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8.鬼の正体

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 鬼の生存数は非常に少ない。そして、頑丈で大きな体を持ち、力がとても強い。
 人は未知なるものを恐れる。知的能力については人と同等だとの研究論文が多数発表されているにも拘らず、鬼は馬鹿力を持つが、粗暴で無知な存在だと決めつけている人々がいる。
 カナエもそんな鬼を恐れ差別する中の一人だった。

「もうすぐ盆だけど、墓参りに鬼を連れて来たりしないでね」
「もちろん、私一人で行きますから」
 雇い主のショウタに墓参りについてきてくれなど頼めるはずはないと思い、ミホは即答する。
「それならいいわ。早く中央病院に行きましょう」
 カナエはショウタが医者であるというのは嘘だと思っている。

「あの、ミノルが誤解しているだけですから。中央病院に行かなくても」
 歩き出そうとしたカナエを止めようとするミホ。
 ミホもまた、ショウタは医者でないと思っていた。
「その子は誰?」
 振り返ったカナエはミノルを指差す。
「父の息子で、私の弟になります」
「なるほど、叔母さんを捨てて一緒に逃げた女の子どもね。叔母さんもろくでもない男と結婚したものよね。可哀想に」
 カナエの表情を見るとあまり可哀想とは思っていないようだ。おそらく家の評判が悪くなることを気にしているのだとミホは思った。

「子どもの目の前で父の悪口は止めてください」
 確かに父はろくでなしだとミホも思うが、ミノルに罪はない。
「別にいいよ。ミホ姉ちゃんの母さんが父さんのせいで死んだのは知っているから。だから、姉ちゃんは父さんの代わりに僕が幸せにするんだ。絶対にショウタさんと結婚させてみせるから。医者の奥さんなら幸せになれるって」
 ミノルは幼いなりに姉を幸せにしたいと思っていた。ただし、ミホとショウタの感情は置き去りにされている。

「違うのよ」
 ミノルの言葉を訂正しようとしたミホを遮り、
「子どもの誤解は早く解かなくてはね。さぁ、中央病院に行くわよ」
 そう言って歩き出すカナエの顔には、侮蔑の笑みが浮かんでいた。

「ミホ姉ちゃん、心配するなよ。ショウタさんは絶対にミホ姉ちゃんに惚れているから。婚約者だって言っても怒らないって。あの女、ショウタさんと会わせてぎゃふんと言わせてやろうぜ。あの女の婚約者よりショウタさんの方がいい男に決まっているから」
 少し前を行くカナエに聞こえないように小声でそう言うミノルは、ミホの手を取って歩き出した。

『結婚?』
 今まで生きていくだけで精一杯で、母親が父親に裏切られて自死してしまったこともあり、ミホは結婚しようと考えたことはなかった。
『結婚するのならば、ショウタさんみたいにご飯を美味しそうに食べてくれる人がいいな』
 いつも笑顔で食事をするショウタを好ましいとミホは常々思っている。
『ショウタさんなら、子どもも大切にしてくれるのだろうな』
 突然やって来たミノルのことをあれほど大事にしてくれるショウタならば、自分の子どももさぞかし大事に育てるのだろうとミホは感じていた。

『結婚かあ……、駄目よ、ショウタさんは雇い主。私はただのお手伝い。勘違いをしては駄目』
 ミホが妄想に耽っている間に、中央病院が見えてきてしまった。



「あれが中央病院よ。さぁ、行くわよ」
「あの、待って」
 ミホはショウタが中応病院に勤めていることは疑っていない。ただし、医者ではなく力仕事をしているのだろうと思っていた。たから、突然訪ねていけば迷惑をかけるとためらっている。

「ミホ姉ちゃん早く行こう」
 ミノルはミホの手を引いて走り始める。

「ミホ! ミノル! どうした?」
 四階建ての中央病院の二階の窓からショウタが顔を出し怒鳴った。そして、すぐに窓から姿が消えた。

 今更帰ってもショウタに心配かけるだけだと思い、カナエの後に続いてミホとミノルは中央病院の玄関に入った。
 玄関脇には靴箱がありスリッパと履き替えるようになっている。
 一段高くなった板張りの広間には、受付と長椅子が並んだ待合があった。


 階段を慌てて降りてくるのは、洋装に長い白衣をまとったショウタだった。
「ミホ、ショウタ、何かあったか? 怪我か? 病気か?」
 かなりの速度で階段を降りて来たが、ショウタは息一つ乱していない。

「若先生。廊下や階段は走らないでくださいね。危ないですから」
 あまりの速度で走ってきたので、ショウタは白衣を着た看護婦に怒られてしまった。
「す、済みません。以後気をつけます」
 丁寧に頭を下げるショウタ。看護婦は満足したように頷き離れていった。

「とにかく診察室へ」
 ミホの手を取り、廊下の奥に連れて行こうとするショウタ。
「あ、あの、私もミノルも、病気でも怪我でもありませんから」
 突然手を握られて顔を赤くするミホ。
「僕たち、ショウタさんに会いに来ただけだから。ショウタさん、帝国大学出身だよね」
「そうだけど。古都にある方の」
 ミノルの質問の意図がわからないが、本当のことなので肯定するショウタ。ミノルは勝ち誇ったようにカナエを見た。
 カナエは口を開けて呆けたように立っている。

「ショウタさんはミホ姉ちゃんの婚約者だと言ってもいいよね?」
 ミノルはカナエに聞こえないように小声で訊いた。
「え、ええ?」
 話しの意味が全くつかめず、ただ驚くショウタ。
「いいよね?」
 再度確認するミノルの迫力に、
「あ、ああ」
 ショウタは思わず肯定してしまっていた。


「そこの女。これがミホ姉ちゃんの婚約者だから。帝国大学出身の医者なんだぜ」
 ミノルはまるで自分のことのように胸を張ってカナエを指差した。
「ぐ、ぐぐっ」
 カナエは歯ぎしりしながら、小走りで中央病院を出ていった。

「若先生。とうとう結婚ですか? おめでとうございます!」
「ショウタ先生。おめでとう」
「安産型の嫁さんだ。お子さんがたくさんできるといいな」
「これで、大先生も安心だな」

 待合室の患者たちが皆祝いの言葉を口にする。
「は、はぁ?」
 ショウタには未だに話が見えていなかった。
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