれるのよね。ロンバウトのように尻尾と獣の耳があるのかしら。
「可愛い!」
ロンバウトのような姿の赤ちゃん思い浮かべて、思わず声が出てしまった。ロンバウトは子どもを大切にしてくれるわ。小さな赤ちゃんを抱いたロンバウトも絶対に可愛いはず。
そんな妄想をしながら眠りについた。
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