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SS:凪の誕生日1
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「私の方が先に誕生日を迎えてしまった。これで章と五歳差か。結構な差よね」
一月の終わりに凪の誕生日がやってきた。章の誕生日は三月なので、しばらくの間、二人の年の差は五歳となってしまう。誕生日ケーキを自作している凪は、思わず独り言を呟いてしまった。
凪たちの住んでいるところは、観光地近くに建つ富裕層向けのマンションで、広いベランダを含めずに六十坪ほどの広さがある。当然キッチンも広々としていて、プロの料理人が使う程の調理器具が揃っていた。
そんなキッチンで、凪は毎日格安の食材を使った料理を作っているが、今日は誕生日なのでちょっと奮発して、豚のスペアリブを一キログラムほど買ってきていた。凪はそれをパック入りの赤ワインで煮込んでいく。
章は肉が大好きだから絶対に喜んでくれるだろうと、彼の笑顔を思い浮かべて自然と凪の口元が緩む。
章の誕生日にはちょっと高めの牛肉を買ってステーキにしてあげたいと思い、凪は少しずつお金を貯めている。毎日少し節約して、一日百円を貯金箱に入れているのだった。
凪は章の他には以前同棲していた男しか知らない。その男は徹底的に凪から搾取していた。凪の給料で生活をしていたヒモ状態であったのにも拘らず、男は家事を全て彼女に押し付けていた。その上、ネットで観たアダルトビデオの女優と同じような性的奉仕を彼女に強要していた。凪が拒否しようとも男は暴力で彼女を支配し続けていたのだった。
そしてその男は、自分は友達と遊んでいても、凪にはそんな自由を許さなかった。かつての凪は、仕事と男に奉仕するだけの毎日を送っていたのだった。
当時を思い出すと、今が幸せすぎて怖いと凪は思っていた。
章はとても優しいと凪は思う。章は凪の作ったご飯をとても幸せそうな笑顔で完食して、必ず美味いと褒めていた。それが彼女にはとても嬉しいことだった。
章は怒鳴らない。暴力も振るわない。仕事が休みの日にはいつも家にいる。
一緒に映画を見て、一緒に買い物へ行く。
そんな何気ない毎日が、凪にとってこの上なく幸せで、だからこそ彼女はこの幸せを失ってしまうことが怖かった。
「凪、ただいま。これ、帰りの花屋で売っていたから買ってきた。誕生日おめでとう」
章は小さな花束を持って帰ってきた。今日は高校の授業が休みの日なので、帰宅は午後五時過ぎである。
章は直接凪に渡すことができないので、リビングのローテーブルの上に花束を置いた。
本当はもっと豪華な花束を買ってやりたいと思った章だが、自転車通勤なので、大きな花束ではカゴから落ちてしまう恐れがあることと、凪があまり高い花束だと恐縮するだろうと思い、帰宅途中で男性が店番をしている花屋を見つけて、千円で花束を作ってもらった。
「章、ありがとう。とっても嬉しい。男の人から初めて誕生日プレゼントを貰ったの。ドライフラワーにして、ずっと保存しておくね」
凪は花束を持ち、胸に抱きしめるようにして喜んだ。
「そんな大したものじゃないから。もっといい花を買ってくるんだったな」
男から誕生日プレゼントを初めて貰ったと、凪が喜んでくれたのは嬉しい章だったが、初めてのプレゼントが千円の花束では彼女が気の毒だと思う。
「これで十分よ。凄く豪華だもの。早速テーブルに飾るね。そしたら晩御飯にしよう」
凪が六人掛けの大きなダイニングテーブルの中央に花を飾る。花瓶は使っていないワインクーラーを代用した。そして、いつもよりちょっと豪華な料理を並べた。
「おお、すげー。大量のスペアリブだ。それに海老グラタンか。凪の誕生日なのに俺の好物ばっかりじゃないか?」
「私の好きなチョコレートケーキも作ったから」
凪は大きなロウソク一本と小さなロウソクが四本立てられているチョコレートケーキをホールごとテーブルの上に置いた。
『それにね。私の好物は、私が作った料理を美味しそうに食べる章の笑顔だからね』
凪はそう思っていた。
凪がロウソクに火をつけると、章はダイニングの照明を落とした。そして、大きなテーブルの端に座った凪から一番遠い端に座る。
「凪、二十四歳の誕生日おめでとう」
「章、ありがとう」
凪は息を吹きかけてロウソクの火を消す。
章の拍手が暗闇の中に響いた。
照明をつけて明るくなったダイニングで、二人は食事を始める。
「やっぱり、凪の料理は絶品だな。いくらでも食えそうだ」
骨を手で持ってスペアリブにかぶりつく章を、凪は微笑んで見ていた。
「ふう、食った、食った。腹一杯だ。なあ、腹ごなしに夜景でも見に行かないか。ちょっと高台に行くと、町の灯りが見えてとても綺麗だぞ」
食事が終わると、章が凪をドライブに誘った。
「行きたい。ちょっと待ってね。使った食器を片付けるから」
凪は食器洗い機に使った食器を入れ、湯を沸かし始めた。水筒に熱いコーヒーを入れて持っていくつもりだ。
一月の終わりに凪の誕生日がやってきた。章の誕生日は三月なので、しばらくの間、二人の年の差は五歳となってしまう。誕生日ケーキを自作している凪は、思わず独り言を呟いてしまった。
凪たちの住んでいるところは、観光地近くに建つ富裕層向けのマンションで、広いベランダを含めずに六十坪ほどの広さがある。当然キッチンも広々としていて、プロの料理人が使う程の調理器具が揃っていた。
そんなキッチンで、凪は毎日格安の食材を使った料理を作っているが、今日は誕生日なのでちょっと奮発して、豚のスペアリブを一キログラムほど買ってきていた。凪はそれをパック入りの赤ワインで煮込んでいく。
章は肉が大好きだから絶対に喜んでくれるだろうと、彼の笑顔を思い浮かべて自然と凪の口元が緩む。
章の誕生日にはちょっと高めの牛肉を買ってステーキにしてあげたいと思い、凪は少しずつお金を貯めている。毎日少し節約して、一日百円を貯金箱に入れているのだった。
凪は章の他には以前同棲していた男しか知らない。その男は徹底的に凪から搾取していた。凪の給料で生活をしていたヒモ状態であったのにも拘らず、男は家事を全て彼女に押し付けていた。その上、ネットで観たアダルトビデオの女優と同じような性的奉仕を彼女に強要していた。凪が拒否しようとも男は暴力で彼女を支配し続けていたのだった。
そしてその男は、自分は友達と遊んでいても、凪にはそんな自由を許さなかった。かつての凪は、仕事と男に奉仕するだけの毎日を送っていたのだった。
当時を思い出すと、今が幸せすぎて怖いと凪は思っていた。
章はとても優しいと凪は思う。章は凪の作ったご飯をとても幸せそうな笑顔で完食して、必ず美味いと褒めていた。それが彼女にはとても嬉しいことだった。
章は怒鳴らない。暴力も振るわない。仕事が休みの日にはいつも家にいる。
一緒に映画を見て、一緒に買い物へ行く。
そんな何気ない毎日が、凪にとってこの上なく幸せで、だからこそ彼女はこの幸せを失ってしまうことが怖かった。
「凪、ただいま。これ、帰りの花屋で売っていたから買ってきた。誕生日おめでとう」
章は小さな花束を持って帰ってきた。今日は高校の授業が休みの日なので、帰宅は午後五時過ぎである。
章は直接凪に渡すことができないので、リビングのローテーブルの上に花束を置いた。
本当はもっと豪華な花束を買ってやりたいと思った章だが、自転車通勤なので、大きな花束ではカゴから落ちてしまう恐れがあることと、凪があまり高い花束だと恐縮するだろうと思い、帰宅途中で男性が店番をしている花屋を見つけて、千円で花束を作ってもらった。
「章、ありがとう。とっても嬉しい。男の人から初めて誕生日プレゼントを貰ったの。ドライフラワーにして、ずっと保存しておくね」
凪は花束を持ち、胸に抱きしめるようにして喜んだ。
「そんな大したものじゃないから。もっといい花を買ってくるんだったな」
男から誕生日プレゼントを初めて貰ったと、凪が喜んでくれたのは嬉しい章だったが、初めてのプレゼントが千円の花束では彼女が気の毒だと思う。
「これで十分よ。凄く豪華だもの。早速テーブルに飾るね。そしたら晩御飯にしよう」
凪が六人掛けの大きなダイニングテーブルの中央に花を飾る。花瓶は使っていないワインクーラーを代用した。そして、いつもよりちょっと豪華な料理を並べた。
「おお、すげー。大量のスペアリブだ。それに海老グラタンか。凪の誕生日なのに俺の好物ばっかりじゃないか?」
「私の好きなチョコレートケーキも作ったから」
凪は大きなロウソク一本と小さなロウソクが四本立てられているチョコレートケーキをホールごとテーブルの上に置いた。
『それにね。私の好物は、私が作った料理を美味しそうに食べる章の笑顔だからね』
凪はそう思っていた。
凪がロウソクに火をつけると、章はダイニングの照明を落とした。そして、大きなテーブルの端に座った凪から一番遠い端に座る。
「凪、二十四歳の誕生日おめでとう」
「章、ありがとう」
凪は息を吹きかけてロウソクの火を消す。
章の拍手が暗闇の中に響いた。
照明をつけて明るくなったダイニングで、二人は食事を始める。
「やっぱり、凪の料理は絶品だな。いくらでも食えそうだ」
骨を手で持ってスペアリブにかぶりつく章を、凪は微笑んで見ていた。
「ふう、食った、食った。腹一杯だ。なあ、腹ごなしに夜景でも見に行かないか。ちょっと高台に行くと、町の灯りが見えてとても綺麗だぞ」
食事が終わると、章が凪をドライブに誘った。
「行きたい。ちょっと待ってね。使った食器を片付けるから」
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